兄妹水入らず
剣の切っ先が相手の前髪をかすり一房の髪を舞い散らせる。
疾風怒濤、間を置かず相手から突き出されるのは神速の突き。
それにフォードが合わせる。一撃、二撃、三撃、空気を穿つような繊細かつ大胆な攻撃にこちらの切っ先をぶつける。
一瞬が永遠にも感じられる刹那の間、鋼の刃が舞い、火花が散り、剣閃が目まぐるしく踊る。
まるで舞踏だ。けれど、それは死と隣合わせの命がけの舞。使われる刃は本物であり、一流の名工の品であり、かすっただけで肌には傷ができ血は流れる。
真剣と真剣同士の神速の斬り合い。正気の沙汰ではなかったが、二人にとってこれは日常のことだ。
剣に己の想いを乗せ、音よりも速く、雷よりも速く、何よりも速く速くと、願いにも似た攻撃を胸に、幾百幾千と剣閃を繰り広げる。
「さすが! いい調子だねメリル!」
「はい! わたくし、楽しいですわ兄様!」
剣舞に剣舞を合わせ刹那のうちに数十もの刃の応酬。
衝撃で辺りの地面が削れる。囲う針葉樹の葉は風圧に負け散り飛び、唸る刃の剣圧が、美しく大気を切断する。
常人には見ることも叶わず、達人にはため息を漏らせ、そして俊才達ですら息を呑ませる光景。
兄たる少年、フォード・オルトレール。
妹たる少女、メリル・オルトレール。
天才と天才の織りなす、まさしく超域の剣舞。神速と剛撃。溢れんばかりの気迫と情熱は、二人に更なる剣技を引き起こさせる。
「次は闘技をいくよ! 手加減はなしだ! 構えて!」
「臨むところです兄様! わたくしの成果、見せてあげますわ!」
それまでも超域にいた二人だが、まだまだ序の口だったとばかりに一端背後へ飛ぶ。
兄である少年は、剣の切っ先を真っ直ぐ背後に向け闘気を集中し――。
妹である少女は、剣を水平に構え、柄を後ろへ引き瞑目し――。
「――闘技」
「闘技っ!」
空気が張り詰め辺りが静謐な空間へと周囲が昇華されたとき。
互いに剣に闘気を集中させ終え、兄は大上段から剣を、妹は活眼し引いた刃を、一直線に突き出す。
「――『アストラル・エクレール』ッ!」
「――『フィルレント・アキュラシー』ッ!」
互いに渾身の力を込めた一撃は、大気を穿ち大地を切り裂き、破壊力を伴った剣圧を、貫通力を備えた風圧を、生み出した。
「ぐうううううっ!」
「ん、んんうぅうっ!」
兄が大上段から振り下ろした剣圧と、妹の突き放った風圧が、真っ向から衝突する。
視えぬ激烈な剣技同士の衝突は、雷鳴もかくやという大音響を生み出す。
地が裂け針葉樹が傾ぎ、荒れ狂う大気の渦が、破壊の余波となって辺りを一掃する。
広大な広場に幾百もの亀裂が生じた。
歯を食いしばる兄。片目を閉じ、衝撃に耐える妹。
両者、一歩も譲らぬ必殺奥義の激突は、辺りの被害を拡大させ、さらに地面には亀裂が広がり、もはや、余波が二人をも巻き込まんとした瞬間――。
「駄目だ……」
ふっと、兄の方がわずかに先に力尽きた。
放たれていた剣圧も減退し、暴風めいた勢いは弱まり、徐々に、徐々に規模を小さくして――やがて消えた。
対する妹はまだわずかに余力があった。
兄へ風圧が直撃する前に、剣を逸し、風圧の行き先を変える。
直後、軌跡を変えられた風圧が広場端の針葉樹に直撃。半ばから木っ端微塵に粉砕し、千を超える破片を撒き散らさせる。
それを、見て、兄フォードは、妹の類まれなる力を誇りに思い――。
「凄いな、メリルは」
精魂突き果てて、その場で倒れ伏した。
† †
頭の裏に柔らかな感触を抱いて、兄フォードは目を覚ました。
「あ、兄様、ご気分はいかがですか?」
