第四話 言葉にしなかったもの
血統仮説は、当たっていた。
三週間かけて集めた追加データは、古い血統の家系ほど魔力回路の減衰が緩やかであることを、はっきりと示していた。
「――やっぱり合ってた」
私は報告書を胸に抱きしめて、思わず声を上げた。
「これ、獣人族の魔力回路が、単純な種族差ではなく血統的な蓄積によるものだって証明できるかもしれません」
「大した執念だな。三週間、毎日この作業をしていたのか」
「面白かったので」
「それだけで三週間机に張り付いていられるのか、お前は」
呆れたような、それでいてどこか感心したような声だった。
◇◇◇
その日の帰り際、私は珍しく自分のことを話していた。
「――実は、目標があるんです」
「聞かせろ」
「いつか、王都の中央研究所に行きたいんです。魔法生物学って、まだ正当な学問として扱われていなくて。魔獣趣味だとか、物好きの学問だとか言われることも多くて」
言いながら、少し苦い気持ちが混じった。
「でも、私はそうは思っていません。獣人族の研究にしても、まだ誰も本気で取り組んでこなかっただけで、ちゃんとやれば――」
「学問として、認めさせられる」
「はい」
ヴァルクは、少しの間黙っていた。それから、静かに言った。
「なら、やればいい」
「……そんなに簡単に言わないでください」
「簡単に言っているわけじゃない。お前がやれると思ったから、そう言っただけだ」
その言い方に、なぜだか胸の奥が少しあたたかくなった。
「お前の研究が正しいと証明されれば、獣人族にとっても悪い話じゃない。俺にも協力させろ」
「……ありがとうございます」
素直にそう言えたのは、彼が私の夢を茶化しもせず、過剰に励ましもしなかったからかもしれない。ただ、当然のことのように、「やればいい」と言っただけ。
それが、思っていたよりずっと嬉しかった。
◇◇◇
数日後、集落を訪れたとき、見慣れない女性がヴァルクのそばにいた。
獣人族の女性で、身のこなしからして相当な使い手だと分かる。親しげに話しかけている様子から、旧知の仲だというのは一目でわかった。
「彼女はイリス。俺の従妹で、東の隊を任せている」
「初めまして。クラリス・オーブリーです」
「ああ、あなたが。噂は聞いてるわ。ヴァルクをこんなに夢中にさせる人間の令嬢がいるなんてね」
「む、夢中って――」
「研究にだ」
ヴァルクが即座に訂正を入れる。イリスと呼ばれた女性は、意味ありげに笑った。
「そういうことにしておいてあげる」
二人は、しばらく気安い調子で言葉を交わしていた。子供の頃の話らしい単語がいくつか飛び交う。私にはよく分からない、二人だけの時間の積み重ねが、そこにあった。
――別に、変な感情ではない。
ただ、少しだけ、会話に入れない自分に気づいただけだ。研究の話でもしていれば、いつでも入っていける。でも今のは違う。
「クラリス?」
「あ、いえ。何でもありません」
ヴァルクにそう答えて、私は手元の資料に視線を落とした。
その夜、宿舎に戻ってからも、なぜか今日の光景が頭から離れなかった。
(別に、変な感情じゃないわ。ただ、あの人たちの子供の頃の話を、私は知らないってだけ)
それだけのことだ。研究のパートナーとして、共有していない過去があるのは当然だ。気にすることではない。
そう自分に言い聞かせながらも、なぜか寝つきは、いつもより悪かった。




