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金寄越せ魔物ぉ

 荒々しい斬撃がこめかみのすぐ脇を過ぎる。

 死の予感を孕んだ一撃が、髪の一房を掠め取る。


「うお!?」


 槍使いロブは頓狂な声を吐きながら後ろへ下がる。刹那、彼のいた場所へ強烈な斬撃が叩き降ろされる。地面を砕き、破片を散乱させながら襲撃者は反転、鋭利な水銀色の大剣を振り回し、ロブの首を切断せんと躍りかかる。


「させない」


 それに割り込みダガーをロブと襲撃者の間に差し入れる小柄な影。

 ネイラ――レンジャーというクラスを持つ女性が、一閃、二閃、ダガーで襲撃者を牽制しつつロブと後退する。


「こっちだ化物が! [怒れる大地よ我に力を! 魔なる使徒を打ち砕け! 『ノーム』!]」


 藍色の杖を構えながら、痩身の男性が声高く詠唱した。

 顕現するは小人の精霊。頑強なる肉体と力強い手足を持ち、威風堂々とした土属性の精霊が召喚される。轟っ――風切り音を奏で襲撃者に殴り掛かる。

 岩盤を打ち砕く威力の拳が、見事に襲撃者に当たった。


 岩壁に激突しもうもうと粉塵が立ち込める。

 けれど、それが晴れた先、襲撃者の体にはほとんど傷がない。

 鱗に覆われた、竜と人を足したような魔物だった。大きなワニ型の頭部。鋭い鉤爪を備えた四肢。長い赤の舌がチロチロと揺れ、長く太い尻尾は挑発するように振るわれ、手には大剣と盾――両方を持った蜥蜴人。

 リザードマン。

 竜の顔を持ち、人型の体を持つ怪物。

 人類が他の生物に優越するはずの道具の使役――それをあたかも自分こそが至高であるかのように、盾で巧みにノームの拳を受け流し、リザードマンは咆哮する。


「ギュイアアアアアアアアッ!」

「やっべー、勝てる気しねえぜ」


 皮肉とも苦笑とも取れない表情を浮かべ、下がったロブが軽口を叩く。


「あいつマジで強え。太刀筋も盾の使い方も人間そっくりだ」

「軽率。戦闘中は敵に集中すべき」


 毒矢をリザードマンに放り投げつつ、ネイラが呟く。


「同感だ、前に出すぎだぞ、ロブ」


 ノームを盾のように自身の前に呼びつつ、同意する召喚師の男性、カルキノス。


「っつってもなー、こいつ倒せなきゃ前には進めねえぜ? どうするよ」


 困った顔と口調だが、油断なく槍を構えるロブ。カルキノスが応えた。


「どうするも何もあるまい。かなり練度の高い魔物だ、我らのみでは押し切れん。搦め手でいくしかあるまい――ネイラ?」

「準備は万端。いつでも」


 返事と同時、ネイラがまるで豹のような身のこなしで壁に跳躍する。

 ほぼ同時、懐から灰玉を投擲。リザードマンの周囲に五個、着弾させる。

 着弾した瞬間、灰玉からもわっと濃い煙が噴出する。煙幕だ。薄い黒と錆色の混ざったような煙がリザードマンの全身を覆い尽くし、視界を殺していく。


「よっしゃ、行くぜ! 闘技! 『一閃突き』ぃい!」


 まるで砲弾のように突き出されたロブの槍刺突が、リザードマンに放たれる。

 大音響と共に、硬い手応えが伝う。

 獲ったか!?

 しかし――。

 駄目だった。

 直撃していない。

 リザードマンはまたも盾を駆使し、ロブの渾身の刺突をそらしていた。


「くっそ、駄目だ、こいつ感が良すぎ――うお!?」


 軽口を叩く暇もなく煙幕を斬り裂いてリザードマンの反撃。大上段、中段払い、さらには目にも留まらぬ速さで刺突七連撃を繰り出されては、ロブは後退するしかない。


「うわ、マジ、こいつ強い! 逃げよう!」

「しかし、それでは目的が達成でき――」


 カルキノスが反論しかけるが、リザードマンの突撃が彼の言葉を遮る。まず大剣のなぎ払い、次に盾の振り下ろしがカルキノスを襲い、そして護衛のノームが割り込むのを嘲笑うかのごとく、くるんと一回転したリザードマンが尾のなぎ払い。ノームは悲鳴と共に遥か後方まで弾き飛ばされてしまう。


