29. 魔術返しの階層主
「皆さん! 第二十階層までそろそろです!」
三日後。第五迷宮《岩窟》。第十七層。
フォードの掛け声共に、ルルカの火炎の槍が宙を貫く。
その横で紫電走らせるのはカルキノスの雷精霊だ。鳥人型の魔物ハーピーに直撃した炎の槍と紫電の鞭は、ハーピーの翼を焼き焦がし、感電させ、地面に落とす。
「おらああああっ! 闘技! 『一閃突き』ぃぃ!」
その真横を、ロブの槍突進が突っ切っていく。
「グヒ!? ヒヒィーンッ」
青ざめた体を持つ馬型の魔物ケルピーの悲鳴が響く。その頭上にネイラが飛ぶ。放たれた二つの円月輪の刃が真っ直ぐケルピーの首に吸い込まれ、血と、さらなる悲鳴を呼ぶ。
「ロブ! 大丈夫か、今回復するぞ!」
「ありがたき幸せっ!」
ストーンリザードの噛みつきに腕を怪我したロブへ、リリカの回復魔術が癒やす。
その隙にルルカのフレイムアローがストーンリザードを怯ませ、ネイラのダガーがその眼球を刺し貫いた。
「皆さん、その調子です! 畳み掛けましょう、前進っ!」
フォードの声に嬉しさが混じる。
五人とも良い連携だった。ロブの突進、ルルカの援護魔術、ネイラのかき回し、カルキノスの攻撃、そしてルルカの回復――どれも素晴らしい。
この三日、徹底的に連携訓練を行ったのだが、それが功を奏したようだ。
前回の時とは違い司令塔のフォードを核として連携される構成は、攻守共に上々。複数の魔物が列を成してきても対応できるほど。加えて士気もなかなかに高く、初めて見る魔物相手にも尻込みしない。
ロブの槍闘技《三連突き》がダースラット二匹を一度に串刺しにする。
ネイラの毒吹き矢がハーピーの両目に突き刺さる。
カルキノスがウンディーネの水撃でストーンリザードを吹き飛ばし、ルルカが火炎や氷の魔術を当て撃ち倒す。
元々迷宮には入り浸っていた彼らとはいえ、劇的な変化である。
元々彼らは《岩窟》では第十五層が限界だった。個人技に秀でて迷宮探索に不得手だったため、各自散発的な攻撃で失敗していたのだ。
しかしフォードの的確な指示、フォードの技能『戦意高揚』、彼ら自身の高い気迫が渾然一体となり、活力を生み、これまでにない攻勢を可能にしていた。
群の数だけは多かったが、冷静にネイラやルルカ、カルキノスが魔術や暗器で各個撃破し、ロブやネイラがとどめを刺していけば問題ない。波濤の勢いで、彼らは十九階層まで突破した。
「キュウゥゥゥゥンッ」
「っ! 『階層主』です! 陣形を!」
しかしそんな彼らの下へ、二十階層の階層主、『カーバンクル』が現れた。
額に宝石を持ち、毛皮の立派な愛くるしいリスのような外見のカーバンクルだが、その力は厄介だった。
『魔術反射』――。
自らに撃たれた攻撃魔術をそっくりそのまま跳ね返し、迎撃するというその特性。
これにはルルカやカルキノスが無力となった。
ルルカのフレイムアローやカルキノスの召喚魔術も全て跳ね返される。
連射して体勢を崩そうにも全て反射、こちらがやられる。
中衛のルルカとカルキノスが攻撃できないため、前衛のロブやネイラが尻込みする。
そこへカーバンクルが鳴き声を放った。
キュウゥゥゥン、という可愛い鳴き声。その効果は『仲間増援』である。
迷宮の奥からダースラット、ハーピー、ケルピー、ストーンリザードの大群が現れる。
奇声、蛮声、咆哮、多種多様な魔物どもの響きが迷宮内を震わせる。
増援の魔物たちは一斉に列を成し、襲い掛かってくる。
「うお!? なんだこいつらっ!」
ロブが槍を必死に振り回し、一端下がる。
「大群だわ、牽制! カルキノス、協力を!」
