5話 勇者マサタカの復讐
銅像はあんなにマッチョの偉丈夫なのに、実際のマサタカはごく普通の小柄な男子生徒だった。
「ボコされすぎて頭おかしくなったか? なぁマサタカァ!!」
黒髪リーゼントの黒堂センパイがマサタカに詰め寄る。
なるほど、完全に理解した。
今日の昼頃、黒堂センパイに虐められたマサタカがあのトイレから異世界に行く。
→マサタカ異世界で勇者になり世界を救う(向こうの時間で数年)。
→マサタカ、今日の放課後にこの世界に戻る。
マサタカの大冒険はこっちの時間ではたった半日程度の出来事だったわけか。
「ボ、ボクは、勇者なんだぞ! お前みたいなヤツは絶対に殺す! 向こうにいる間も、ずっとボクはこっちに戻ってお前を……。いた、いたい、やめて……」
「ハハ、勇者ってなんだよ。アニメの見過ぎで頭おかしくなったかぁ? こりゃオシオキが必要だなぁ。いつもみたいにサンドバックにしてやるよ」
うずくまるマサタカの頭を踏みつけてニタニタと笑う先輩。取り巻き達もそれに便乗して笑っている。
なんて、冷静に観察してる場合じゃないな。マサタカがやられたら次はオレの番だし。
「ちくしょう、エクスカリバーさえ持ってこれていれば。エクスカリバーさえ…………ん?」
ぶつぶつとぼやいていたマサタカがこちらを見る。
正確にはオレの手に持っていた白い箱を、だ。
「き、君の持っているそれ! エクスカリバーじゃないか!?」
そうだった。オレはマサタカが求めてるエクスカリバーを持ってきている。
エルさんから頼まれてな。まさか本当に必要としているとは思わなかったが。
けど……いいのか。マサタカにこれを渡して。
自称KY『空気がとても読める男』のオレが展開を予想するに……。
『マサタカさまをお願いしますね』
………………わかったよ。エルさんを信じる。
それに約束は約束だしな。
「ほらマサタカ。エクスカリバーだ」
オレは白い箱をマサタカに渡す。
マサタカは虚ろな瞳でそれを受け取る。
「エクスカリバー、これさえあれば、ボクを虐めてたこいつらなんか……」
「あ、何してんだ、テメェら」
エクスカリバーを握ったマサタカがふらつきつつ立ち上がる。
「……エクスカリバー、起動!!」
一瞬、辺りが燃えるような気配がした。
仄暗い炎がチリチリと周囲を舞う、そんな気配。
『――認証完了。エクスカリバー起動シークエンス開始』
白い箱が変形し、一瞬で剣の形に変化した。
その刀身は冷たく白銀に輝く。
「は、なんだその玩具は……。また大好きなアニメのグッズか?」
黒堂センパイはまだ気付いていない。その鋭利な切っ先が、自分に向けられていることを。
「…………」
それを外野から固唾を飲んで見守るオレ。いつも通り、どっちつかずのスタンスでいる。
「まあ、ちょっと懲らしめるくらいだろ。……だよな?」
このセンパイ問題ばかりだし、少しばかりお灸を据える必要があるはずだ。
「——ノヴァ・クラスターを撃つ」
『ラジャー。広域殲滅奥義【ノヴァ・クラスター】発動』
マサタカがそうつぶやくとエクスカリバーの先端から白い光が天に向けて放たれる。
それは徐々に幅広になり、
「————ッ!!」
光が刀身と同じ太さになるころには、周囲は凄まじい熱風が吹き荒れて、マサタカの足下の雑草が耐えきれず焼け焦げる。
「なんだそれ! オイ! マサタカ、テメー何やってる!?」
黒堂センパイも流石に異常に気がつき、足をすくませて地面に尻餅をついた。
「ヒ、ヒィーー」
取り巻きも同じ様子だ。
「何って——」
マサタカが刀身を斜めに下ろす。
刃がセンパイの眼前に迫ると、センパイの学生服から火が吹き出た。
「お前を殺すに決まっているだろ」
落ち窪んだ瞳がセンパイを捕らえる。
「た、たのむ。悪かったマサタカ。だから止まれよ? な?」
「黙れ。ボクがいくら謝っても、そっちは辞めなかったくせに」
マサタカがセンパイの首横にその長い刀身をゆっくり移動させる。
「ああ、ああああああああああああああ!!」
センパイが叫ぶ。
たったそれだけの所作で、センパイの右頬は黒く変色した。
「ちょ——マジかよ!!」
オレはマサタカの復讐心を甘く見ていたようだ。
このままだとマサタカがあのセンパイ殺す勢いだ。
こうなった以上、オレはどうするべきだろうか。
オレの今後を考えた場合、オレがすべきことは。
そんなの決まっている。
——放置して立ち去るべきだ。
センパイはマサタカに殺されるだろうが、オレ自身には関係のないことだ。
ごく一般的な感性として、身近で人が死ぬのは嫌だし、それに自分が関わっているのも嫌な気持ちだが、それがマサタカを止める理由にはならない。
だって、あんな眼をしているマサタカを無理に止めようとしたらこっちが殺されるかもしれない。
それにセンパイを助けたとて、オレが報われるわけじゃない。きっとあの手の人は何があっても反省しないから、マサタカの脅威が去れば今度はオレがターゲットにされて虐められる。
オレの安全を考えるなら、この場から一刻も早く立ち去るべきだ。それが一番利口で、オレの掲げるモットーに沿っている。
『何事も柔軟で臨機応変に、誰にでも反発せず自分のコダワリはいらず————」
——けれど。




