侍
〜数年前〜
「う、美味い!これは何と言う料理なのだ!カレスティア殿!」
「これはねー、ハンバーグって言うんだよ。美味しいでしょ!」
「うむ!こんなに美味しい物は初めて食べた。生き返らせてくれて感謝するぞ、カレスティア殿!」
「えへへ…それほどでも…」
〜別の日〜
「うぇええん!痛いよぉー!!フィンセぇ!!」
「大丈夫だ、すぐに治してやる。だから泣くんじゃない。」
「うぅ…うん、ありがとフィンセ。」
「全く…カレスティア殿はそそっかしくていつも不安になる。もう少し落ち着きをだなぁ…」
「いいもーん。私が怪我してもフィンセに治してもらうから!フィンセは優しいから、頼りにしてるの!」
「わ、私は優しくなどないぞ。…ただ…その…友達が困っているから助けているだけだ。」
「友達…うん!そうだね!私たち、親友だもんね!フィンセ、大好きー!」
「ちょ、抱きつくな!は、恥ずかしいではないか…」
「あ!フィンセが照れた!わーいわーい!!」
「わ、私は照れてなどいないぞ!コラ!逃げるなぁ!」
「あははは!!フィンセが怒った!!逃げろ逃げろー!」
「待てぇ!!」
〜別れの日〜
「それでは故郷へ行ってくる。」
「うん、気を付けてね。」
「うむ。…故郷まで数ヶ月…もしくは数年かかるやもしれん…それまで待っていてくれるか?」
「もちろん!約束するよ!だって、私たち友達でしょ!」
「ふふ。では私も約束しよう。私の最も尊敬する侍である父と私の最も愛する母の名に誓って、必ず戻ると。」
「行ってらっしゃい!フィンセ!」
〜そして現在〜
「ピーレぇ!大丈夫ですの!?」
斬り伏せられたシピーレの元に駆け寄るララメルクだったが、シピーレは何事もなかったかのようにムクリと起き上がる。
「全く問題ございません。私は不死身ですから。」
「そ、そうでしたわね…よかったですわ。」
安心したララメルクはため息を吐いた。するとアンリーザも2人の元に近づいてくる。
「全く…セイナは人使いが荒いさね。いくら不死身とはいえ、シピーレを囮として使うなんてね。」
「先ほどで使われた煙玉、アレは私の常備していたモノでございます。アレをあそこまで効果的に使うとは…感服いたしました。」
そう言って3人はセイナの方へ視線を向けた。
「イッタぁ!!くぅ〜!」
セイナは自身の左手を押さえながら悶絶する。フィンセを倒した最後の左ストレート、強烈な威力でフィンセの顎を打ち抜いたその左拳は皮が捲れて血が流れていた。
「セイナぁ!大丈夫?」
そんなセイナの元にパーナが駆け寄ってくる。パーナは懐から包帯を取り出してセイナの手に巻き付けていく。
「い、痛い痛い!パーナ!もっと優しく!」
「セイナのバカ…無茶ばっかりして…死んじゃったらどうしようって…」
パーナの目からは涙がこぼれ落ちる。それを見てセイナはパーナを抱きしめる。
「心配かけてごめんなさい。それでもコイツは私がやらなきゃって思ったの。何でかは分からないけどね。」
そう言ってパーナを離したセイナは遠くに倒れたフィンセの方へゆっくりと歩いていく。
「ふぅ…この勝負、私の勝ちよ。」
「………」
しかし既に気を失っているフィンセは微動だにしない。
「って、聞いてないわよね…」
他に伏すフィンセを見下ろすセイナはその右手に握られ続ける刀に目がいった。
「そうだわ。最期は刀でトドメを刺してあげるわ。感謝しなさいよ…って…ん?」
フィンセの右手から刀を取り上げようとしたセイナはその違和感を感じとる。完全に気絶しているはずのフィンセの右手から刀が離れないのだ。その様子を見たパーナが口を開く。
「気を失っても離さないなんて…フィンセ…貴女やっぱり…」
