30. 受けて立ちますよ
「疲れたー」
カーバンクルとの戦闘後、ネイラに抱きついたリリカが、地面にへたり込んだ。
他の面々も似たようなものである。汗や砂粒を顔に貼り付けながら、勝利を称え合う。
「しかし、よく勝てたな」
「しかもフォード無しだったぞ!」
「ネイラのおかげよ。ありがとう」
「ううん。私は姫様の盾。迫る苦難は弾く」
しばらくお互いに健闘を称え合い、和やかな雰囲気となる。
フォード以外の尖った耳が、ぴこぴこと動き、嬉しさや安堵を表していた。
「おいネイラ、そろそろ毒沼消してくれ。奥の『転移陣』に進めない」
《迷宮》には十階層ごとに転移陣というものが敷かれている。
奥地から地上に一瞬で戻れるのだが、ネイラの毒沼で、通行は不能。
「……無理。じつはアレ、自分で解除できないから、皆通って」
「マジか!?」
「無理無理なのだ! 死んじゃうのだ!」
リリカが叫ぶと、フォードが苦笑する。
「では僕が皆さんを運んで飛びますね」
そうしてフォードが皆を一人ずつ抱え、敏捷と体力に任せて運んだのだが、嬉しそうにするリリカやルルカはともかく、親の敵のような目つきで睨むカルキノスは勘弁してほしい。彼は何か思う所があるのだろうか。
「さて、ではそろそろ、地上に帰りましょうか――」
フォードが全員を毒沼の向こうへ運び、そう言いかけた時である。
「――おいおい、なんだぁ? こんなところで森の愚民どもが休憩かよ」
そこへ現れたのはルザだった。十五人以上の大所帯を引き連れている。
「――ルザ!」
「ひゃははっ! この前は世話になったなあ! これも神の思し召しってやつかね」
いや、俺が神だっけ? と下品に笑うルザ。
新しく雇った配下なのだろう、人相の悪い輩達が「おいおい、あれエルフ?」「まさか、王女じゃねえか!?」「ひひっ、可愛いお姫サマ、俺らに抱かれに来たの?」「ハハッ」
不遜な態度で、ルルカやリリカの顔を舐めるように見つめる。
ロブ、ネイラ、カルキノスが一斉に守るように立ち上がった。
ルルカやリリカが襲撃された恐怖を思い出し、青ざめる。
フォードは彼らの前に立ち、厳然とルザ立ちへ立ちはだかる。
「何の用ですか。愚弄するために来たのなら帰ってもらいたいですね」
「おいおい、俺たちは探索に来ただけだ。そう怖い顔すんなよ。探索者が迷宮に来るのは自然だろう? キツイ事言うのは無しにしようや」
「盗人をしていた愚者の言う事とは思えない台詞ですね」
「ルザ様に無礼だぞ貴様!」
ルザの取り巻きの一人がいきり立つが、ルザは「まあ待て」と手で止める。
「二十階層ごときで休息しているようじゃ先が思いやられるなぁフォード? なんだ、エルフの王女様とお近づきになったのか? ああ、この前俺たちから助けてやったもんなぁ。王女様にとってお前は正義の騎士ってわけだ。クク、お礼に一発や二発、ヤッてもらったか? 極上の身体だものなぁ、けけけけ!」
ルルカやリリカの表情に、怒りが沸き起こる。
嘲笑し、侮蔑し、なおかつ王家の者へ絶え難い下衆な発言をするルザ。のみならず、彼女らの努力や挟持を踏みにじるような言動。
カーバンクルを倒した達成感や、楽しい空気が一瞬で消し飛んだ。
ルザはにやにやと下卑た笑みで問いかける。
「なぁフォード。もしかして王女様の手伝いでもしてんのか? だったらやめとけ。エルフは探索に向いてねえ。弱すぎる。ここで休息してんのが良い証拠。お前みたいな強者が世話をする必要はねえ。お姫様には夜の相手がお似合いだよ」
「貴っ様ぁ! 焼き尽くすぞ!」
カルキノスがいきり立ち、ネイラが無言で円月輪を構え、ロブが槍を真っ直ぐに構える。
「やめるのだ、カルキノス! ネイラ! ロブ!」
