私たちの
村を出て、馬車で下山している道中、パーナが口を開く。
「本当にいい人だったね、ホランさん。」
「そうね、私もあんな人が母親だったらよかったわ。」
「そうですわね、あそこまでの高潔な精神性の人は滅多にお目にかかれませんわ。」
「まるでメルク様のように素晴らしき方でございましたね。」
「ピーレ、少しお黙りですの。」
皆が談笑している中、フィンセは1人でホランからの手紙を読んでいた。
「……ぅぅ…」
フィンセは涙を流していた。それを見て隣のパーナが背中を摩る。
「ホランさんは最期まで役目を全うして死ねるんだね。あと少し、私たちも遠くから応援してあげよう。」
「…はい……母さま…」
「私たちも頑張らなきゃね。私たちの目的が成就すれば、あの村も救えるんだから。」
「そうですね。」
フィンセは涙を拭って、読み終わった手紙を丁寧に畳んで懐に入れた。
それから数時間後、1人集中力を高めて索敵を行っていたセイナが突然、目を見開く。
「……止まった…野営かしら…私たちもこの辺で一度止まりましょう。」
「分かった。シピーレさん!今日はこの辺で休むよ!」
パーナは御者であるシピーレに声をかける。
「かしこまりました。」
そうして9人は森の中で一度止まり、野営をする事になった。
このメンバーでの野営は非常に容易だ。ニューズの魔法(切断魔法)で木や石や土などを容易に切り開き、スペースを確保。セイナの魔法(索敵)で野生動物や食用の木の実などを捜索し回収。そしてアンリーザの魔法(熱操作)によってそれらを最適な温度で焼く事が出来る。
「はい、出来たよ。」
「わーい、ありがとー!」
「ん、ありがと。」
「感謝します。」
皆はアンリーザの焼いた肉を頬張る。その味はおおよそ野営で食べられるモノとは思えない程に美味であった。
「お、美味しいですわ!流石はアンリさん!」
「全くでございます。」
「エナ、美味しいね。」
「そうですね、エマ。」
皆がその味に舌鼓を打っている時、セイナが突然明後日の方向を向いた。
「……」
「どうしたの、セイナ。もしかして動いた?」
「……いいえ。前のヤツら(デールズ侯爵一行)は動いてないわ。」
「ではどうしたのだ?」
「そうね、ちょっと気まぐれで索敵範囲を目一杯広げてみたんだけど、そしたらかなり遠くに数百人規模の人の気配がしたのよね。」
「す、数百ですか!?」
「こんなところに数百…それってもしかして…」
「十中八九、デールズ侯爵と同様の村目当ての貴族でしょう。数百となるとおそらくかなりの大貴族…カゴマン侯爵かチヴドレア公爵のどちらかだな。」
フィンセが口にしたのは皆が知らぬ貴族の名前だった。
「随分と詳しいさね。」
「これでも『魔女狩り』の最高幹部の1人だからな。この程度の情報は常識だ。」
「んで?どうするさね?あんな感動的な別れしといてなんだけど、戻るかい?」
アンリーザの問いに少しだけ悩むフィンセだったが、すぐに回答を出した。
「いや、その必要はない。母さまの言った通り、あの村は皆んなの力で困難を乗り越え続けてきたんだ。きっと大丈夫、そう思いたい。」
そう告げるフィンセの顔はどこか清々しかった。
「そう…ならいいわ。」
そう言ってセイナは索敵範囲から外した。
その後彼女たちは近くに見つけた川で水浴びをしたり、互いの能力を見せ合ったり様々な事をして遊んだ。そして夜が更けるまで談笑し、何事もなく就寝したのだ。
これから起こる大惨事に気付くこともなく。
〜少し前、王国の中心にある王城のとある部屋〜
「むぅ…あと46人…どうしたものか…」
王国の宰相であるタグスンテは机の上に置かれた数字の書かれた紙を見て頭を抱えていた。
「陛下より賜りしこのご命令…集められませんでしたとは言えぬ…」