「くっ、何という力だ!」

「駄目だ撤退、撤退ぃ! 勝てねえ、さっさと逃げろ!」


 ロブの声が轟く。逃がすものかとリザードマンが突進してくる。カルキノスは苦々しい顔つきのまま、新たなノームを二体召喚する。それらが盾になってくれてる間、彼はロブ、ネイラと共に、逃げ、後方へと逃れたのだった。


 

「いやー、厳しいね」


 リザードマンからかろうじて逃走して迷宮の第四階層。狼の口のように開かれた岩の影下で、ロブは苦笑した。


「まさか宝の前にあんなのが陣取ってるとは思わなかった」

「同感」


 浅く斬られた黒装束の裾を名残惜しそうに見つめ、ネイラが頷く。


「あの魔物、とっても器用。たぶん『特進種』。ネイラたちで倒すのは厳しい」

「この辺の魔物を狩って強くなったのかな? それとも探索者を討伐? やけに戦い慣れしていたな」


 魔物の中には時折同じ階層の魔物より強く成長してしまう個体が存在する。

 それは、『特進種』と呼ばれていた。

 通常、魔物は同士討ちはしないが、稀に何らかの理由で周囲の魔物を掃討、経験を積むことによって強大化してしまうものが現れる。この個体、特進種は通常の二倍ないし三倍、場合によっては五倍以上にも強くなる危険個体だった。

 やれやれとその辺の岩に腰掛け、肩をすくめてみせるロブに、カルキノスが苦言を呈する。


「それよりも問題はあの魔物は宝の前から動かん、ということだ。我らの実力では押し切れん。さて、どうするべきか」


 三者三様、憮然とした顔をしたりする。

 ――金貨を溜め込んでいる魔物がいる。ロブたち三人がこの迷宮へ来た理由は、至極単純なものだった。

 仕えている王女たちが資金不足に喘いでいるため、その足しにするべくギルドへ相談。そうしたら最近、第五迷宮《岩窟》の第五層に『金貨を大量に持っている』リザードマンが現れたとの情報を得た。

 それに意気揚々として赴き、件のリザードマンの住処を見つけたところまでは良かった。

 情報通りリザードマンの住む岩の窪みの中には金、銀、宝石、大量の貴金属がたくさんあった。両腕に抱えても収まりきらない――まさにお宝の山だ。全て持ち帰れば多大な資金となっただろう。

 ところが主であるリザードマンに襲われ、戦闘するハメに。

 しかも予想より遥かに強い武技に、手も足も出ない。

 結果はロブたちのボロ負け。収穫は何一つなく骨折り損のくたびれ儲け。それが今のロブたちの状況である。


「つーかさー、真正面から行って勝てるわけなくね? ギルドで情報貰ったの俺らだけじゃないだろ。とっくに別の探索者たちも向かってたわけで。全員は追い払われたとしたら相当な強者だぜ、あいつ」

「だろうな。でなければ説明がつかん。――道理で、対人戦に秀でていたと思ったな」

 ロブが、


「いやいや、対人戦に強いのは元々だろ? なんつーか熟練の戦士みたいな風格と技量を感じたんだよ。速いし重いし正確な攻撃……って、卵が先が鶏が先か、みたいな議論はいいぜ。問題はどうやってあいつに勝つ? このまま帰っても姫様にもん僕立たねえ」


