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40. 禁断のカード

「迷宮の内部を探索します」


 森の広場。エリゼーラによって真実を明かされたフォードは、そう断言した。


「ルザはルルカ王女たちをさらった後、自分の拠点で愉しむつもりでしょう。養成場からの彼の性格上、間違いありません。おそらく迷宮内の……王女達の脱出を阻むため、中腹に潜んでいるはず」


 エリゼーラが懸念を唱える。


〈だが、中腹と言っても広い迷宮をどう探す? 先程もぬしは《憑依》で散々探し回った。迷宮は全部で十一もある、全てを隈なく探すなど不可能よ。全ての迷宮は三千階層はあるのだろう? その中で、いかにして王女を見つける?〉

「ギルド支部の支部長へ《憑依》します。職員を派遣し探索者も大勢雇い、ルルカ王女らの捜索の足とします」

〈足りぬよ。数千年の歴史の中で、人類が迷宮を踏破した事はないのだろう? 魔物は地下深ければ深いほど凶悪、大群、狡猾。いずれの迷宮も、捜索は半端に終わる〉

「……ルルカ王女達がさらわれ、もう一週間です。噂の一つくらいはあるはず。迷宮内で不審な点を洗い、そこを起点に辿ることで――」

〈用心深い人間がその程度のこと思いつかぬわけがない。偽装や工作などいくつも弄しているだろう。一国の王女二人をさらうのだ。ルザにはギルド幹部の父もおる。半端はなかろう〉

「探知系の魔術使いか、探索に秀でた魔物を操ります。ルザの拠点は中腹のどこかです。必ず、そこにいます」

〈同じ事だよ。そもそも時間も掛かりすぎる。さらに言わせてもらうが……ぬしよ、本当に王女は、中腹にいるのか? もっと奥地では? あるいは浅い層か? ――悪人とはな、他者の裏をかく天才よ。王女が中腹にいる保証などどこにもない〉

「しかし――行動しなければ状況は悪くなるだけです! それなら思いつく限りの手段を講じる他ないでしょう!」

〈……無論、そうだが〉


 こうしている間にも、王女たちはルザに酷い目にあっているかもしれない。

 あの素敵な笑顔が、麗しい美貌が、苦痛に歪む姿。そんなもの、耐えられない。

 ルルカとリリカには、いつも笑顔でいてほしい。

 花のように、穏やかな太陽のように。可憐で、美しく。

 フォードの瞳に、切実な願いが込められる。


「あなただけが頼りなのです、エリゼーラ。無謀は百も承知。しかしこうしている間にも、ルルカ王女が、リリカ王女が、危機に陥っているのです。協力してください。もし彼女らが取り返しのつかない傷を受けたなら、僕は後悔してもしきれない。――エリゼーラ、かつて僕は、大事な妹を失いました。妹の下僕という苦境に屈し、現状を打破する努力を怠ったためです。僕はもう、同じ過ちを犯したくない。二度と、大切な人を失いたくない! お願いですエリゼーラ。僕に力を」


 決然と向けられる瞳が悪霊王を射抜く。

 その瞳に迷いはない。

 いや、迷いなど捨てている。不安など捨てている。今一瞬一秒このときが、ルルカ達を救える貴重な機会に繋がるのだと、まなじりに力を込める。

 かつてないほど痛切な眼差しに、エリゼーラは嬉しさと、妬いたような感情を声に乗せ、苦笑する。


〈……そうだな、ぬしの言う通りよ。無謀と英断は紙一重。ぬしの選択が吉となるか凶となるかは誰にも判らない。我が契約者よ、好きにするがいい。ぬしの幸せは我の幸せ。王女たちを救うため、悔いなき選択をせよ〉

「ありがとう、エリゼーラ。では迷宮を探します」


 フォードは悪霊王へ手を差し出す。エリゼーラが艶めいた笑みで手を添える。

 それは不退転の決意。迷っている暇などない。止まっている暇などない。ルルカ、リリカ、イルサール、親衛隊……彼らの安否と未来のため、突き進むために。


 フォードは『煙』のまま、本体を隠した街の廃屋に向かった。

 まずギルドに行き、人員を確保するのだ。方策としてはまずギルド支部長を操り、人員を集め、王女捜索の助けとする。その後は大規模なパーティを編成してこの大陸の第五迷宮《岩窟》、及び第六迷宮《水殿》、さらに第九迷宮《冥府》を捜索する。

 浅層で見つからなければ中層、それでも駄目ならさらに深層へ――


 どれだけの人員がかさんでも構わない。フォードは人波の騒がしい大通りを過ぎって過疎化した裏通りの一角に周り、くたびれた建物の合間、『本体』を隠してある廃屋へ向かったが――。

