45. 死闘を終えて
ルザとの戦闘は終わった。
彼は下層へ消えていった。彼の配下も全てフォードに倒されるか投降し騒乱は幕を閉じた。
第九迷宮『冥府』――七十八階層は、凄惨たる有様だった。
壁は砕けて天井は崩落し、いたるところに四散した岩が転がっている。闇の光線や悪魔の火炎に焼き尽くされた洞窟内は、痛々しい光景に満ち、災禍が通過した爪痕を生々しく残している。
バルログを憑依したフォード(分身体)は一旦、広場の端に回り、配下の魔物たちもほとんど迷宮の奥へ警戒にあたらせていた。
激しい戦いだったが、死者が皆無なのが救いだろう。ルルカもリリカも王も、使用人も、子供たちも、親衛隊も無事。ルザにさらわれた踊り子七十人含め、負傷者こそいたが皆が五体満足だった。
「フォードっ!」
「――フォードさんっ!」
目元に涙をいっぱい溜めて、ルルカとリリカがフォードへ駆け寄る。
嬉しさに満ちた溢れた表情で、フォードへ抱きついていく。
フォードの胸の中に柔らかい感触が広がる。
戦闘の余波ですすまみれになった王女達だったが、その潤んだ瞳は美しく、また暖かな体には生命の脈動を感じる。
「終わりましたよ、ルルカ王女、リリカ王女」
「良かった……本当に良かったのだ……フォードぉ」
「フォードさん、一時はどうなるかと……無事で本当に良かったわ……」
顔や体のあちこちに裂傷や火傷の痕を残しながらも、フォードは笑った。
いま、ルルカとリリカの無事な姿を見れて嬉しい。
彼女らの温もりが愛おしい。
ルルカとリリカの甘く優しい匂いがたまらない。
この優しい時間を得るために、自分は戦ってきたのだ。
ずっとずっと、こうしていたかった。
心の中に暖かさが満ち足りていくのを感じながら、フォードは微笑んだ。
「もう大丈夫です。僕はずっと一緒にいますよ。これからは幻の中でなく、本物の肌で触れ合えます」
「うんっ……うんっ……」
「助けてくれてありがとう、フォードさん……っ」
感極まったルルカとリリカが、嬉しさに涙をぽろぽろ流す。
その涙、その感激が、フォードにとって最高の勲章だ。
死闘を経た疲れも、吹き飛ぶというもの。
とはいえまだ安心するのは早い。未だここは迷宮内であり、安全圏とは程遠いのだ。
「さあ、涙を吹いて下さい、ルルカ王女。リリカ王女。後始末はまだ終わっていません。この迷宮から脱出しなければ」
「うん、そうだな!」
「地上へ出たら、踊り子さんたちも元の場所に戻してあげないといけないわね」
王女たちの嬉々とした様子に、イルサールが、疲労でよろけつつも親衛隊に支えられ話しかけてくる。
「踊り子たちは、様々な街や村からルザに捕らわれてきたらしい。家族や仲間が心配しているはずだよ。一人一人送ってあげて、平和な日常に返してあげよう」
「そうですね。それで初めてルザの暴挙は終わりを迎えますし」
フォードはそう頷いた。人道的処置としてももちろんだが、王女達の護衛としては、七十人の乙女を救った事で、その近縁者からの援助も期待している。
即物的な話だが、彼女たちの中には貴族や王家の人間もいるだろう。イルサール達の悲願を達成するためにも、少なからぬ協力を期待してもバチは当たるまい。
〈――やれやれ我が契約者よ。もうそんな算段か。じつに即物的で良い事だ〉
「(とか言いつつ、嬉しそうな笑みを浮かべているあなたは何なのでしょう)」
思考を読んだエリゼーラが艶然と笑む。呆れてフォードが返答していると、踊り子の一人が前に出て来た。
「あ、あの、この度は本当に、ありがとうございました!」
薄衣を揺らしながら、続々と、フォードの周りに集まる乙女たち。
「感謝するわ。あなたの奮闘をあたしたちは絶対に忘れない」
「あたし、旅団『暁の竜剣』のエリエス! 何かあったら是非来てね! お礼するから!」
「ポートリア王国の第八王女、メリーシアですの。フォード様、素敵でしたわ」
「あたしベレン族のカレンだよー。一族の集落に来たら歓迎してあげるー」
「あ、あの……ニメアです。お針子やってます……フォード様……ありがとう、ございました」
「遊女のイブよ、助けてくれたお礼にイイコトしてあげるわぁ。お店に寄ったらよろしくねぇ~」