タグスンテが悩んでいる内容は先日受けた王からの命令だった。その命令は【数百人を使ったデスゲーム】の開催だ。これの内容については大方決定したのだが、最も重要な部分、【殺してもよい人間】を集めるのにかなり苦労していた。
(私のツテを使い、重罪を犯した罪人など、可能な限り集めてみたがまだ足りない。最低でもあと46人…何とかせねば…)
タグスンテが気分を変えようと立ち上がろうとしたその時、部屋の扉がノックされた。
「誰だ。」
「私です。失礼しますぞ、宰相閣下。」
タグスンテの返事を待たずして部屋に1人の男が入ってきた。その男を見てタグスンテは溜め息を吐く。
「大臣か…何用だ?」
「閣下がお困りのようでしたので、この私、チヴドレアがお力をお貸ししようかと思いましてな。」
チヴドレアと呼ばれた男はそう言ってタグスンテの前のソファに腰掛ける。
「おい、勝手に…」
「風の噂で耳にしましてな、どうやら閣下は人を集めておいでだと。」
事情を言い当てられた宰相は一瞬眉を顰めるが、すぐに冷静さを取り戻す。
「ふん、流石に耳が早いな。して、だから何だと言うのだ?」
「くっふっふ…そんなお困りの閣下の為に耳寄りな情報を持って来たのですよ。」
「ふん…」
(金にがめついチヴドレア公の情報…十中八九、金が絡んでいるだろうな…だが困っているのは事実。一応話だけは聞いてやるか。)
「その情報とは?」
「はい、実は数十年前に私の父と数人の貴族で作ったとある村がありましてな。」
「村だと?それがどうした?」
「はい、この度お困りである閣下にその村の住人を丸ごと差し上げようかと。」
そう言ってチヴドレアは嫌らしく笑うが、タグスンテの表情は微動だにしない。
「ふん、何を言うかと思えば……いくら辺境といえど無辜の民を使えるのなら初めからそうしておるわ。それが出来ぬから困っておるのであろうが。貴様も貴族ならば少しは恥を知れ。」
「もちろん分かっておりますぞ。ですがその村の住人は無辜の民などではないとしたら?」
「…何?」
タグスンテの眉が少しだけ動いた。
「実はその村に住まう者たちは全員が正当な王国民としての権利を持たぬ【奴隷】なのですよ。スラムで生きていた者、無能な貴族の娘、犯罪者の子供と言った訳アリの女たちを我々が格安で買取り、村に住まわせているのです。つまり王国法に則れば、彼女らの権利は全て我々のモノと言う事です。」
(奴隷の村…噂は耳にしていたが…この男が絡んでいたとは…だが)
「…いや、奴隷はダメだ、ヤツらには生きたいという強い意志がない。私が欲している人間はもっと活き活きとした生への渇望が強い人間なのだ。そうでなければ陛下も満足されぬ。」
「その点はご安心を。あの村の住人は皆、自分が奴隷などとは思っておりません。集団で自立させ、適度にアメ(褒美)とムチ(罰)を与える事で、生きる希望を育ませるシステムを構築しております。既に何人もの女を他の貴族方に販売しましたが、普通の奴隷と違い、それはまぁ良い声で鳴くと評判でございます。よろしければ閣下も試してみますかな?」
(アメとムチで生きる希望を育んだ奴隷か…よく考えたものだ。自立させる事で管理も楽になると言う事か。しかし、反吐が出るような話だが、事実だとしたら悪くない…寧ろ、私の探していた人材そのものではないか……この男と取引するのは癪だが…仕方ない。)
「ふん、くだらん…私はそんな事に興味はない。……だが、貴殿の言うことが真実なのであるならば、その話受けるのもやぶさかではない。」
「おぉ!流石は閣下、話が分かっておられますな!ですが勿論、タダというわけではなく…」
そう言ってチヴドレアは懐に手を入れる。
「無論だ。その者たちの売買される価格の2…いや、3倍で買い取ろう。ただし!1銅貨たりとも水増しする事は許さん。全員キッチリ適正価格を算出しろ。さもなくば…貴殿がデスゲームに参加する側になるのやもしれんぞ。」
不正やぼったくりは絶対に許さないと言うタグスンテの態度に、チヴドレアも思わず両手を上げる。