その時のパーナの表情は悲しみに満ちていた。
「ふんっ…離さないなら仕方ないわね。ちょっと残酷だけど、首を落とさせてもらうわ。」
そう言ってセイナは倒れたフィンセの首に手をかけた。
そしてトドメ刺すべく魔法を発動させようとしたその時、パーナがセイナの腕を掴む。
「待って、セイナ!」
「ん?どうしたのパーナ?」
「……」
セイナの問いにパーナは言い淀んだ。
しかし呼吸を整えた後、ゆっくりと話し始める。
「……セイナ……フィンセを…ここでフィンセを殺すの?どうしても殺さなきゃダメ?」
「パーナ…」
パーナの消え入るような声にもセイナは堂々と答える。
「ええ、どうしてもダメね。コイツは私たち全員を殺そうとした。特にパーナ、貴女をね。だから許さない、絶対に。」
そう言ってセイナはフィンセを強く睨み付ける。その殺気は怪我をしてもなお衰えていない。
そんなセイナに恐怖しながらもパーナは必死に言葉を紡ぐ。
「で、でも…誰もまだ殺されてないよ…大怪我してまで戦ってくれたセイナにこんな事言うのは悪いって思ってるけど…私、まだフィンセを死なせたくない!」
パーナの真剣な瞳を見てもセイナの態度は変わらない。
「いくらパーナの頼みでもそれは無理よ。フィンセを生かしたら後で必ず私たちを殺しにくるわ。再生能力を持ったコイツは拘束するのも脅すのも不可能。だから気を失っている今殺すしかないの。」
そう言ってセイナはフィンセの首を握る手に魔力を込めようと…
「お願い!セイナ、待って!フィンセは悪くないの!フィンセは本当に辛い事が沢山あって心が壊れちゃっただけなの!フィンセは皆んなと同じなんだよ!だから!」
パーナは涙ながらに必死に訴えた。それを見て流石のセイナも一度殺気を霧散させる。
「…何があったのよ。コイツに…」
「…フィンセは………
パーナはフィンセの事について知る限りの事をセイナに話した。
………。だからフィンセは両親を奪われる悲しみを他の誰にも経験してほしくないだけなの!だから!」
「話は理解したわ。でも、それじゃあコイツの理想の為に私たちは全員死ななくちゃならないって事?既に家族もいない私やアンリは死んで何の意味があるの?それが一体誰のためになるって言うの?ねぇ、教えてよパーナ。」
「そ、それは…」
「はぁ…悪いのはパーナや私たち『魔女』ですって?はっ、その考えには反吐が出るわね。おかしいのはどう考えてもこの狂った『世界』の常識そのものに決まってるじゃない。それを全てぶち壊す為に私たちは旅をしてるの。全てを諦めて『魔女』のせいにしたコイツには同情の余地なんて無いわ。コイツに殺された『魔女』たちの恨みも込めて、首だけじゃなくて全身バラバラに…」
そう言ってセイナが怒りの表情を露わにした時、セイナが徐にセイナの背中から抱きついた。
セイナはもう振り返らない。背中に抱きつくパーナの感触を感じてなお、怒りを隠さずに静かに呟く。
「……離して、パーナ。」
「…いやだ。」
「離しなさい。幾らパーナでも怒るわよ。」
「………いやだ!」
「今からコイツをバラバラにする。邪魔しないで。」
「………」
もうパーナは何も言わない。強く、ただただ強くセイナを抱きしめる。
「……パーナ…」
(普段控えめな貴女がそこまでするなんて…でもコイツは…)
セイナはしばらくそのまま悩んだ後、大きなため息を吐いた。
「はぁ〜、分かったわよ。私の根負けね、パーナにはやっぱり敵わないわね。パーナのしたいようにすれば。」
そう言ってセイナはフィンセの首から手を離した。それを見てセイナの背中に顔を埋めていたパーナは満面の笑みでセイナの顔を見上げる。
「〜ッ!!セイナ、ありがと!…大好き!」