 カルキノスが、渋面を作りつつ腕を組み言う。


「だが、いたずらに攻めても先程のように軽くあしらわれるだろう。あれはかなりの強者だ。我ら三人だけで倒すのは極めて困難。上策でもない限り、突破は不可能だ」


 現状、彼らの攻撃は尽くいなされ、あわや全滅、という有様だった。

 二度三度、同じことを繰り返しても先は見えている。

 議論が詰まりかけ、ロブとカルキノスの視線が、紅一点の女性へ向く。


「何か考えはあるか? ネイラ」


 黒塗りのダガーの柄を立て、くるくる回していた彼女は、


「一つだけ、ある」

「ほう! あるのか。どういった手段だ?」

「ロブがカルキノスがタコ殴りにされてる間にネイラが奥に行く。そして財宝を抱えてネイラは逃げる。完璧」


 なぜだかドヤ顔でネイラは言い切った。

 薄い胸をそらし、腹立たしいほど得意顔を浮かべる。


「ふざけんな馬鹿! できるか!」

「貴様、いったいどういう目で我々を見ているのだ」

「え? ……使いやすい、道具?」

「人扱いですらねえ! あのな、ネイラ、これは真面目な任務なんだぜ? 冗談言って和まそうとするのはいいけどよ、時を選んでくれ」

「じゃあロブとカルキノスが火炎の魔術を受けて、火ダルマのままリザードマンの特攻し――」

「使い捨ての発想ヤメロって言ってんだよ! この馬鹿!」


 いい案なのに……と冗談なのか本気なのか、ネイラはイマイチよくわからない不思議顔で小首をかしげる。


「じゃあ次は本命。ネイラがリザードマンの前で服を脱ぐ。これで完璧」

「まさかとは思うが、お色気で仕留める、などと馬鹿なことは言うまいな」

「そのまさかだけど? ネイラの美貌にリザードマンは首ったけ」


 なにが彼女をそうさせるのか、またしてもドヤぁと得意げな顔のネイラ。

 残念ながら胸をそらしても、男性陣二人の胸をときめかせるほどの膨らみはない。

 ロブとカルキノスが呆れ顔になる。


「……まあ、貧乳好きならいけるんじゃね?」

「そうだな。蓼食う虫も好き好き。魔物ならネイラの無い胸でも欲情するかもな」

「……ネイラは怒った」


 無言で毒針を取り出し、男性陣に襲いかかるネイラ。割と目が本気である。


「ばっ、危ねえ! よせ馬鹿っ」

「……このまま茶番劇を続けても益はなかろう。一旦地上へ戻り、対策を編むべきと思うが?」


 渋々だったがロブもネイラも同意。三人はひとまず地上に戻り、リザードマン討伐の策を寝ることとなる。


 

 商人、とは狡猾なものだ。

 救いを求める者には物の値段を釣り上げ、そうでないものには愛想を振りまき固定客を得ようとする。彼らは常に自分の利益のみを追求し、義理や人情ではなかなか動かない。

 路傍で子供が凍えていても見て見ぬふり。

 腹ぺこの子猫が鳴いている端で遠慮なくクッキーなどを食う。この世で最も合理的で節操なし。たとえ神が相手でも弁舌奮って儲ける輩。

 それが商人。まさに金の亡者たる人間を相手。


 そんな彼らが迷宮の入り口にも待機している事がある。探索者が補給や強化のために必要な薬草、剣、防具、その他雑貨を取り扱っているのだった。

 まさに砂漠のオアシスのように、時には命を繋ぐこともある彼らだが――

 その商品が財布に優しい価格とは限らない。

 ロブが叫んだ。


「はあ!? 矢一本が銀貨五枚!? 馬鹿も休み休み言え! 高すぎるつーの!」

「ですがこれは特注で作りました一品でしてね。ゴーレムを貫けるレーリン合金製ゆえにこの値段なのです。強い武具は高うございます。世の理でございましょう?」

「……なら、そっちの投げナイフでいいや。薄緑の紋章のやつをくれ」

「そちらは金貨一枚になります」

「ぶっ! な、な、投げナイフが金貨一枚ぃぃぃ!? ぼったくりも大概にしろよ、そんな払えるか!」

「ですが、オーガの骨とコドラの牙を用いたナイフは製法が難しく。値段も相応に」

「……それなら、使い捨てのナイフか牽制要の矢をくれよ。別に希少品だの製法難しい一流の武器はいらねえよ。もっと安価で使いやすい――」

「ですがお客様、粗悪品を用いて迷宮に挑めば、魔物どもに遅れを取ることになります。命を繋ぐ武具に糸目をつけては元も子もないでしょう? ここは一つ、未来への投資と思って、金貨五枚のバスタードソードを買って――」