「おお…怖い怖い。了解致しました、閣下。ではコレではなくコチラの適正の方をお渡しさせていただきます。」
そう言って大臣は取り出そうとしていた紙を懐にしまい、もう一枚を取り出した。
「ふん、狸め…まぁ良い。金は後日に届けさせよう。」
「ありがとうございます。また何かあれば是非に。」
そう言ってチヴドレアは部屋を出て行った。
タグスンテはその紙をしばらく読み、思案に耽る。
(先日、デールズ侯が『ドライ』高原に向かったのは奴隷の買い付けの為か…見かけによらず侯も悪趣味な男だな。侯には悪いがコチラの期限も迫っている。貴様の遊びには付き合っておれん。侯には後で謝罪の文面を贈らなくてはな。)
タグスンテは部屋の隅に控えていた兵士を呼びつける。
「おい、今すぐに軍の準備をしろ。明後日には発てるようにな。」
「はっ!して、進軍する場所は?」
「『ドライ』高原にある村だ。そこにいる住人を全員、ひっ捕えてこい。」
「かしこまりました。軍の規模は?」
「200もいれば十分だろう。村の住人は100前後、全員が女で無能力だ。抵抗するヤツは見せしめに殺しても構わん。だが出来るだけ活きのいい女は捕まえてこい、最低でも50人は必要だ。」
「はっ!そのようにナツライ将軍に通達しておきます!」
「うむ。」
そうしてタグスンテは足早に部屋を出ていく兵士を見送った。問題解決の糸口が見えたタグスンテは椅子にドカッともたれかかる。
(ナツライ将軍か…ヤツは陛下の施しを受けた影響か、その高すぎる忠誠心が故に敵に対して全く容赦がない…陛下の悪口を言った街一つを壊滅させた事もある程だ。今回もやりすぎねばよいが…)
タグスンテのこの嫌な予感は別の形で的中する事になるのだが、その事はまだ誰も知らない。
〜その数日後、セイナたちが村を出た次の日〜
早朝、9人は目覚め、下山を始めていた。そして昼まで馬車で山を下り続け、デールズ侯爵たちを追った。そしてようやく山から抜け、平原に辿り着いた時、御者をしていたシピーレがその違和感に気付く。
「皆さま、お休みのところ失礼致します。」
「どうしたんですの、ピーレ。」
「はい、実は先ほどから山の方が騒がしいように思えまして。」
「山が?」
「そうかな…中にいる私たちは何も感じなかったけど…」
「そうですわね、でもピーレの五感は優秀ですのよ。もしかしたら何か……おや?」
シピーレの指摘で馬車の外に出たララメルクが振り返って山を眺めていると、とある場所に違和感を感じる。
「何か見つけたの?」
「そんなのいいからさっさと追いましょうよ。」
「そうですね、あまり離されるのは…」
「アタシは早く男を…」
「………アレは…間違いありませんわ!!」
その瞬間、ララメルクの肉眼が捉えたモノは
「火事ですわ!!」
その言葉を聞いて皆は驚愕する。
「はぁ!?火事?」
「ほ、本当ですか!?」
「ええっ!?どうして!?」
他人事ながらここで起こった非常事態に、皆が首を傾げる中、たった1人だけは火事が起こったと思われるその場所を注視し、戦慄していた。
「…はっ…はぁ…は…は……」
声も出さず立ち尽くすフィンセの顔は誰の目から見ても明らかなほどに焦燥感に溢れており、地面に落ちる汗の量がその緊迫感を物語っている。
「フィンセ…まさか…」
パーナが声をかけたその瞬間、フィンセは壊れかけた機械のように突然動き出した。
「母さまぁあ!!!!」
フィンセは馬車に戻る事なく、そのまま山の方に向かって走り出したのだ。
「ちょ!アンタ!勝手に!」
セイナが引き止める暇もなく、フィンセは全力で走って行ってしまった。
「えぇ…何がどうなってんのよ…たかが火事で……って、まさか!」
「うん、多分だけど、あの火が出てる場所、あの村だと思う。」
「まさか、どうして火事なんかが…」
