↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/55

37. ゆめ

「――依頼の確認をお願いします」


 森の屋敷から離れたフォードは、ギルド支部へ足を運んでいた。

 受付にいたのは女性の前髪が横向きにはねた職員だった。

 先日、カーバンクルの魔石の時も世話になった女性だ。


「いらっしゃいませ、フォード様。本日はどのようなご用向きでしょう」

「ここ数回で僕がルルカ王女やリリカ王女達と達成した依頼を、全て確かめて下さい」

「……? ルルカ王女と、リリカ王女、でございますか? ……少々お待ち下さい」


 職員は怪訝な顔つきをしながらも自分のギルドプレートを取り出す。

 職員専用の、金属板である。探索者が持つカードよりもっと大きな代物だ。

 彼女は早口でプレート起動の祝詞を唱えていく。


[探求の使徒たる若者の軌跡を把握。――対象人物・フォード。検索対象・過去一週間]


 淡い薄青色の光が漏れ出て、つかの間彼女の顔を照らす。プレートの前に立体的な文字が浮かび上がり、フォードの前に晒される。


【フォード:迷宮探索回数・三。習得魔石数・多数、素材多数。

      パーティ構成・全て単独。自身一人のみでの探索】


 ――現れた文字列は、あり得ない光景だった。


「まさ、か……」

「ご覧の通り、全てフォード様お一人による探索となっております」

「……もっとよく確認を、お願いします」


 怪訝な顔を浮かべる職員だったが、彼女は続けて祝詞を唱えた。


[迷宮の使徒たる若者の真実の足跡を把握。《隠蔽》及び《改竄》の魔術よ消失せよ。真実の女神ヴェリトレーシアの加護よ、ここにあれ。検索対象――フォード]


 先程に倍する燐光が、職員のプレートに迸った。

 偽装や幻影による詐称を掻き消して過去を洗い出す魔術である。

 知らぬ間にギルド職員やフォードが何らかの魔術で幻惑されていようとも、この魔術は真実のみを描き出す。果たして、職員のギルドプレートが示した立体文字は――。


【偽装の類の検出。無し

 フォード:迷宮探索回数・三 魔石習得多数、素材多数。以下同文】


「……馬鹿な……」

「ご覧の通り、フォード様はここ一週間、間違いなく単独でのみ探索を行っております。――先日、カーバンクルの魔石とラミアの魔石、どちらをはめようか悩んでいましたね。私が担当致しましたので覚えています。あの時のフォードさんは、誇らしげに魔石を見つめていらっしゃいました」


 職員は笑顔でそう言ったが、フォードとしてはそれどころではない。


「……どちらの魔石をはめるか、悩んだ……? それは、ルルカ王女とリリカ王女、どちらがカーバンクルの魔石をはめるか、そういう話でしたよね?」

「? いいえ。ご証明致しました通り、フォード様は『お一人』で毎回、当支部へお越し頂いております。他のパーティメンバーもなく、『単身で』依頼をこなされました。……単騎ソロによる探索でカーバンクル等の魔石を得るのは珍しいため、私としてもよく覚えておりまして――」

「そうではなく! 僕は先日、ルルカ王女とリリカ王女にねだられ、どちらにカーバンクルの魔石をはめるか迫られました! あの時あなたも見ていたと思います。クジを提案してくださいましたよね? そもそも、僕が一人で探索した事はありません」

「……、えっと、確認致しますね? フォード様は先日、四体の階層主を含む多数の魔物を倒し、二百八十八個の魔石をお持ち下さいました。――その際、フォード様はお一人で私と取引を致しましたが?」

「そんなはずはありません。僕は、ルルカ王女たちにねだられたんですよ。カーバンクルの魔石をねだられて。どちらが武器にはめるか迫られて。ひどく悩んだのです。それはもう困る程に……それがどうして、覚えがないなどっ」