「むうう、厄介なっ!」
ルルカの指示に、カルキノスがサラマンダーに火炎を吐かせる。
「うわわ、どんどん迫ってくるのだ! 《ヒール》! 《ヒール》!」
ダースラットの群れに体当たりされたロブを、リリカが必死に治す。
「フォード、これは不利。私たち、全滅の危険性がある」
ネイラが魔物へ火炎玉を投げ込み、魔物の隙をつき後方のフォードの横へ着地。
「いいえ、撤退はしません。僕も加勢しません。カーバンクルは貴方たちで倒すのです」
「でも。魔術は効かないし、ロブと私の暗器では倒せない。魔物の手下、邪魔」
いつもは氷像のように淡々としたネイラだが、この時は焦りが感じられる。
しかし、それでもフォードは動かない。
泰然と腕を組み、決然と前を見据え、戦うルルカらを見据える。
「ネイラ。あなたの魔術は攻撃系だけですか? 支援系の魔術もあるでしょう?」
「判ってる。でも私、魔力量は少ないし、大した事はできない。筋力や俊敏さはあるけど」
フォードは以前、こっそり《憑依》で各自の能力を見たことがあるのだが、ネイラは魔力や魔力量は少なかった。暗器にばかり頼って魔術を疎かにした弊害だろう。
聞けば彼女は昔魔術を暴発させ、友を傷つけた事があるらしい。レンジャーの罠スキルを当ててしまい、瀕死にまで至らせてしまった――その失敗が、今にまで尾を引いている。
「いいえネイラ、能力とは使えば使うほど伸びるものです。苦手意識があっても使い続ければ必ず自分の糧となります。それに――いいのですか? このままではルルカ王女もリリカ王女も、魔物どもの牙の餌食となるでしょう。そうなっては全てが遅い。――あなたのクラスはレンジャー。戦場を支配し、己の領域に書き換える者――あなただけが、絶望を希望に変えられるのです」
「……判ってる。うん。私は王女様を、守る」
「そうです、ネイラ。己を燃やし、敵を打破し、王女様に笑顔を!」
「うん!」
ネイラは、疾風のように駆けた。そして天井高く飛び上がり、愛用のダガーを取り出し祝詞の詠唱。
[我が戦域に負けは無し。毒を以って悪を挫く。我は戦場の支配者なり。――『ベノムマーシュ』!]
魔物たちの足元に、紫色の沼が湧き上がる。
まるで霧のように吹き出て、黒い瘴気を放つ毒の沼。
レンジャーが発生できる罠の一種である。
悪寒、虚脱、酩酊、様々な効力を持つ毒が、ダースラットを、ケルピーを、ストーンリザードの体を蝕んでいく。
体の構成物質を犯す毒にさらされ、動きが鈍る魔物たち。
その隙を逃すルルカたちではなかった。
ルルカのアイシクルランスを筆頭に、カルキノスやロブが、召喚魔術を、槍の薙ぎ払いを次々当て、殲滅していく。
空中のハーピーの群れだけは毒沼の猛威から逃れていたが、それも一網打尽。
「やああっ!」
ネイラが渾身の力で円月輪を投げ、複数のハーピーの首を掻っ切った。
残るは階層主、カーバンクルのみである。
「キュウゥゥゥ!?」
罠魔術は反射できないことを悟った小動物が、驚愕の声を出す。
「これで決めましょう、ルルカ様!」
「ええ、わたしたちに、完全な勝利を!」
ルルカがクラスチェンジを発動。
闇夜の使徒のごとき艶衣装となった王女と、影のように跳ぶネイラの疾走。
煌めく刃の閃がいくつもカーバンクルを襲った。
斬、斬、斬、斬――雷閃のごとき刃の交差。
カーバンクルが愛くるしい顔を血に染め、地面に倒れた。
最後の力で逃げようとしたカーバンクルに、クナイを投げ、ルルカがとどめを刺す。
「勝った……」
勝利の貢献者であるネイラにルルカが寄り、賞賛と感謝の言葉をかけていったのだった。