パーナはセイナの怪我も忘れて思い切り抱きしめた。
「イっ!い、痛いって…もう…パーナったら…」
ここはどこだ…
フィンセが立っていたのは真っ白な空間だった。そこには人どころか何の物質も存在していない。明らかに現実世界では無いこの空間を見て、フィンセは己の状況を悟る。
〔そうか…私は死んだのだな…〕
フィンセは先ほどのセイナとの戦いを思い出していた。
〔私は何故負けたんだ…能力はほぼ互角、しかし経験と身体能力の差で私が有利だったはず…なのにどうして…〕
【それはお前と彼女の心の強さの差だ。】
その時、フィンセの背後から声が聞こえた。
〔だ、誰だ!?〕
咄嗟に振り返ったフィンセはその人物の顔を見て絶句する。
〔…え……あ…貴方は……父上!!〕
フィンセが見つめる先にいたのはフィンセの父親だった。
【久しぶりだな、フィンセ。】
〈父上!お久しぶりです!どうしてここに!いや、そんな事よりも会えてよかった!私は……あ…〕
久々の父親との再会に歓喜するフィンセだったが、咄嗟に自身のした事を思い出す。フィンセの両親はフィンセが『魔女』になったせいで殺されたのだ。その事に責任を感じていたフィンセは父親に近付く足を止めて下を向く。
〔父上…私は…私は取り返しがつかない事を…父上が死んだのも…全て私が…〕
【アレはお前のせいじゃない。だから気にするな。】
〔そんなハズがありません!私が2人の言う事を聞かなかずに家を飛び出したから!私が死んで『魔女』になったから!だから2人は!町の皆んなは!!〕
【お前は悪くない。】
〔違います!私が全て悪いんです!私という『魔女』が全て悪いんです!私が『魔女』にならなければ!『魔女』さえこの世にいなければ!!だから私が!〕
パチンッ!!!
〔えっ…〕
いきなり頬を叩かれたフィンセは混乱する
【黙りなさい、フィンセ。】
〔えっ……は…母上!〕
フィンセをビンタしたのは父親と同様に死んでいるはずの母親だった。しかしその母親の顔は険しい。いつも優しかった母親からの初めてのビンタはフィンセの心を更に砕いた。
〔やっぱり母上は私のことを恨んでいます…よね…本当に申し訳あ
パチンッ!!
2度目の母親からのビンタにフィンセは膝をついて倒れる。
〔は…母上…〕
顔を上げたフィンセは目の前の母親を見上げた。フィンセを見て、母親は淡々と言葉を紡ぐ。
【貴方のせいで私たちは殺され、全てを奪われました。それもこれも貴女が私たちの言う事を聞かなかったからです。もう貴女など私の娘ではありません。2度と顔を見せないで。】
そう告げる母親の表情は失望だった。それを見たフィンセは痛む頬を抑えながら逃げるように母親から目を逸らす。
〔申し訳ありませんでした…母上…私はもう…2人の娘にはなれない…ですよね……本当にすみませんでした…〕
そう言って母親に背を向けて歩き出そうとしたフィンセだったが、次の瞬間、母親がフィンセを背後から抱きしめる。
〔え…〕
【そんな事、私が本気で言うとでも思ったの?貴女はやっぱり真っ直ぐで良い子だわね。】
〔は…母上…〕
【貴女の事はこれっぽっちも恨んでいないわ。私の大好きなフィンセ、誰が何と言おうと貴女は大切な私たちの娘よ。】
その時、父親もフィンセの肩を掴む。その父親の顔は優しい笑みだった。
【その通りだ。あまり俺たちを甘く見るんじゃない。お前が何と言おうが、お前は俺たちの愛する娘だ。】
その時、フィンセの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
〔父上…母上…ありがとうございます……私は…今…救われました…〕
トンッ!