「だから高いやつはいらねえっつーの! 安いのでいいから出せよ!」

「と申されましてもわたくし共は一級品しか扱っておりません。粗悪品、劣化品は一切持ち合わせておりませんのであしからず」

「だああ、役立たずー!」


 という具合に、見事に足元を見られている。ロブたちが早急に魔物を狩りたいのを察し、商人はわざと高いものを掴ませようと躍起である。

 見れば、荷が多く乗った馬車の中、粗末そうな矢や短剣が顔を覗かせているのだが、それはあたかも存在しないかのように商人はすっとぼけて知らん顔。

 いい面の皮だが、ロブとしてはたまったものではない。

 ネイラがぼそりと、


「もうこの商人脅して武器かっさらった方が早くない?」

「……まったくの同感だが呼吸するように怖いことを言うな」


 カルキノスが横で注意するが、ネイラは不服そうに鼻息を漏らす。

 と、商人が根負けしたかのように言った。


「ふう。やれやれ、お客様の財布の紐は硬いようで。――仕方ありません、売買は無理ですが、レンタルという形ならいくつかお渡ししましょう」

「え、マジ、本当か!?」


 以外や以外、粘ってみるものだった。ロブの口角泡を飛ばす勢いで交渉を続けていると、商人は苦笑してそんな発言をしてきた。

 馬車の奥へ引っ込んで、五つの品を持ってくる。

 剣、ブレスレット、首輪、ピアス、鏡だ。


「こちらは全て銀貨三枚で一日、貸出でございます。――剣は『バリアブルブレイド』。刃の長さや硬さを変える事のできる一品でございます。ブレスレットは『錬環の腕輪』、液体を個体化させる能力を持った物でございます。首輪は――」


 どれもそれなりに有用な割には安価だった。もしかすると最初からこれらを貸し出させるために、最初某外ば値段の品を見せつけたのかもしれない。

 商人の手のひらの上だったが、ロブたちとしてはリザードマン特進種を倒せれば何でも良い。

 ロブは、貸出品の中から、拳大ほどの鏡の説明を最後に聞く。


「それは『クレアの霊視鏡』でございます。鏡ごしに見た対象の能力値、及び二秒後までの動きを把握する鏡でございます」

「能力値を把握?」

「それに、二秒後までの動きを把握、だと?」


 ロブとカルキノスが疑問に思うのに商人は答える。


「はい。この鏡を通して見たものは、その腕力、速度や技能、装備した武具の効果までもたちどころに暴くのでございます。そして特筆すべきは未来予知。今申しました通り、二秒先までの相手の動きを把握することができます」

