第十四話 番が離れることはない
「――中央研究所から、正式な内示が届いた」
所長の言葉に、私は一瞬、息を止めた。
「本当ですか」
「ああ。獣人族との共同研究の実績が評価された。魔法生物学部門への異動だ。長年の功績が、ようやく正しく評価されたということだよ」
夢に見ていた言葉だった。
魔獣趣味だ、物好きの学問だと言われ続けてきたこの分野が、ようやく中央で正式に認められる。
それも、私自身の研究成果によって。
「――ありがとうございます」
頭を下げながらも、心のどこかが、素直に喜びきれずにいた。
◇◇◇
その夜、私は一人、宿舎の窓辺でぼんやりと考えていた。
中央研究所は、王都にある。
ここから、馬車で何日もかかる距離だ。
(ヴァルクと、離れることになる)
当たり前のことなのに、今更のように、その事実が重くのしかかってきた。
ずっと望んでいた夢だった。それは今も変わらない。
でも、いつの間にか、私の人生には、ヴァルクという存在が当たり前に組み込まれていた。
夢と、恋人。
両方を、同時に望むのは、贅沢なことなのだろうか。
(――ううん)
私は、頭を振った。
この前、ヴァルクは言っていたはずだ。
「両方、叶えればいい」と。
その言葉を、今度は自分自身にも向けなければいけない。
どちらかを諦めるのではなく。
◇◇◇
翌日、私は集落を訪れ、ヴァルクにそのことを伝えた。
「――中央研究所へ、行くことになりました」
資料をまとめる手を止めて、私はそう切り出した。
ヴァルクは、しばらく黙っていた。
「そうか」
短い返事だった。
その声に、動揺のようなものは感じられなかった。むしろ、どこか予期していたような落ち着きがあった。
「王都は、遠いです」
「知っている」
「その、しばらくは、簡単には会えなくなるかもしれません」
声が、少しだけ震えた。
ヴァルクは、こちらに近づいてくると、私の頭に軽く手を置いた。
「番が離れることはないだろう」
その一言に、私は目を見開いた。
「……はい」
私は、小さく頷いた。
(番なら、離れていても大丈夫。そういう意味よね)
そう思うと、不思議と胸が軽くなった。
ヴァルクがそう言ってくれたことが、何よりも心強かった。
「行っておいで」
ヴァルクは、そう言って、優しく笑った。
「お前の夢だ。俺が止める理由はない」
「……はい」
私は、その笑顔を見て、少しだけ泣きそうになった。
◇◇◇
――一方、その夜。
ヴァルクは、一人、執務室で地図を広げていた。
王都までの道のり。中央研究所の位置。周辺の土地。
ロダンが、怪訝そうな顔で覗き込んでくる。
「族長、何を?」
「準備だ」
「準備、とは」
「クラリスが行くところに、俺も行く」
ロダンは、しばらく黙ってから、深々と溜息をついた。
「まさか、また突拍子もないことを」
「両方、叶えると言った。ならやるまでだ」
ヴァルクの目には、既に迷いはなかった。
(番が離れることはない、か)
自分で言った言葉を、頭の中で繰り返す。
物理的にも、離れるつもりはない。
クラリスがどう受け取ったかは知らないが、俺の意味は、最初から一つしかなかった。