 瞬間、彼は硬直した。

 廃屋の中。

 くたびれた部屋の中に。

 不吉な人物がいた。

 あってはならない、悪魔の女の声。


「あれぇ、おっかしいなぁ。フォードさん、なかなか目を覚まさないねぇ。これはどういう事かなー?」


 地平に沈む夕暮れのように見事な橙色の髪。

 瞳は蒼穹のように美しく、宝石のごとき煌めき。

 肢体は細く、白く、まるで白妖精であるかのよう。

 可憐さの中に高貴さも宿し、思わず目が引き付けられずにはいられない美しき女。


「レミ、リア……」


 かつて、フォードを裏切った少女。

『偽淑女』と呼ばれる悪女。

 囚人に脱獄を持ちかけては土壇場で裏切り、愉悦に酔っていた悪魔の化身。


 忘れもしない。あの日、ガルグイユ監獄で、絶望と血と深い胸の傷に痛み、妹の形見であった雷紋剣を奪われた屈辱。あの時刻まれた憤りは、一日とて忘れた事はない。

 美しい笑顔の下に醜い欲望を潜ませ、フォードを裏切った女が、廃屋の中、横たわるフォードの本体を覗き込んでいた。


「ねえフォードさん? 何で動かないのかな? 寝てる――」

「レミリア……あなた、ぬけぬけと――っ!」


 激情に駆られたフォードが本体に戻る。『魂』たる煙が戻った体は憎しみと怒りを灯すや、レミリアの首を掴み全力で床に叩きつけた。


「きゃうっ! え、あれ、なんで?」


 いきなり動き出したフォードの体に、レミリアは目を白黒させて驚く。


「あれ? あれあれぇ? いきなりどうしたのフォードさん、急に動き出したね?」

「レミリア、会いたかったですよっ!」


 ぎりぎりと、レミリアの首を掴み、強く締め上げる。

 締め付けたまま壁際に叩きつけ、何度も打ち付ける。

 激情が、フォードの中を支配する。

 あの日、あの時味わった苦痛を忘れない。

 信じていた美貌の少女。それが裏切られた気持ち。

 希望が絶望に塗り替わったあの時の憎悪が、フォードにかつてない怒りを呼び込んでいた。


「うふふ。久しぶりだね、フォードさん。逞しい、男の子の顔しちゃって」

「今さら何をしに現れたのです。返答次第では殺しますよ。いま、この場で!」


 彼女のせいで耐え難い苦痛に満ちていた。エリゼーラとの出会いやルルカ、リリカらのおかげで今でこそ持ち直したが、レミリアの仕打ちで廃人になりかけたのは忘れない。

 許せない。許せない。許せない。貴方はこの場で排除する。人の顔をした悪魔め。消え失せろ。地獄に落ちろ。ここで二度と人の生を謳歌できぬようにしてやる。


「う、ふふ。フォードさん、嬉しいよ。強く――なったんだね。かつてよりずっと激しい……あたしの首は、今にも折れて、果てちゃいそう」

「減らず口はそこまでにしてもらいます、レミリア。なぜ現れたのです。どうしてこの廃屋が判ったのです」

「廃屋? なに? 隠れ家にしていたの? アハハ、フォードさん、ここは駄目だよ。全然隠せていないよ」


 おかしそうに、小馬鹿にするようにレミリアは笑った。


「ギルドの薄ら馬鹿ならともかく、あたしのような、一流で、性悪な人間には、『探してくれ』と言っているようなものさ。何か匂いがするんだよね。――ここに何かありますよぉ、探してくださぁいってね。――弱者は寂れた場所を、好むから」

「レミリアっ!」


 少女の首に、強く指が食い込んだ。

 ぎりぎりぎりと、軋むレミリア首の骨。

 しかし恍惚とした瞳で、彼女はうっとり呟いた。


「ウフフフ……フォードさん、いま、素敵な顔……思わず胸が高鳴ってしまうよ。いいよ。フォードさん。あぁ……あなたになら、殺されても構わない……」

「ふざけないで僕の話に答えなさい。レミリア、なぜここにいるのです。雷紋剣は? 僕から奪った宝はどうしたのです? あなたには借りがある。死んでも忘れられない借りがね! 全て話さねば、首の骨をへし折りますよ!」

「アハハハハハハッ! やってみればいいじゃない! 再会の挨拶が首の粉砕なんて、素敵な事だよねぇっ!」

 ケラケラケラケラと、レミリアは壊れた人形のように笑った。

 駄目だ、これは。フォードは悟る。彼女はまともな思考で話していない。他人の困惑や絶望する姿が大好きなレミリアは、交渉や会話ができる相手ではない。幸運にも不意をつく事のできた今が千載一遇の機会。

 自分のように彼女に不幸にされた者や、そしてこれから彼女に不幸にされる人々の事を思えば、今すぐ殺すべきだ。


「……っ」


 しかし、フォードの脳裏に、優しかったレミリアの笑顔がちらつく。

 仮にも一度、窮地を共にした情念が、わずかにフォードをためらわせる。


「……なに、アハッ、もしかして躊躇してるのフォードさん?」

「違う、躊躇などしていません」

「その眼、その顔、すでに何人か人を殺してるようだね。しかしまだまだ駄目だ。一瞬でも優しくしてくれた相手に、善性があると信じている」

「違うっ!」

 