「あの村の家は殆どが木造だったからね。それに水辺は近くにはなかったさね。なら火の扱いを間違えて大火事になってもおかしくはないね。」
「確かにそうかもしれませんが…嫌な予感がするのは私の気のせいでしょうか。」
「いいえ、多分ニューズだけじゃ無いわ。だからこそフィンセは走り出したんだろうし。」
ここに来て一行は選択を迫られた。村に戻って様子を確認するのか、フィンセを連れ戻して尾行を続行するのか。セイナは思考を巡らせる。
(フィンセを私の魔法で連れ戻すのは簡単、それからパーナに説得させれば忠誠心の高いフィンセはおそらくそれに従う。だからフィンセの事はさほど気にしなくていいわね。問題は村に戻るのかどうか…もし仮に戻ったとして何があるの?もしアンリが言うようにただの火事だとしたら、あの規模の火災から村を救うのはもう間に合わない…いいえ、フィンセの魔法を使えば何とかなるのかしら…生き残った子を何人かは救えるかもしれない。でも、今からそんな事をしていたらデールズ侯爵は確実に見失う。そうしたらかなり面倒臭い事になる…どうする…村に戻るか…それとも…)
「セイナ。」
その時、パーナがセイナに声をかける。
「パーナ…」
パーナは何も言わずにじっとセイナを見つめていた。それを見てセイナはパーナの意図を汲み取る。
(ふぅ…私も考え過ぎてたわね、少し落ち着きましょう。…でもその目…パーナがどうしたいのか分かったわ。…やっぱり貴女はとっても優しいのね。)
セイナも何も言わずに笑みを浮かべながらパーナの頬に手を触れ、優しく撫でた。
「えへへ…」
「よし!決めたわ!皆んなで戻りましょう!世話になったあの村にね。」
シュンッ……
「うおっ!…」
その時、セイナは遠くまで走っていたフィンセを目の前に瞬間移動させた。
ドタっ!!!
「ぐっ!」
セイナは敢えてフィンセを数メートル上に転移させたため、フィンセは勢いよく尻餅をつく。思い切り尻をぶつけたフィンセは悶絶しながら地面を転がる。
それを見てセイナの口角が上がる。
「…ふっ、いい気味ね……」
「き、貴様ぁ…」
フィンセはセイナを睨み付けながら自身の魔法で即座に治療を完了させた。
「何よ、勝手に飛び出したアンタが悪いんでしょ。それより、走って行くなんて正気?バカなの?」
「ふん、生憎コチラは大真面目でな。私1人なら馬車なんかよりもよっぽど速い。」
フィンセは身体能力が高い。幼少期から鍛錬を続けているフィンセは1kmを2分前後で走り続けられる。ここまで速い理由はその身体能力だけでなく、フィンセの魔法にも起因している。フィンセの魔法(肉体の時間を巻き戻す魔法)を自身の肉体に定期的にかけ続ければ、無限に全力疾走する事が可能なのだ。
「でももっと速い方法があるわよね?」
そう言ってセイナは自身を指差す。
「…それは…」
「昨日話した、私とアンタのコンビネーション。試すなら今しかないんじゃない?」
「く……貴様と協力するなど…」
「あら、アンタのホランさんや村への気持ちはそんな程度だったんだ。なーんだ、昨日の涙は嘘かぁ…侍が聞いて呆れるわねぇ。」
セイナは嫌らしい笑みを浮かべながらフィンセを煽る。
「ふざけるな貴様!私は本当に」
「なら下らないプライドなんか捨てて協力しなさいよ。私はアンタの為を思って言ってやってるのよ。言っとくけどね、別に私はデールズ侯爵を投げ出してまであの村を助ける義理はないんだから。でもパーナが望むから仕方なくアンタに協力してやるって言ってんの。アンタ、主人の優しさも無駄にする気なの?」
その言葉を聞いてフィンセは覚悟を決めた。
「…いいだろう、大切な母さまや村の皆んなの為ならば例え大嫌いな貴様とでも喜んで協力しよう。」
「貸し1よ。」
「…ふん。では皆、急げ!」
そうして9人はセイナの近くに集まり、セイナの身体に触れる。
「じゃあ行くわよ…ふぅ………はぁあ!!」
………シュンッ!!!