「す、すげえ……っ」


 能力の把握と未来予知。まさに百人力の効力だろう。

 今のロブたちには金貨五枚をはたいてでも手に入れたい一品である。


「それにするぜ。いいだろ、二人とも」

「異論なし」「まあ、いいだろう」


 さっそく了承されたので、商人へ銀貨五枚を渡し、『クレアの霊視鏡』を受け取るロブ。


「何か試しに視てみたいな。何にでも反応するのか?」

「はい。鏡越しであれば、『隠蔽』や『偽装』技能持ち以外の方以外なら、把握できます」


 試しに商人を鏡越しでロブは見てみた。

 腕力や体力、俊敏性などごく一般人の領域を出ない。話術や交渉術など、商談で役立つものがいくつか見受けられる。


「じゃあ次はネイラ」


 仲間の女性を見てみる。それなりに高い俊敏性やそれより落ちるがまあまあな値の腕力、魔力。中距離戦に役立つ技能がいくつか。そして――


【バスト77,ウエスト53,ヒップ82】


「ぶ――っ!」

「……なに見た? こっちにも見せて」

「や、やめろよせ、これは見たらヤバイ」


 ネイラはロブから鏡を取り上げる。そして中身を確認し、


「……ロブ、最後に言い残すことはある?」

「違う! これは不可抗力だ、俺は別にお前の小さな胸の正確な値を知ったところで何も思わないし全くもってちっともお前のどうでもいい体ぐえっ」


 ネイラから瞬速の拳をもらい、ロブはくるくる回りながら、背後の木にぶつかってぶっ倒れた。仰向けに地面に転がり、哀れである。

 お返しとばかりにネイラがロブを鏡越しに見る。


「……ふ。ロブ小さい。気絶中とはいえ思ったより小さい。フフ」

「……いったい何を見たのが聞きたくもないが、恐るべきはネイラの遠慮なさだな」


 カルキノスがネイラのあまりの悪い顔に戦慄する。

 ネイラはロブの能力値を見て(主に下半身の部分の能力値にせせら笑い)そしてロブは完全に気絶して、ネイラの数値を綺麗さっぱり忘れたのだった。



 ロブたちは迷宮に戻りリザードマンの住処へ戻った。

 相変わらず蜥蜴人は窪みの中の財宝を守っている。

 だが岩柱の影に潜むロブたちには気づいていないようだ。

 能力値を把握し、先手を取るなら今だろう。


「なあ、リザードマンの等級レベルってどのくらいだと思う?」


 ふと、『クレアの霊視鏡』を取り出しながらロブが言う。


「さあ? 十八くらい?」

「十代ということはなかろう。およそ二十五前後だな」


 妥当とロブも思った。いかに特進種だとしてもリザードマンのいる迷宮は初心者用の第五迷宮《岩窟》。弱い魔物ばかりなのだ。特進種といえど強くなるのは限界があり、弱い魔物ばかり狩ってもさほど等級レベルは上がらないだろう。


「まあ、等級レベル十代なら許容範囲内だよな。二十代でぎりぎりかな? 三十代以上となると逃げて別の対策を講じた方が速いな」

「うふふ。もし十代だったいじめて蜥蜴汁にしてやる」

「相手の数値分かると気が大きくなるのなお前」


 怖いこと言うネイラにカルキノスが呆れる。


「まったくだ、馬鹿を言うな。たとえレベルが十代だろうが何だろうが油断は大敵。命を落とす源だ、奴は千の軍勢にも匹敵する強者と思え」

「はーい」

 などと意気揚々、三人はリザードマンの能力値を把握するべく、クレアの霊視鏡越しに、蜥蜴人を見た。


【リザードマン  レベル57】

 クラス:特進種 

 体力:554  魔力:311  頑強:511

 腕力:521  俊敏:432  知性:420

 特技:大剣技Lv5 盾術Lv5 

 装備:大蜥蜴の大剣 タワーシールド



「ぶ――っ!」


 あり得ない数値だった。

 等級レベル――57!?

 悪い冗談にも程がある。階層に換算すると遥か下、六十層クラスの強敵だ。


「や、や、やべえ! れれれ等級レベル57ぁ!?」

「ば、馬鹿な、あり得ん。鏡の故障ではないのか?」

「そ、そんな訳あるか! さっきネイラのスリーサイズで確かめただろ! あの貧乳、見事見た目の印象と合致してたから壊れてねえ!」

「貧乳は余計。毒針刺すよ? 二人とも――」

「馬鹿が、声を荒らげるな! ……う!?」


 視界に黒い影が映った。

 大きな、とても大きな影。

 三人は、恐る恐る振り返ってみる。

 リザードマンが。

 蛇のような細い瞳をした蜥蜴の化物が。大剣を掲げ、まさに今振り下ろさんとしていた。


「ぎゃーっ!」

「散開、散開、離れろ!」


 咄嗟にネイラとカルキノス、真横に飛んで回避する。

 だがロブは動揺が強かったため動けない。

 反射で槍を構えたまでは良かったが、大剣が押し込まれる。

 大質量と極速の衝撃にロブの腕が痺れる。


「うおお!?」


 下の地面が陥没しその拍子にロブは横へ跳んだ。

 大剣が今まさにロブがいた箇所を砕き、地面が爆散する。

 刹那、ネイラがロブの背後より跳躍し毒針を五つ投げつけロブを援護するが、リザードマンは振り向きもしない。蝿でも払うように盾で毒針で撃ち落とし、咆哮一つ上げると、跳躍。ネイラを遥かに上回る大跳躍で、ロブの脳天へ大剣を降ろさんと躍りかかる。


「うお、やべ――」

[大地の使徒、湖の麗人、魔を打ち払う希望となりて顕現せよ! 『ノーム』! 『ウンディーネ』!]