 フォードはより一層、掴む手に力を込める。

 ――ルザとその配下に対し、憎しみを持って対峙した。

 ――ガルグイユ監獄の番兵も、何人も手にかけた。

 己に敵対する悪ならば、躊躇なく殺せる――そのはずだった。

 しかしレミリアの、手の温もり、柔らかな瞳、励ましの声――かつて接した思い出の全てが、フォードにレミリアを殺す事を躊躇わせる。


「ふふ。迷ってるね。フォードさん。でもね。人間は人を殺してナンボなんだよ?」


 恍惚としたまま、レミリアは歌うように言う。


「自分以外の障害となる人間を排除してこそ一人前だ。なぜならこの世は悪意と殺意に満ちている。迷宮の魔物。強大な階層主。私欲にまみれた権力者。我欲に突き進む商人、盗賊、山賊、野盗、傭兵、探索者……この世の中で安寧を向かえるならば、障害となる者は排除しなければならない。勇気と技術を持ち合わせない者は、悪人に搾取され、利用され、殺されるだけだ。弱肉強食、だから奪われる前に奪うんだよフォードさん。この世はね、強い者が勝ち、弱い者は儚く消える運命なのさ」

「黙りなさい! 薄汚い盗人が!」


 口に嘲笑を浮かべ、揶揄するようにレミリアは言う。


「盗人? ハハ、悪人を裁く事もできないでへたれの甘ちゃんが。ちゃんと玉はついているのかな? フフ、殺す度胸もないならあたしが作ってあげよう。そうだなぁ、あの『雷紋剣』、あなたの妹の贈り物。――あれね、溶かして崩して別の品にしちゃった。今は小汚い商人が、鼻輪にでもしてるんじゃないかな?」

「――レミリアぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 激情が、荒れ狂う炎のようにフォードの中を駆け巡る。

 妹の雷紋剣。

 せめてもの絆としていた証。

 その、大切な思い出の品を汚し、原型すら壊し、あまつさえそれを他人にくれてやったという、どこまでも悪辣な悪女の行いに、フォードの中で、何かが切れた。


「この……っ」

「あ……あぁ……」


 両手で渾身の力を込めて首を締めるフォード。レミリアが恍惚とした表情を浮かべる。

 彼女の目に絶望はない。嫌悪もない。ただひたすらにフォードの締め付けられる指の感触と、生から遠ざかり死の淵に近づくという感覚が、レミリアに未体験の興奮を呼び覚ます。


「あぁ……ぁ……いい、フォードさん、いいよ……。そのまま……あたしを締めて。そのまま、もっと高みに連れて行って。死が見えるよ……あぁ……暗く冷たい死の楽園が見える……」


 涙浮かべるレミリアの瞳にあるのは、快感のみ。かつて騙し、捨てた男に首締め付けられ、殺されかけるという状況で、倒錯的で虚無的な、狂った愉悦だけがそこにある。


「ぁ……あ……気持ちいい。これ、これがいいの、命が絶えるこの瞬間が好きなの……。フォードさん、もっと……あたしにもっともっと死の淵を見せてぇ!」


 ぎりぎりぎりと首を締め付ける中レミリアは嬉しそうに笑って止まない。

 その瞳に紛れもない幸福の色が広がっている。

 発情にも似た快楽の涙だ。

 うっとりとした瞳と、よだれを垂らす唇。

 間違いなくレミリアは今この瞬間、快感を得ており、それはフォードの手の力が強まれば強まる程に増していく。


「あっ……はは、いいよぉ、フォードさん、あたし……この瞬間のために生きてきたのかも……あなたに地獄へ叩き落されるために生まれたの。あ……あ……ぁ……軋んでる。あたしの首、あたしの骨、あたしの命ぃ……! あ、軋んで歪んで折れ、折れちゃいそうっ……あぁ、もっと。もっとぉ、フォードさぁんっ……うふふ……死んじゃうよぉ、あはは……、あたし、死んじゃうよ、ふふ……っっ」


 力を込めても叩きつけても、陶然と呟くレミリア。

 むしろ幸せそうに悶える。

 びくびくと、快感に痙攣する。

 フォードは、恐怖するしかない。

 やはりこの女は理解できない。

 いや、理解してはいけない女なのだ。千載一遇の機会を逃してはならない。この機を逃せば一生後悔する。レミリアは今すぐ仕留めるべきだ。予感がささやいている。ここで彼女を倒さねば、数多の人が、罪なき人々が、彼女の遊戯に陥れられ、絶望し、泣き叫ぶ事だろう。

 締めるのだ。彼女の首を。そうすれば一つの悪が滅び、少なからず世界は平穏に近づくはず。


「あ、あ、はぁぁ……フォードさんの指っっ……がぁ、あたしの中に食い込んでくるっ……うふっ、嬉しいよぉ、この幸福を、もっともっと味わわせて! あたしに、最高の瞬間を見せつけて! あああっ、いいっ、もっと強くしてフォードさん! あたしにもっと罰をっ……あなたの憎しみと怒りを、あたしの命っあなたのっ」


