24. パーティ戦
カルキノスの挑戦から明けて翌日。フォードたちは第五迷宮《岩窟》、第一層へ迷宮に足を踏み入れていた。
とっても、本格的に探索をするというわけではない。
王女達や親衛隊の能力や特徴が、実戦の中でどう噛み合うのか。修正点はどこか。フォードが見極めるのが主な目的だった。
王女達の実力にもよるが、比較的容易な第五階層までは進みたい。
暗く陰鬱とした空気が肌を撫でる。宙をはびこるのは砂と土の臭い。
踏みしめる石の感触は硬く、岩肌には無数の切り傷や破壊痕がある。
何百年、何千年という探索者と魔物の戦いの跡。幾多の戦いが、激戦が、この迷宮で行われてきたのだろう。自然と、フォードの気持ちも昂ぶる。
何しろ二年ぶりの迷宮探索なのだ。心が踊る。はやる気持ちが心地良い。
おまけに左右を歩くのは美しいエルフの王女姉妹で、まさかこのような可憐な少女らと探索をするとは思っていない。フォードは腕を絡ませてくるリリカに苦笑して言った。
「あの、リリカ王女、このままですと動きづらいのですが」
「大丈夫なのだ! 第一層は最初の十字路に行くまでほとんど魔物がいない! だからこのままリリカの温もりを感じるのだぞ!」
そうは言ってもさすがに魔物の巣窟だ。リリカ達はすでに何度も迷宮に潜ってはいるが、出会い頭に襲って来ることもあるだろう。慕ってくれるのは嬉しいが、どうにもリリカのスキンシップに慣れないフォードだった。
その直後、後ろから怨念が飛び交った。
「(くそ、おのれおのれおのれ! リリカ様とあんなにくっつきおって! このカルキノス、後で成敗してくれよう!)」
なにやら悪寒が感じられて、居心地悪いことこの上ないフォード。
パーティ構成はフォード、ルルカ、リリカ、親衛隊のロブ、ネイラ、カルキノスという構成だった。
イルサール王は傭兵団や人間国との会議のため、別行動。よってフォードが中心となる旅団である。
「あはは、リリカ様は上機嫌っすね。羨ましいです」
親衛隊の一人、長身の青年であるロブが微笑んだ。
槍使いである彼は、大きなランスを背負う、快活な青年だ。主に突撃戦を得意とし、残った親衛隊の中では前衛を担当する。
誰にでも別け隔てなく話す好漢であり、人間であるフォードにも気さくに話しかけた。
「リリカ様、嬉しそう。あたしも、とても嬉しい」
影のようにリリカの後ろで呟いたのは、ネイラという女性。
王国で王女自らに雇われたという彼女は、親衛隊の中でも忠義が厚く、常にルルカやリリカを見守っている。
暗器使いであるため、様々な道具を用いては敵を翻弄し、またレンジャーというクラスゆえ、地形に関わる魔術も得意とする。中衛として、なくてはならない存在だった。
そして最後に、カルキノス。
「(くそがおのれ嬉しそうな顔をするな。フォード、貴様の居場所は本当は俺の場所なんのだぞ!)」
「リリカ様の笑顔こそ我らの希望。この笑顔がある限り、我らは奮戦できる」
ルルカやリリカの忠実な部下ではあるが、心の中では王女さまへの愛が溢れる男であった。
フォードへは嫉妬の嵐。召喚師としてはなかなかの腕前なのだが、内面に問題ある男である。
「父上も来れたらもっと良かったのに」
ふと、フォードの腕にしがみつきつつ、リリカが残念そうに呟く。
「仕方ありません。陛下には陛下の仕事があります。そのうち共闘することもあるでしょう。今日は我慢の時です」
「うん! まあフォードがいればさみしくないのだ! 頼りにしてるぞ!」
鼻歌交じりに、ぎゅっとフォードの腕に込めるリリカ。懐いてくれるのは大変嬉しいのだが、豊かな胸が当たってきて困る。
