4話 勇者マサタカを求めて……
「ひでぇ目にあったぜ……」
「ごめんなさい……。わたしもセーニュ姫があのような行動に出るとは思っていなくて」
エルさんにジェットコースターのように引っ張られてオレは森の住み処に帰っていた。
異世界の城を見学していたら、あやうく拉致監禁されかけた。
異世界怖い。
あとついでにエクスカリバーも持ってきてしまった。
どうしようこれ。国宝なんだよな?
「本当にすみません……」
「いやいや、エルさんが悪いんじゃない。あの姫が問題なんだ」
「セーニュ姫も気が立っていたのですね。なにせ、マサタカさまがゲートから元の世界に旅立ってもう3年が経ちますので」
「3年か……。もしかしてもう戻る気はないのかもな」
それだけ期間が開けば、想像は容易い。マサタカは元の世界に帰ってそこで生活しているのではないか。
「でも、マサタカさまは向こうでやり残した用事を済ませたらすぐに戻ってくるといったんです。だからセーニュ姫も最初はそれを信じて待っていたのですが……」
「マサタカは戻らなかったと」
「はい……。姫にとっては大切な婚約者でもあり、王国にとっても世界で唯一エクスカリバーを起動できる存在でしたから」
どちらかというと、エクスカリバーの起動キーくらいにしか思ってなそうだったけどな。血を分けて欲しいとは言っていたが、それは王女としての義務でそこに愛はないんだろう。マサタカのことボロクソ言ってたし。
それより、
「エルさんはマサタカのことをずっと待っているのか」
姫は確かそう言っていた。
「はい。わたしはここでマサタカさまを待ち続けているんです」
くぅ〜。健気な人だな、まったく。
オレとゲートで出くわしたのも偶然じゃないんだろう。きっとエルさんはわざわざゲートに近いこの場所に住んで、毎日マサタカが帰ってこないか見回っているに違いない。
こんな奇麗な人が待ってくれているなんて、マサタカというやつが憎い。
「お腹が空いてませんか? シチューでよければお作りしますよ」
「そういえば何も食べてなかったな。お願いしてもいいか」
「もちろんです!」
エルさんが作ってくれたホワイトシチューはそれはもう絶品だった。
「うめー!」
「そうですか! このシチューはマサタカさまもよく褒めてくれました。なんでも故郷の味に近しいとか。シチューに牛乳を入れるなんて、大胆な発想ですよね」
「えっ? オレはむしろこのシチューと聞いたらこの味なんだけど」
「最初にマサタカさまにお出ししたときも色が白くないとシチューらしくないと言われてましたね」
日本人的感性なんだろうか。シチューの歴史とか知らないけど。
「エルさんはマサタカとどういう関係なんだ? さっきマサタカには助けられたと言っていたよな」
「はい。マサタカさまと初めて会ったのは、わたしが森の主の生贄に捧げられる、まさにその瞬間でした」
「エルさんが生贄に!?」
「古くから伝わる、森で暮らすエルフの掟なんです。それにわたしは人間とエルフが混ざったハーフエルフですから。村ではあまりいい扱いじゃありませんでしたし、そうなる運命だったんです」
「…………」
エルさんの表情が重すぎて何も言えない。空気読みマスターのオレでも沈黙して続きを聞くことしか出来ない。
「両親は早くから亡くしていましたし悲しむ人もいません。わたしは、わたしが犠牲になれば、他の方が犠牲にならなくて済むのでそれでいいと思っていました。それで異形の姿をした森の主に捧げられる、そのときに」
エルさんがほころんだ。それはまるで恋のきっかけを語る乙女のようで。
「森の奥から駆けて、マサタカさまがわたしの前で大きく両手を広げて立ち向かってくれたんです」
なるほど、エルさんにとってはヒーローの登場だな。
「それでマサタカがその主を倒したのか?」
この凄い剣で一刀両断したんだろう。そりゃ惚れるわ。
「いいえ、そのときはまだエクスカリバーを持っていませんでしたから」
「……だとしたら、マサタカには何か特別な力があったのか?」
「ありません。そのときは異世界に来たばかりで、右も左もわからない状態だったそうです。でも、マサタカさまはわたしの前に立って『この人が危険な目にあっているのに、どうしてみんな黙って見ているだけなんだ』って怒ってくれたんです。それがとても嬉しかったんです」
……じゃあマサタカは何も力を持っていないのに、化け物に捧げられるエルさんを助けに行ったのか。それはあまりにも……無謀すぎるだろ。常識で考えたら無駄死にするだけなのに、見ず知らずの人のためにそんなことをしたのか?