 ボキリ。

 あっけないほど乾いた音と共に、フォードはレミリアの首をへし折った。

 声が消える。鼓動が途絶える。

 それまで笑って騒いでいたレミリアの頭がぶらりと垂れた。

 その唇からいかなる音も発さない。

 幸福に満ちた顔と、唇からだらだらと流れる快感よだれの痕。

 首についた締め付け痕と、口からほとばしる泡の痕。

 悪女の亡き骸だけが、フォードの目の前にあった。


 ――終わった。

 はあっ、はあっ、はあっ、とフォードは荒く息をつく。

 ――これで終わった。一つの悪女が滅んだ。ようやく、これで自分の中にあった怒りが一つ消えてなくなった。

 情報を引き出すのは叶わなかったが、なに、問題ない。そもそも彼女には話すべきことなど何もなかったのだから。それよりギルドだ。早く向かって王女捜索の人員を――


「う、ふ、ウフフフフフ」


 ――直後、薄ら笑いと共に、レミリアが笑い声を発したことに、フォードは戦慄する。


「馬鹿、な……」


 垂れていた首が、ゆっくりと元に戻る。


「今確かに、首を折ったのに……」


 レミリアが、薄ら笑みのまま、立ち上がる。

 喜悦に満ちた瞳が、フォードを見つめる。

 フォードの全身の肌が、泡立った。

 確かに今、レミリアの骨はへし折ったはずだ。その証に彼女の首には荒々しい痕があり、骨が折れた音まで聴こえた。

 なのに何でもなかったかのように、レミリアは人間の皮を被った幽鬼のように、ゆらりと歩み寄り、楽しそうにフォードの眼前に寄って、瞳を覗き込む。


「あぁ……気持ちよかった。フォードさん、首締めるの上手だね。すごく、気持ちよかった」


 恐怖がフォードの中を貫いている。

 いかなる言葉も今の彼は出すことが叶わない。

 嘘だ、こんな馬鹿な……首をへし折られて平気など、彼女は不死身なのか!?


「驚いた? あは、でもざーんねんっ、首を折ったくらいじゃあ、あたし死ねないんだよねぇ。だってあたしは一流の装備を着込んでいるもの。判る? この衣装、生命を司る女神イェルレーミスの紋様衣装。耳に付けた神霊ロスポエルのピアス。全身に薄く塗られた麗冥竜ウェルズォーの血液。それらのおかげで、あたしは『完全自動治癒』――全身を粉微塵にまで爆砕されても、全身の骨を折られても、死なない体を持ってるのさ!」


 そう言って彼女はこきりっ、こきりっと首を動かして微笑む。

 まるで、小さな子供でも相手にしたかのような無邪気な笑顔。

 それがより、フォードの中へ恐怖を呼び込む。

 違う。彼女は違う。今まで会ったどんな人間とも、どんな魔物をも、階層主すら及ばない恐怖の具現だ。

 もしも恐怖を司る魔神がいるならば、きっと彼女こそがそう。

 人の面を被った悪魔の少女。楽しそうに、愛おしそうに、フォードの顔に、細い指を這い回らせ喉に息を吹きかける。


「やめて、ください」

「ねえフォードさん、あれほど激しい憎悪、今まで感じた事なかったよ? これまで散々、数多の人を弄んできたけれど、あなたはやっぱり素敵な男性だ。一度は手放したけど、やはり離れると恋しくなる。うふふ。フォードさん、あたし、あなたのこと気に入ってるんだよ? だからもう一度、首、折ってほしい。あの感覚、あの興奮、もう一度味わいたい。――折って、ねえ折ってよフォードさん! あたしにもっと甘い死をもたらして!」


