↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢な伯爵令嬢は、獣人族の族長に「番」として愛される ~研究者の私を、狼の旦那様は離してくれません~  作者: ましろゆきな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/18

第十話 番ではなく

「族長。今日はまた、あちらを気にしておられますな」


 執務室の窓から集落を見下ろしていると、古くから仕える側近のロダンが、呆れたような声をかけてきた。


「別に、気にしてなどいない」


「そうですか。では、なぜさっきから同じ書類を三度も読み返しておられるので」


 俺は、手元の書類に視線を落とした。確かに、内容はまるで頭に入っていなかった。


「……分かるか」


「族長を何年見てきたと思っておられます」


 ロダンは、小さく笑った。


「クラリス様のことでしょう」


 図星だった。


 この数日、あの人間の女は、明らかに様子がおかしい。距離を詰めてこなくなった。目を合わせない。顔を赤くする。


 何かが変わった。それは間違いない。


「――俺のことを、意識しているのかもしれない」


「ほう」


「だが」


 俺は、言葉を切った。


 この考えは、以前から頭の片隅にあった。初めてクラリスと会ったあの日から、ずっと。


「――番、という可能性もある」


 ロダンの表情が、わずかに変わった。


「族長ご自身は、どうお考えなので」


「分からん。だから、こうして書類も読めずにいる」


 我ながら、情けない話だった。


 ◇◇◇


 ロダンが退室してから、俺は一人、これまでのことを思い返していた。


 初めて会った時のことは、よく覚えている。魔力波形計を突きつけてきた、あの妙な人間の女。俺自身を見るのではなく、俺の魔力を見ていた。


(あれは、いつからだった)


 考えても、明確な瞬間は思い出せなかった。


 共同研究を重ねるうちに、いつの間にか、彼女と話す時間が楽しみになっていた。


 血統仮説が当たったときの、あの顔。


 夢を語ったときの、あの真剣な目。


 俺の過去を、まるで大切なもののように尋ねてくる、あの様子。


 狼の姿を見て、目を輝かせて駆け寄ってきたこと。


 他の狼を撫でるたび、腹の底が焼けるように苛立ったこと。


 獣人形態を見て、初めて言葉を失っていたこと。


 ――全部、番かどうかなど関係なく、俺の中に積み重なっていったものだった。


(もし、番でなかったら)


 もし、彼女が番ではなく、ただの人間だったとしたら。


 それでも俺は、彼女に惹かれていただろうか。


 答えは、すぐに出た。


(惹かれていた)


 間違いなく。


 クラリスが研究にかける熱意も、破天荒な行動力も、動物を前にすると我を忘れるところも、番かどうかなど関係なく、俺にとっては魅力的だった。


 むしろ、逆だ。


(番だから好きになったのではない)


 彼女を知っていく過程で、好きになった。


 その結果として、彼女が――俺の番だったというだけの話だ。


 主語が違う。


 番がクラリスなのではない。


 クラリスが、俺の番なのだ。


(――だが)


 俺自身の気持ちには、答えが出た。


 問題は、それだけではなかった。


(クラリスは、どうなんだ)


 番の魔力は、当人同士に無自覚のうちに影響を及ぼすと聞く。だとすれば、あいつが最近見せているあの反応――距離を取り、目を合わせず、顔を赤くするあの様子は、彼女自身の意思なのか。それとも、番という現象に引きずられているだけなのか。


 もしクラリスの気持ちが、番という仕組みに動かされているだけなら。


(それは、俺が望んでいるものとは違う)


 俺が欲しいのは、番だから向けられる感情ではない。


 クラリス自身の意思で、俺を選んでほしい。


 ――その答えだけは、自分一人でいくら考えても出なかった。


 ◇◇◇


 結論が出れば、あとは早かった。


 俺は昔から、そういう性分だ。


 迷っている時間が長くとも、答えが出れば、行動に移すまでに時間はかからない。


「族長?」


 執務室に戻ってきたロダンが、俺の顔を見て少し驚いたようだった。


「何か、良い顔をされていますな」


「そうか」


「決心なさったので?」


「ああ」


 俺は、外套を手に取った。


「少し、出てくる」


「クラリス様のところへ、ですかな」


 ロダンの問いに、俺は答えなかった。ただ、口の端が自然と上がるのを止められなかった。


 ――彼女が何を怯えているのかは知らない。


 だが、自分一人で答えの出せる問題ではない以上、確かめに行くしかない。


 クラリスの気持ちが、番のせいなのか、それとも彼女自身のものなのか。


 これ以上、遠回りするつもりはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。