31. 憑依の進化
――勝負の開始と同時。ルザの取り巻きが飛び掛かってきた。
「くらえオラぁ!」「ルザ様の敵め!」
右から鎖鎌、左から大剣叩きつけてくる輩を、フォードは冥王臓剣を振り薙ぎ払う。
暗黒の魔剣は真っ向から相手の刃を薄紙のように斬り裂いた。
驚く二人組を置き去りに、フォードは直進、迷宮の第二十一層への階段を駆け下りる。
「阻害しろ!」「ルザ様に勝利を!」「やれやれやれぇっ!」
背後からルザの取り巻きの怒号が来る。
複数の魔術の乱舞。火炎の槍が飛び、氷針が走り、紫電の鞭がフォードの背を狙う。
「うるさいですね」
フォードが背後にリバースソード改を投げ放った。悲鳴が背後より飛び交う。
しかしそれでも取り巻きたちは諦めない。
前衛五人、後衛五人、回復と攻撃に役割を分担させ、ある者は毒の矢を、ある者は風の刃を、ある者は戦斧を投げつけてきた。
どうやらルザのパーティは、半数がルザと迷宮奥へ潜り、半数がフォードの阻害をするという算段らしい。
数を活かしたなかなかに小癪な策だが、フォードにそんなものは通用しない。
《憑依》の発動――。
フォードは追手の先頭にいた禿頭男を乗っ取ると、仲間のもとへ突っ込ませた。
「うお!?」「な、何をしてんだ!?」「こっちに突っ込むな阿呆が!」「ぐあああっ!」
たちまち血飛沫にまみれる取り巻きたち。
禿頭の男の鉈と湾曲刀と投げ槍が取り巻きたちを一蹴する。反撃に毒やら風やら長槍を受けるが、フォードにはそれすら意味がない。
さらにフォードは《憑依》を発動する。
連中の中で最も大柄な戦斧使いに取り憑くや、その戦斧を轟然と薙ぎ払った。
「うわああああ!?」「馬鹿! お前何して――」「うがああぁぁぁぁ!?」
たちまち連中の悲鳴が飛び交い、血と混乱の声が飛ぶ。
仲間が乱心したことに連中の陣は総崩れ。とてもフォードを追うどころではない。
それでもフォードは容赦しない。さらに別の魔術師に《憑依》。
『閃光魔術』という便利なものを持っていた魔術師を、ありがたく利用させてもらう。
[太陽の女神の下僕が願う。爆ぜよ閃光、愚者に聖罰の光を――『フラッシュレイ』!]
爆発的な閃光が、迷宮内に迸る。
光という光を凝縮したかのような閃光。
まるで太陽が降臨したかのごとき光が、追手の視界を焼き払う。
「うわああああっ!」「目がっ! 目がぁっ!」「くそ、何をしているお前ら!」
「敵を狙え! 味方を狙うな!」「前が視えねぇぇぇっ!」
悲鳴と怒号と困惑が乱れ飛ぶ。
そこへフォードが追いリバースソード改を投げ放つ。いくつもの体が吹き飛ばされ、斬り刻まれ、何が何だかわからないまま全員が昏倒した。
〈くふ。えげつない戦いよな、我が契約者よ〉
エリゼーラが上機嫌にクスクスと頭上でささやく。
「お褒め頂き光栄です。ですがこれからですよ、本当の勝負は」
すでにルザは二十一層に飛び込み、二十二層に向かう頃だろう。時間稼ぎとしては三流の相手だったが、ルザに先を越されるのは気分が悪い。
《憑依》を発動させる。
フォードは『煙』状のまま第二十一層の半ばへと躍り込むと、近くの魔物に取り憑く。
試したことはなかったが、《憑依》は、魔物をも操れるようだった。
【ストーンリザード レベル:9】
クラス:通常個体
体力:中 魔力:低 頑強:中
腕力:中 俊敏:低 知性:低
特技:散石ブレス 共鳴石波動
石の鱗で覆われたトカゲの魔物は、レベルは低いが高い殲滅力に長けていた。
二十一階層の魔物たちを駆逐していく。
口から散弾のような石の礫を無数に吐き出す。
ハーピー、ダースラット、ケルピーの死骸が作られる。『共鳴石波動』という、全身の石鱗を震わせて周囲の魔物の聴覚を破壊する。鋭い石の牙で次々魔物の急所を噛みちぎっていく。
だが途中で何匹かのハーピーやダースラットから反撃を受けたため、ストーンリザードの石鱗が剥がれる。攻撃を直接受ける。その生命力が著しく減退していく。
「長くは持ちませんね」
〈そのようだな。頑強さには長けるが、俊敏性がなかったな〉
仕方なくフォードはストーンリザードを破棄。別の魔物、青ざめた色合いの馬、ケルピーへと乗り移った。
【ケルピー レベル:10】
クラス:通常個体
体力:低 魔力:中 頑強:低
腕力:低 俊敏:中 知性:中
固有体質:水中時俊敏二・五倍
特技:虚脱のいななき バイトファング
能力的には大したことはないが俊敏性が高めなのでなかなか使える。
特技『虚脱のいななき』で途中の魔物を弱体化させ、『バイトファング』(噛みつき)で敵の喉元を食い破る。
その突進による蹄の一撃も、なかなか強烈だ。
どうやら低階層の魔物とは通常あまり全力を出さないらしい。つまり秘められた力を残しているにも関わらず、人間に狩られているのだ。フォードはその力を存分に引き出し、迫り来るハーピーを、ダースラットの群れを、駆逐しては迷宮奥へと突き進む。
