↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢な伯爵令嬢は、獣人族の族長に「番」として愛される ~研究者の私を、狼の旦那様は離してくれません~  作者: ましろゆきな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/16

第三話 研究と、それから

 共同研究が始まって、ひと月が経った。


「――クラリス。この数値、また合わないぞ」


 ヴァルクが差し出した記録紙を、私は覗き込む。


「本当だ……。理論値からずれてる。三回目のこの反応だけ、なぜか回路の減衰が遅い」


「昨日の測定と同じ条件のはずだが」


「条件は同じでも、対象が違います。今日測ったのは、あなたの部下の方々でしょう? 個体差の可能性が――ああ、でも、それにしては差が大きすぎる」


 私は紙を持ったまま、考え込んだ。


 ヴァルクは、腕を組んでこちらを見ている。急かすでもなく、ただ黙って私が考えをまとめるのを待っている。


 最初は意外だった。族長というのは、もっとせっかちで、命令することに慣れている人間なのだろうと思っていた。でも彼は違う。データの前では、私と同じ側に立つ。


「……仮説なんですが」


「言ってみろ」


「減衰が遅かった三人、共通点があります。三人とも、この一族の中でも古い血統の家系出身なんです」


 ヴァルクの目が、わずかに見開かれた。


「――血統によって、魔力回路の減衰速度が違うということか」


「まだ仮説です。でも、確かめる価値はあると思います」


 ヴァルクは、少しの間黙り込んでから、ふっと笑った。


「面白い」


 その一言に、私はいつも通り気を良くする。


「今日はもう遅い。続きは明日にしよう」


 窓の外を見ると、いつの間にか日が傾いていた。研究に没頭していると、時間の感覚がすぐに飛んでしまう。


 ◇◇◇


 資料を片付けながら、私はふと口にしていた。


「そういえば、あなたはいつもこうやって、部下の方々のデータまで進んで提供してくれますけど……族長として、面倒だと思わないんですか?」


「面倒?」


「だって、研究のためとはいえ、いろいろ立ち会ったり、説明したりする時間が必要でしょう」


 ヴァルクは、少し意外そうな顔をした。


「面倒だと思ったことは一度もないな」


「そうなんですか」


「俺は元々、こういうことが性に合っている。動いて、確かめて、分かったことをまた次に繋げる。族長としての仕事より、こっちのほうが性分に近いくらいだ」


 初めて聞く話だった。


「族長のお仕事は、お好きじゃないんですか?」


「嫌いではない。ただ、俺には向いていないと思うことも多い。会議で延々と結論の出ない話を聞くより、実験の結果を待つ方がよほど性に合う」


 その言い方が、あまりにも実感がこもっていて、私は思わず笑ってしまった。


「意外です。族長っていうのは、もっと重々しい方だと思っていました」


「お前がそれを言うのか」


「わ、私は関係ないでしょう」


 ヴァルクは口の端を上げて、資料を片手にこちらを見た。


「――今日はもう遅い。飯でも食っていくか。この集落の食堂、なかなか悪くない」


 一瞬、迷った。だがそれは、深い意味があってのことではなかった。単純に、話の続きをもう少ししたかっただけだ。


「行きます」


 私はそう答えてから、少し遅れて気づいた。


(これ、研究以外の誘いを受けるの、初めてかも)


 特に気にすることでもない。そう自分に言い聞かせながら、私は資料を鞄にしまった。


 ◇◇◇


 食堂での夕食は、思っていたよりずっと楽しかった。


 ヴァルクは、研究の話になると饒舌になる一方、それ以外の話題――たとえば故郷の話や、幼い頃の失敗談などになると、少し不器用な言い方をする。それが、族長として見せる自信家な顔とはまるで違っていて、なんだか新鮮だった。


「そういえば」


 食後、私はふと思い出したことを尋ねた。


「昔の記録を調べていて、少し気になる記述を見つけたんです。獣人族の伝承の中に、『番』という言葉が出てくるものがあって」


 その瞬間、ヴァルクの手が止まった。


「――どこでそれを?」


「集落の古文書庫です。魔力の共鳴現象について書かれた古い記録の中に、少しだけ触れられていて。単なる伝承なのか、実際に何らかの魔力現象を指しているのか、気になって」


「……」


 ヴァルクは、少しの間黙っていた。


「あれは、古い伝承だ。今のところ、学術的に扱う価値があるものかどうかは分からない」


「そうなんですね。でも、もし本当に魔力現象として説明できるなら――」


「クラリス」


 珍しく、真剣な声だった。


「その話は、また今度でいい」


「……分かりました」


 私は素直に頷いた。ただ、頭の片隅には、小さな引っかかりが残っていた。


(何か、隠されているような……気のせいかしら)


 深く考えることはしなかった。次の測定のことで、頭がいっぱいだったから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。