その時、突然フィンセは母親と父親から肩を押された。すると先ほどまでただの白い地面だった場所が底のない穴になっており、フィンセは背中から落ちていく。
〔父上!母上!待ってください!私もそっちへ!〕
落下していくフィンセは段々と小さくなっていく2人の姿に手を伸ばした。
【貴女にはまだ早いわ。私たちは気長に待ってるから。頑張りなさい。】
【フィンセ、父としての最期の教えだ。胸を張って生きろ!そして胸を張って死ね!……もう間違えるなよ、フィンセ!】
「父上!母上!」
「うわっ、びっくりしたぁ…」
いきなり飛び起きたフィンセにパーナは驚く。
「はぁっはぁっ…今のは…痛っ!!」
状況が掴めていないフィンセはセイナに殴られて腫れた顎と頭に痛みを感じる。それでようやく先ほどまでの事が夢であったと理解した。
「はぁ…何だ…夢だったのか…」
そんな様子を見て心配そうにパーナが口を開く。
「あ…あのね、フィンセ。話があって…」
スッ…
その瞬間、フィンセはパーナの首を鷲掴みしていた。
「うっ!」
「はぁはぁ…何故、貴女が私の目の前に…」
パーナの首を掴んだまま、フィンセは周囲を確認する。そこは先ほどの平原であり、セイナを含めた他の『魔女』の気配は近くになかった。
「フィ、フィンセ…私は…」
「カレスティア殿(パーナの名前)、これは誰の差し金か知らないが、またとない好機だ。ここで貴女を殺させてもらう!」
「……うう…」
パーナは抵抗しようとバタバタ暴れるが、フィンセの膂力には到底及ばない。
「……」
そんなパーナの姿を見て、フィンセの心に漣が立つ。
(…何故だ…何故、私はカレスティア殿を殺そうとしている?)
心に疑問を抱えながらも、己に課した使命に駆られるフィンセは少しずつパーナの首を掴む力を強めていく。
「ふぃ…フィンセ…少しだけ…で…いいから…私の話を……うっ…」
苦しそうにもがくパーナだったが、フィンセの力には全く抗えない。フィンセは片手で頬を治療しながらパーナに問いかける。
「貴女が…貴女が私を生き返らせたせいで私の両親は…大好きだった父と母が死んだ…貴女が私を…身勝手にも生き返らせたせいで…貴女さえいなければ!」
(父と母が死んだのは私が家を飛び出したせいだ。パーナは何も悪く無い!)
胸の中で昂る感情を心の中に押し殺し、フィンセの表の感情は全ての元凶であるパーナに対しての怒りに染まっていく。
「うっ…そ…それは…わ、私が…」
「貴女が私を蘇らせなければ、父上と母上が死ぬこともなかった!貴女が私を!…どうやってその責任を取ってくれる!父上と母上はもう!」
(私が死んだままであれば母上は病気で死んでいた!母上を病気から救えたのはこの方のおかげだ!責任などあるはずもない!)
分かっていた、全て最初から。だが今まで数多の『魔女』やその関係者を殺してきたフィンセの心に刻み込まれた使命がそれを認める事を良しとしない。全ての元凶であるパーナを殺す事が正義だと思わずにはフィンセの心はもう維持出来ないのだ。
「だから私は貴女を殺す!私から家族を奪った貴女を!今!ここで!」
(やめろ!殺してはいけない!!その人は私のたった1人の!!)
