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38. 真相

――真相は次の通りだと、エリゼーラは憔悴するフォードに語った。


〈あの日、我とぬしは襲われている王女らの悲鳴を聞きつけ、森を駆けた。だが途中、ルザの別働隊に襲われ、間に合わなかったのだ。馬車が襲われていた場所に向かうも、すでに時遅し――ルルカも、リリカも、そしてイルサール王共々、連れ去られていた〉


 エリゼーラの言葉に、フォードは愕然としていた。


〈おかしなのはその後よ。ぬしは、まるで『救出に間に合ったかのように』、ルザ達と戦い始めたのだ。滑稽な話よな。間に合わなかったぬしが、ルザ達と戦う。これほど面妖な事もあるまい。だが事実よ。我の目の前で、ぬしやルザ共はいつの間にか戦い、決着しておった。――これはいったいどういうことか? ――我の知覚では、確かに最初、ルルカ達の馬車は破壊されて、ルザ達の姿も見当たらなかった。ルルカも、リリカも、王族の誰もなかった。その『事実』こそが歪められ、まるで『時が戻った』かのように、ルザたちはそこにいて、ぬしは戦い、そして――王女たちを救い出したのだ。我は、頭がおかしくなったかと思ったよ〉


 つまりフォードは、救援が間に合わなかった。にも関わらず、それが『間に合った』かのように歪められ、結果、フォードはルザや取り巻きを倒せたのだ。

 その後はもう忘れがたい出来事である。フォードは王女たちと出会い、感謝され、屋敷に招かれた。


「そんな……」


 つまりは、その後起こった出来事も、全て偽り。

 護衛の受諾も、迷宮の探索も、魔石のやり取りも――幻の光景。

 王女との抱擁も、イルサールの労いも、親衛隊達とのやり取りもみんな夢だった。


〈我は意識を集中すれば、それでも真実の姿が見えた。ぬしがありもしない幻に話しかけ、ありもしない幸せに浸っている様をな。奇異な光景だったが、しかし状況が解らぬ。下手を打つべきではない。我はそう思い、ぬしと周りの異変に合わせるよう振る舞った。そしてここ一週間、ぬしとその周りを観察したのだよ〉

「……その話……信じるに足る根拠は……?」

〈嘘偽りと断じたければ好きにせよ。だが《憑依》の練度が進み、Lv8となったぬしの心は我と深く結びついておる。これが空言か否か区別する程度はできよう?〉

「……」


 人間である本体のままではいざ知らず、今のフォードは『魂』となった煙の状態。

 悪霊王の言葉は、紛れもない真実だ。それが、結びついたエリゼーラの精神で判る。

 認めるしかないのだ。全ては幻想であったことを。


「……エリゼーラ……その現象の正体は、何だか解りますか……」

〈わからぬ。我には『幻』としか表現しかできぬ。そう、まさに『幻』、『幻影』、『夢の実体化』――そう呼ぶべき事態よ。巧妙な幻だ。それも恐ろしく『改変力』が強い。……この幻が発現している時、形なきものは形を帯び、あり得ぬはずの光景は事実となり、この世に顕現する。例を挙げようか? ギルド職員の連中。奴らも、その『幻』に取り込まれていた〉

「まさか……」

「それだけではない。街中の人間も、迷宮の魔物も、全てが幻に取り込まれた。あたかもぬしとル王女達が、六人パーティで行動しているように書き換えられた現実。真実を捻じ曲げる強大なる力。あれは錯覚、など生易しいものではない。現実を『改竄かいざん』する力であろう。あの時、あの森での救出から、ルルカ、リリカ、イルサール、ロブ、ネイラ、カルキノスの五人は実在していない。ただ実体を持った幻。見て聞いて触る事もできる精巧な人形。――ぬしと笑い、ぬしと共に戦い、時には体温を交換し合った王女らは、泡沫うたかたの夢なのだよ〉

「そんな……」


 フォードは、悲しさのあまり嗚咽する。

 温かった交流も、交わした言葉も、全てが偽り。

 嘘、嘘、嘘、全ては虚構の上で成り立った喜劇だった。

 悲しみに暮れるフォードの前で、エリゼーラは慈しみの目を向ける。


〈恐ろしきは『改竄』の強さよ。この力は、およそぬしの周りにある、全ての人間、全ての魔物、全ての建造物、それらを書き換え、再構築する。ぬしが寝泊まりしたエルフの屋敷。探索した迷宮。それたも改竄の一例よ。ぬしはそうと知らず、『改竄』による幻の豪邸で過ごし、幻の王女たちと心を通わせ、幻の交流をしていたのだ〉

「僕は……」


 漏れ出たフォードの声は、かすれていた。


「では、本当に、何も知らず、楽しそうに過ごしていたと……?」

〈然り。……おそらく襲撃の日、ルザは屋敷を襲撃し、逃げるルルカたちを追ったのだろう〉


 その視線は、破壊された馬車へ。


〈そして森で追いつき、ルザは王女らを拉致した。奴が王女らを襲った理由までは判らぬ。『改竄』を発動させた元凶も知らぬ。我に判るのは、あの日、ルザに拉致された王女たちは、幻となってぬしの周りに現れ、ぬしは幸せな夢を見続けた――それのみよ〉

「……幻を作ったのは、ルルカ王女達ではないのですか?」

〈判らぬ。我には調べるすべがない〉

「なぜ、あの時、本当の事を言ってくれなかったのです?」

〈これが簡単に信じられる話だと? 『幻』はあまりに精巧で、かつ人も、建造物も、迷宮すら『改竄』してしまうのだ。見て、触れて、語り合える幻影(王女)たちを偽者と言ったとして、ぬしが信じるわけなかろう?〉

「それは――」


 確かに、フォードはエリゼーラの虚言と認めなかったろう。

 目の前の王女達を、フォードは本物として接していた。

 手で触れて、耳で聞き、その体温すら感じる事もできていた彼女を、偽者と言われて、信じられるはずもない。


「……幻の解除は、不可能だったのですか」

〈出来ればとうにやっていた。ぬしを惑わす術だったからな〉

「あれは誰の仕業だというのです? ルザですか?」

〈あり得ぬ。アレは人間如きが成せるものではなかった〉

「ならばなぜ、今さらになって消えたのでしょう……」

〈それも解らぬ。……何度も言うがな、我が契約者よ。我は知っておればぬしに教えている。ただ我に判る事は――〉


 悪霊王は、彼女にしては歯切れ悪そうに、続けた。


〈王女らとの交流も、探索も、全て偽りであるならば――『真の王女たち』の身が、危ういという事だけだ〉


 ハッとして、フォードの身の毛がよだった。

 そうだ、間に合わなかったというなら、王女たちは実在する。

 ルザの襲撃は成功していて、彼の蛮行は今も続いている。

 真実は全て逆。幸福は不幸に。希望は絶望に。

 ルザのところに、ルルカが、リリカが、イルサールらが、囚われている事に、他ならない。


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