「うわっ!」
「久しぶりの感触さね。」
9人はセイナの瞬間移動によって再び山の中に戻って来ていた。辺りには木々が生い茂っており、ここは相当山の奥であることが分かった。
「ぷはぁ!…」
その時、セイナだけが思い切り膝をついた。
「はぁはぁ……はぁはぁ…」
そしてセイナは地面に手を突き、激しく呼吸をする。全身からは大量の汗が吹き出し、セイナの服を湿らせる。それはまるで長距離走を走った後のランナーの様な疲労度合いだった。
「カハッ!」
疲労が限界に達したセイナは力無くその場に倒れてしまう。それを見て皆がセイナに駆け寄る。
「セイナ!」
「セイナさん…ここまで無理して…」
「あのセイナがここまで疲労するなんて…かなりの距離を移動したさね。」
「ピーレ!セイナさんに何か飲み物を!」
「かしこまりました。」
「ご主人様、大丈夫かな…ね、エナ。」
「大丈夫…だと思うのでございますが…」
「すまんがどいてくれ。」
心配する7人を他所に、フィンセはセイナに近寄る。そしてその背中に右手を当てる。
「ふんっ。」
フィンセが魔力を解放した瞬間、セイナの身体は光に覆われ、すぐに消える。
「ふぅ…完治っと…」
そしてセイナは何食わぬ顔で立ち上がり、伸びを始めた。
これこそが2人のコンビネーションだ。セイナの瞬間移動は重さと距離に比例して必要な魔力量が増大する。9人を数kmとなれば、流石のセイナでも魔力が一瞬でなくなってしまう。そしてフィンセの魔法は肉体の時間を巻き戻せる。それはつまり、使った魔力までも元に巻き戻せると言う事だ。つまり、セイナの魔法で最大距離を移動し、クタクタになったセイナをフィンセが元に戻してまた移動する。これにより9人は高速遠距離移動を可能とするのだ。
これを2人がこのコンビプレーを初めからやらなかったのは、単に仲の悪いこの2人が互いに助け合うことを拒否したからである。
「さて、次行きましょうか。さっきのでコツは掴んだから、今度はもうちょい体力残して行くわ。」
疲労が治ったセイナは再び周囲に魔力を解放し、次の目的地を探す。
「やはりセイナさんとフィンセさん、お二人の力は『魔女』の中でも桁違いですわね。」
「ええ、普段犬猿の仲のお二人ですが、そのシナジーは凄まじいモノです。」
「次を急ぐぞ。」
シュンッ……
それから3回ほど移動した後、一行はかなり村の近くまで来ていた。フィンセがセイナの治療を終えると、セイナは再び魔力を展開し、座標を定める。
しかし今度はどう言うわけかすぐに転移する事なく、一度動きを止めた。
「これは…」
「どうした?」
「……いいえ、村を捉えたわ。このまま村の門の前まで行くわよ。」
「ああ、急いでくれ。」
シュンッ!……
「こ、これは……」
村の門の前に転移した9人はその目を疑った。先日まで平穏そのものだった村が今や業火に包まれているのだから。
門の外からでもその火の勢いは感じ取れ、皆が密かに願っていた見間違いという可能性を完全に否定される。
「すごい炎と煙ね…近くの木々にも燃え移ってるわ。」
セイナの言う通り、激しい炎は森の一部に既に引火しており、周辺一帯が山火事になっていたのだ。
「どうしてこんな事に…中の皆んなは…」
パーナは村人たちの安否を心配そうに案じていた。
「か……母さま……くっ!!」
嫌な予感が的中したフィンセは門を通って1人で中に入って行った。
「あっ!ちょっと!まだ話が…ってもう聞こえてないか…」
セイナの制止も虚しく、フィンセは村の中に入って行ってしまった。
「はぁ…アイツ…主人を置いて行ってどうするのよ…全く…」
「それで?どうするさね、セイナ。アタシたちも中に行くかい?」
「…そうね、でもそれよりもやることやっとかなくちゃね。」
その時、セイナはニューズとララメルクとエマとエナの4人に手を触れる。
「あっちは任せたわ。終わったら戻ってきてね。」
「セイナさん?一体何を言ってるんですの?」
「一応簡単な指示を二つ、指揮官は捕えること、残りは殺しちゃって。味方は出来るだけ助ける、以上。…それと…殺す時は容赦するんじゃないわよ。」