「震える足で、恐ろしい怪物を前に特別な能力もないのに助けようとしてくれる人がいる。それがあまりにも嬉しくて、わたしはみんなの制止を振り払ってマサタカさまを連れて逃げちゃいました。当然、追いかけられたのですが……。マサタカさまがエクスカリバーを手にするのは、そんな逃亡劇の最中のことです」
ふと、こんなことを思った。
オレは誰よりもかしこく生きてきた自負がある。
周りの空気に合わせて、手を変え品を替え、時には自分を抑えてでも上手くやり過ごすための工夫をした。
『何事も柔軟で臨機応変に、誰にでも反発せず自分のコダワリはいらず』
そのモットーが至高だと疑うこともしなかった。
けど、オレがマサタカと同じ場面に出くわしたら。
見知らぬエルフが化け物の生贄にされていて、それを大勢の同族が黙って見守っている状況だったら。
——オレはなんの力もないのにその中に飛び出すことが出来るだろうか。
その日はエルさんの小屋に泊めてもらった。
美人と一つ屋根の下……などと浸る余裕もなく、エルさんの昔話を思い返し悶々としていた。
そして結論を導きだした。
「……英雄だな。マサタカは」
きっと彼は、勇者になるべくしてなった男なのだ。
死を恐れずに、自分が正しいと思ったことを貫ける。そんなバカげてるほどの正義心を持った人間だったんだ。
「オレには……土台無理な話だ」
合理的な判断しか出来ないオレが、マサタカの代わりに転移していても、この世界は救えなかっただろう。
それは少し……悔しい話だな。
そして翌朝、
「オレは元の世界に帰ることにするぜ」
元はと言えば不良から逃げこんでここにたどり着いたわけだけど、さすがに一晩も明かせば待ち伏せているわけもないだろう。帰れるときに帰るべきだ。
また姫に襲われるかもしれんし。
「わかりました。ご家族が待っているんですよね」
エルさんは名残惜しそうに言うと、ゲートの位置まで案内してくれた。
「そのカゴと服はなんなんだ?」
「マサタカさまの大好物の果実と、暖かい上着です。もうすぐ寒い季節が来るので、マサタカさまが戻ってきたときに風邪を引いてしまわないようにと。向こうの季節はわたしにはわからないので」
そういうとエルさんはゲートの周辺にお備えをした。
赤いセーターはエルさんの手縫い。
オレが見た祭壇のようなものの並びは、エルさんがマサタカのために置いている手紙やら食料やらの集まりだったようだ。
「じゃあ、世話になったな」
なかなか貴重な経験だったが、いつまでもここにいるわけにはいかない。
それに、マサタカに攻略されつくした異世界なわけだし。
オレが軽く手を振って、踵を返すとエルさんが引き止めた。
「ちょっと待ってください」
そういって、オレにそれを差し出す。
「これ……持っていってくれませんか?」
手のひらサイズの四角い箱。起動前の聖剣エクスカリバーだ。
「オレが?」
「わたしはゲートには入れませんから。もしかしてマサタカさまは向こうの世界で危機に見舞われているのではないかと思っているんです。エクスカリバーが無ければマサタカさまは普通の人と変わりありませんから。でも、旅立つときは城で管理されていて持ち出せなかったので……」
「なるほど、もしマサタカがピンチだったらオレに渡して欲しいんだな」
「そうです! お願いしてもいいですか?」
「わかったよ。マサタカを見つけたら必ず渡すよ」
「ありがとうございます! ……では、お気を付けて!」
そうして異世界の優しいエルフに別れを告げて、オレはゲートに飛び込んだ。
まあ、オレの世界でエクスカリバーが必要なほどのピンチにマサタカが出くわしているなんてことないだろうが。
それにしてもマサタカはこんな美人さんを置いて、何やってんだ。
やり残した用事があると言っていたらしいが、それは何なんだ。
「まったく……」
マサタカ、お前は今どこにいるんだ。
オレもお前に会って伝えたいことが山ほどあるんだが。
◇ ◇
ゴンッ!
「いてっ……」
また転んで頭を打ったようだ。
起き上がると、オレは薄汚いトイレの中にいた。
「元の世界に帰ってきたみたいだな」
外の明かりが眩しい。今の時間帯は早朝だ。
オレはトイレの外に出て、朝の新鮮な空気を————。
うっすらと陰る空。
あれ? なんか朝って感じじゃないな?
「オイッ! いたぞ! 逃げてたのアイツじゃねぇか!?」
「へっ?」
しかも誰かに呼ばれる。どういうこと?
「テメェか? 俺達のことをコソコソ覗いてたのは?」
目前に黒髪リーゼントの厳つい男。
ワルで有名な黒堂センパイだ。
オレが”昨日”逃げ回っていたのもこの人からだ。
「こっちに来いよ。一緒に焼き入れてやっからよぉ」
ぐぇ……。襟を捕まれてズルズルと引きずられるオレ。
なにか、おかしい。これじゃあまるで。
「……昨日に戻ってきたみたいじゃねーか」
……何度も言うけどオレは場の流れを理解するのがやたら早いんだ。
だから、今、わかってしまった。
オレがゲートに入ったタイミングで、不良達はトイレの中を探索していた。
オレは一日経って、外に出たはずなのに、捜索は続いていた。
彼らは一日中オレを探していた? いいや、違う!
つまり、これは、
「あの世界の時間の流れは、こっちと同じじゃない! 向こうの1日はこっちの数秒程度なのか!」
「なにゴチャゴチャ言ってんだ?」
クソッ! そのメカニズムに気付いていれば、こんなことに巻き込まれずやり過ごせただろうに!
けど待てよ、向こうの1日がこっちの数秒なら、向こうの3年は?
「オラっ!」
「ぐぇ」
オレは壁に投げつけられた。武道館裏の袋叩きの現場に連れ込まれたらしい。
「待たせて悪かったなぁ”マサタカ”。さあ、お友達も増えたところで続きといこうや」
「ひぃ、ボクは……こんなはずじゃあ……」
アルトボイスが耳に届く。
オレの隣で赤茶色の小柄な男子生徒が、頭を抱えてうずくまる。
…………いや、それよりなんて言った?
「昼はピーピー泣いてたのに放課後になって急に面構えが変わったと思ったら、俺様を殺すだなんて随分とデカイ口を叩いたもんだよなぁ! マサタカァ!」
「くそぅ、エクスカリバーが。エクスカリバーがあればこんなやつ……」
この、不良にボコされてた男子生徒。まさかこいつが。
「マサタカ……なのかよ……」
あの世界——エルゼスガルドを救った勇者マサタカをオレは既に見かけていた。
この武道館の裏で。
おいマサタカ。あの銅像……かなり盛っただろ。