王女、貴族、傭兵、商人、探索者、街の看板娘……多用な乙女達がしきりにお礼を言ってくる。まだ迷宮も脱していないのに、体もぼろぼろなのに、フォードに向けられる感謝の言葉。
あっという間に、フォードは七十人の娘達にもみくしゃにされてしまった。
リリカが嫉妬で「むうう~っ」と唇を尖らせるのをよそに、ルルカとイルサールらが言葉を交わす。
「しかし、ルザを倒した事で、父親が動かなければ良いが……」
「そうね。ルザはギルド幹部の息子。あんな事をしていたけれど、報復が心配だわ」
「警戒は厳にすべきですな、陛下」
カルキノスら親衛隊の視線に王女と王は頷く。
ルザは外道だが、しかしその父親がギルドの重鎮である事を忘れてはならない。息子であるルザの死が判明すれば、彼が報復に躍り出てきても不思議はないだろう。むしろ、表立って行動する口述ができ、ルルカ達への危害を加える事は十分あり得る。
「ルザの父親――グレスには後ろ盾となっている貴族もいるだろうね。妨害や恐喝、直接的にしろ関節的にしろ、面倒を起こす可能性は否定できない」
「それに、今日逃してしまったルザの配下達も心配だわ。きっと裏社会に巣食う者たちもいたはず。彼らの復讐も考えると、まだまだ安心できないわ……」
ルザの配下はほぼフォードが掃討したが、全員というわけではない。
当然、斥候や予備兵としての配下もいたはずで、そちらは騒ぎに乗じて逃げたはず。
彼らが結託して、あるいはルザの父親の尖兵として再び現れる事はないとは言えないだろう。
親衛隊や、屋敷の使用人達、見習いの子供らが不安そうな顔を浮かべる中――
「そんな事はさせませんわ」
「そうそう。あんな男の親、気にする必要ありません」
王女、貴族の息女、大商人の跡取りといった実力者らが、しきりに声を上げる。
「フォード様。並びにイルサール王と王女殿下。此度の恩をあたしは忘れません。フォード様とイルサール陛下に仇なす者がいれば、必ずやポートリア王家の名にかけ成敗致します」
「旅団『暁の竜剣』も同意だよ! フォードさんに敵対するってんならやってやろうじゃないの!」
「傭兵団『白鷺蓮』も同意だ。我らの手助けがあれば何なりと言ってくれ」
「むしろ今回の事を告発してあいつの父と親族には断頭台に登ってもらいましょう」
「そうよ、そうすべきだわ!」「フォードさんやお姫様に、手は出させない!」
口々にそう言ってくれる乙女達。聞けば彼女らは元々、エルフ王国への同情を覚えていたが、ふんぎりがつかず、迷っていた者も多いとのこと。そういった、中立的な彼女らが今回の騒動で味方についた。それは、限りなく頼もしい事と言えるだろう。
イルサールが、はやる皆の気持ちを落ち着かせるように言葉を重ねる。
「ありがとう、お嬢様方。――何はともあれ、まずは脱出だね。七十八階層を抜けるのは、容易ではない。ハイスケルトン、ヘルズバット、トレントグール、スカルドレイク……強力な魔物は数多く……全員無事に切り抜けられるか判らない」
「ルザ配下の残党も心配ね。油断すれば背後から刺されるかもしれないわ」
「それと忘れてはならないのだ。ルザは拠点に罠も仕掛けてる。それも危険なのだ」
フォードが強行突破したとはいえ、全てを打破したわけではない。伏兵、トラップ、魔物の驚異――それらをうまく回避する方法などすぐには構築できない。
「……無事に脱出したとても、私達の森の屋敷が心配だね。あそこはルザに破壊されてしまった。再建したいが、彼の父や繋がりのある裏社会の者達を警戒するには、いささか力不足だ」
「ギルドに協力を要請しようにも、そのルザの父親はギルド幹部なのだ。何か妙案は……」
「他国に協力を仰いでは如何でしょう、陛下」
カルキノス以下、ネイラ、ロブも提言を試みる。
「他国か……やってはみるが、どこまで通じるか。ルザの父の息がかかった場所も多い」
「いっそ奇襲を敢行。ネイラ、志願致します」
「俺らがルザの父親の首取ってきますよ!」
「無謀だよ。部下を無駄死にだけはさせるわけにはいかない」
「しかし陛下……っ」
ロブらが言い募る。結局、彼らとしては王族を守り通すことができなかった。