その時、フィンセの目から一筋の涙が流れ落ちる。それはフィンセの矛盾した本心からの救援信号だったのだろう。
(誰か…………私を…助けてくれ……)
そんなチグハグな状態のフィンセを見て、パーナの目からも涙がこぼれ落ちる。
「…ごめん…全部私が悪いよ…本当にごめん…なさい…」
「……カレスティア殿…」
首を絞められて意識が薄れつつあるパーナは涙ながらに謝罪する。そんなパーナの様子を見てフィンセは奥歯を噛み締めながら言葉を紡ぐ。
「何故だ…何故謝る…私が理不尽だと思わないのか…貴女は私を蘇らせただけ…父と母の死には何の関係もない…そして再び命を助けたこの私に殺されそうになっている!こんなのおかしいだろう!何故だ!…何故何も言わない!何故謝るんだ!」
フィンセは最初から気付いていた。自身の理念である【『魔女』こそが全ての悪である】という事は両親の死を正当化する為の詭弁である事に。そしてパーナを含めた他の『魔女』に何の責任もない事を。
生きる事を諦めたフィンセが最期に見つけたこの生きる意味。これを否定してはフィンセにはもう何も残らない。だからこそフィンセは止まれなかった。本心では分かっていても、生きたいと渇望する肉体がそれを肯定したのだ。
それに対してパーナは優しく笑みを浮かべる。
「…フィンセは…やっぱり優しい…ね……ごめんね…フィンセ…私のせいで…だからもう終わらせよ…私を殺して…全てを…」
そう言ってパーナは抵抗していた手を離し、優しく目を閉じる。
「何故だ!何故そんなことを言う!違う!貴女は何も悪くないんだ!!悪いのは全部私で、父上と母上が死んだのも全部私が悪いんだ!なのに何故!何で!!どうして!!!貴女は自分のせいだと言うんだ!!」
目を迸らせたフィンセはパーナを押し倒し、馬乗りで首を絞めながら叫んだ。
「…私は…皆んなが大切だから…大好きだから…私には皆んなしかいないから…だから……
…ありがとう…フィンセ…私と友達になってくれて。」
「…はぁはぁ……わぁ…わ…私は…私はぁ!!」
その瞬間、狂気に飲まれたフィンセは掴んだ手に魔力を込めた。
「ぁああぁあ!!
そしてフィンセの魔法が発動する直前のその刹那、フィンセの脳裏に父の言葉が蘇る。
【胸を張って生きろ。】
(父上…私は……貴方の…)
「……えっ…」
死を覚悟していたパーナだったが、突然フィンセの手から力が抜ける。
「…父上…母上…すみません…私はまた間違いを犯すところでした。」
フィンセはパーナから手を離した。そして先ほどまでの狂気に満ちた表情は一変し、その表情は清々しいものだった。
「フィンセ…何で…」
パーナは倒れたまま動かずにフィンセにそう質問する。
「思い出した…私は昔、侍に憧れていたんだ。強さはもちろん、その生き様、決してブレない己の義に生きる、父上のような格好いい侍に。」
「…そうなんだ…」
「ああ、だから私は貴女を殺せない。だって貴女は…初めて私を友と呼んでくれたから…」
「…ふふっ、そうだったね。覚えててくれてありがと、フィンセ。」
パーナはゆっくりと起き上がり、フィンセに満面の笑みを見せる。
(あぁ…これだ…この人のこの屈託のない笑顔に私は救われていたのだな…)
それを見てフィンセも何年振りかの笑みを見せた。
「おかえり、フィンセ。約束、守ってくれたね。」
「ただいま、カレスティア殿。だいぶ遅くなったがな。」
2人は数年ぶりの約束を果たしたのだった。
約束を果たしたフィンセは一つ息を吐いてから、その場で正座し、真剣な顔でパーナに向き直った。
「…カレスティア殿……友として…最期にケジメを付けさせてもらおう。」
「フィンセ?」
その時、フィンセは懐から小さな刃物を取り出した。そして右手に魔力を集めると、どこからかその手にフィンセの刀が収まる。
「えっ、フィンセ?一体何を…」
刀を手に収めたフィンセを見てパーナは動揺する。しかしフィンセに先ほどのような殺気は一切ない。
そして徐に立ち上がったフィンセはパーナに向かって片膝をつき、頭を下げる。
「カレスティア殿、私の身勝手な理由で貴殿らを攻撃し、あまつさえ殺そうとした事。今ここで詫びさせてほしい!」
フィンセは着ていた袴(上半身)を脱ぐ。そして上半身は胸に巻き付けられた晒し(胸に巻いた布)のみとなった。
「フィ、フィンセ?詫びるって一体…」
混乱するパーナに対して、フィンセは右手の刀を差し出す。
「カレスティア殿、最期に虫の良い話かも知れませんが介錯(腹を切った後に痛みや苦痛を終わらせる為にその者の首を切り落とす事)をお願いしたい。」
「えっ!…介錯って…えっ!?」
咄嗟で刀を受け取ってしまったパーナはその意味を理解し、混乱する。
「ではお目汚し、失礼する。」
そう言ってフィンセは左手に持った刃物を自身の腹に向けた。そして数回深呼吸をした後、その手に力を込める。
(父上、私は貴方の教えを守る事が出来たでしょうか。最期に少しでも侍らしく貴方の元へ参ります。母上、すみません。貴女に頂いたこの命、私自身の手で捧げることをどうかお許し下さい。)
フィンセは天へ掲げたその刃物を自身の腹めがけて思い切り振り下ろした。
「カレスティア殿、さらばだ。ふんっ!」
……ガバッ!