「…よく分かりませんが分かりました。そちらもご武運を。」
シュンッ……
そして4人はセイナの魔法でどこかへ消えていってしまった。
「メルク様!」
「大丈夫よ、あの4人なら余裕よ。それより説明は後、私たちはフィンセを追うわよ。」
そうして残った4人(セイナ、パーナ、アンリーザ、シピーレ)はフィンセに続き、村の中に入った。
「チッ…」
「えっ…嘘っ…」
「これは…」
「………」
フィンセを追って村の中に入った4人は絶句した。
4人が見た光景はまさに
地獄だった。
村に存在するありとあらゆる建物に火が回っており、その半数近くは既に倒壊している。昨日、9人が使っていた建物やホランの話を聞いた大きな建物は最早見る影もない。
そして何より衝撃的だったのは…
「み…皆んな…」
フィンセが見つめる先にあったのは無惨に打ち捨てられた村人の死体だった。その数は数十人にも及ぶだろう。
建物の前に捨てられた少女の死体は背中から槍の様なもので何度も突き刺され、そのまま絶命している。
広場にある死体は頭部を激しく損傷しており、おそらく背後から後頭部に銃弾を喰らっている。
畑の上にある死体は四肢を切断され、背中から鍬が地面まで貫通している。
既に焼け落ちた建物の中から除く右腕の残骸のような物はその意味を示す。
「な…何だ…何だこれは……」
セイナ達の前にいたフィンセはその場で立ち尽くしていた。
故郷を焼いたのと同じ炎で包まれる第二の故郷である村の風景、共に過ごした友たちの無惨な亡骸、あまりに多くの情報がフィンセの脳内に捩じ込まれ、フィンセの思考を停止させる。
「フィンセ…コレは…」
パーナが声をかけようとしたその瞬間、フィンセは突然動き出した。
「か…母さまぁ!!」
フィンセは半狂乱になりながら炎の中に消えて行った。
「フィンセ!」
パーナの制止はフィンセの耳には届かなかった。
1人で行ってしまったフィンセを見て、パーナはセイナに話しかける。
「セイナ、私たちも行こう!まだ生きてる人がいるかもしれない!!」
「……」
しかしセイナはパーナの問いに何も言わない。
「…セイナ?」
パーナの問いにセイナはゆっくりと答える。
「……無駄よ…もう…この村で…生きている人間はいないわ。」
4人はアンリーザの魔法で周辺の炎を鎮火しながら村の中を歩いていた。
「……」
進むたびに現れる無惨な死体を横目に歩く4人は一言も発しない。
そして少し歩いた時、4人は足を止めた。
「ルナーさん!!目を覚まして下さい!!ルナーさん!!」
4人の目の前にいたのは膝をつくフィンセと抱き抱えられたルナーだった。ルナーの肉体はフィンセの魔法で既に修復されているが、目を覚ます気配は全く無い。
「クソっ!この人もダメか!!…クソォオ!!!」
既に死んでいる人間を治す力はフィンセには無い。フィンセは己の無力さに地面に拳を叩きつけた。
「諦めるのはまだ早いわよ。」
「…何だと!?」
フィンセはセイナを睨みつける。
「忘れたの?パーナの力を。」
そう言ってセイナはパーナの頭を撫でる。
「そうか!!」
パーナの力を思い出したフィンセはパーナの元までルナーを抱えて走ってくる。
「カレスティア様!!この人を!ルナーさんをお願いいたします!!」
「うん、分かったよ。」
そう言ってパーナがルナーに触れる。
ルナーの身体を黒い光が覆い、やがて消えた。
「……こ、ここは…」
目を覚ましたルナーは困惑した様子で周りを見る。
「ルナーさん!良かった!成功した!」
フィンセはルナーが蘇った事に歓喜し、涙を流した。
「フィ、フィンセちゃん…ど、どうしてまた…ま、まさか貴女も殺されて!!」
ルナーはここをあの世だと勘違いしているようだ。
「違います、ルナーさん。貴女は生き返ったんですよ、もう一度この世に。」
「い、生き返った?わ、私が…」
その言葉を受け止めきれないルナーは身体を触ってみたりして確認する。そして周りの様子を見て、その言葉が真実だと信じるしかなかった。
「ほ、本当に……そ、それじゃあ!他の皆んなも!!ね、ホラン姐さまも!!」
「……はい。死体がある子たちに関してはおそらく大半は生き返る事が出来ます。ですが…母さまは…」