 フォードの唇の端を、レミリアは舌で舐める。

 それが限界だった。


「この、化物っ!」


 フォードは冥王臓剣を抜き出し、思いっきりレミリアに斬りつけた。

 袈裟懸けに斬られ衝撃で壁際にまでレミリアが弾け飛ぶ。

 バガンッという壁と、背骨が砕ける音。レミリアの口と体から大量の血が飛ぶ。

 フォードはなお容赦しない。

 一太刀、二太刀、三太刀――眼前に寄り、立て続けに冥王臓剣を叩きつける。

 レミリアの顔が斬り裂かれ胴が寸断される。手足が千々に細切れになり臓腑が飛び、真っ赤で盛大な血飛沫の雨が溢れ出る。


「――これでどうですっ!」


 フォードはリバースソード改も取り出すと無我夢中で斬りつける。

 目の前の恐怖の具現たる悪女を斬って斬って斬って斬りまくる。

 狂乱に次ぐ狂乱めいた斬撃、刺突、薙ぎ払いの連続。

 もはやレミリアは元の輪郭を留めていなかった。血と肉の塊があるのみだった。

 橙色の髪の毛が真っ赤な血に染まり綺麗だった体が床に落ちる音、音、音。

 それは普通なら凄惨な光景だったろう。

 一人少女が滅多斬りにされる光景。辺りは血まみれであり、非業極まる光景だった。しかしそれでもフォードはなお斬りつける。

 焦燥が消えない。これでも倒したと確信できない。攻撃を止めたなら、すぐさまレミリアは起き上がり、「フォードさん♪」と、しなだれかかってくる幻覚が浮かぶ。


 冥王臓剣を振り下ろし、リバースソード改で斬り払いにして、なおも『緋影の篭手』の火炎で焼き尽くす。 

 しかし、どれほど体をばらばらにしても、燃やし尽くしても、彼女の妖しい笑い声が廃屋に木霊する。


「ウフフ、ウフッ。ウフフフフフフフフ」


 飛び散っていた臓物が、淡く黒い光を帯びる。

 まるで闇のような妖しき光。それが広がる。うぞうぞと蠢く。黒い靄のようなものが廃屋中に溢れ、それらが寄り添い合い、美しい少女が復活する。

 純白の肌を持つレミリアには傷一つない。

 顔も、髪も、体も、白いワンピース調の衣装も、何から何まで先刻と一緒。

 斬撃に次ぐ斬撃を受けても、たちどころに再生してしまった。


「ダメだよフォードさん。それじゃあ、死なない」


 妖しい顔に艶やかな笑みすら含ませて、歌うようにレミリアはささやく。


「あたしには、どんな常識も摂理も通じない。首だろうと心臓だろうと再生してみせる」

「馬鹿な……」

「ウフフ。ねえフォードさん、これほど憎しみのはけ口にできる存在があると思う? あなたの憎しみをぶつけるには最適だよ? いいよ、フォードさん。あなたになら何度殺されてもいい! ――あたしはね、あなたの憎悪の一撃を受けるのがたまらないんだ。もっと! もっと! あなたの憎しみが欲しい! あたしを斬って、フォードさん。あたしをもっと殺してよぉ、うふふふふふふふ! ふふ――」

〈やれやれ面妖な娘よな。――唱えよ我が契約者。[命運に(ロス・ベル・ゾ)ゲレ・ソェス(滅びを穿て)]〉


 瘴気をまとわせた魔剣の八十閃の斬撃が、レミリアの脳天から足先まで粉微塵に斬り刻む。

 だが――それですら倒しきれない。千々に分かれたレミリアの体は暗色の光が迸るや、まるで時間の逆回りのごとく蠢き、蘇生する。少女の分かれた体はくっつき合い、結合し合い、先刻と寸分違わぬ容姿となる。


「不死の怪物だとでも言うのですか……」

〈なんとも奇怪な娘よ。かつての冥王に似ている〉


 冥王臓剣の瘴気をまとわせた一撃であっても、渾身の斬撃でも、レミリアは滅びない。

 斬り裂かれるごとに快感を帯びた顔を晒し、「あぁ……気持ちいいよぉ」などと恍惚にレミリアは微笑んでみせる。


 しかし――フォードはここに至って異変を嗅ぎ取った。


 奇妙なのはそのレミリアの様子だった。

 おかしい。彼女の楽しみは人を騙し、絶望の奈落へ突き落とす事だったはず。

 こんな、人間サンドバッグにされ、斬撃を受け続ける事に何の意味がある?


 自分でかつて、言っていたではないか。あたしは人の希望を折るのが悦楽だと。

 牢獄で味方のフリをし、裏切るのが日常だと。


 そんな彼女が無意味に倒され続ける?

 彼女の言動には違和感がある。殺されるのが快感? 憎悪をぶつけられて幸せ? それは矛盾している。他者を陥れ快楽を得ていた彼女が、逆に殺され喜ぶのは何かずれている。


 思い返せばガルグイユ牢獄では彼女はフォードを痛めつける事に快感を得ていた。自分が斬られるような、こんな自虐趣味はなかったはず――

 フォードの脳裏に、激情とは別種の冷静な部分が蘇る。


「レミリア、あなた……」


 そして――気づいた。

 レミリアの瞳の中に、快感とは別の色がある。

 深く、昏く、底なしの闇のような色調。

 それは、見覚えがある。

 フォードもよく知っている。なぜなら以前、鏡の前に立つ自分もよくその眼をしていたから。今ある現実に希望を見いだせず、深い嘆きの色を帯びていた者の目。


 その感情の正体――

 それはまさしく、絶望である。

 現状に満足できない。深い失意を抑えきれない。己の未来に輝く希望を見いだせない。失望者の瞳。――間違いない。レミリアは快感など得ていない。口では悦びを叫んでいても、それは演技で取り繕っており、本当の彼女は不幸に蝕まれている。