優しい澄んだ声音。美しい長い金髪と、わずかにそよぐ甘い香り。見るものにため息を漏らすほどの美貌。
どうやら気絶していたらしい。
その間、妹メリルに膝枕されていたのだ。フォードは思わず苦笑した。
「ごめん、気を使わせて」
「とんでもありませんわ。兄様、怪我などはないですか?」
フォードは微笑んで応えた。
「ないよ。――今日もメリルはよくやったね。完敗だったよ」
「いえ、兄様の方こそ、さすがの練度ですわ、次はこうは……」
「いや、紛れもない、メリルの勝利だよ。次もこうなるかもしれない」
「そんな、恐れ多いです。わたくし……」
「ふふ、いいや、素直に受け取ってくれ。メリル、君は強いよ」
膝枕されたまま見上げる形で、真っ直ぐな瞳と言葉を向けると、メリルの頬が紅くなった。
大好きな兄に褒められ、嬉しいのだろう。
その気持ちはよく判る。
メリルは最近、たくさんの鍛錬をこなした。朝も昼も、夜も寝る間を惜しんでの鍛錬。その成果が現れたから、感慨もひとしおなはず。
「も、もうっ、兄様、冗談もほどほどに」
「冗談ではないよ。僕は、嬉しいんだ。メリルがさらに強くなっている。もっと上に行ける。一番大切な人が更なる高みへ行く――これほど誇らしいことはない」
「あ、あんまり言わないでください……」
照れが極地に至り、メリルは顔をそむける。
その仕草もまた愛らしく、フォードは自然と笑みが浮かんでくる。
けれど、先程から少し懸念が一つ。
「ふふ……あ、でも膝枕、ちょっと恥ずかしいかな? そろそろ離れていい?」
「だめですわ、兄様、わたくしをとっても恥ずかしくしたのですから。兄様も恥ずかしくなってください」
「どんな理屈なんだい。いや、うーん、でもやっぱり、ちょっとこれ、恥ずかしいから――」
思わず妹の膝枕から脱しようとすると、メリルはその細い手で兄を押さえつけた。
「メ、メリル?」
「だめです、兄様は、わたくしを恥ずかしくしました。ですからたっぷりと兄様も恥ずかしくなければいけません」
「そう言いつつ、メリルもちょっと顔が紅くなってきたよ?」
「そんなことありません。別に膝枕で兄様の顔が近いとか、兄様の吐く息が当たってちょっとこそばゆいとか、そんな理由で段々恥ずかしくなったわけではないです」
「語るに落ちるとはこのことだね」
「あう……あ、兄様、いじわるですわっ」
メリルにしては大きな声でそんな事を言う。
フォードは、笑った。幸せだった。
のどかな昼下がり。全力を尽くして技を行使して、疲れ果てた後の膝枕。
柔らかくて、暖かくて、心地よい。
ずっとこうしていたいという気持ちと、いつまでも妹に膝枕してもらう気恥ずかしさから、フォードは照れ笑いを浮かべる。
「あ、今なぜ笑ったのですか?」
「ふふ、何でも。僕、メリルがいれば、あとは何もいらないかな」
「え!? あの、その、え!?」
忌憚のない想いをこぼしたら、とたんにメリルが嬉しそうな、恥ずかしそうな、そんな感情が混ざり合わさった顔でさらに紅潮していく。
フォードは、ふふふ、と難度も笑った。
風が気持ちいい。平和な、のどかな昼下がり。
陽光は優しく、風は甘く、妹の膝の感触は最高の感触で。
もう少し、こんな幸せな時間が続けばいいなと、フォードは思っていた。
数分後。
「あう……兄様、いつの間にか寝てしまいました。膝枕解除できない……っ。あ、でも、寝ている兄様の顔、好きなだけ見つめられますわ。綺麗な顔……。……。……。……。……。は!? いつまでもこうしていたら兄様、風邪をひいてしまいますわっ。兄様、起きてくださいまし。あにさまー」
優しく、兄を解放しながらも、戸惑うメリルなのだった。