 立て続けに召喚されたカルキノスのノームとウンディーネが、土のハンマーと水の鞭でリザードマンに迎え撃つ。が、全く歯が立たない。

 リザードマンの刺突、逆袈裟斬り、薙ぎ払いにたちまち二体の精霊は消滅。

 その敗北を嘲笑うようにリザードマンは前へ踏み込みロブへ襲いかかる。


「うおおおお!?」


 刺突、刺突、袈裟斬り。音をも斬り裂く斬閃がロブの頭すれすれを薙ぎ払い、ロブは必死に距離を取るべく後退するが逃げ切れない。

 来るわ来るわ斬撃の嵐。先刻のときよりも斬撃の速度はいや増し、まるで剣舞の見本市。ため息すら出そうな凄まじい剣の乱舞だが、しかし、一歩間違えば首を取られかねない死の一撃。

 カルキノスがサラマンダーを突進させネイラが毒針を放つが尽くリザードマンの大剣で斬られるか盾で弾かれるかで効果がない。さらにサラマンダー、ウンディーネ、ノームの三種、火と水と土の刀剣やブレスで迎え撃つが、大剣で容易く斬り伏せられる。


「つ、強い――」


 これが等級レベル57。

 特進種と呼ばれる魔物。

 最初戦ったとき、まだリザードマンは本気ではなかったのだ。

 二度も住処を争うとしたロブたち愚かな探索者に対し、ついに本気になった。

 ネイラが業を煮やしたように円月輪と毒針八本を矢継ぎ早に投げる。

 が、直後、リザードマンの咆哮――『ウォークライ』を受けて、彼女の体がびくんと硬直してしまう。


「危ねえネイラ!」


 とっさにロブがネイラの細い体ごと押し倒し、リザードマンの薙ぎ払いを回避させなければ、今頃ネイラの首が宙に飛んでいただろう。


「……えっち。胸触った」

「こんな時にそんな事気にしてる場合かよ!」

「やるならもっとロマンチックに……」

「馬鹿! 前見ろ剣、剣、剣!」


 リザードマンの兜割りの強烈な一撃をなんとか側転することで二人は回避する。

 カルキノスが援護にシルフに突風を起こさせリザードマンの顔に岩を直撃させる――が石頭なのか何なのか、リザードマンは軽く揺らいだけで、闘志の欠片も減じなかった。


「ロブ! 早く鏡を使え! 死ぬぞ!」

「わぁってる! ――うお!?」


 慌てて鏡を構えようとした矢先、リザードマンがロブの槍を軽く弾いた。

 ネイラがすかさずダガーを投げてリザードマンを牽制。

 ロブは冷や汗を掻きながらその隙に『クレアの霊視鏡』越しにリザードマンを見る。

 鏡越しに見えたリザードマン、大剣を使った、攻撃の軌道が見えた。


「っ!」


 ロブから見て右上、大剣の振り下ろしを容易く回避する。

 続いて鏡を覗き、リザードマンが横合いからの薙ぎ払い、刺突、跳躍からの叩きつけまでもロブは予知してかわし続ける。


「ロブ、凄い……」

「それが鏡の力か――」


 クレアの霊視鏡の効力は抜群だった。

 鏡越しにリザードマンの次の挙動、及びその攻撃軌道、二秒後先の未来がロブの視界に飛び込んでくるのだ。

 ロブはさらにリザードマンの尾の振り払い、全身使っての突進、盾の振り回しを立て続けに予測し察知し回避しきる。

 まさしく宙を舞う鳥。隼か燕さながらの優雅な舞い。完璧に近い回避運動に、ネイラもカルキノスも感嘆の溜息を漏らす。


 だが、このまま回避を続けていてもジリ貧だ。

 ロブに攻撃は当たらないが、リザードマンにも攻撃は通じない。

 両者の間にある、絶対的な等級レベル57の差。それがある限り、いずれロブは体力を切らし負ける。

 その時までに、雌雄を決しなければなねば未来はない。


「おい! 今あいつの弱点を探す!」


 ロブが槍でリザードマンの大剣をそらしつつ叫ぶ。


「その後にあいつへ一斉攻撃をしてくれ!」

「――ちっ、しくじるなよ」

「急いでね、ロブ」


 ロブは鏡越しにリザードマンを見る。

 いかに強大な特進種といえ、その体には必ず弱い部分はあるはずだ。

 生き物ならば必定の理。たとえば人間は急所と呼ばれるものはいくつもあるし、これまで戦った魔物も例外はない。

 必ずある。

 リザードマンの弱点は存在する。

 どこか、どこか一箇所でもいい。

 あれを倒せる、弱い場所を――

 見つけろ――っ!