親衛隊としての矜持はボロ屑にされたも同然。煮えくり返るルザと父親への敵愾心は、相当なものだろう。
「我ら三人、親衛隊の生き残りとして陛下と姫様を守る義務があります! このままルザと父親のいいようにはできません! どうか、許可を!」
「承服できない。君達は私とルルカ、リリカの家族も同然だ。生き残りとして義務や責任を感じるより、生きて私達に尽くす事に励んででほしい」
「……しかし! 陛下!」
ロブとネイラがなおも言い募る。カルキノスは無言で佇んでいるが、気持ちは同じだろう。気持ちの整理がつかないのは同じ事だ。
使用人や見習いの子供達も、声を荒げる事ことしないが、その瞳は不安に満ちている。
「――それについては、僕に考えがあります」
「フォード君? 何かあるのかい?」
七十人の娘から抜け出したフォードは頷き、一つ頷いで告げる。
「確かにルザの脅威、というより父親の脅威は未だ拭えないでしょう。馬鹿息子を見捨てて何もしないという楽観よりも、対策を立て報復に備えるのが当然と言えます」
「そうだね、具体案が、何かあるのかい?」
「まず傭兵を何十人か雇うのです。幸い、助けた七十人の彼女たちには援助を望む方も多いですし、彼女ら自身やその伝手で、防備を固めるのが得策でしょう」
「……手堅いね。――他には?」
「ギルド側に抗議を。といっても馬鹿正直に伝えても無視されるだけでしょう。ルザの父親は、組織内に根回しをして護りは万全のはず……なので継続的に圧力をかけます」
「……方針は判る。しかしどちらも根本策とは言い難い。彼なら上手く言い逃れて報復するだろう。何か、決定的な策が欲しいが……」
「もちろんこれらはただの前提案です。本命は、別に用意します。それは――」
そうして、フォードは言った。後世、彼が語り継がれるようになる一つの要因を。
「この階層を、僕達の要塞とします。階層主『紅蓮の悪魔』を操って、配下の魔物を掌握するのです。七十一階層から八十階層全て――それら魔物を、我々の軍団とするのです」
「な――」
「ええ!?」
「そんなことが……!?」
〈……ほう〉
驚愕に満ちる広間の顔を順繰りに、フォードは見回していく。
特にその視線は、広間の端に待機させたバルログや、ハイスケルトンら魔物達が数十体立ち並んでいる。
「すでに気づいているかもしれませんが、僕は『他者を操る』魔術に秀でています。この力を最大限に利用し、まず階層主バルログを完全な支配下に置きます。その上で、バルログのスキル『階層支配』によって、バルログの支配領域――つまりこの迷宮の七十一階層から八十階層までの魔物を、全て支配します。その戦力を、我らの防衛兵団とするのです」
「か、階層主を支配し、その配下の魔物まで、操るだって――!?」
イルサール達の驚愕は当然のことだろう。
迷宮の魔物は倒すべき存在。討伐し素材や魔石を手に入れるための敵――それが探索者の理であり常識だ。階層主を操り、その配下の魔物までも手駒にするなど、前代未聞であった。
そもそも魔物を操る魔術は、無くはないが、それを恒常的に軍団として組み込み、高い練度と活用性を持ち合わせる魔術など、聞いた事すらないのだ。
まさしく未曾有の大きな試みに、その場の全員が驚愕に包まれる。
「し、しかしそんな事、本当に可能なのかい? 例え一日や二日は可能だとしても、完全に階層主を、魔物の王の一角を、長期間に渡って支配してしまうなど――」
「僕の実家、オルトレール家は、代々、『使役』や『隷属』を長年研究する伯爵家でした。表向きは剣技の名家でもありましたが……魔物への切り札としてその奥義を継承してきたのです。恥ずかしながら僕も、その技能を有しています。いくつか条件はありますが、階層主を支配する事は、不可能ではないかと」
「なるほど……音に聞くオルトレール家に、そんな秘密が……ああ、いや道理で、夢でも先の戦いでも、君と戦ったルザの手下は、同士討ちをしていたわけだ。納得だね……」
「はい。僕の固有魔術は《隷属》。――心に邪なものを抱く相手を、支配できる力です」