リリカの悲鳴。
「これが黙ってなどいられません! 我が主君たる姫様を愚弄したその罪! こいつらの命で贖ってもらいます!」
「ヒャハハハハハ! 来いよ、エルフの護衛くん! 馬車の時の連中みたいに、惨めな終わりにしてやるよ! あの時の護衛は雑魚だったが、お前らは違うんだろ? ほら教えてくれエルフの挟持を! 弱者の意地ってやつをよォ!」
「貴っ様ぁああっ!」
怒り、死闘を開始せんとするカルキノスら親衛隊。
しかし、烈風のごとく彼らの前に立ちはだかり、厳然と止めるフォード。
「……何の真似だ、フォード!」
「落ち着いてください、カルキノス、ネイラ、ロブ」
冥王臓剣とリバースソード改を構え、一方はカルキノスたちに。一方はルザたちに。
魔剣と名剣。ぴたりと彼らの眼前に添え、両者の境界線を遮る。
「探索者の争いにおいて、絶対の規定があるはずでしょう? ――探索者同士の私闘を禁ず。同族殺しなどもってのほか。ギルドカードにはそう書いてあります。正当防衛を覗き、僕らにはいかなる理由の殺傷も認められていません」
「そんなものはどうでもいい! 姫様の屈辱を祓う! それ以外など知らん!」
「馬鹿を言わないでください。カルキノス、あなたやネイラやロブが例えルザを倒しても、待っているのは厳罰です、ルルカ王女やリリカ王女に、悲しみを与えても良いのですか?」
「だが! ――だがそれならば我らは、どうすればいいのだ!」
冥王臓剣の禍々しい妖気に当てられたカルキノスが、激昂しつつも当惑する。
ネイラが口惜しそうに唇を噛み、ロブがぶるぶると槍を震わせる。
「フォード。察して。主を侮辱された屈辱、晴らしたい」
「そうだぜ! 奴には姫様の苦しみが分からないんだ! 母を無くし、平和を無くし、そして矜持をも奪われる! こんな理不尽ってあるか!? やりきれねえよっ!」
「いえ。駄目です。カルキノス、ネイラ、ロブ。あなた達王女の盾が自らいなくなってどうするのです。侮辱は弱者の戯言。ルザの言葉など路傍の雑音とでも思えば良いのですよ。虫けらがどのように音を奏でようと、僕たちは泰然としていればいいのです」
「ハッ、おいおい言ってくれるじゃねえか、フォードくんよォ」
ルザが、取り巻きと共に殺気めいた視線を放って来る。
「虫けらとは大きく出たなぁ。てめえにはこの前の借りも返してねえ。何ならここで屍山血河を作り、エルフ王女に地獄を見せるか?」
「懲罰が怖くなければやってみればいいじゃないですか。僕はひたすら正当防衛だったとギルドに伝えますよ。あなたに襲われ仕方なく剣を振るったとね。そちらの貧相な下っ端たちが屍になっても良いなら、僕もこれ以上は止めませんが?」
ルザ達の目に、黒く冷たいものが宿る。
フォードの剣持つ手に、激情と共に力がこもる。
一触即発の、不穏な空気が流れる。どちらもわずかにでも動けば殺し合いが始まるだろう。倫理、規則、刑罰。そのようなものは、ほとんど互いの頭から消えかかっている。
濃密な、死の気配の感じられる冷気と悋気――。
しかしその流れを打ち破ったのは、またしてもフォードだった。
「――ならば、勝負でもしましょうか?」
「勝負、だと?」ルザが問う。
「そうです。あなたたちはこれ以上引き下がれないでしょう? かと言ってお互いに被害を出すのも愚かです。血気盛んな探索者が雌雄を決するには、やはり探索が最適でしょう。ですから一つ、勝負をして、敗北した方が大人しく引き下がるのです?」
ルルカやリリカが不安そうに見つめる中、フォードは告げる。
その佇まい、声音、まさしく王女を守る騎士の如く。
ルザの瞳に好奇のこもった色が宿る。
「勝負か。――なるほど、受けてもいいぜ」