「(うがががが! リリカ様の胸っ、胸がフォード何かにぃぃぃ!)」
召喚師カルキノスが凄まじい嫉妬の炎で狂うがフォードは気づかない。
〈やれやれ初の探索だというのに、我が契約者は幸せ者だな。この色男め〉
エリゼーラがどことなく不機嫌な声音で言う。
「(色男じゃありません。やめてくださいよ本当に。僕も困っているのですよ)」
「どうしたのだフォード? もっと背伸びして抱きついた方がよいのか? 恥ずかしいけど、フォードなら……」
初陣の興奮が彼女をそうさせるのか、リリカはつま先立ちになってより強く抱きつこうとする。
ますます大きな胸部が圧迫されリリカの顔も近くなる。
「待ってくださいリリカ王女。さすがにそれはやり過ぎです。もっと貞淑に――」
と、そこまで言いかけ、フォードは冥王臓剣の鞘に手をかけた。
「殺気! 魔物です! 総員――構え!」
途端にルルカ、親衛隊のロブ、ネイラ、カルキノスが武器を構える。
リリカが名残惜しそうに離れ、豪奢な宝杖を掲げる。
前方、曲がり角より三体の魔物が現れた。
オークだ。醜い豚のような顔、体長は人間とほぼ同程度で、分厚い皮膚が覆っている。緑色かつぬらぬらとした体表や卵を腐らせたような異臭により、探索者に嫌悪される魔物の一つだ。
武器は棍棒。そして怪力。人間一人をたやすく撲殺できる腕力を誇る。
「僕が右の一体を倒します。皆さんは他を」
言い様、フォードは冥王臓剣を投げ放つ。
雷閃のごとき勢いで飛んだ魔剣が深々とオークの腹に刺さる。
のみならず、暗黒の刃は貫通し背後の壁に衝突――それだけでは勢い止まらず、壁をごっそり抉り数十メートルも突き進んだ後、ようやく止まった。
呆気にとられたのは残るオークの二体だ。
冥王臓剣のあまりの威力に棒立ち、見るからに隙だらけとなる。
「行くぜ!」
それを見逃す親衛隊ではない。まずロブが突貫し、
「《ランス闘技・三段突き》!」
疾風のごとく槍を突き出しオークの一体に飛びかかれば、
[猛炎なる火の使徒よ、顕現せよ。我は紅蓮の破壊を望む! 《サラマンダー》!]
カルキノスがロッドを掲げ、火炎の蜥蜴を召喚する。
「とどめ、刺す」
最後に、猛熱と槍撃にさらされたオーク二体へ、ネイラが円月輪を投げ放った。
鋭利な刃の投擲武器に斬り裂かれたオークは、血を、悲鳴を、幾度も飛ばし、さらにとどめのネイラの毒針を額に打ち込まれて絶命する。
「勝利! やったのだ!」
リリカがぴょんとその場に跳ねる。戦闘時間、ものの数秒だった。
「楽勝だぜ。こんなものか」
ロブがランスを下ろし、屈託のない笑みを見せる。フォードが辺りを辺りを見渡し、
「敵影は他にありません。初戦は完勝ですね。……それにしても皆さん、こなれていますね。優秀ですよ」
「まあ、これくらいはなぁ」
槍使いのロブが、照れたように笑顔を浮かべる。
「問題は五階層以降なんスよね。敵の数が多くて」
「あたしたち、各個撃破は得意だけど、集団相手の、連携が苦手」
回転して戻ってきた円月輪を回収しつつ、レンジャーのネイラが言う。
「なるほど。集団行動に難ありですか。個人技に秀でていると……」
他にも、見ていていくつか気になる点があった。フォードが先の戦闘を反芻していると。
「しかし、本当に凄いスねフォードさん。おみそれしました」
ロブの称賛にルルカやネイラが同意する。
「フォードさんがいてくれて良かったわ。いつも、オークならもっと手こずるもの」
「投擲の軌跡がとても綺麗。まるで曲芸師。尊敬する」