「ちょちょっ!ちょっと待ってぇ!!」
フィンセが腹を切るその直前、パーナはフィンセに飛びついた。
「うぉっ…カレスティア殿…一体何を…」
「もうー!いきなり服を脱ぎ出して何をするかと思ったら!何物騒な事しようとしてるの!…こんなの…ポイっ!」
パーナはプンプンと怒りながら尻餅をついたフィンセから刃物を強引に奪い取って遠くに捨てた。
「何をするんだ…これは私の故郷に伝わる最大限の謝罪である【切腹】だ。大きな迷惑をかけた貴女には命を持って謝罪するしかないと…」
「何でそうなるのよー!!いきなり腹なんか切られて、私が満足するわけないでしょー!!」
パチン!
パーナはフィンセの左頬にビンタした。
「カレスティア殿…だが…私は…」
フィンセは申し訳なさそうな表情で下を向く。しかしパーナはフィンセの頭を持ち上げて無理やり目を合わせた。
「いい!?私は何も気にして無いから!!だから自分から死ぬなんて事、もう絶対にしないで!分かった!?」
パーナの必死の言葉にフィンセは目を合わせられなかった。
「だが、私は貴女たちに謝罪を…侍に憧れた者として、最期くらいは侍らしく…」
「侍らしくって言っても、死んじゃったら意味ないでしょ!天国のお父さんとお母さんも悲しむに決まってるよ!!」
「し、しかし…私が父上のような侍になるにはこれしか…」
その時、パーナは何かを思いついたように立ち上がった。
「よし!なら分かった!そんなに侍になりたいなら、私がフィンセの主人になってあげる!」
「主人?」
「そう!侍は誰かに仕えるのも生き方の一つでしょ?だからフィンセはこれから侍として私に忠義を尽くす事!はい!これで決定!」
「私が…カレスティア殿に…仕える…侍として…」
「そうだよ!もう何を言っても無駄なんだから!これは決定事項なのです!だからフィンセは死んじゃダメ!生きて私と一緒に…って、え!?」
その時、フィンセはボロボロに泣いていた。
「ど、どうしたの!?そ、そんなに嫌だった!?」
パーナは自身の身勝手な発言でフィンセを泣かせてしまったと思い、あたふたしている。
「うぅっ…そ、そう言うわけでは……」
「そうだよね…私みたいな何も出来ない雑魚女に仕えるなんて、嫌に決まってるよね…変な事言ってごめんね、もう主人にしろだなんて言わないから……」
しかしその瞬間、フィンセの感情が爆発した。
「ううっ…カレスティア…殿……いや、カレスティア様!…ご、ごんな私なんかを…侍と…うううぅっ!!ありがどうございまずぅ!!」
感情が爆発したフィンセは涙だけでなく、鼻水や涎も垂れ流し、その顔はぐちゃぐちゃに濡れていた。
「そ、そこまで泣かなくても…」
「いいぇえ!!是非、これから侍見習いとして貴女様に仕えさせてぐだざいぃいい!!!」
泣きすぎて少しおかしくなっていたフィンセに若干引いていたパーナだったが、汚れる事など気にせずにフィンセを優しく抱きしめた。
「…分かったよ。これからもまたよろしくね、フィンセ!」
「は、はいぃい!!ガレズディアざまのお役に立でるように頑張りまずぅうう!!」
「うげぇ!!強い!強いって!フィンセぇーー!!」
感激したフィンセに思い切り抱きしめられたパーナは、しばらく締め付けられた後、意識を失ったという。
「というわけで…フィンセが仲間になったよ!皆んな、拍手ぅ!!」