「……レミリア。茶番はやめにしましょう」


 冥王臓剣を床板に刺しつけ、攻撃を中断してフォードは語りかける。


「え? え? やだよフォードさん、もっと殺して。あたしを!」

「快感を得ているフリをしているあなたに、これ以上付き合えと?」

「――」


 瞬間。

 レミリアがはっとしたような顔を浮かべる。気づいてほしくなかった、というような瞳。


「あは? 何を言っているの? それよりフォードさん、あたしを殺し――」

「気づけないとでも思っているのですか? 僕は不幸顔など見慣れているのですよ。妹の死、王女達の悲哀、鏡の前の自分の顔。不幸顔を、何度見てきたことか」

「――、」


 初めて見せるレミリアの戸惑い顔に、フォードは確信する。レミリアはやはり快感など得ていない。何らかの事情で、フォードにいいように攻撃され続けていたのだ。

 冥王臓剣を鞘に収め、戦意を消し、フォードは静かに、強く問いかける。


「あなたがスケルトンよりしぶとい事はよく判りました。しかし解せないのはあなたの行動原理です。なぜ僕の前に現れたのですか? どうして僕のサンドバッグに?」

「フォードさん……」


 しばらくじっと少年を見つめていたレミリアだが、フォードにもはや戦う気は無いと悟ったのだろう、諦めたような、酷く乾いた笑みを浮かべた。


「そうだね……このあたりが、潮時なのかもね……」

「なんです?」

「ふふ。……ねえフォードさん、愚かな道化の話を聞いてくれる?」

「――唐突ですね。ですがまあ、うかがいましょう」


 レミリアは歌うように語りだした。

 それはまるで、吟遊詩人のごとく滑らかな口調だった。かつてフォードと行動を共にした、清楚なお嬢様のごとき抑揚で、彼女は語る。


「遠い、遠い、西方の大陸に、神聖ミクリエスという王国がありました。そこには『血麗氷姫けつれいひょうき』と呼ばれ、神のごとく崇められる王女がいたのです。歌も踊りも一流。さらに容姿は天使のように愛らしく、歩けば人も動物も惹き付けられずにはいられません。知性、魔術の腕は教皇を凌ぎ、剣術すら国の勇者を凌ぐほど。まさに伝説の中から出てきた、聖女のごとき少女。人々は憧れ、跪き、畏敬の念を抱くようになりました。彼女を称える、神殿すら建立されたのです」


 伸びやかに、さえずる小鳥のように彼女は語る。


「しかしある日、彼女は不幸に突き落とされます。十も歳の離れた妹が、誕生したのです。しかし、新しい家族の誕生は『血麗氷姫』にとって終わりの始まりでした。何故なら彼女の妹は、彼女を上回る才能を持ち生まれてきたのです。――剣の腕も魔術の腕も、全て妹が上。知性も勝れば、人の心を読み解く術にも長ける。当然、配下や親たる王は妹を優遇しました。天才と名高い姉よりなお、天才な幼き妹姫。王は、妹王女に全てを与えました。次期女王の座を。美しき神殿を。勇猛な騎士団を。最高級の魔術具、その数々を――」


 うっとりとした語りから一転、憎悪にまみれた口調で、レミリアは語る。


「しかしそれらは元々、姉である『血麗氷姫』のもの。哀れな姉姫は妹に全てを取られ用済みとなりました。――さて問題です。身ぐるみ剥がされた姉姫を、配下や王たちは敬愛したでしょうか? いいえ、そんなことはありません。姉姫は妹の踏み台にされ、哀れみの的とされ、妹の栄光の影にかすむどころかていの良い噛ませ犬とされたのです」


 醜悪なレミリアの笑みの奥にあるのは、ぎらぎらとした憎悪。


「戦争という下らない児戯が起きていたのが不幸でした。国の象徴シンボルとして妹姫は、気高く、強き王女になるために修行し、姉姫はその練習台の『お人形』。毎日毎日、妹の武技の的とされる姉姫。強大な妹の力に耐えられるよう、命の女神の衣装を着せられ、再生の能力のピアスをつけられ、不死の竜の血を塗りたくられた姉姫に、安息の日は訪れません。来る日も来る日も妹の練習相手となり続け、倒される日々。肉が避けようと骨が砕けようと、たちまち治る不死身の体の姉は、まさに妹にとって最高の練習相手でした。等級レベル上げのための生きた人形。真なる天才に使われる噛ませ犬。そう、『血麗氷姫』たる姉姫は、人間として扱われなくなったのです」


 溢れ出る感情を押さえるように、レミリアは憤然と胸に手を抱く。


「そんな日々を送って、姉姫は平静でいられるでしょうか? いいえ不可能です。姉姫は妹に使われる事に嫌気が指し、亡命し他国へ渡ります。そしてそれまで受けた屈辱を祓うかのように他者を陥れ、嘘を撒き散らし、牢獄から牢獄を渡り歩き、いつしか『偽淑女』と呼ばれる悪女となったのです」


