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25. 階層主

「ルルカ様! 一端下がって! ロブの後方へ! ネイラ、円月輪チャクラムで援護をお願いします。カルキノス! ウンディーネの召喚はまだですか!」


 第五迷宮《岩窟》、第二層。立ちはだかる八体の魔物相手に、フォードらは奮戦していた。


「ウェアウルフは大きく息を吸ったら『ウォークライ』を使う証です。硬直してしまうので退避を! オークは武器の投擲前に腕を振り回します。注意してください。それからゴブリンは――」


 矢継ぎ早にフォードが指示を飛ばす。

 ルルカ、ロブ、ネイラ、カルキノスが間断ない攻撃を続け魔物を打ち倒す。

 フォードは魔物の細かな癖までも把握していた。

 実家の鍛錬で蓄えた知識は本物、致命傷に繋がる些細な事までも把握していた。

 また彼の声はよく通り、迷宮内でよく響いた。朗々とした自信溢れる声である。じつに頼もしい。ルルカも親衛隊の三人も余裕を持って魔物たちと相対することができた。


「ルルカ様、目くらましにフレイムアローをお願いします」

「ええ、わかったわ」

「ロブ、深追いは禁物です! 下がって! ホブウルフが来ますよ!」

「おっといけねえ、助かります!」

「ネイラは撹乱の継続を! ゴブリンの動きが速いです。側面より毒矢を!」

「了解。仕留める」

「カルキノス、ホブウルフにはウンディーネを! サラマンダーの炎より有効です。聞こえていますか、カルキノス!」

「……[流麗なる水の使徒に命じる。破滅の水流を起こせよ、ウンディーネ]!」

「(くそが俺に貴様が命じるんじゃない、なぜお前ごときが指揮官なのだきいぃぃ!)」


 四者ともに、それぞれ得意の戦技、魔術を駆使して魔物を薙ぎ払う。

 その姿はまるで一流の探索者のそれであり、フォードの支持の下ルルカや親衛隊はまるで統制のとれた軍隊のように魔物たちを駆逐する。

 一気呵成の快進撃。第二層どころか第三層、第四層に至るまで、苦戦らしい苦戦もなく進む。

 ルルカたちが一瞬でも危うげな場面に陥ると、たちまちフォードが冥王臓剣やリバースソード改を用いて、魔物を駆逐する。戦技無双のその絶技、魔物たちは薄紙のように斬り裂かれ、果てるしかない。


「む~、暇なのだ」


 しかしそうなると、時間を持て余すのがリリカである。

 王女リリカは治療師ヒーラーのクラスであり、受けた傷を治す術に長けている。しかしこれまで一度も出番がない。

 負傷者が出ないというのは非常に喜ばしいことだが、半刻以上も皆の戦いを見つめるのは非常に酷な事だろう。


 これまで彼女はパーティにおいて要のような立場だった。王女であり、治療を司る者。一同の生命線――同じ王女であるルルカが、魔術師ウィザードとして支援攻撃に役立っているのもあって、浮かばれない。

 気のせいかリリカのエルフ耳もしょげたように垂れていた。

 パーティの中心を奪う形になってしまったフォードは、苦笑いするしかない。


「リリカ様、今はまだ迷宮の上層です。これから多くの出番があるでしょう。力の温存のためにも、今は我慢ですよ」

「うん。判っているのだ。でも悔しい。みんなの役に立てない事が」


 単純に皆へ貢献できないことがもどかしいのだろう、優しい王女なのだ。


「では皆さんに声援を送ったらどうですか。リリカ様のお声なら、喜ばれる事でしょう」


 それは冗談の一つだったのだが、リリカは真に受けて、可愛らしくしなを作り、


「ふれー、ふれー、み、ん、な! 頑張れ頑張れ、み、 ん、 なっ!」


「うおおおっ! リリカ様の声援! 力がみなぎるぜ!」

 ロブがそう張り切れば、


「……頑張る」

 ネイラが鋭い軌道で円月輪チャクラムを投げ放ち、


「(おおおおおおおおおおおっ! リリカ様ぁぁああああああああああっ!)」

 カルキノスが心の中で狂喜に悶える。

 リリカ王女の応援はまさに効果てきめんだった。その後もまさに怒涛の大進撃。エルフ王女パーティは瞬く間に第六層にまで到達したのである。

 わずか一時間半でのこの記録は、快挙と言えるだろう。

 

 ――凄いわ、フォード。

 ルルカはアイシクルランスの魔術をゴブリンに放ちながら思っていた。

 ――彼のおかげでとても早く迷宮を進む事ができる。前衛、中衛、後衛、いつになく素晴らしい動き。守りも完璧だわ。リリカが退屈にするなんてなかったもの!