フィンセの魔法で治療されたパーナはフィンセを連れて7人の元に来た。
「フィンセ・アサヒだ。先ほどは大変無礼を働いた。陳謝する。」
魔法を使ってまで涙の跡を隠したフィンセだったが、未だに残る感動の余韻で鼻水が垂れそうになっていた。しかしそれをグッと我慢し、皆に頭を深々と下げた。
「いえいえ、誰も死ななかったんですから大丈夫ですよ。」
「そうさね、今回だけは見逃してやろうじゃないか。」
「何か以前と雰囲気変わりましたわね、フィンセさん。ねぇ、ピーレ。」
「はい、まさしくメルク様のおっしゃる通りかと。」
「仲間が増えて嬉しいね、エナ。」
「その通りですね、エマ。」
納得する6人だったが、唯一セイナだけは納得していなかった。
「ちょっと待ちなさいよ!わ・た・しは!無事じゃないんですけどぉ!ほらほら、見てよこの右腕!骨折どころじゃ済まない大怪我なのよ!今もずっと痛くて痛くて…それなのに、勝手に許すとかありえないんですけど!皆んなは許しても、私は許さないから!」
そう言って自身の砕けた右腕を見せびらかすセイナを見てフィンセが前に出る。
「先ほどは失礼した。非礼を」
「ああ、そんなのいいから。早く治して、ほら早く。」
フィンセの言葉を遮ってセイナは治療を催促する。謝罪を遮られた事でフィンセはほんの少しだけイラッとしたが、今は下手に出るべきだとそれを噛み殺して笑みを浮かべた。
「そうだったな。では早速…」
そうしてフィンセがセイナの右腕に触れると、セイナの右腕がたちまち元に戻った。
「はぁ…痛かったぁ…」
「セイナ殿、だったか。先ほどは本当に失礼した。私に出来る事であれば何でも…」
「ふーん…それなら…アンタも私の奴隷ね。これから一生。」
そう言って悪い笑みを浮かべるセイナを見て、フィンセはまた少しムカついた。しかし落ち着きを取り戻し、堂々と宣言する。
「それは出来ない。私は先ほど、侍としてカレスティア様に絶対の忠誠を誓った。この忠誠はたとえ私の身体を失おうと、記憶が無くなろうと、200年経とうと決して揺らぐ事はない。私の主人はカレスティア様だけなのだ!」
そう言ってフィンセは誇らしげにパーナの横に跪く。
「はぁ?パーナに忠誠?何言ってるの、アンタ。ていうか侍って何?奴隷とか愛妾の事かしら?だとしたらドン引きなんだけど。」
侍の意味をよく知らないセイナはそこまで悪気なくフィンセに突っかかる。
しかし自身の憧れである侍を馬鹿にしたような発言はフィンセの癪に触った。
「侍とは主人に絶対の忠誠を誓った武士のことだ。それと今後は我が主人、カレスティア様には不用意に近づかないで頂きたい。」
「はぁ?何でアンタにそんな事命令されなきゃいけないのよ。侍だか何だか知らないけど、新入りの癖にあんまり調子に乗るんじゃないわよ。」
「私がカレスティア様と出会ったのは貴殿よりも前だ。貴殿こそ、新入りの癖に調子に乗るのは謹んでもらおうか。」
「はぁ?誰が新入りですってぇ?私に負けてパーナに生かされた死に損ないが、いいご身分だわね。誰の慈悲で生かされてると思ってるの?」
「一対一ならどう考えても私の方が強かった。それに他者からくすねた煙玉や爆薬を使ったり、味方を犠牲にしたり、貴殿の戦い方は武士道とは掛け離れた邪道、恥を知るといい。」
