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悪役令嬢な伯爵令嬢は、獣人族の族長に「番」として愛される ~研究者の私を、狼の旦那様は離してくれません~  作者: ましろゆきな


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第十三話 二人だけの研究対象

 その日も、私はいつものように、集落の一角でヴァルクの魔力波形を測定していた。


 恋人になってからも、この作業自体は変わらない。むしろ、以前より気軽に頼めるようになったくらいだ。


「――あら」


 目盛りを確認して、私は思わず声を漏らした。


「どうした」


「いえ、ちょっと数値が変なんです」


 もう一度、機材を調整して測定し直す。


 やはり、おかしい。


「機材の不調かもしれません。少し待っていてください」


 私は別の魔力波形計を取り出し、同じ条件で再測定した。


 結果は、変わらなかった。


「……変」


「何がだ」


「あなたの魔力波形に、通常では説明のつかない揺らぎがあるんです。しかも、これ――」


 私は、自分の手元にも別の測定器を当ててみた。


「私の魔力波形にも、似たような揺らぎが出ています」


「それは」


「はい。しかも」


 私は、少し距離を取ってから、もう一度測定した。


 揺らぎは、収まっていた。


 もう一度、ヴァルクに近づく。


 揺らぎが、再び現れた。


「……距離に、反応している?」


 自分で言いながら、鳥肌が立つのが分かった。


「クラリス?」


「待ってください。もう一度です」


 私は夢中で、何度も同じ測定を繰り返した。


 距離を取れば収まり、近づけば現れる。まるで、二人の魔力が呼応しているかのように。


「これ……」


 私は、震える声で尋ねた。


「番、ですか?」


 ヴァルクは、少しの間黙っていた。


「……たぶん、そうだ」


 その答えに、私の中の何かが完全に振り切れた。


「だったら、ちゃんと調べたいです」


「そう言うと思った」


 ヴァルクは、諦めたように、それでいてどこか嬉しそうに笑った。


 ◇◇◇


 まず確かめるべきは、これが本当に「私たち二人」に固有の現象なのか、ということだった。


 単に感情が高ぶっているせいで数値が揺れているだけなら、研究としては成立しない。


「念のため、他の方でも試させてください」


 私はそう言って、数日かけて対照実験を行った。


 ヴァルクと、彼の部下の獣人。反応なし。


 私と、別の人間の研究者。反応なし。


 ヴァルクと、別の人間の女性。反応なし。


 そして、ヴァルクと私。――やはり、反応がある。


「間違いありません。この現象は、あなたと私という組み合わせに固有のものです」


 私は、その結果に確信を持った。


 これは、単なる感情の高鳴りが数値に表れているのではない。


 実際に、二人の魔力回路そのものが、互いに影響を及ぼし合っている。


 ◇◇◇


 それから数週間、私たちは二人だけの共同研究に没頭した。


 これまで、獣人族の身体能力や魔力回路を対象にしてきた。でも今回は、対象が自分たち自身だった。


「今日は、条件を変えて測定してみましょう」


「また今日もか」


「重要な発見なんです。妥協はできません」


 私はそう言いながら、次々と条件を変えては記録を取った。


 接触時と非接触時。距離ごとの反応の強さ。時間帯による変化。


 データが積み重なるほど、いくつかのことが分かってきた。


 距離が近いほど、揺らぎは強くなる。直接触れると、さらに顕著になる。


 ――ただし、それ以上のことは、まだ何も分からなかった。


 なぜこの現象が起きるのか。どういう条件で発動するのか。感情の昂りとの間に、本当に関係はないのか。他の番同士でも、同じことが起きるのか。


 疑問は、解けるどころか、次々と増えていった。


「……番魔力共鳴」


 私は、まだ多くが未解明のこの現象に、そう名付けた。


 伝承の中だけの存在だった「番」が、初めて、定量的に扱える魔力現象として姿を現した瞬間だった。


 解明すべきことは、まだ山ほど残っている。


 それでも、確かなことが一つだけあった。


 これは、単なる感情の高鳴りではない。実際に、二人の魔力回路そのものが、互いに影響を及ぼし合っている。


 ◇◇◇


「クラリス」


「はい?」


「夕食はどうする」


「…………あ」


 窓の外は、もうすっかり暗くなっていた。


「す、すみません。つい夢中になって」


「知っている。お前がこうなると長いのは」


 ヴァルクは、呆れたような、それでいてどこか楽しそうな顔をしていた。


「今日はもう終わりだ。続きは明日にしろ」


「あと少しだけ――」


「駄目だ」


 有無を言わさぬ声に、私は渋々、機材を片付け始めた。


 思えば、以前は私がヴァルクを研究対象として夢中で追いかけていた。


 今は、二人で自分たち自身を研究している。


 なんだか、不思議な気分だった。


 ◇◇◇


「――お前は、本当に研究になると止まらないな」


 帰り道、ヴァルクがそう呟いた。


「悪いところですか?」


「いや」


 ヴァルクは、少し笑った。


「お前が何を見つけるのか、俺も気になる。それだけだ」


 その言葉に、初めて出会った日のことを思い出した。


 あのとき、彼はこう言っていた。


 ――俺自身、興味が湧いた。この女が何を見つけるのか。


 あの言葉が、今も変わらず続いている。


「――ありがとうございます」


「何がだ」


「いえ、なんでもありません」


 私は、少しだけ笑って、隣を歩くヴァルクの手を握った。


 これから、この研究がどこへ向かうのか。


 まだ、私にも分からない。


 でも、少なくとも一つだけ、確かなことがあった。


 この謎を、一人ではなく、彼と一緒に解き明かせることが、何よりも嬉しかった。

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