第一巻 扉と目録
打てば打つほど 縮んでいくよ
減った鉄だけ 締まるのさ
── たたら唄 一節
一番になれなくていい。一点物になれ。
*
> 【鑑定 目録 第一号】
> 押印累計 ── 零。
> 依頼者 ── 未定。
> 物件 ── 銘洲市。および、そこに在る物と、人。
> 所見 ── 判定に先立ち、記録する。
◆ 今、世界で起きていること
完璧な複製が、世界を書き換えている。誰にも気付かれずに。
敵は殺さない。壊さない。より良いものに置き換えるだけ。
置き換えられた側の暮らしは、むしろ良くなる。だから誰も困らない。誰も気付かない。
気付けた者だけが、戦える。
◆ 言葉は、四つ覚えれば読めます
・銘
作り手が残す痕跡。同じ手つきを繰り返すと、物にも、人にも宿る。
上手い下手は関係ない。繰り返したかどうかだけになる。
・贋
完全な複製。必ず本物より上手い。だから誰も、元に戻したがらない。
・朱
変身の燃料。自分の銘を燃やして作る。減った分は戻らない。
使い切ると、その人は複製と見分けが付かなくなる。
・手癖
その人だけの欠点。下手さ、遅さ、震え、詰めの甘さ。
複製出来ない。だから、力になる。
◆ 時代
今の日本。年号は出てこない。
スマートフォンがあり、動画を配信する人がいる。
商店街はシャッターが三軒に一軒で、後継ぎのいない工房が畳んでいく。
敵が来なくても、街は減っていく。
物語は三月から始まる。春。
鍛冶の本番は冬で、それが終わってしまった季節から始まる。
季節は一年ずつ回って、三年で終わる。工芸祭は毎年九月に来る。
◆ 銘洲市
遠州灘に面した工芸の街。
織物・木工・金物・陶・硝子の五つの工房街が、江戸の頃に引いた水路で結ばれている。
高度成長期には日本中へ製品を送り出した。今はシャッターが三軒に一軒。
この街の人は、六人が誰なのかを最初から知っている。
だから応援が具体的になる。「頑張れ」ではなく「燈坊、飯食ってけ」になる。
◆ 五人の職人
・火村 燈
二十二歳/刀鍛冶「火村鍛冶」四代目候補
コクインレッド 緋 印は円
紺の作務衣にジーンズ。首に手拭いを掛けている。肩から先が鍛冶の腕をしている。
前腕に古い火傷の跡。頬に煤。仕事に入ると、親指で人差し指の腹を擦る。
打ち急ぐ。焦って早く振る。だから、同じ一撃が二度と出ない。
三年前に父が失踪して以来、刀を一本も仕上げていない。
字が壊滅的に下手。怒鳴った十秒後に、小さく「悪い」と言う。謝るのが遅い。
・陶山 蒼
二十六歳/陶芸
コクインブルー 藍 印は角
細身。髪を後ろへ流している。細い作業用の眼鏡。白い作務衣。
爪の内側に藍と緑の釉薬が入っている。洗っても落ちない。
読みすぎる。計算しすぎて、いつも一手遅れる。口癖は「三秒くれ」。
技術は五人で一番高い。だから、一番自分を許さない。
隠れ甘党。割った器の破片を、一つ残らず取ってある。