そう言ってフィンセは何も言わずに下を向いた。
「えっ…そんな…どうして…」
「何かあったの?」
「そうさね、ホランさんは?」
「フィンセ、もしかして…」
その時、フィンセは膝から崩れ落ちた。
「…道中、母さまの亡骸と思われるモノを広場で発見しました…ですがそれは…あまりに遺体の損壊が激しく、おそらくカレスティア様の力でも…」
フィンセは既にホランの遺体を見つけていた。中央の広場には数本の十字架の残骸が建てられており、その十字架の近くには特に激しい焼け残りの痕、そして灰と焼け残った小さな骨があった。それは公開処刑として十字架で火刑に処した証である。そしてフィンセがホランの遺体だと確信した理由は近くに落ちていたホランの松葉杖だ。
「広場にあった十字架と焼け跡…アレが母さまのモノだとしたら…もう…母さまは!!」
そしてフィンセは泣きながら地面を叩く。
「あと少し…あと少しだったんだ。村の皆んなのために一生懸命生きてきた母さまが、やっと役目を終えて大好きな先輩たちの元へ胸を張って行けるって…なのに…それなのに!!……あと7日…たった7日だったんだ…そこで終わる命だとしても、私たちは笑って送ってあげたかった。今までありがとうって…お墓も先輩たちの所へって…だが還るべきそのお墓すらも焼け落ちてしまっていた。…何故だ…何故こんな事になるんだ!!クソっ!クソォ!!」
叫びながら地面を叩くフィンセの姿を見て現実を理解したルナーも涙を流す。
「そ、そんな……ね、姐さまは…もう…ぁ…あ…ぁあぁあああ!!!!!」
一度抱いた希望が崩れ去ったルナーは泣きながら絶叫した。
残酷にも、その悲痛な叫び声はホランを慕う村人たちには聞こえず(死んでいるため)、この5人にしか聞かれることはなかった。
「…ゆ、許さない…ね、姐さまを…み、皆んなを…わ、笑いながら殺したアイツらを……ぜ、絶対に!!!」
ルナーの表情は怒りに満ちていた。それは仲間と大切な家族を奪われた怒り、全てを焼き尽くさんとするほどの激しい怒りだった。
「ルナーさん…」
「こ、殺す!あ、アイツを!!ね、姐さまを撃ったアイツを!!ね、姐さまを燃やしたアイツも!!し、指示を出したアイツも!!こ、この村に来たヤツらも全員殺す!!!!!」
グシャァアッ!!
その時、目を迸らせたルナーが右拳を思い切り握ると横にあった建物の残骸が急激に圧縮されて宙に浮く。その残骸は空中で数センチ程の大きさにまで潰され、やがて地面に落ちた。
それを見てセイナは関心を示す。
「空間を握り潰した…コレがルナーの魔法…」
怒り狂ったルナーは周辺の木々を根こそぎ潰し始めた。
それをしばらく見ていたセイナだったが、徐に右手を前に差し出した。
シュンッ!!
「うわっ!びっくりしましたわ!」
セイナの魔法で現れたのは先に別れていた4人だった。動揺するララメルク以外の3人は魔力の流れによって予め予測していたため落ち着き払っている。
そして何より、もう1人見知らぬ男が紛れ込んでいた。
「こ、ここはどこだ!!今のは一体なんだ!!」
軍服と思わしき服を着たその男はエマとエナにより拘束されていた。初めての瞬間移動体験でララメルク同様に困惑している様子だったが、それを無視してセイナが口を開く。
「コイツは?」
「敵の指揮官です。周りからは[ナツライ様]とか、[将軍]とか呼ばれていました。」
「そう、ご苦労様。」
そう言ってセイナはルナーの方を見る。
「どうぞ、ご自由に。」
セイナがそう言った直後、ルナーは既に右拳を突き出していた。
「ぐぉっ!!貴様!奴隷の分際でぇ!!ぐぅお!」
ルナーがゆっくりと右拳を閉じていくと男の周囲の空間が歪み、段々と男ごと小さくなっていく。
「ぎぃい!!!き、きさまぁ!!な、何をぉおお!!」
男は抗えぬ力に段々と押し潰されていき、骨が砕け、肉が潰れていく。
「がぁあ!!ぁああぁあ!!!ぉおぉおあおおおぁあぉおお!!!!………」
内臓が潰れ、露出した骨までも粉々に砕け散ってなお男は小さくなっていく。
やがて吹き出した血すらも巻き込んで男の身体は数十cm前後に潰れた。