 フォードさんを見ていると凄く胸が熱い――やだわ、体が震えてる。心が彼の声に高ぶっている。フォードさんが声を走らせるだけで、凄くわたしに力がみなぎってくる。

 ルルカは、戸惑いと共にフォードに熱い目を向けた。

 

 ――うわ、うわ、凄いのだフォード! あっという間にホブウルフ四体を!

 リリカはフォードが冥王臓剣を投げる動作に興奮していた。

 ――速い! 強い! カッコいい! うわ、またオーク三体を瞬殺なのだ! 物語の勇者のようなのだ! 軽々と魔物を倒すフォードは、まさに強者の鑑なのだ! 

 フォードが剣を振るうごとにリリカは心が熱くなる。魂が喜びに満ちている。もっと見たい。彼の勇姿を見たい! フォード、もっともっと凄い姿を見せてほしい!

 

 フォードがあずかり知らぬ事だったが、この時、彼の技能スキルに新たなものが加わっていた。

 その名は『戦意高揚』。

 味方の指揮を司る時、仲間の士気が向上し、その能力までも上げる技能である。

 彼の指揮に加われば、たちまち腕力や敏捷などの能力が一・三倍にまで膨れ上がる。


 これは稀有な能力であり、深い知識と智謀、そして仲間に対する責任感等を有した者が、稀に会得できる技能だった。

 フォードは生家で厳しい鍛錬をこなし、ガルグイユ監獄などで厳しい戦いを繰り広げた。

 その過程で精神も肉体の強度も向上。エルフ王女姉妹の護衛を受諾したことで責任感も発生、希少かつ強力な技能を開花させるに至ったのだ。


 もちろん彼自身の強さもルルカたちの士気高揚に一役買っている。

 自信に満ち満ちた挙動、威風堂々たる指揮、そして戦技無双なその戦闘姿。

 否応なく、彼女らの力はみなぎっていく。

 それはまるで形を変えた憑依というべきだろう。フォード自身が乗り移るのではなく、その気概が、威勢が、ルルカたちの根底に力を及ぼし、溢れる活力を生み出すのだ。

 まさに破竹の勢い。その後もフォード達は第八層、第九層、さらには目標の第十層まで瞬く間に足を踏み入れた。

 ――その時だった。


「グオオオォォォォオッ!」

「!? まさか、オーガ!?」


 鋭い岩柱がいくつも立ち並ぶ空間。

 オーガ。鬼人とも言われる大型の魔物。巌のように硬く歪な体表。

 さらには一撃で巨岩を破壊する腕力と巨体。

 それが――砲弾のように襲い掛かってきた。


「速い!? これは――まさかっ」

 《階層主》。

 魔物達の王とも呼ばれる強力な個体。

 十階層ごとに住み着き、近くの魔物を支配する邪悪な統率者。


 強力な個体が多い上、知能も高い。同じ魔物でも《階層主》に君臨している者とそうではない者では雲泥の差がある。

 瘴気に包まれ瞳が紅くなり、特殊な加護が宿っている様は、まさに邪悪なる王。


「《階層主》です! 一度下がり、陣形を――」


 とっさにフォードが前衛のロブたちに叫ぶが――。

 速い。オーガは林立する岩柱をものともせずに接近し、その拳を、地面へ叩きつけた。


「うおああああっ」


 ロブ達の悲鳴が飛ぶ。地面が砕ける。破片が雨のごとく降り注ぐ。

 ロブはそのまま多数の岩欠片に打たれ吹き飛び、壁に激突した。


「ロブ――っ!」


 悲鳴を上げるネイラの傍ら、一気にオーガが迫り来る。

 硬直したままのネイラではない。円月輪チャクラムを投げて迎撃する。しかし分厚いオーガの胸元に当たった円月輪は、あっけなく弾き返された。オーガの体はまるで鋼の鎧だった。矢も剣も通さないその体は、まさに動く砲弾。鉛色の硬質な光沢を持つ体は最高の鎧であると同時に武器であり、進路上にいくつもの岩柱があるにも関わらず、粉砕し、爆散させ、一直線にネイラへ襲いかかる。