・綾織 紬
十九歳/遠州織物の織り子
コクインイエロー 山吹 印は杼形
小柄。明るい茶の髪を高い位置で結んでいる。大きめのシャツに藍の前掛け。
手首に組紐の輪が幾つも。袖から糸が出ている。
詰めが甘い。糸を必ず余らせる。「誰かが要るかも知れないから」。
人と人を繋ぐのが上手い。街じゅうに顔が利く。
全員の手のサイズを覚えていて、手袋を編む。サイズは完璧。柄はひどい。
・楠木 巌
三十四歳/宮大工
コクイングリーン 深緑 印は縦長方形
百八十八センチ。腕が丸太ほど太い。日に焼けていて、無精髭。
法被に腹掛けと股引。耳に鉛筆を挟んでいる。
遅い。誰よりも時間を掛ける。早く建てた家は早く傾く、と言う。
最年長。ほとんど喋らない。返事は「ん」。
見る前に、必ず触る。
・硝子井 玲
十七歳/遠州切子の見習い
コクインピンク 桜 印は六角
小柄。黒髪のおかっぱ。指に絆創膏が並んでいる。
制服の上に工房の前掛け。首から保護眼鏡を下げたまま歩く。
手が震える。同じ線が二度と引けない。
その細かなブレが、複製の完璧さを暴く。
最年少。年上の四人が青くなるほど食べる。
◆ 五人を呼ぶ声
・識
真贋鑑定機関体〈識〉
十歳ほどの子どもの姿。古い着物。目が朱い。足元が炎に溶けている。
輪郭が少しにじんでいる。触れない。
世界で唯一、本物と贋物を見分ける。戦わない。見分けて、記録する。
丁寧語。学習元が古く、たまに妙な語彙が出る。
六人の好物を全部記録している。理由を訊かれると「鑑定に必要です」と言い張る。
姿は、見る者によって違う。
◆ 変身
左手で、印籠の蓋を跳ね上げる。
右手で印章を抜いて、朱肉に押し付ける。
その手を、自分の胸に叩きつける。
「押印!」
胸の中心から朱が広がる。円が生まれて、細い糸が走り出す。
麻の葉の縫い目が、肩へ、腕へ、腿へ。全身が縫われていく。
縫い目の上に黒漆が乗る。乗った傍から熱を持つ。焼ける。装甲が赤い。
赤が引いて、緋色が残る。最後に兜が落ちて、面の円が朱く灯る。
押されて、縫われて、塗られて、焼かれて、完成する。
変身が、そのまま工芸の工程になっている。
胸の印と、兜の面は同じ形になる。円、角、杼形、縦長方形、六角。
だから、遠くからでも誰か分かる。
艶は何処にもない。光を吸う布と、厚みのある黒漆。縁だけが真鍮。足元は地下足袋。
新品の光りかたを一つもしていない。手で作った物の顔をしている。
向こう側の装いは、これと正反対になる。継ぎ目がなく、傷もなく、埃も乗っていない。
「この刻印が、目に入らぬか!」
決めの型は一つだけ。
右の拳を前に突き出し、左の掌でその甲を、上から押す。
三歳でも出来る。道具も広さも要らない。
◆ 名乗り
背後に、白い紙が広がる。何も書かれていない、真新しい紙が。
急いで鳴らす、鉄の刻 ─── コクインレッド!