女性二人の称賛に、フォードはくすぐったい。冥王臓剣の鞘を撫で、
「光栄です。ですが相手はオークですから。当然ですよ」
「でもオークは頑強な体に強い怪力なのだ! それを一撃! やはりフォードは頼もしいぞ!」
オークは知能が低いが体は硬い。並の剣なら弾かれるか刃こぼれするだろう。
それを瞬殺、のみならず背後の壁ごと貫通させるなど、尋常ではない。
「壁抜きなんて初めて見ましたよ、俺」
ロブが言うと、興味深げにフォードの魔剣をまじまじと眺める。
「その剣、どこで手に入れたんですか?」
「牢獄で素敵な出会いがありましてね。詳しくは秘密です」
〈くふ。そこは親切で美人な悪霊王に貰ったと言うべきであろう〉
エリゼーラがにたにた笑っているので、冥王臓剣の鞘をペコンと指で弾くと、エリゼーラが「照れるな我が主よ」などと言って笑う。
「では魔石を回収しましょうか。ロブ、お願いします」
「あいよ」
フォードの声に、ロブが背負っていた大袋を広げる。
魔物の体の中には《魔石》と呼ばれる特殊な石がある。
それは別名『核』とも呼ばれ、基本的にそれを破損した魔物は生存できない。
魔石は強い魔力を放つためギルドや商会に行けば取引ができ、欠片なら銅貨数枚、完全体ならば銀貨や金貨を手にすることも可能となる。
また、魔石を埋め込んで加工した道具を『魔術具』と言い、雷紋剣やリバースソード、アトラシアの神玉なども全てが魔術具だ。
魔術具は人間にとって力強い剣となり盾となり、大いなる戦力となる。
つまりは魔物を倒し、魔石を集め、強い魔術具へと強化させる――それこそ探索者が《迷宮》を攻略する上での定石と言える。
「魔石はランク二が二つ、ランク四が一つ……へへっ、上々ですね」
ロブがにやりと笑う。それもそうだろう、魔石は魔物ごとに質が違う。基本的に低級の魔物ならば魔石も低級、竜や不死鳥、悪魔など上位種になれば高ランクの魔石となる。
オーク三体の中には他の二体より強い個体がいたらしい。フォードが倒した個体がランク四の魔石を持っていた。オークで四は珍しい。
「にしてもフォードさん、魔石のことも考えて瞬殺したんですね、完全な魔石だ」
「ええ。実家で全ての魔物の知識は叩き込みましたから。オークの魔石は首の下、みぞおちの辺りにある事は知っています」
魔石は砕いたら価値が激減してしまう。しかし魔物の攻撃を避けつつ、的確に絶命させるのは高等技術だ。一流の探索者にしか実現は叶わない。
事実、ロブやネイラ、カルキノスが仕留めたオークの魔石は砕けていた。その点でもフォードの実力は数十段上であり、皆の目がいよいよ羨望じみたものになる。
「俺、フォードさんの爪の煎じて飲もうかな」とロブ。
「いやそれはやめてください、ご勘弁を」
「ならフォードと一緒に風呂に入ればいいのだ。それでリリカも強者なのだよ!」
「可愛らしくルルカ王女が拳を上げるのはいいですが、誰と一緒に入るですって?」
〈この王女はあれだな。体は大人だが心は子供だな。ぬしよ、襲うなよ〉
「(襲いませんよ。何言ってるんですか)」
賑やかだがどこか楽しい。
そんなことを思える日が来るなんて、フォードは思わなかった。
「さて……先へ行きましょう。今日中に第十層は行きたいですね」
「フォード、魔石はどのくらい取る予定なのだ?」
「リリカ様たちの鍛錬も兼ねていますので、百個くらいは」
リリカたちが絶句する。フォードは「冗談ですよ」と言ったら、「冗談に聴こえないな」などと、皆の顔が引きつったのだった。