 フォードがリリカとルルカを下がらせつつ叫んだ。


「――カルキノス! 援護を!」

「……[勇猛なる大地の使者よ。我に力を貸し剛烈の一撃を浴びせよ。ノーム!]」


 地面系に属する――召喚精霊が出現する。

 ノーム。大地に宿り地響きや岩を用いた攻撃を得意とする精霊だ。

 小人のように小さくゴブリンよりもがっしりとした体躯の精霊。大木をも破砕する太い腕で、オーガに殴り掛かる。

 だが巨体かつ分厚い筋肉を持つオーガは、それを一顧だにしない。


 巨木のようなオーガの腕が振るわれる。ノームが弾き飛ばされた。

 途中、ノームが土属性の魔術を発動、地面から鋭い岩が、オーガの足元に生えその体に直撃するも、蚊に刺されたかのようにオーガはこたえない。逆に近くの岩を持ち上げ、ノームに投げ放った。

 ノームは強烈な岩の一撃に吹き飛び、壁際に埋もれ、気絶した。


「俺が行く! おらぁ! 闘技! 《三段突き》――っ!」


 ロブが決死の覚悟で背中に槍を突きつけるも、それも無駄。オーガはゆらりと背後に振り向くと、ロブを殴り飛ばし、さらに空中でロブを片手で掴み上げた。高く掲げ上げられるロブ。


「うおおおおっ!?」

「――いけません。冥王臓剣!」


 フォードが魔剣を投擲するがそれすらかわされる。いや、正確にはロブを持つ腕にはかすった。緑色の血飛沫が走ってロブが放り出される。ネイラが走って抱きとめた。だがオーガへの傷が浅い。腕を両断するに至らず、オーガが怒り狂い、その巨腕で岩を掴み、フォードへと投擲した。


「っ」


 とっさにリバースソード改で切断する。斬られた岩が左右に音を立てて落ちる。

 しかしオーガの姿が消えた。どこに? 答えはフォードの頭上、天井付近にあった。


「危ない、フォ、」


 リリカの叫びも間に合わない速度。オーガが両手を轟然と、叩き降ろしてきた。

 天井付近から落下速度を加えての一撃だ。並の探索者なら原型も残さずに死ぬ。頭も体も潰れる惨劇――しかしフォードはリバースソード改で真っ向から斬りつけると、拳と拮抗、激しい衝撃波が荒れ、周囲の岩欠片が舞い狂う。


 ――負けるわけにはいかない。

 ――王女を傷つけるなどもってのほか。

 ――護衛として一人の探索者として、僕は守りきる。

 脳裏にはルルカとリリカの笑顔。そしてイルサールの期待の瞳だ。ここで護衛をはたさねば何のための力か。覚悟か。激しく軋むリバースソード改に力を込め、フォードは叫ぶ。


「はあああああっ!」


 全霊の力を込めて剣を振り切る。オーガの両拳が両断される。リバースソード改が砕ける。相打ちだった。剣の斬れ味によりオーガの拳は破壊したが、リバースソード改も勢いに負けて砕け散った。

 剣の再生する時間を待つ暇はない。

 オーガが両足で蹴りつけてくる。

 まるで蹴撃術カポエイラの極意。

 巧みにフェイントを加え、様々な足さばきでフォードに蹴りつける階層主のオーガは、並の技量ではない。回し蹴り、飛び蹴り、後ろ飛び回し蹴り、多種多様な蹴り技がフォードを襲う。

