28. それはまるで、夢のような
「探索はうまくやっていけそうかい?」
王の私室でのイルサールの問いかけに、フォードは頷いた。
「はい。皆さんとっても奮戦してくれて、僕としては言うことはないです。士気も高く、これならさらに下に階層も早々攻略できそうです」
イルサールの私室は木彫りの人形や観葉植物で溢れている。心が安らぐ空間と言えるだろう。エルフ国特有と思しき美麗な植木がいくつも置かれている。
「ははっ、それは何よりだ。元々我らエルフは争いが苦手でね。親衛隊と言えど防衛戦が主流だった。ゆえにこれまでの探索は難儀だったが……フォード君が加わったことで変わったようだね」
「いえ、皆さんの自力あってこそです」
確かにルルカやリリカ、親衛隊三人は攻めより『守り』が得意に思えた。
しかし大陸を守るという使命があるからか、飲み込みは早く、上達率もいい。限りなく理想の環境と言えるだろう。
「ふふ、そう言ってもらえると私としても喜ばしい。ルルカやリリカも、役に立っただろうか?」
「ええ。リリカ王女は今回やや出番が少なめでしたが、ルルカ王女の魔術は良いですね。もちろん、くノ一の攻撃も素晴らしかったです」
「ふふ。ちなみにだがフォード君。ルルカのくノ一姿、凝視してなどいないだろうね」
「え、あ、はあ……?」
「凝視など、していないだろうね?」
「え、ええ。もちろん。当然です」
まさか横目でチラチラ見てしまいました、などと言えるわけがない。
悲しいかな、男の性でルルカに魅入られてしまったが、それを言うとマズそうだ。フォードは首を振って否定しておく。
「麗しき闇の使徒といった勢いで、とても美しい戦いでした」
「そうか、良かった。我が娘ながら際どい衣装だからね。好色な目で見られるのは親として我慢ならない」
その瞳は悪い虫を潰さんとする父の気概を感じさせた。
イルサールは結構な子煩悩だった。
というより彼の私室にはルルカとリリカの絵画がでかでかと飾られており、どう見ても娘が大好きな父王である。
「おっと、いけない。興奮してしまった。我が可愛い娘のこととなると、どうもね」
「いえ、父親として当然のことだと思います」
世の中には娘に劣るという理由で息子を下僕とする親もいるのだ。それと比べるとイルサールの愛は清く正しい。
「ま、何はともあれ、幸先は良さそうで安心したよ。……フォード君。言い忘れたが君も無理はしないでくれたまえ」
「無理、ですか。もちろん自分の限界はわきまえてます」
「それならいい。――でもね、いざとなると人間、無茶をしたがるものだ。君は親に見捨てられてなお探索者になったのだろう? 自覚ある無しに関わらず、どこかで命を軽率にしているのだと思う。親への反抗心、世界への敵愾心……言わば己の外への怒りだ。無念を味わった者は、時折無謀に突き進む。私はそれを知っている」
「敵愾心、ですか」
「そうだ。迷宮探索には無茶はつきものだ。しかし無謀になってはいけない。自分の命より大切なものなどない。君が危機に瀕した時、その時は可能な限り己の命を守るんだ」
「僕は王女様の護衛を司っています。多少は仕方ないかと」
「うん。そうだね。しかし君に依頼したのは言わば私たちの尻拭いだ。君が命を捨てる道理はない。もし仮に娘の命と自分の命が天秤に掛けられた時、救うべきは君の命だ。それを強く意識していて欲しい」
「……」
「こういう状況だ。娘も私も死は覚悟している。だが最悪の状況になっても、君が必要以上に気に病む事はない。君には君の人生がある。今は娘の護衛だとしても、いずれそうではなくなるかもしれない。君の人生に禍根を残さないためにも、これだけは忠告しておきたい」
それは、きっとイルサール自身の経験をも踏まえての忠告なのだろう。王国の后たる妻を無くし、大切な娘を死地に向かわせ、なお不安な未来へ突き進む苦難の王。
きっと彼は《アトラシアの神玉》を奪われ妻も亡くした後、自暴自棄に陥ったのだろう。そして無謀な行動に走り後悔した。
不測の事態を引きずるな――その言葉は、フォードの胸に強く突き刺さった。
「よく心得ておきます。イルサール王、僕は無茶と無謀を履き違えません」
「それでいいよ。……さて、深刻な話になってしまったね。もう今日はゆっくり休むといい。数日後、また探索を頼みたい」
「はい、お言葉どおり、今日は休ませて頂きます」
いい人だな、と、フォードは感謝しながら、イルサールの私室を後にした。
† †
〈……嬉しそうだな、我が契約者よ〉
自室に入ると、エリゼーラがふわりとした笑みを漏らした。
「それはそうですよ。やっと安寧の場所を手にれたのですから。王女たちもイルサール王も良い人です」
聡明にして気さく、誠実にして他人思い。出会って幾ばくかのフォードにすら、ああまで優しくしてくれる。その心意気が嬉しい。
あの父王なら、ルルカ達が聡明な娘に育つのも頷ける。
〈そうだな。良い親娘だ。――例えこれが、まほろばの楽園だとしてもな〉
「? 何の話ですか?」
訪ねたが、エリゼーラは真顔で宙に浮かぶままだった。
〈いや、こちらの話だ。それより我が契約者よ、今日は十分な休息を取るが良い。探索は疲れたろう。良い夢を見るのだな〉
「ええ、そうさせてもらいます。僕も結構くたくたですしね」
エリゼーラの言葉は気になったが、フォードは心身共に心地よさを感じながら、寝床についたのだった。




