祝福
夜の森の中、セイナは目を瞑って己の魔法を確認する。集中力を高める事で数100メートル先の様子まで確認出来る。更に、足元に落ちていた枝に触れると、その枝を瞬間移動させる事が出来た。
「はぁ…私、ホントに『魔女』に…」
「むにゃむにゃ……zzz」
困り顔をするセイナの隣ではリパーナルが鼻提灯を作って熟睡していた。
「コイツ…なんかムカつくわね…川の上にでも落としてしまおうかしら。」
そんな事を考えながらセイナも横になった。
「それにしても【死者を『魔女』にする魔法】か…国に知られたら一大事ね。」
「zzz」
「はぁ…考える事が山積みね。先ずはママとカイルに会いたいわね。数ヶ月もの間、心配をかけたでしょうから…それから私たちがどうするか、ね。見た感じこの子は何にも考えてないだろうし、私がしっかりしなきゃ…」
「zzzz」
「……えい。」
セイナはリパーナルの鼻提灯を指先で突いた。すると、リパーナルが飛び起きる。
「っ!?て、敵!!…あれ?いないの?」
「いないわよ、ここには私しかね。」
そう言って笑うセイナを見て、リパーナルは頬を膨らませて怒りを露わにする。
「セイナァ〜、せっかく気持ちよく寝てたのに何するのよ!!」
そう言ってリパーナルがセイナに詰め寄ってくる。しかしセイナはその額に右手を伸ばして、近づけさせない。
「あはは…ごめんて。」
「ぷぅう!!許さない!!セイナのバカァ!!」
暗い森の中、2人の女のじゃれあいは5分ほど続いた。そして暫く話した後、リパーナルが先に眠ってしまい、セイナもそのまま隣で就寝したのだ。
ーー朝ーー
「ふぁああ…うーん!!」
先に目覚めたセイナが辺りを見渡すと、明るい朝の日差しが差し込んでいた。ここ数ヶ月は痛みや疲労でまともに眠れていなかったセイナは地べたでも熟睡できた。隣で未だ寝ているリパーナルを見て、再び寝ようかと考えたが、やっぱり起きる事にした。
「リパーナル、起きて。そろそろ出かけますよ。」
「後1時間……」
「……このぉ!」
セイナはリパーナルの身体を弄り始めた。それにより目を覚ましたらリパーナルは大声を上げる。
「あははっ!!ちょ、セイナ!!やめてってばぁ!!」
「このこのぉー!昨日のお返しだぁ!」
「あはははっは!!…っ!?」
ガサッ!
そう言って2人が大声を上げていると、近くの茂みから音がした。リパーナルは咄嗟にセイナに抱き付き、背後に隠れる。セイナは能力の発動準備を整えて臨戦態勢を取った。
「……こんにちは〜。」
茂みの中から現れたのは兵士風の男だった。その優しそうな顔と若さに少し毒気を抜かれた2人だったが、警戒は怠らない。
「…アナタ誰?何の用?」
「いや、用って程じゃ無いですけど…森の巡回中に声が聞こえたので来てみたんですよ。こんな所で女2人、何をやってるんですか?」
「……それは貴方には関係ないでしょ。いいからほっといて…」
明らかに王国の兵士である目の前の男との関わりを避ける為にセイナはその男を追い払おうとする。しかしリパーナルはいきなりセイナに横から抱き付いたのだ。
「私たち恋人なの!!だから、誰にもバレない森の中で愛を確かめ合って」
「何!?恋人?」
「よーし、ちょっとコッチに来なさーい。あ、兵士さんは少し待っててくださいね。」
セイナは笑顔でリパーナルの首根っこを掴み上げて少し遠くへ運んだ。
「ぐへぇ…何で!いいじゃん!恋人でも!!」
「良いワケないでしょ!!大体私たちは会ってまだ数時間しか経ってないのよ!!それで恋人は絶対におかしい!!」
「でも、私はセイナの事好きだよ。えへへ。」
「な!?…そんな恥ずかしい事を人前で堂々と…」
顔を赤くしたセイナは目を逸らした。その様子を見に来た兵士もやれやれと言った表情を見せる。
「分かった分かった、この世界で同性愛は珍しくないからな。信じますよ。」
「うぅ…信じないでぇ…」
「わーいわーい!セイナ、大好きー!」
「ふんっ!」
「グヘッ」
そう言って抱きつこうとしたリパーナルの頭を掴んで無理矢理引き剥がした。
「ふーむ…それにしてもそっちのお嬢さん、何処かで見たような気がするんだが…気のせいか?」
兵士はセイナを指差してそう答える。
「近くの街に住んでるので、そりゃ会ったことありますよ。ね、…ええっと…り…パーナ!」
名前を誤魔化す為にセイナはリパーナルの事を適当に[パーナ]と呼んだ。それを聞いてパーナは嬉しそうに飛び跳ねる。
