第五話 知らなかったこと
「ねえ、ヴァルク」
測定の合間、私はふと尋ねていた。
「あなた、子供の頃はどんな子だったんですか?」
言ってから、自分でも少し驚いた。こんな質問をするのは、初めてだった。
ヴァルクは、意外そうにこちらを見た。
「――急にどうした」
「いえ、その。この前イリスさんと話しているのを見て……あなたの知らない一面がいろいろありそうだなと思って」
我ながら、苦しい言い訳だった。研究には何の関係もない質問だ。
だがヴァルクは、特に訝しむこともなく答えた。
「大したことは話せないぞ。手のかかる子供だったらしい」
「らしい?」
「両親を早くに亡くしていてな。育ての親は、叔父夫婦だった」
その言葉に、私は少し息を呑んだ。
「――すみません、そんな話とは知らず」
「気にするな。もう遠い昔のことだ」
ヴァルクは、淡々と続けた。
「族長の座は、本来なら叔父が継ぐはずだった。だが叔父は、俺に継がせると決めていた。まだガキだった俺に、随分と早く重いものを背負わせたと思うが」
「大変だったんじゃ……」
「大変だったのは事実だが、恨んではいない。むしろ、俺に選ぶ余地を残してくれた叔父には感謝している。族長になるかどうかは、最後まで俺自身に選ばせてくれたからな」
「選んだんですね、自分で」
「ああ」
ヴァルクは、少しだけ遠くを見るような目をした。
「一族を、俺のやり方で導いてみたいと思った。それだけだ」
その横顔は、いつもの自信家な表情とは少し違って見えた。
◇◇◇
その日以降、私は少しずつ、ヴァルクに研究以外のことを尋ねるようになっていた。
「好きな食べ物は?」
「肉ならなんでも。凝った料理より、単純なものが好きだ」
「休みの日は何をしているんですか?」
「休みなど、ここ数年ろくに取っていない」
「それ、絶対よくないです」
「お前に言われたくないな」
それはお互い様だった。
こういう他愛のないやり取りが、いつの間にか研究の合間の楽しみになっていた。
◇◇◇
ある日の夕方、私たちは集落の見晴らしのいい丘に座って、測定機材の片付けをしていた。
「――なあ」
ふいに、ヴァルクが口を開いた。
「お前は、なぜそんなに他人のことを気にかける」
「え?」
「叔父夫婦のことも、俺の休みのことも。お前にとって、俺はただの研究対象だろう」
言われて、私は言葉に詰まった。
(そういえば、なんでだろう)
最初は確かに、彼の魔力波形にしか興味がなかった。それは間違いない。
でも今は――。
「……分かりません」
正直にそう答えると、ヴァルクは小さく笑った。
「珍しいな。お前が分からないと言うのは」
「私だって、分からないことくらいあります」
「そうか」
彼はそれ以上、追及してこなかった。ただ、少しだけ、いつもより優しい声で言った。
「――まあ、いい。悪い気はしない」
夕陽が、彼の横顔を赤く染めていた。
その表情を見た瞬間、なぜか胸の奥が、ぎゅっと締めつけられるような感覚がした。
(な、何、今の……)
私は慌てて、機材の片付けに視線を戻した。
きっと、疲れているだけだ。そう自分に言い聞かせながらも、その日の帰り道、私はずっと、彼の横顔ばかりを思い出していた。