 ウフフ、ウフ、と、かつて『血麗氷姫』と呼ばれた天才姫は、己の体を抱き締める。


「――ねえ、ここまで言えば判るよね? なぜあたしが非道を行うのか。その原理が、判ったはず。であるならばフォードさん、あなたに殺されて嬉しがる訳も理解できるよね?」


 フォードは、首を横に振った。


「……行動の根幹は判りましたが、今のあなたは理解できません。なぜ僕に殺されて喜ぶのです? 僕のもとへ来た理由も」


 つまるところ、レミリアは悲劇の元に精神を病んで『、偽淑女』へ堕ちたのだ。

 天才と歌われ、希望と湛えられ、しかしそれでも血を分けた妹の踏み台にされる。親に見捨てられ、人間扱いをされず、鬱屈とした日々を送る。

 それはかつて、フォードが辿った道のりに似たもので――

 しかしそれでも、『今』のレミリアと過去のレミリアは繋がらない。


「ウフフ。違うの。あなたと再会したのただの偶然。でもね、あなたに殺されようとしたのはわたくしの意志」


 恋い焦がれた乙女のように、かつての王女の口調でレミリアは言う。


「わたくしはね、もう人生が虚しくなってしまったの。故郷に利用され、家族に利用され、腹いせに他人を陥れた愚かな人生。もう人並みの行動で幸せは感じないし、どれほど他人を陥れても、他人の不幸な顔を見ても、わたくしの心は躍らない。はじめは確かに誰かを嵌める事に快感を得ていたけれど、所詮は虚しい憂さ晴らし。わたくしはもう、心が壊れてしまった。何が楽しくて何が悪いのかもう判らない。生きていてもつまらない。幸福なんて、幸福なんて、わたくしの中にはない!」


 苛立ち、迷子になった童女のように、レミリアの瞳から涙がこぼれ落ちた。

 しかし次の瞬間、彼女の唇には、まるで聖女のように、優しい笑みが漏れる。


「でもね、例外ができたの。それがね、あなたなのよ、フォードさん。わたくし、あなたと触れたあのガルグイユ監獄の事が忘れられない。他のどんな人間でも心は躍らなかったのに、あなたは特別だった。あなたと一緒に笑ったとき、一緒に駆けたとき、抱いた高揚感が忘れられないの。あなたと離れた直後は何ともなかったけど、時が経つにつれ心が疼いていったの。だからね、フォードさん。あなたはあたしにとって、特別なのよ」


 艶めいた笑みのまま、両腕を広げ、すがりつくレミリア。

 敵意もなく、悪意もなく、ひたすら愛しい人を想うような表情のまま、フォードを抱き締める。


「レミ、リア……?」

「あなたはわたくしの死神。愚かなわたくしを、断罪するために現れた、救世主」


 うわ言のように言うレミリアの眼は、皮肉と悲しみに満ちている。


「妹の道具にされ親に惨めに扱われ、それでも好きでもない再生の力に人生を狂わされたかつてのわたくし。城から逃げて罪もない人々を苦しめ、悪鬼に成り果てたわたくしを、地獄に導くため、現れた断罪者――それがフォードさん、あなたなのですわ」


 唇と唇が触れ合うような距離で、レミリアは潤んだ瞳を向ける。

 ようやく見つけた運命の人。赤い糸よりも強靭に、白馬の王子様よりも激的な運命の人。レミリアにとってフォードは、まさに救い主なのだ。

 頬を赤らめ、うっとりとし、無限の愛でも抱くかのように瞳を潤ませるレミリアだが、フォードの声音は冷たかった。


「……くだらない。勝手に人を死神呼ばわりしないでもらいたいですね。あなたに同情すべきところはあります。家族に蔑められ利用されるのは辛いでしょう。僕も妹と比べられて親に蔑まられていた。しかし、僕への仕打ちとは何の関係もありません」

「そうね」

「あなたが罪を犯し、裁かれるのは当然の報いです。あなたには救いなどありません。あなたは後悔し、絶望し、悲嘆に暮れて果てるのです」

「そう、その通り。だからとどめを刺してフォードさん。わたくしは不死身すぎて並の相手なら殺しきれない。自死でも死にきれない。でも、あなたの魔剣ならわたくしを滅ぼす事ができる。あの魔剣はわずかにわたくしの体を傷つけた。ねえ、見て、この胸。この首。薄っすらとだけど、わずかに腐食した痕があるでしょう?」


 レミリアは自分の胸元や首元を晒した。

 確かに白い肌に混じって、薄く、黒く染まった剣の痕がある。

 冥王臓剣は、レミリアを即死させる事は叶わなかったが、傷つける事はできたのだ。

 おそらく何百、何千と斬撃を重ねれば、彼女を倒す事ができるのかもしれない。


「その魔剣ならわたくしを殺し得る。お願い、フォードさん。わたくしはくだらない人生を歩むくらいなら、自分で終わりを見つけたい。あなたの腕の中で死にたい。どうか一生のお願いよ。フォードさん、わたくしに、安らかな眠りを!」