「パーナ!!うん!私はパーナ!!パーナパーナ!!ありがとセイナ!!この名前、すごく気に入った!!」
「あはは…それは良かった…」
適当に呼んだその名前にそこまで喜ばれるとは思っておらず、セイナは少し罪悪感に駆られたのだった。
「ふむ、同姓の恋人とはここまで仲が良いのだな。ウチの妻とは大違いだ。」
兵士はそう言って左手の指輪を見せる。
「奥さん、いるんですね。若いのにおめでたいです。」
それを聞いて兵士は顔を赤くして頭を掻く。
「いやぁ、俺はこんな仕事ですから。いつ死んでもおかしく無い、俺の職業を聞いた女の子たちは皆んな離れて行きましたよ。でも、今の妻だけが俺を支えると言ってくれたんです。それが本当に嬉しくて…」
「へぇ…良い奥さんなんですね。」
「いえいえ、全然そんな事ありませんよ。ウチに帰ったら掃除しろ洗濯しろと毎日のようにガミガミうるさいんです。妻は料理も下手だし、器量も良くありません。…でもね、俺の世界で1番大切な女性なんです。こんな世界ですから、俺が死んだら妻ももうすぐ産まれてくる赤ん坊も路頭に迷ってしまいます。だから、俺が頑張らなきゃ…」
その話を聞いてセイナには思うところがあった。セイナも父親を失った事で人生が一転し、極貧生活を余儀なくされた。それを思い出すと、目の前の男に親近感が沸いてきた。
「そうですね、頑張ってくださいよお父さん!」
「よっ、頑張れパパ!」
セイナのよいしょにパーナも乗った。男は更に顔を赤くした。
「あはは…お恥ずかしい…そうでした、ここで会ったのも何かの縁です。街まで一緒に帰りませんか?案内しますよ。」
「そうですね、お腹も減って来たので是非お願いしましょうかしら。ね、パーナ。」
「はいはーい、さんせー!」
「では、2人とも俺に着いて来てください。」
そう言って兵士は森の中を歩き出した。2人もそれに続いて森の中を歩いた。
「いやぁ…それにしても2人とも凄く美人ですよね。こんな美人と出会っていたらナンパしてるはずなんだけどなぁ…」
「ナンパですか、奥さんに言いつけますよ。」
「おっと、こりゃ失敬。それだけは勘弁してくださいよ、あはは…」
「兵士さん、赤ちゃんはいつ産まれるの?」
「そうですね…いつ産まれてもおかしく無いとは医者から言われているので、もしかしたら今この瞬間にも…」
「そうだったんですか、すみませんね。私たちのせいで。」
「いえいえ、男は仕事優先。頑張った妻に高いプレゼントを買ってやるのが良い男ってモンでしょう。」
「やっぱりモテる男は違いますね。私の弟なんか…」
その瞬間、兵士の男の懐から音が鳴る。
「おっと、本部から連絡です。何かな…」
男は水晶のような物を取り出してそれを覗き込んだ。
「連絡水晶ですか、何の連絡ですか?」
セイナが兵士にそう尋ねるが、兵士は水晶を覗き込んだまま何も喋らない。それどころか次第に冷汗が垂れ始める程だ。
「……な、何でもない……まさか………いや!何でも無いからな!!」
顔を汗でびっしょりにした男は震える声を押し殺してそう訴えた。
「大丈夫ですか?本当に何か…」
「う、うるさい!!何も無いと言っているだろう!!……す…すみません、少しここで待っていてくれませんか?わ…私は用事が出来たので……すぐに戻りますから!!」
そう言って男は一目散に走り出してしまった。それを見てセイナは首を傾げるが、パーナは暗い表情になる。
「どうしたんだろう…子供が産まれたのかな…」
「セイナ…あの人…多分私たちの正体に気付いたんだよ。」
「…えっ!?何ですって!?」
「ひぃ!!」
その大声を聞いて兵士はコチラを一瞥した後に全力で駆け出した。その様子を見てセイナも確信する。
「どうするのよ!!私たち顔も見られちゃったわ!!」
「……どうするも何も無いよ。私の事がバレたら2人とも直ぐに捕まっちゃう。セイナはそれでいいの?」
捕まると言われてセイナの頭の中にあの時の光景がよぎる。地獄を超えた地獄、何度自殺を考えた事か、それでも自殺をする気力すら残らないほどの地獄、セイナの魂に刻まれたトラウマは生き返っても消える事は無かったのだ。
「良いワケないじゃない!!もうあんな地獄はゴメンよ!!」
「…そうだよね…私も同じだよ。…なら、やる事は一つしか無いでしょ…」
パーナの深刻そうな顔をしながら走り去る兵士の方を無言で指差す。それを見てセイナもその意味を理解した。
「そんな!!そんな事、私には出来ない!!だって…だってあの人は何にも悪く無いじゃない…」
「……」
