39. 地下迷宮の狂宴
――そこは、暗く、鬱屈とした洞窟の深くだった。
光も差さぬ遠く地下の魔窟。人の領域から離れた、地の底。
第九迷宮《冥府》。第七十八階層。
不死者系が多く生息する迷宮――そこに、ルザの声が響いた。
「あっはっはっはっ! もっと踊れ! もっと酒をつげ! 俺を楽しませろ!」
陰鬱な洞窟の奥で、ルザの笑い声が響き渡る。
深く、闇のような岩窟に囲まれた広場だった。
壁の向こうと地下より、無数の怨念めいた気配が跋扈する。
グール、ゴースト、スケルトン、レイス、ワイト……不死者の気配である。
この不死者のうごめく迷宮の一角が、ルザの拠点であった。
彼は、ギルド幹部の父親の財力により、迷宮の一部を拠点化。私物化し、自らの居城として運用していたのだ。
この広大な広場に魔物たちは入り込めない。七十七層と七十九層には、ルザの父親の用意した魔術具、『ヘルヴェーザの臓杖』という杖が設置されており、魔物が嫌気する臭気により、魔物どもは退く。
不死者どもが何より嫌う臭いの源である。属性が不死ならほぼ確実に嫌気する、呪いじみた臭いだ。それゆえにルザは魔物に襲われる事もなく、悠々自適に、娯楽施設として広場を満喫していた。
「ひひっ、あー踊りと女は最高だなおいっ!」
人が千人は踊れるような岩窟の大広間。
その中央の玉座に、ルザは腰掛けている。
周囲で艶かしく躍るのは、麗しい童女、少女、美女たち七十人。
いずれも麗しい女達だ。街を歩けば大勢が振り向くような可憐な乙女たちの舞。
薄布に包まれた肢体が、情欲をそそらせる。
ひらひら舞う羽衣めいた衣装がひどく艶めかしい。
煌びやかな衣服を身にまとい、白い肌を躍動させ、今日も彼女らはルザのために躍る。
「いーねぇ、最っ高のショーだぜぇ! もっと踊れ、もっと腰を振れ、もっと尻を揺らして揺らしまくれぇ! この舞い、この光景こそが俺の楽園だ!」
ルザの座る玉座の左右、美しい少女二人が酒をついでいた。
半裸も同然の衣装を着せられ、柔肌もあらわなルルカとリリカだ。
胸も尻もほとんど露出している布地は、羞恥心を呼び込むためのもの。
火のように顔が紅くなるほど恥ずかしいが、逃げる事もできない。
なぜならそのルルカ達の首には、奴隷の証である輪がはめられ、玉座に繋がれているためだ。
「おいリリカ! もっとこっちへ寄れ!」
下卑た顔で酒臭いを振りまきながら、ルザがリリカの肩を抱き寄せる。
「あう……嫌なのだ」
「ほらどうした? 自慢の体がもったいねえぞ? もっと近づき、俺を楽しませろ!」
這い回るルザのいやらしい手が、リリカの背中を撫でる。
もう十日間、ずっとルザの奴隷となっていた。森でルザたちに捕まった後、逃げる事もできず囚われたのだ。助けを呼ぶことも叶わず、逆らう事もできす、こうして彼のために働いく日々が続いている。
毎日ルザのために頭を垂れ、酒をつぎ、肌を触らせて、時に歌や踊りを披露する日々。
汚らわしい虫に這われたようなルザの指先に、リリカが呻く。
「ルルカぁ、こんなのもう、辛いのだ」
「頑張って、リリカ。必ず、助けは来てくれるわ」
ルザへ酒をつぎながら、玉座の反対側、ルルカが懸命にリリカを励ました。
「ハハハッ! いい顔だ! ほら、もっと酒をつげ!」
ルザがルルカのへそに手を這わせ、その中に、中指を、丹念にこねくりまわすように押し込む。
「や、めて……っ、ん……っ」
「くく、エルフの姫というのはへそすら極上の感触だな」
にたにたと笑いながらルルカのへその中をいじくり回す。
「やめっ、なさい……っ! このような真似をして、ただで済むと思って?」
「ククク……どうするって? 俺の奴隷のくせに。その目つきは何だ? 敵意? 憎悪? 俺にはそれが気持ちいいね! ルルカ、リリカ、てめえらの嫌悪は麻薬だ。お前らの身体を舐めるようにみて、好きなように揉みしだくだけで、俺は最高だぜぇ!」
「や……っ」