 甘ったれた、じつに自分に都合の良いお願いだ。

 フォードの内に、強く激しい怒りが荒れ狂う。

 勝手に罪を犯し、勝手に絶望し、勝手に終わりたいとほざくレミリアを許せない。

 しかし彼女と似た境遇から、素直に断罪をできない事も事実。

 誰ができるだろう。家族にも誰にも愛されなかった少女を憎み続ける事を。

 彼女の人生、辿ってきた道、全てが虚しくて悲しい道程だ。

 空っぽの人生。しかし許されない罪を重ねた彼女。だからこそ、フォードは自信に苛立ちを募らせる。


 レミリアは言わば、フォードの鏡なのだ。

 もし妹との確執が歪み、闇に落ちた場合の、『もしも』の自分の形。最悪の姿。

 善良ではなく悪の道を歩んだ哀れな分身。

 あるかもしれなかった、もう一人の自分。

 それがレミリア。

 枝分かれした自分の姿だからこそ、フォードは戸惑い、怒り、しかしレミリアの悔しさや悲しみの一端も理解できてしまうがゆえ、躊躇いという鎖に縛られる。

 彼女を倒すべき存在であるという事は解っている。しかし躊躇なく斬り刻む事はできない。かといって許すこともできない。だからフォードは、悩んだ末に、彼女へ一つの罰を授けるしかない。


「……では、こうしましょう」


 フォードは、悲しみとも怒りともつかない瞳をレミリアに向ける。


「レミリア。あなたには僕の『奴隷』として生きることを命じます」

「え?」

「僕にあなたの人生を終わらせる権利があるのなら、罪人としてのあなたを終わらせる権利もあるはずです。僕はあなたが安らぐ事を許さない。あなたの罪はそんなもので償えない。だから僕のために生きるのです。僕の手となり足となり、僕に良いように使役される。それが、あなたの罪に対する罰です」

「……奴、隷?」


 はじめ、レミリアは言われた言葉の意味が判らず、呆然と目を見開いていたが、


「ふ、ふふ。フフ……」


 あまりのおかしさと嬉しさのために、笑いをこぼした。


「奴隷! ああ……やはりあなたは、優しいですわ。フォードさん……ええ、受けましょう。わたくし、あなたの奴隷で良いですわ。つまらない王国の王女より、偽淑女より、あなたの下僕の方が百倍いい!」


 フォードとしては、このままレミリアを討ち滅ぼす事もできるだろう。だがそれでは時間が掛かりすぎる。苦痛も伴う。今はルルカやリリカたちを探す手駒が欲しく、有能な人材ならば喉から手が出るほど欲しい。

 世界の各地を渡り、おそらくは一流の魔術具を持っているだろうレミリアを利用できれば、救出も夢ではなくなる。葛藤と焦燥と打算。それがフォードに禁断の決断を促す要因となった。


 命も運命も捧げると誓ったレミリアが、衣装の裾より首輪を取り出す。


「これは『ゲルザーの誓約環』。この首輪で誓った契約は、決して破れない。下僕と主の関係は一生続き、その身が朽ち果て魂になるまで続いていく」

「牢獄渡りをしていた時に得た魔術具ですか。ではそれを使いましょう」

「(エリゼーラ、この首輪、効力は確かですか?)」

〈うむ、問題ない。こやつ、本気で我が契約者の奴隷となる気か。酔狂な女よな。くふっ〉

 

 エリゼーラがそう言うのなら問題ない。また詐欺をして陥れるかと思ったが、それもないようだ。

 レミリアの出した首輪は、おそらく国宝級の魔術具。黒地に毒々しいほど金箔が塗りたくられたそれは、妖しく、禍々しい。


 フォードが、支配を司る鎖の末端を。

 レミリアが、従属を司る首輪を。

 それぞれ手に添え、隷属と、主従の、宣誓を唱えていく。


[――貴様は我が永久の下僕。死の淵まで貴様は我が身の虜。誓え下僕となる女よ]

[――我が身は主人たるあなたのもの。この身、この命、死せるまで永遠に捧げます]


 レミリアが受諾の意を宣誓した瞬間。彼女の胸に、おびただしいほどの黒い光が広がる。それは彼女自身を包み、鎖の形となり、首を、胸を、手足を、体の至る所へ巻き付いていく。

 そうして。

 隷属の儀式が終わった時。魔術具である首輪は消え、完全に契約は終える。

 視えない支配と隷属の絆が、二人の間に繋がれる。


「うふふ。これでわたくしはあなたの下僕。これからよろしくですわ、ご主人様」

「その呼び方はちょっとやめて欲しいですね……」

「うふふふ。ご・しゅ・じ・ん・さま」


 甘いの蜜のようにレミリアは笑った。

 それは新しい自分と、フォードの優しさに喜びを見出した、悪女の笑み。


 最凶の悪女が奴隷になった。

 禁断のカードを用いて、フォードは王女捜索に向け、最後の決戦へと動き出す。


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