「なるほど……極々限られた血筋の者は、自らの血を触媒として特殊な魔術を行使できると聞くが、まさに君がそうなのだね」
「はい、その通りです」
もちろん嘘だ。フォードの《憑依》はエリゼーラとの契約の恩恵だ。
しかし全てを明かす必要はない。この力は悪霊王のものゆえ、いたずらに明かすべきではないだろう。王女達は信用できるとしても、捕まって、あるいは《読心》系の魔術で、詳細を敵に知られる事もあるだろう。それは《憑依》の優位性を著しく損なう。イルサールらの信頼を得つつ、自らの秘奥を確固のものとするため、フォードはこの説明が妥当と判断していた。
「フォード、それなら早くやろう。その力を使って、皆の新しい拠点造りを。もうあんな、怖い思いは二度としたくないのだ」
「そうね、その通りだわ。ルザの時のようにはいかない。フォードさんの――いいえ、わたし達の拠点造り。ふふっ、忙しくなるわね」
ルルカ、リリカの言葉にフォードが強く頷く。
もうあんな、悲しみの姿を二度と再現させない。
何よりも強く、強大な護りの軍団を編成してみせる。
七十一階層から、八十階層を闊歩する死霊兵団は最高の軍団となるだろう。ルザの父や同志たちを退け、迷宮を攻略し、いつかアトラシアの神玉を得るための拠点となるに違いない。
はやる気持ちと期待を胸に、ルルカ達が言う。
「あ、でもその前に、七十人の踊り子を送り届けるのが先ね」
「そうだね。まずはご家族達の元へ送り届けてからだ」
「フォードが魔物を使役できるなら、護衛に使うのも手なのだ。七十階層以下の魔物なら、悠々突破なのだよ」
「ええ。僕たちの未来を紡ぐ――これが新たな第一歩です」
戦いは、終わりを迎えた。そして新たなる戦いの日々に向け、最強の軍団は構築されていく。
失ったものもある。救えなかったものもある。けれど彼らは希望を胸に、矜持を糧に、前へと進みゆく。
未来は、強く輝かしく――昨日よりも今日、今日よりも明日は幸せになることを信じて。――そしていつか、本当の平穏が来ることを、夢見て。
フォード達は森の香り舞う、地上へと戻っていった。
† †
地上へと戻り、フォードら一同はまず、七十人の元踊り子たちを生家に帰す事とした。探索者仲間や親類等、近親者たちに戻すべく、連絡をつけていく。
街の看板娘や貴族の息女、王家の者などは帰還にあたらせたが、探索者や傭兵の女性はそのままフォードの地下要塞――第九迷宮の七十八層に住む事を了承してくれた。
これにより七十名のうち三十一名が、新たにフォードのそばで協力してくれる事となった。
大幅な戦力の増員である。残りの三十九名も、何らかの形で協力を惜しまないと約束しており、フォード達はありがたく厚意を受ける事とした。
評判を聞きつけたギルドからは、謝礼を贈られる事となった。
金貨七十五枚、銀貨百四十枚、銅貨五六〇枚――魔術具多数の贈呈。ギルド幹部であるルザの父親と、ルザ本人の失態に、ギルドは謝罪し、また騒動の鎮圧に貢献したとして、高待遇を約束した。
ルザの父親、グレスは行方不明。
ギルドの記録によればルザの騒乱の当日、何者かと接触したとの事。そのまま他国へ渡り、姿をくらました事までは判明したが、それ以上の足取りは掴めていない。
いつか――息子ルザの仇を取る彼と、激突する時が来るのかもしれない。
だが、ひとまずルザを発端とする騒乱――通称『エルフ王族拉致事変』は、終わった事と見るべきだろう。
新たな資金を得た事でルルカ、リリカ、イルサールや親衛隊の装備は新調された。
月や太陽をモチーフにした杖。花と妖精の羽を模したドレスローブ。
その衣装選びの際、フォードがルルカとリリカに、散々店に付き合わされ、クタクタになったのだが――その一幕はまたの機会に語る事となる。
第九迷宮『冥府』――その七十一階層から八十階層は、着々と要塞化が進められていった。
フォードがこれまで集めた資金や手に入れた希少品、新たなに探索で得た物を売り払い、得た魔術具を配置。
完成には二ヶ月を要するが、全て終われば以下の凶悪な軍団となる。
【第一期 死霊軍団編成】
○要塞入口 七十一階層
・ハイスケルトン×203体
・ヘルズバット×314体