紙に、朱い印が一つ押される。押した印は消えない。
六人とも、自分の欠点を名乗る。それが手癖の名前だからである。
紙が満ちるまでには、まだ間がある。
◆ 街の人
・佐久間(豆腐屋・六十八)
小柄。腰が曲がっていない。前掛けがいつも濡れている。
毎朝、火村鍛冶に豆腐を置いていく。金は取らない。
「余ったから、置いてくぞ」と、三年言い続けている。
・戸島(鍵屋・五十二)
痩せて、声が大きい。作業帽を後ろ前に被っている。
口が悪い。だが誰よりも早く現場に来ている。
・平尾(看板屋・四十五)
小太り。指に墨と絵の具が残っている。
二十年、同じ看板を出している。字は上手くない。
・宮下(印刷屋・三十八)
インクの匂いがする。娘がいる。
◆ 向こう側
・無銘機関〈ムメイ〉
全てを複製可能にして、何も失われない世界を作ろうとする組織。
殺さない。壊さない。より良いものに置き換える。
置き換えられた側の暮らしは良くなる。だから、誰も抵抗しない。
・型取
背が高い。革の前掛け。作業着に汚れが一つもない。
複製技師。几帳面で、仕事の後に道具を一本ずつ拭く。
口にするのは、いつも同じ一言になる。
「もっと良いものに、してさしあげただけです」
・ノッペリ兵
全身が灰白色。顔が完全に平ら。目も鼻も口もない。
表面に継ぎ目が一つもない。埃も乗っていない。動きに音がない。
倒される瞬間だけ、全員が一斉に言う。「ありがとうございました」
・贋作体
実在する何かの、完全な上位互換。左右が寸分違わず対称。
倒すと本物が残る。たいてい、本物の方が下手である。
・量産
敵は大きくならない。同じ個体を数千体そろえて、積み上げる。
積み上がった塊が、街の屋根を越える。
◆ 手に持つ道具
・コクインロウ(刻印籠)
変身に使う印籠。三段重ね、黒漆に朱の縁。
上段に印章、中段に朱肉。側面に、和数字の出る小さな窓が一つ。
・カネジャクバスター
曲尺の形をした共通武器。直角部が動いて、刀身・銃身・検分の三つになる。
銘印を入れた者の色に、目盛りが光る。
・スミツボ
大工が真っ直ぐな線を引く道具。糸を引き出すと朱く光って伸びる。通信に使う。
線の色は各人の色になる。「線が繋がった」で通話中、「線が切れた」で不通。
・五人の武器
ホムラヅチ(大槌) 燈 打撃面だけが橙に赤熱する。二度と同じ軌跡が出ない
ヨウヘンリン(投擲輪) 蒼 表面を玉虫色が這う。当たるまで効果が分からない
タテヌキムチ(二本鞭) 紬 経糸と緯糸。交差させると金の網になる
ツギテノコ(大鋸) 巌 歯が継手の形。切らずに、継ぎ目を作る
スカシバ 玲 斬った跡を光に透かすと、切子の文様になっている
◆ 五つの工房機
五つの工房には、それぞれ機械がある。
戦うための機械ではない。作るための機械が、守るために立つ。
・タタラ 燈/緋
砂鉄と炭の炉。黒くざらついている。
・ノボリガマ 蒼/藍
斜面に長く伸びた窯。くすんだ土のまま。
・ハタオリ 紬/山吹
機。生糸が毛羽立っている。
・ヤグラ 巌/深緑
組み上げた櫓。白木のまま。
・キリコ 玲/桜
硝子を切る台。珪砂が白く濁っている。
◆ 火を通すと、本物になる
この五機は、木と土と煉瓦と藁と珪砂のまま出撃する。これを素焼という。
素焼のままでは、合体出来ない。
火が通ると、真になる。
タタラは玉鋼に。ノボリガマは磁器に。ハタオリは金襴に。ヤグラは焼杉に。キリコは硝子に。
名前も変わる。シンタタラ、シンノボリガマ、シンハタオリ、シンヤグラ、シンキリコ。
号令は「火入れッ!」。通ると識が言う。「真、通りました」
「組み継ぎ、合体!」
溶接でもボルトでもない。継手が噛む。木を組む時と同じ音が、四十メートルの高さで鳴る。
緋の胴。藍の右腕。山吹の左腕。深緑の右脚。桜の左脚。
継ぎ目だけが黒漆で、縁だけが真鍮。兜の眼は透き通っている。硝子だ。最年少の色になる。
立ち上がるのが、コクインオー。
必殺は「刻印 ── 銘刻斬」。
敵の額に銘を刻んで倒す。壊すのではない。
これは偽物だと証明して、消す。
◆ 扉の唄
五つの工房には、代々の作業唄がある。
各巻の扉に、一節ずつ置く。
> 以上、目録。
> 判定は、次の頁から始まる。
>
> なお、この目録は読み飛ばして差し支えありません。
> 必要なものは、その都度、本機が申し上げます。