「あうっ」

「早くしろロブ!」


 ネイラがリザードマンの尾の一撃をかわしそこね吹き飛び、カルキノスのサラマンダーが大剣で真っ二つにされカルキノスが焦る。

 ふと。

 ロブは、

 リザードマンが大きく咆哮した瞬間。

 その大きな背中、鱗まみれの体の一部分――やや後ろ寄りの左肩に、小さな傷跡があるのを鏡越しに見た。


【状態:負傷。まだ完治せず。耐久率三割】


 鏡越しに見えたその情報が、ロブに勝利の予感を抱かせる。

 ――あった!

 これだ……これだっ!


「見つけたぞオラぁ! ――左肩後ろ! 傷がある!」


 ロブが蛮声を放ち、ネイラとカルキノスが希望に燃えて吠える。


「ようやくか!」

「――仕留める」


 ネイラが地面へ撒菱を大量に巻き、リザードマンの歩をわずかながら抑える。

 すぐに大剣が振り下ろされ、大半の撒菱が粉砕されるが、それで十分だ。


「――闘技」

 ロブが岩柱を蹴り跳躍し、


「外さない。獲る」

 ネイラが劇毒塗られたダガーを構え、


[風の麗人よ。吹雪けよ。我は正義の嵐を望む]

 カルキノスが今日最大の風精霊を喚ぶべく、叫ぶ。


「――『雷光閃牙』ぁああっ!」

「――特攻っ!」

[――『シルフ』よ! 顕現せよっ!]


 シルフによって巻き起こされた突風が岩を砕きながら包みリザードマンの動きを一瞬だけ止める。続いてロブの跳躍しての槍突き落としが、リザードマンの左肩へ突き刺さり、その衝撃で広がった傷口へとネイラが飛び込み毒のダガーを突き入れる。


「ギュウウウウガアアアアッ!」


 咆哮し、身悶えしたリザードマンが次の瞬間――

 ビクン、と。その総身を震わせた。


「効いてるぞ! 畳み掛けろ!」

「――闘技! 『斬月輪』!」

[怒れる大地よ我に力を! 魔なる使徒を打ち砕け! 『ノーム』!]


 ネイラの連続兜割り、カルキノスの土精霊の豪腕撃がリザードマンの顔面を強打し、斬撃し、斬り刻む。

 反抗するかのようにリザードマンは大剣と尾を振り回し、ロブとネイラを弾き壁に激突させるが、それまでだった。

 広げられた傷口から侵入した先程のネイラのダガーの毒が、体内を蹂躙。体内組織を破壊され、血液の流れを止められ、その生命活動に支障を果たす。

 それでも、等級レベル57の特進種としての矜持がさせるのか、リザードマンは咆哮し威嚇すると、洞窟奥深くへ逃げた。


「よ――」


 逃走した。財宝の山を放って。一目散に、リザードマンは逃げたのだ。


「よっしゃああああああっ!」


 討伐は叶わなかったが、見事追い払うことに成功した。

 ロブたちは歓喜に湧き、見事、リザードマンの財宝を得ることに成功したのだった。


 