魔物にも個体差がある。人間にも同じ能力を持つ者は二つといないように、等級、腕力、俊敏性、知能、魔力等、それぞれ開きがある。フォードは何度も《憑依》を繰り返し、それを把握する。
【ストーンリザード レベル:11】
クラス:通常個体
体力:121 魔力:18 頑強:98
腕力:中 俊敏:中 知性:低
特技:散石ブレス 共鳴石波動 テイルスマッシュ
今度のストーンリザードは、先の個体より強いらしい。
さらに《憑依》を繰り返し使い続けた事により、熟練度が向上。これまで大まかな区別だった体力や魔力、知性などが、より鮮明に、より確実に判る。仔細な数値すら把握し、フォードはより的確な攻撃が可能となっていく。
【ハーピー レベル:10】
クラス:通常個体
体力:76 魔力:58 頑強:65
腕力:66 俊敏:77 知性:72
特技:ウインドカッター 十里眼
そしてフォードは魔物で戦い続ける。レベルが上がる。操った体が熱く燃え上がるように感じる。強化されているのだ、魔物が。
人間が成長するの事と同じく、連戦を重ねね等級が上がり、10から11へ、11から12へ、12から13へ、まるで魔王への階段を上がるように、フォードが操ったハーピーはその凶悪性を増していく。
【ハーピー レベル:28】
クラス:通常個体
体力:201 魔力:187 頑強:190
腕力:192 俊敏:208 知性:199
特技:ウインドカッター 十里眼 ウインドヴェール
同階層の魔物など敵にならない。まさに動く的。フォード(ハーピー)の『ウインドカッター』がダースラットを、ストーンリザードを、紙切れのように斬り裂く。
これは僥倖だった。ある魔物を『成長対象』として確保しておき、苦手魔物が現れたら、別の魔物に乗り換え瀕死にさせる。そして『成長対象』の魔物に再び乗り移ってとどめを刺せば、容易にレベルの向上が可能なのだ。
二十一階層では、能力的にハーピーが一番バランスが良い。ストーンリザードへは口の中へ風魔術を打ち込み、ダースラットの群れは体当たりで蹴散らせる。そしてケルピーには空中から爪や牙で強襲して仕留める。
『十里眼』で奥を見渡せば、次はどんな魔物が来るか、把握も可能となる。
二十二階層を抜け二十三階層を抜け、ハーピー(フォード)はレベル31にまで達し、なお突き進む。
〈フフ……なかなか楽しそうだな我が契約者よ〉
「判りますか? ええ楽しいです。未体験の感覚ですからね」
まるで自身が魔物となったかのように、フォードはハーピーで暴れ回る。
「人間とは違った挙動、体の使い方、猛々しい戦意。人間が成し得ない特技まで、使いこなすことができる。これに興奮しない人間はいないでしょう」
人間の夢である飛翔移動、軽快な飛行からの突撃。
ただの体当たりで敵は倒れ、爪牙は必殺の武器になり、多少の傷ならば無視して滑空することも可能な万能の体。
まさしく人知を超えた存在。人間をおびやかす、闇の使徒。
荒々しく翼をはためかせ、邪悪に牙を剥くハーピー(フォード)のその姿。
吟遊詩人がいれば「悪魔の申し子だ」と恐れ震えるに違いない。
〈だがぬしよ。このまま先へ向かいたいところだが、本体はそろそろ危険だろう?〉
《憑依》は便利だが元の体が魔物に襲われるのは欠点だ。
本体を残した場所にそろそろ魔物が『再湧出』してもおかしくなく、そうなれば魂のないフォードは瞬く間に屍と化すだろう。
本体が死ねば、『魂』たる煙のフォードも死ぬ必然。
だがフォードは、まったく焦りを感じていなかった。
「いえ。どうやら《憑依》を使い続けたおかげで、僕の技量も上がったようです」
〈なんだと?〉
「ここに至るまでの戦闘で、憑依術のLvは2から5へ向上。画期的に強くなりました」
〈なんと、それは――〉
フォードが一度『煙』状に戻り祝詞を唱える。憑依体のみが使える秘技――。
[悪霊王の加護受けし覇者が命じる。我が半身よ、我が元へ現れよ!]
中空に黒紫の渦が出現し、フォードの体が現れる。目を瞑った人形のような体が、乾いた地面に横たわる。
〈ほう、これはこれは〉
「自分の体を呼び寄せる『本体召喚』の術です。《憑依》を繰り返したことで、僕は十五キロ以内であれば本体を喚び出す事が可能となりました」
〈はははははっ! なるほど、良い力よ! これは僥倖っ!〉
エリゼーラの哄笑にフォードも高揚する。
これで探索はさらに効率化する。
ある程度魔物を倒し魔石を露出させ、『アポーピスの神胃』に蓄える。そして機を見て本体召喚し安全を確保――。
この世の誰にも果たせない、フォードだけの戦術。人智を超えた異能の極地。
〈くふふ! もはや魔物どもも、ルザも、ぬしには虫けらより儚い。ゆけ我が契約者よ! 我らの前に、立ちはだかれる者など無い!〉
エリゼーラが、愉快爽快と、笑い声を放つ。
フォードもハーピーの翼を羽ばたかせ、飛翔する。
己に宿りし力に興奮を隠せない。
人を、魔物を操りし《憑依》の力。
しかもそれはさらに、使えば使うほどに、進化していくのだから。