・防衛用火炎系、氷結系、雷撃系、各種魔術具を交えた迎撃罠×125
○要塞中腹 七十二階層から七十五階層
・トレントグール×75体
・ハイスケルトン×147体
・ヘルズバット×172体
・幻惑系、錯乱系、罠系、各種関節攻撃系の罠魔術具×78機
○要塞深部 七十六階層から七十九階層
・スカルドレイク×57体
・トレントグール×71体
・ハイスケルトン×188体
・ヘルズバット×183体
・魔術の自動迎撃人形、吹雪系、土系、光障壁系の各種魔術具×65機
○要塞最深部 八十層
・魔術の自律罠、鋼鉄系、凍系、光系、鎖等拘束系の各種魔術具×127機
・スカルドレイク×51体
・トレントグール×84体
・ハイスケルトン×156体
・ヘルズバット×168体
・バルログ(階層主)×1体
――入口となる七十一階層には、ハイスケルトンとヘルズバットの軍勢を配置。
剣と盾を中心に戦うハイスケルトンは、剣、盾、槍、斧、杖、斧、弓、鞭他、多数の武器を活用し、多少の傷をものともせず、体砕け散るまで戦う。
ヘルズバットは《暗黒》系の魔術を放ち、視界を遮った後、『振動音波』や毒、麻痺、意識混濁、記憶一時削除など、状態異常を駆使するエキスパート。
それに加え、防衛用の火炎系、氷結系、雷撃系等、各種魔術具を交えた迎撃兵器が侵入者を薙ぎ払う。
それを超えた先、七十二階層から七十五階層には、トレントグールを中心とした兵団。
状態異常系の腐食蔦と、その巨大自身が武器のトレントグールの脅威は、侵入者を苦しめるだろう。
常時発動である『自己再生』により、たとえその体の七割が消失しても、そこから数秒で再生、侵入者を排除し続ける巨大な樹の屍鬼。
さらにそこを超えた七十六階層から七十九階層――重屍竜スカルドレイクを交えた最硬の軍団が待ち受ける。
鋼の数十倍の硬度、『猛毒ブレス』、『分離能力』『合体能力』、『ウインドテイル』等風系の魔術、トレントグールすら上回る巨躯に勝てる強者はそういない。
いざとなれば『自爆攻撃』を用い、辺りの敵を一掃することすら可能。
さらにそこから『合体』し、再び活動を再開することも可能という、攻守、継戦能力に長けた守護の屍竜。
そしてそれを超えた先には、『階層主』にして炎獄の悪魔バルログが、奥の間で控えている。
悪魔化したルザをも倒した圧倒的な灼熱の炎剣と炎鞭が、侵入者を焼き尽くす。
もちろん、八十階層以降からの奇襲にも備えるため、自律式の罠魔術具の設置も抜かりない。
フォードの分体の魂によって掌握した死霊軍団――その総数1832体。
一体一体が並の探索者(等級レベル二十から三十)以上であり、まさに条理を超えた、鉄壁の守護兵団と言える。
生きた魂を持たない彼らは、疲労という概念すらない。まさしく死を超越した軍団だ。
連携や複数の陣形を用いての訓練が必要なため、完熟にはまだ日数が必要だった。
しかし完成すれば一国の軍事力に匹敵する戦力となる。
ギルドには要塞の旨を報告し、許可されるか是非を問うた結果、快い受諾を表明された。
探索者を統括するギルドとしても、魔物側の戦力を奪い、探索者の益になる要塞は歓迎する所なのだろう。
ギルドと協定を結び、一種の中継拠点として公式に認められる事となった。
その活用法のため、ギルドとの会議にイルサール王は奔走していた。
地下要塞の噂は探索者の間で噂を呼び、いつしか酒場で、街々で、畏怖と尊敬を込めてささやかれていた。
「……第九迷宮に、死霊軍団を構えた猛者がいるらしい」
「噂では美しいエルフの王女もいるとか」
「スケルトンやグールの群れが、守っているとも聞いたぞ! やべえ、見てみてえ」
「伝説の魔剣と宝剣を使いこなす探索者が統率しているらしい……怖っ! 俺は絶対に第九迷宮には行きたくねえ」
けれど、これは始まりに過ぎないのだ。
フォード達によってはようやく安全な拠点が確保できただけ。
ルルカ達の悲願、『アトラシアの神玉』を得るための橋頭堡に過ぎない。
依然として、迷宮のいずれかに神玉があるのかは不明で、更なる探索が必要となる。
そして最後に忘れてはならないのは――
フォードに隷属していた『不死の悪女』の事だろう。