 フォードは一端リバースソード改を捨て、予備のリバースダガー改二本を取り出すと、オーガの胸元へと投擲。


「グオオォォォオッ!」


 見事、胸に突き刺さり、オーガの口から苦悶の声。

 しかし巨体に比してダガーが小さすぎたのか、それだけではオーガは倒れない。

 瞳を憎悪に燃やし、階層主たる瘴気を撒き散らしながら、フォードへと咆哮する。

 残るリバースソード改二本を取り出し、フォードは投擲しかけるが、オーガの跳躍の方が速い。


 狙いは後方の、リリカだった。

 唯一無力な獲物と踏んだのだろう。

 戦闘力のない治療師。最も弱い少女。オーガの瞳には殺意が宿り、せめて一人だけでも殺すという執念が伺えた。


 ――《憑依》で倒すしかない。

 フォードは判断した。

 なりふり構う状況ではない。

 ルルカやリリカに憑依が露見する恐れもあるが思案する間もない。

 フォードが己の力を解放する、まさにその寸前――。


「リリカ――っ!」


 それまで恐怖で立ちすくんでいたルルカが、血を分けた姉妹へと走りだした。

 同時に、ルルカの魔術師の衣装ローブに輝く光が宿る。目もくらむほどの燐光。洞窟が眩く照らされ燭光に満ち、ルルカのその壮麗だった衣装に変化が起こる。

 ルルカのクラスは、魔術師だ。

 その力は後衛でこそ発揮される。遠距離のエキスパート。

 しかし同時に、彼女にはもう一つ、別のクラスへと転向できる体質がある。


 二重恩恵デュアルクラス

 魂の任意変質と呼ばれる希少な特性は、ルルカをもう一つの秘められた姿へ変える事ができる。

 すなわち、魔術師から――『くノ一』へと。


「はあっ!」


 空中へ大きく飛んだルルカが、肌が多く露出した衣装へ変貌する。

 それまでの華麗な衣装ではない。敏捷性に優れ、かつ闇に溶け込むような黒装束。

 体の線があまさず浮き彫りになる衣装でくうを切り、恩恵変化クラスチェンジと同時に現れた両手のクナイをオーガに突き刺した。


「グアオオオォォォオッ!」


 その一撃は、オーガの頭に――ではない。

 正確にはオーガの柔らかい眼球に突き刺したのだ。クラスがくノ一に変わったことで一時的に向上したルルカの敏捷と腕力が、深々とオーガの目にクナイを突き入れる。


「今よっ!」


 ルルカの号令と同時、フォードは悶えるオーガに向かい再生したリバースソード改を投げ放った。

 柄に結んだ霊糸を操り、二度三度とオーガに斬りつける。骨ごと両断する斬撃によって、ようやくオーガが四肢を失い倒れる。

 とどめに、リバースダガー改の投擲。頭部を粉砕する。オーガは完全に絶命した。


「た、た、助かったのだ~」


 リリカがへなへなとその場にくずれおちる。

 もう少しでオーガの狂拳に潰されるところだった。ルルカが彼女に駆け寄る。美しいエルフの姉妹は安堵の笑みをこぼしながら、強く抱き合った。

 金色の長髪がふわりと流れていく。


「無事で良かったわ、リリカ」

「うん、もう少しで駄目かと思ったのだ。ありがとうルルカ」


 弾む声と安堵そのものの声で、抱きしめる王女姉妹たち。

 微笑ましい光景だが、しかし見ている側としては、ルルカの衣装は少々過激だった。

 何しろくノ一の装束は、薄く体の線があらわな作りなのである。布地も物凄く少ない。


 その胸部も尻もほとんど丸見えで、傍から見て目に毒だ。

 リリカと抱き合っているためその双丘も大きく形を変えており、その露出度とあいまって、フォード以下男性陣は非常に目のやり場に困る。


「フォードさん、うまく合わせて頂き、ありがとうござ――あっ!?」


 振り向き、フォード達の視線に気づいたのだろう。自分がとんでもない格好になっている事に気づいたルルカは、見る見る羞恥で顔を染める。


「いや、その。立派な体をお持ちですね」

「わ、わ、わたしをあんまり見ないでっ」


 自分の胸元を押さえ、しゃがみこんでしまうルルカ。

 それはとても王女とは思えない艶姿だったが、フォードとしては空咳をするしかない。


「んんっ。いえ、素晴らしい活躍でした。リリカ王女を助けたその手腕、見事です」

「は、はしたない姿をお見せしたわ。できれば忘れてほしいわ」

「いえ、素晴らしい絶景――ではなかった。絶技でした。ルルカ王女は大変良い体質を持って羨ましいです」


 顔をそらしながら応えるフォード。ロブもちらちらと主君の姫君の艶姿を見ている。一方、王女偏愛者のカルキノスはと言うと、


「(おおおおおおルルカ王女ぉぉぉぉおおおおおお、ひゃっほぉぉうぅぅぅぅぅぅ!)」


 真顔で安堵のフリこそしているものの、鼻血まで吹き出している有様だった。

 二重恩恵デュアルクラス

 それはルルカにとって頼もしい固有体質だが、勝手に衣装が変容するのが、悩みどころであった。


「ああもう、恥ずかしい~~~~、わたし、こんなハレンチな格好~~っ」

「ルルカ、とても綺麗なのだぞ。恥ずかしがることはない」

「やめて衣装引っ張らないで、きゃあ、フォードさん達に見えてしまうーっ!」


 艶めく悲鳴を上げるくノ一王女は、リリカの悪戯にいつまでも頬を染めていた。


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