「そう言われましても。ご覧の通り、ギルドプレートにも単独と明記、それに私の記憶でも、確かにフォードさんはお一人で探索を――」

「一人じゃない! 一人ではないんです! 僕は王女や親衛隊と六人で、ここへ来たはず! もう一度、確認をお願いします」

「……」


 焦りを懸命に抑制する。だが女性職員は訝しげに片眉をひそめるのみだ。何か思案し、フォードの瞳の奥底を覗き込むように見つめると、


「――フォード様。大変失礼ですが、何か幻覚剤などご使用を?」

「とっくにその手を検知する魔術具は試しました。僕は冷静です。再度、そのプレートでの確認を」

「――申し訳ありません。フォード様、プレートの情報は絶対です。これは代々のギルドマスターによって改良を重ねられた超一級の魔術によるもの。改竄や偽装に侵される事は限りなくゼロに近いのです」

「ならば、僕が間違っていると?」

「……はい。私と致しましては、諸々の考察を鑑み、フォード様の証言にこそ偽りがあるのではと推察するしかありません。そして……これ以上虚言を重ねますと、私共としても相応の対応を取らせて頂くしかなく――」


 フォードは悟る。ギルドに頼っても事態は解決しない。これ以上は職員に不信を重ねるだけで、何も益はない。


「……判りました。迷宮で幻覚系の魔術を受け、影響が残っていたようです」

「念のため、迷宮内で幻覚系の魔術を受けたかどうか、検査をおすすめします」


 湧き上がる焦りを抑えながらも、フォードは職員の意に従い、非礼を詫びて、支部を後にする。非常時に隠れるために確保していた廃屋の地下に行き、失望を漏らす。


「厄介なことになりましたね……」


 巧妙に偽装された地下倉庫で溜息をつく。非常時、もしもの時のための拠点としていた隠し倉庫にフォードは本体を潜めさせ、《憑依》を発動した。


 焦燥が、『煙』状となったフォードの中を飛び回る。

 いま、ルルカ達はどこにいるのだろう。

 なぜ、目の前から姿を消したのだろう?

 屋敷の荒廃の理由は? あの日々の真実は? 

 わからないわからないわからない……

 時間が惜しい。フォードは『煙』状のまま街をさまよい、王女捜索に有効な人間へ取り憑いた。東通りの赤ら顔の商人を乗っ取り、情報屋のローブ男を乗っ取り、裏界隈の長と思しき大男を乗っ取り、それぞれ《俯瞰》の魔術、《探知》の魔術、マフィア構成員による王女捜索を敢行。


 四時間かけて情報を集めるも、成果無し。

 支部で混乱が起きている以外に異変はない。

 教会や宿屋、商館、潜伏可能な地下室があると思しき場所を探すも、見つからない。

 探索の範囲を広げるため、有力パーティのリーダーに憑依し、第五迷宮《岩窟》の四十階層まで探すも、成果は見いだせなかった。


「こんな……」


 街の全域を探索し尽くしても、迷宮を探しても、ルルカやリリカは見当たらない。


「なぜですか……っ、どこに……っ!」


 《憑依》を乱用したためだろうか、目眩いがフォードを襲った。

 すでに『憑依術』の練度はLv5から8へ上がっている。だがどうでも良かった。

 いったい、ルルカやリリカたちはどこにいるのだ?


「これでも見つからないとは……街の周りにいない? 痕跡すらないとは……」


 ここまで綿密に捜索したのに影も形もないのは異常過ぎる。

 魔術で隠されている線も踏まえ捜索する。

 ルルカ達は姿を別の人間に変えられ、そのため見つけられなかった? だから見つからなかった? 別の人間の姿でも猫でも犬でも何でもいい。とにかく違う姿にされた――あるいは、《透明》か? 本来の姿と違うか不可視ならば、判らないのも当然だ。フォードは『煙』状のままギルド支部へ戻った。