「ルザ様! こんな下郎、俺たちの手で潰せます!」
ルザの下っ端がそう吠えるが、彼は動じない。
「まあ待て。フォードは足手まといが五人。対して、俺らは二十人近い精強。どんな勝負だろうと俺らの優位は動かない。そんなフォードが何を持ちかけるのか、興味がある」
フォードが小さく笑った。
「余裕ですね。では内容を決めましょう。――三時間以内に、魔石をいくつ取れるか。その競争でどうです?」
「へえ。内実は?」
面白そうな顔をするルザに、フォードは凛然と応える。
「ただ単に魔石を集めたのでは面白みがありません。ランク一の魔石を一点とし、ランク二点……以下、ランク十の十点を最大とし、その取得した合計値で競いましょう。つまりランク一を十五個集めたら十五点。ランク三を四つ集めたら十二点となり前者の勝ちです。この第五迷宮《岩窟》の、いかなる魔物の魔石でも構いません。もちろん欠片ではなく完全な魔石。それも高ランクの魔石をどれだけ得られるかの勝負です」
「なるほど、面白え。数と質の証明は?」
「ギルドカードに魔石の集計機能があったでしょう。それを使います」
ギルドカードには複数の機能があり、特定の文言を唱えれば討伐魔物のカウントや、魔石の数集計、迷宮で辿った経路等、様々なものが表示される。
その中の魔石集計を使おうと言うのだ。
第一級の魔術で編まれたこの魔術は、他の魔術で誤魔化すことは叶わない。
「ひゃはは! いいねえ。なら人数制限はいらねえな。フォードの腕なら、俺ら全員で相手しても余裕だろ?」
「構いませんよ。むしろ僕一人で十分です。多人数で敗北して屈辱顔を浮かべるルザが楽しみです」
「言う言う! 今すぐ殺してぇが、俺も探索者だ。無粋な事はしねえ。――そうだ、何なら何か賭けようぜ。その方が盛り上がるしなぁ!」
「ええ。いいですよ。僕としてもその方が面白いですしね」
ルザは数秒の間、思案した。
「……そうだな、負けた方のパーティは全員――『片方の腕を切り落とす』って事でどうだ?」
「王女様へのリスクが伴います。それは認められません」
「じゃあてめえの体のみだ。フォードが負けたら右腕、左腕、右脚、左脚、右耳、左耳、全て切り落とす。ちょうど六つで、てめえらパーティ六人分、ってことで良いな?」
「いいですよ、喜んで受けましょう」
「――なっ」
それまで絶句していたルルカやリリカが、不安そうに言い募る。
「フォード、そんな……こんな事のために、ダメなのだ!」
「そうです、フォードさん。今からでも遅くありません。撤回を……っ」
「いいえ、大丈夫です。勝てば良いのです。ルザのような下衆で、下郎で、人間の風上にも置けない虫けらは、この僕が天罰を下します」
「フォード……」
「フォードさん……」
リリカが泣きそうな顔ですがり、ルルカも痛ましい声音で腕を掴んでくる。
そんな事はやめて欲しい、危険に立ち入らせたくない、そんな懇願の瞳が向けられる。
しかしフォードには負ける気などなかった。
むしろ血がたぎっていた。
王女のために戦う騎士、最高ではないか。
王女に害なす愚か者を叩きのめす。
結局のところ、自分は探索者であり、宝を得るためなら危険を顧みない気質を背負った、戦闘者なのだという事を悟る。
この場合、宝物とはもちろん、ルルカ王女とリリカ王女の笑顔だが。
「僕を信じてください、ルルカ王女、リリカ王女」
フォードは勤めて優しい笑みを浮かべ、二人の王女の手を握る。
「僕は勝ちます。そして誰が最強なのかということを、知らしめましょう」
不安に満ちた王女たちの碧眼に一礼し、フォードは冥王臓剣と、リバースソード改を構え声を張り上げる。
ルルカとリリカは、両手で祈り、フォードの勝利を願ったのだった。