ドスッ!!……
ルナーが拳を開くと男だった物はその場に落下した。
「ひぇぇ…とんでもない力ですわぁ…」
その無惨な死体に狼狽しているララメルクだったが、ルナーはその死体を更に足蹴にしたのだ。
「死ね…死ね…死ね…死ね……」
呪詛の様にそう呟きながら男の残骸を強く踏み付けるルナーの表情から怒りが消える事はなかった。
数分後、ルナーは踏み続けたその残骸に唾を吐きかけた。
「はぁはぁ…」
流石に少し疲れたのか、ルナーの顔から疲労の汗が滲む。
「ルナーさん…」
フィンセは心配そうにルナーを眺めているが、何も声を掛けることが出来なかった。
「お疲れ様、ルナーさん。」
事が終わったルナーにセイナはそう話しかける。ルナーも少し落ち着いた様子でため息を吐く。
「はぁ……あ、ありがとうございました。」
そう言ってルナーはセイナに軽く頭を下げた。
「コイツがホランさんの仇だったのね。少しは気が晴れたかしら?」
それを聞いたルナーは表情を一変させる。
「な、何を言ってるんですか?そ、そんな訳ないです。こ、コイツ以外にも姐さまや皆んなを殺した敵は大勢います。そ、ソイツらを全員ミンチにしなきゃ、わ、私は…いや、それでもこの怒りが収まるのか…」
そう言ってルナーは再び憤怒の表情を見せる。その底知れない怒りのオーラはセイナですら一筋の汗を流すほどだった。
しかしそれと同時、セイナの脳裏にある考えが浮かぶ。
(これは…もしかしたら…)
セイナはニヤリと笑みを浮かべ、ルナーに右手を差し伸べる。
「それなら私たちと一緒に復讐しましょう。ホランさんと、死んでいった方々の分までね。」
「…ふ、復讐…」
「おい、それは!」
フィンセが口を挟もうとするのをセイナは無視する。
「私たちは死んだ人間に力を与える事が出来る。今の貴女なら分かるでしょう?与えられたこの力の凄まじさを。」
「…ち、力…」
「既に死んでしまったこの村の人たちを生き返らせ、全員でこの世界をぶっ壊すの。今まで貴女たちが受けてきた理不尽を、それを与えたクソどもにやり返すのよ。そしてこれからは私たちの、私たちによる、私たちの為だけの世界を創りましょう。」
その時、フィンセが再び割り込む。
「ま、待て!この村を我々の目的に巻き込むな!そんな事はホラン母さまが認める筈がない!」
「確かにそうね、でもそのホランさんはもういないわ。私はルナーさんに聞いているのよ。今のこの村の代表である彼女にね。」
「貴様…屁理屈を!そんな事はこの私が」
「フィンセちゃん、少し黙って!」
セイナに詰め寄ろうとしたフィンセをルナーが大声で制止した。
「しかし、ルナーさん!」
「ふぃ、フィンセちゃんの気持ちも分かります。た、確かにホラン姐さまは認めないでしょう…わ、私だってそんな事は分かっています。……で、ですがそれでも私はこの怒りを抑えきれない。ね、姐さまをあんな風に殺したアイツらを!た、高みの見物をしている貴族も!そ、それを貴族と認めている王も!民も!!絶対に許さない…わ、私たちが受けた苦痛を10倍にしてその身に刻みつけなければこの怒りは治らない!!」
そう言ってルナーはセイナの手を握った。
「わ、私たちの悲しみ、怒りを貴女たちに託します。だ、だから私たちに力を…」
そう言ってルナーはセイナに跪いた。
そしてセイナは狂気的な笑みを浮かべる。
「いいわ!貴女たちの悲しみと怒りは受け取ったわ。後は私たちに任せなさい。」
焼け焦げた村の広場、瓦礫を積み上げて作った高台の上にセイナが立つ。
「うーん…壮観ね…」
セイナが見下ろす先には蘇らせたばかりの女たち。連れて行かれていたところをニューズたちが助けた女たちも含めて総勢87人の『魔女』。全員が綺麗に整列し、セイナの言葉を静かに待っている。
「さて…全員揃ったわね。」
そしてセイナは大きく息を吸い込み、その右手を高々と掲げた。
「さぁ!それじゃあ、始めましょうか!!私たちの復讐を!!!私たちの世界征服をね!!!!」
この日、この瞬間、これから世界を揺るがす『魔女』たちが動き出したのである。
次話からが最終章です。あと10話前後で完結予定です。