必死に訴えるセイナの言葉に対してパーナは何も言わない。無言でセイナの目を見続ける。
「…いや…いやよ!!だってあの人にも家族がいて、子供だって!!………」
「…私の能力は【死者に力を与える事】だけ、私には何の力もないの。だから私は何も出来ない。だから……セイナがやるしかないの。お願いセイナ……私を助けて。」
その真剣な眼差しを受けたセイナの頭の中はグチャグチャになる。
「…パーナ………っ!!」
その瞬間、セイナは走り去る兵士へ向けて右手を翳した。そしてそのまま能力を発動させ、兵士を目の前に瞬間移動させた。
「はっ!!ひぃ!!」
2人の目の前に現れた兵士は尻餅をついて怯える。
「兵士さん!!私は貴方を殺したくありません!!だから…私たちの事は黙っていると約束してください!!お願いします!!」
セイナは兵士に頭を下げた。しかし錯乱状態にある兵士の男はその言葉など耳に入っていなかった。
「ひぃ!!し、死にたくない!!お、お助けをぉ!!」
咄嗟に立ち上がった男は、再び背を向けて遠くへ走り出した。その姿はまるで食べられる前の獲物であり、どんどんと遠くへ逃げていく。
その姿を見てセイナの頭の中は更にぐちゃぐちゃになる。
「…うぅ…うわぁああ!!!」
セイナは叫びながら再び男に向けて手を翳し、能力を発動させた。
「え…うわぁああ!!」
今度は2人の前ではなく、2人の上空に転移させた。兵士の男は発狂しながら地面に向けて落下していく。セイナはその叫びが聞こえないように耳を塞いでいた。そんな抵抗虚しく、セイナの耳には男の叫び声がハッキリと聞こえていたのだ。
「ぅ!わぁああ!!…ア、アスリ
グチャッ!!!!!!
耳を塞いでも聞こえて来たその音は、男の命が失われた事を知るには十分過ぎる大きさだった。
セイナは何も見たくないと、後ろを見ながら目を瞑ってうずくまった。
「わ…私が…わたしが…わた…わたし…わたし…………ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい………」
壊れた人形の様に謝罪を繰り返すセイナだが、背後の男が何かを発する事は無かった。それでも、初めて自らの意思で人を殺し、錯乱するセイナは謝る事しか考えられなかった。
明らかにまともな状態では無いセイナを見て、パーナはセイナの背中を優しくさすった。
「セイナ…仕方なかった。私たちが生き残る為にはこうするしか…」
パァン!
セイナはそんなパーナの手を払いのける。
「何が仕方ないよ!!そんなワケないでしょ!!どんな理由があっても誰かを殺す事が正当化されるハズない!!気休めはやめて!!」
その時のセイナの顔は涙でぐちゃぐちゃに濡れつつも、自分とパーナへの怒りで満ちた表情だった。
「……セイナ…ごめんね、私のせいで…貴女にこんな業を背負わせちゃった…それにこれからも…」
「はっ!そうよ!貴女、死者を生き返らせられるんでしょ!!なら、この人を生き返らせてよ!!そうしたら私が何とか説得を!!」
妙案を閃いたセイナの目に一筋の希望が宿る。しかしパーナの表情は変わらない。
「無理だよ…私が生き返らせられるのは[無能力の女の子]だけなの。だから…」
「何でよ!!何でそんな能力なのよ!!ワガママ言ってないで何とかしなさいよ!!ねぇ!!ねえってば!!」
「……」
セイナはパーナの胸ぐらを掴むが、パーナは何も言わない。それによってパーナが嘘をついていないことをセイナは理解した。もう元には戻らないのだと。自分が目の前にいる彼を殺した事実が覆る事は無いのだと。
「そ…そんな……私が……この人を………」
バタッ!
「っ!セイナ!!セイナ!!」
あまりのショックにセイナは気を失ってしまった。倒れたセイナにパーナは何度も呼びかけるが、セイナが目覚める事は無かった。
「ううっ!!」
「おめでとうございます!アスリンさん!!元気な男の子ですよ!!」
「はぁはぁ…ありがとうございます。…良かった…男の子で…」
「ええ、早く旦那さんにも報告してあげましょう。」
「…えぇ、そうですね。楽しみだわ…ねぇ、アナタ…今日は早く帰って来てね…2人で待ってるから…」
パーナの能力は死者(無能力の女限定)を『魔女』として蘇らせる能力であり、本人は何の能力も無いただの雑魚です。なので、蘇らせた『魔女』にくっついていく事しか出来ません。
因みに『魔女』はあくまでも自然に(遺伝で)産まれてくるのが基本で、パーナ産の『魔女』は特殊です。