「にしても、強え敵だった」


 帰り際、頭の財宝を得たロブが破顔したまま言う。


「これもこの鏡のおかげだな。あー、体が痛え」


 微笑みつつ、体の節々をもみほぐす。間違いなく体の限界だったが、苦労に見合うだけの成果は得た。カルキノスもネイラも、自然と柔らかな口調である。


「これで、姫様喜んでくれる。楽しみ」

「我らの成果、きっとルルカ様もリリカ様も褒めてくれるはず」

「俺さ、カルキノスもネイラも口ばっかで駄目じゃん、とか思ってた。でも違った。ごめんな、今まで」

「何を言う。俺こそお前という男を誤解していた、ロブよ。今日は健闘だったな」

「ネイラもそう思う。ロブもカルキノスも素敵。がんばった」

「お前ら……」


 ロブはじいん、と胸の中が熱くなり、思わず二人を抱きしめた。

 カルキノスからは「俺はホモではない」と嫌がられ、ネイラからは痴漢扱いされたが、それでも感慨はひとしおだった。勝利の余韻とは、かくも人を幸せにするのだろう。

 さて、探索が終われば当然、換金である。

 早速三人は大袋に詰んだリザードマンの宝を抱え、ギルドへ鑑定を依頼しに行った。

 大量の目も眩むような品々を鑑定してもらう。

 ところが――


「……お客様。大変申し訳なく思いますが……」


 怜悧な目つきで鑑定していた赤髪の女職員は、感情を抑えた声で告げる。


「ほとんど全て、偽者です」

「な」「え」「馬鹿、な」

「どうやら、件のリザードマンは人間の作った物のうち、贋作ばかり好む性質だったと思われます。おそらくですが、物として完璧なものより、どこか不完全なものを好んだのでしょう。全て一文にもならぬガラクタです」

「なん、だと……それじゃあ」

「はい。屑同然ですので、全て買い取りは不可と言うことに……」


 ショックでしばらく石化する三人である。

 顔はこわばり、体は震え、一言も話せない。

 ギルド職員が気の毒そうに顔を伏せる様子が、じつに痛ましかった。


「だ、だから俺はさぁ」


 我に返ったロブが、仲間を振り返る。


「うますぎる話だと思ったよ! 何だよお宝抱えた魔物って! あり得ねえだろ常識的に! 誰か気づけよ!」

「だが、行こうと言い出したのはお前だろロブ。責任は全てお前にあるぞ」

「はあ? はあ? ちょ、待てよ俺のせい? ふざ、ふざけんなよぉ!」

「これでネイラたちはさらに貧乏まっしぐら。ああ、姫様に何て申し訳すればいいか」

「切腹だな。潔く散るがいいロブ」

「はい、これ毒塗りのナイフ」

「ざけんな連帯責任だろ! 俺だけに押し付けるのずるくねぇ? そうだよね? ちょ、何二人して知らん顔してんだよ!」


 ギルド職員は触らぬ神に祟りなしとばかりに引っ込んでいった。ロブの虚しい声が響く。


「あああ……ぐすっ、ちくしょう、悔しすぎて涙出てきた……ルルカ様ぁ、リリカ様ぁ、親衛隊ロブ、一生の不覚です! すいません、俺らが馬鹿でした!」

「所詮、ロブはロブだったな」

「こうなると分かっていれば止めたのに」

「……あのね? お前ら言いたい放題だけど同罪ですよ? 大体てめー、カルキノス、ネイラ! 交渉俺に丸投げしといてその態度はねーだろ! おめえらには責任はあるぞ! 今からでも迷宮行って宝とってこいや!」

「それこそ横暴というものだろう。我らを代表して交渉したロブこそが今回の功罪人。潔く認めろ」

「……ふ。ふふ」ロブの体が震えた。「わかった! もうお前らは仲間とは思いません! 決闘だおらぁ、表出ろ!」

「きゃ~。ロブがキレた」


 怒り狂うロブがカルキノスとネイラに掴みかかる。

 直後、「お客様すみません」と屈強なギルド職員がのしのし向かってくる。

 あとは阿鼻叫喚、地獄。

 クレアの霊視鏡代、銀貨五枚分、減ったロブらは喧嘩、乱闘、大騒ぎ。

 リザードマンも逃したため、素材も魔石も収穫はゼロ。完全な赤字である。責任のなすりつけ合いに、結局三時間も要した三人であった。


「う~~、体痛ぇ……」

「ふん、お互い様だ。見ろ、俺のこの痣を」

「ねえ、新しい依頼を受けてきたよ。――今度はエルダーゴーレムが宝石ごっそり溜め込んでるって」

「「もうその手の話は嫌だ!」」

 

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