舌をちろちろ見せびらかし、ルザがルルカとリリカのへそを舐める。
蛇のように滑る彼の淫靡な舌。柔肌を堪能してくるその感触。そのなんと不快なことか。へその中をたっぷり舐められ、ルルカが羞恥に怒り、リリカが悲しみに涙ぐむ。
「うう……もう嫌なのだぁ、ルルカ」
「許さないわ、絶対に……っ、この愚か者……っ!」
「ひゃっはっは、怒った顔も素敵だぜ? 可愛い可愛い俺の姫様達! もっと俺を楽しませてくれ! ククッ、ハハハッ!」
怒りや羞恥に身を震わせるルルカたちだが、ルザは一顧だにしない。麗しい彼女たちが悲しみや怒りの表情を浮かべるとき、最高にルザは愉悦を覚えるのだ。
ルルカとリリカの白い肌も、ほのかに赤みを帯びる顔も、全ては思うがまま。
頬を舐めようと、胸を舐めようと、尻を舐めようと、止められるものなどいない。
極上の瞬間とはまさにこのことだろう。
神々の娯楽のごとき自由で気ままな愉悦。今まさに自分は、金貨千枚積んでも得られない、最高の瞬間を手に入れている。
「もっといい声で鳴けよ、エルフのお姫様! でないともっとひどい目に遭わせちまうぜ?」
「――ルザ貴っ様ぁ! 許さねえぞ!」
「姫様への無礼。万死に値っ!」
「我が姫様を弄んだ罪、命で贖わせてやる!」
ロブ、ネイラ、カルキノスら親衛隊が、ルザに怒号する。
ルザの数メートル先、いきり立って叫ぶ彼らだが、それ以上どうする事もできない。
柱に繋がれ、衣服もぼろぼろにされたまま、王女たちの痴態を見せられるのみ。
「いいざまだな親衛隊! そこで見ていろ。お前らの主がこのまま、俺のものになる瞬間をな!」
ルザがげらげらと笑うと、周囲を守る配下の者たちも追従する。
「さすがはルザ様だ!」「一生ついていきます!」「ルザ様に栄光あれ!」
ルザの配下の者たちがロブたちを鞭や棒で痛めつける。その度に親衛隊三人は反抗の意志を示すが、反撃もない状態ではいたずらに疲弊していくのみだ。
それも見世物として楽しむルザには、おかしくて仕方ない。
「いいぞ、もっと叫べ。お前らが叫べば叫ぶほど、俺は楽しくなる。見ろ、ルルカ達のしなやかな体を! 極上の清らかな肌を! 白かった肌が羞恥に紅く染まっていく……俺は今! 最高に気分がいいっ!」
「外道め! 地獄に落ちるがいい!」
「お前の未来に災いあれ!」
「姫様ぁ! ルザ貴様ぁ――――っ!」
ルザがニヤニヤと、いやらしい手つきでルルカとリリカの肢体を撫で回す。
「うう、ルルカ……」
「耐えて、リリカ……お願いよ……」
羞恥に打ち震える、エルフの王女達――
その希望を繋ぐものは、たった一つ。
――『彼』がいれば、負けないのに。
二人の王女は、信じている。
こんな下衆よりよほど強い少年を。
どんな困難にも負けない、騎士のような少年を。
どこかにいるのかは判らない。どうしているかも判らない。けれど間違いなく、彼は存在している。必ずここへ、助けに来てくれる。
毎日見ていた『夢』の中で、彼と出会っていた。
強くて賢く、優しいあの少年。
圧倒的な力と、包み込むような包容力を持つあの少年を。
本当に出会ったことはないけれど。触れたことすらない相手だけど。
夢の中で、彼と交わした言葉だけは、本物だ。
彼は言った。――この力、この知識、必ずやあなた方の悲願のため、役立てる事を誓います、と。
エルフである彼女らは判るのだ。
目に視えぬ奇跡の予感が、何かの導きが、自分たちを救うと。勇敢で、逞しく、優しい少年との邂逅を。『夢』ではなく、確かな『現実』の中で、きっと会えると。
だから待とう。
どんなにルザにひどいことをされても。絶望せず、悲嘆せず、彼の事だけを想おう。そうして希望を繋げば、きっと奇跡は起こるから。
――どうか、わたしたちを見つけて。
――フォード、会いたいのだ、フォード!
まだ本当は見たことも出会ったこともない、護衛の戦士。
ルザの暴挙に耐えながら、ルルカとリリカは、英雄の助けが来る事を、心から信じ、祈っていた。