「生憎、私はこれで生きてきたんでね。これからも変えるつもりはないわね。でもその邪道に負けたんだから、その武士道っていうのも大した事ないのね。」
「己を鍛える事もせず、その力に慢心している。その弛んだ肉体をどうにかした方が良いのではないかな?」
「アンタだってパーナに貰った魔法ばかりに頼ってたでしょうが。武士さん、その刀はただの飾りかしら?」
「…パーナとは何だ、偉大なるカレスティア様をそのような愛称で呼ばないでもらおうか、おチビさん。」
「ぶち殺すぞ、露出狂が。テメェこそ、パーナから離れろや。ああん!?」
「ちょうどいい、貴様とは白黒ハッキリせねばならんと思っていたところだ!」
煽り合いで怒りの頂点に達した2人は強烈な殺気を解放する。その殺気はなぜか、先ほどの死闘よりも濃いような気がした。
2人が一歩踏み出し、全力の殺し合いに発展するその直前、
「2人ともやめて!そんなくだらない事で喧嘩しないで!」
2人の間にパーナが割り込んだ。それを見た瞬間、2人は足を止めてその場に立ち止まる。しかし2人はその場で睨み合う。
「どいててパーナ、今からコイツをボコボコに分からせるから。」
「カレスティア様、今にお待ちを。この野蛮な女を屈服させ、私の奴隷としてみせます。」
「いい加減にして!!」
パーナがそう叫んだその瞬間、2人はビクッとパーナの方を見る。
「2人とも仲良くして…2人とも私の大切な友達なんだから。」
「……」
「……」
そして冷静になった2人から、漏れ出ていた強烈が殺気が嘘のように消えた。
「申し訳ございません、カレスティア様。つい感情的になってしまいました。この罰は如何様にも…」
「私も少しムキになりすぎたわね。腕が痛すぎてムカついてたからかしらね。少し反省するわ。」
そんな2人を見てパーナは安心する。
「はぁ…良かった…2人とも分かってくれて。それじゃあ、2人で仲直りの握手ね。」
「えぇ…握手って、子供じゃあるまいし…」
それを聞いたセイナは嫌そうな顔をした。
「かしこまりました。カレスティア様のご命令とあれば。」
フィンセはすぐに立ち上がり、セイナの前まで来るとその右手を差し出した。
「大変失礼した、重ねて非礼を詫びる。」
そう言ってフィンセは深々と頭を下げた。
「あぁ…もう!分かったわよ!握ればいいんでしょ!」
手を出し渋っていたセイナだったが、ここで意地を張っては立つ瀬がないと渋々その手を差し出した。
「かたじけない。」
「ええ、これからよろしく……って、痛たた!」
セイナは握られた右手からの痛みで顔を歪める。そして咄嗟にフィンセの顔を見ると、フィンセは嫌らしく笑っていた。
「ふふふ…」
「痛い!痛いって!アンタねぇ!」
腐っても剣士であるフィンセの握力は普通の女のそれではない。更に言えば、指2本失っているセイナの握力は同年代の女の平均よりも遥かに低い。そんなセイナの柔手をフィンセは憂さ晴らしとばかりに強く握り込んだのだ。
「くぅっ!!アンタ、やっぱりムカつくわ!絶対復讐してやるから!ううっ!!痛い!痛いって!!パーナぁ!助けてぇ!!」
「もう…2人とも、仲良くね。」
呆れたパーナが助けに入った事でセイナは残りの指を失わずに済んだのだった。
『ドライ』高原編はまだ終わっていません。まだ村に入ってすらいませんからね。
そして少しだけネタバレしました。