 探索系の騎士を見つけたので、そのギルド騎士へ憑依し捜索の手を借りる。


【ラスキー 四十六歳 ギルド四等騎士 レベル42】

 クラス:サーチャーナイト

 体力:362  魔力:401  頑強:322

 腕力:298  俊敏:421  知性:451

 特技:短槍術 探索術 潜伏術 

 装備:ミスリルシリーズ防具一式・蒼、アルゴスの百眼杖、鷹の目のピアス、海鳥のアミュレット



 捜索・看過系の装備複数持っているため活用。

 西地区、北地区、中央地区の政庁や宝物庫、教会の地下など隈なく探すが、これですらルルカ達の姿は見つからない。

 幻覚、幻影、透明、偽装、認識阻害、あらゆる可能性を鑑み探し尽くしたがどこにも王女らの影も形も存在しなかった。


「なぜ……どうして! ルルカ王女! リリカ王女……っ!、イルサール陛下……くっ」


 フォードの目に、涙が伝う。

 これほど探しているのに、痕跡すら見つからない。

 憤りと焦りと疲労で頭がどうにかなりそうだった。


 ――会いたい。今すぐルルカ達に会いたい。

 いつも、いつも接してくれた大切な王女姉妹。

 精悍なイルサール。忠義者で頼れる親衛隊三人――。

 あの幸せな時間を取り戻したい。かけがいひと時を……


 しかし現実はどこまでもフォードに冷淡で、時間だけがいたずらに過ぎていく。

 さらに六時間迷宮を駆け廻った結果、フォードは捜索を諦めた。

 憑依していた騎士の体を離れ、お詫びの金貨数十枚を残して離脱する。

 失意のまま、フォードは『煙』状のまま森をたゆたう。

 木々の奥深く、茂みに守られた一角へと向かう。


 初めて、ルルカやリリカと会った場所だ。

 高い木々や青々と茂った葉が目立つ森の広場。

 芳しい自然の香り。草木の間に風が吹いている。

 全ての始まりの場所に行けば、彼女たちの痕跡がある事と、そう信じたのだ。

 一縷の望み。

 賭け――。

 しかし、森の広場にたどり着いたフォードを迎えたのは、非情な光景だった。


「そんな……」


 倒れている。

 馬車が。打輪を破壊され、幌を破られ、粉々に砕け散った御者台の欠片が辺りに散乱している。

 装飾多く、一般人のものではない、身分ある者が使う壮麗な馬車。その、残骸。


 すぐに悟った。

 これはあの日、ルルカとリリカたちが乗っていたものだろう。

 あの日、ルザと取り巻きに襲われ、護衛も壊滅した悲劇の、名残。

 あわやといったところで、フォードは救ったはずだった。冥王臓剣とリバースソード改を使い、ルザと配下を倒し――けれど目の前にあるこれは、フォードの記憶にある物と異なり過ぎる。いや、馬車自体は同じだが、どうしても看過できぬ要素があった。

 なぜなら馬車の近くには、リボンが落ちていたから。

 あの日、ルルカやリリカがドレスの裾や胸元につけていた、可愛らしいリボン。

 白いものはルルカで、ピンクはリリカのもの。

 そのリボンの切れ端が、馬車の近くに落ちている。


 これはどういうことか?

 泥まみれで、無残に引き裂かれて転がる王女達の装飾品。

 それは、一つの事実を証明する。

 つまり――彼女たちは――。


〈――我が契約者よ。我はぬしに、辛い事実を告げねばならぬ〉


 これまでずっと黙していたエリゼーラが、神妙な顔で語りかける。


「……今さら何です。何度か呼びかけたのですよ」

〈その事については詫びよう。我にはこの事態に覚えがあってな、正体を模索していた。許せ……〉

「っ! 知識があるというのですか、この異変の?」

〈然り。だが完全に答えてやる事は叶わぬ。神々に封じられた影響か、我の記憶に混濁が見られる。――この状況、遥か昔に一度、あったはずだが……思い出せぬ〉

「そんな」

〈だが代わりに一つの真実を知らせる事はできる。……それが例えぬしを苦しめるものであろうとも、真実を知らせてやるのが我の務め。心して聞くが良い〉

「……いったい、何を」

〈我は、かつて言った。――『これはまほろばの楽園』だと。そのとき言った真意を、聞かせてやろう……〉


 不吉な予感に、フォードは震えた。


「……やめてください」

〈否。ぬしは聞かねばならぬ。そして理解せねばならない。王女たちの真実を。全ての真実を〉

「言う必要はありません、今は」

〈良いか我が契約者よ。ぬしが感じたあの幸福の日々。あの賑やかしくも愉快な日常――あの王女達はな――〉

「エリゼーラ、やめ――」

 

〈ルルカ王女も、リリカ王女も、あの日ぬしに救われていない。あの時彼女らの元に、我らが駆けつけた時には、ルザに連れ去られていた〉



「………………………………………………………………嘘だ、信じない、そんな事は……」


 フォードの瞳から涙が生じ、引き裂くような悲鳴が、森の中に哀しく響いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。