今度こそ本物の
2人の怪物が対峙する。セイナを仕留めんと集中力を高めるフィンセに対して、狂気的な笑みを浮かべながらそれを迎え撃つセイナは対照的に写っていた。
ゴウゥゥゥッ!!!
2人の強大な魔力がぶつかり合う。その余波は少し離れて見ていた7人にもビリビリと伝わってきた。
「なるほど、2人ともとんでもない力さね…」
「魔力量はセイナさんが上、しかし敵の魔力は密度と精密さが尋常ではないです。私の見立てではほぼ互角と言ったところでしょうか。」
「…せ、セイナさんもフィンセさんもあんなにお強かったなんて……し、知りませんでしたわ…… 」
「メルク様!気をしっかりとお待ちください!メルク様!」
「エナ、ご、ご主人様には絶対に逆らわないようにしようね。」
「エマ、も、もちろんでございます。」
《はぁっ!》
その瞬間、2人は示し合わせたかのように同時に飛び出した。しかしフィンセの方が遥かに動きが速い。フィンセは体勢を低くして踏み込み、抜刀の構えを取る。
いきなり懐を取られたセイナは咄嗟に思考を巡らせる。
(速っ…やっぱり肉体能力は天地の差ね。もっと普段から鍛えた方がいいのかしら…)
フィンセの刀が逆袈裟に跳ね上がるその瞬間、セイナは自身を瞬間移動させ、フィンセの背後に回り込んだ。
「まぁ、身体能力なんて関係ないけどね!」
背後を取ったセイナはフィンセの背中に触れようと右手を伸ばした。
「甘い!見えているぞ!」
しかしフィンセはセイナの動きを察知していた。フィンセは逆袈裟に薙ぎ払った刀をそのままの勢いで一回転させた。
「なっ!?」
その動きはセイナも想定外だったようで、反応が一瞬遅れる。しかし刀が首筋に届くギリギリで再び瞬間移動を発動させる。
シュンッ………
「ふぅ…危なかったわ…」
少し遠くに転移して距離を取ったセイナは小さく汗をかきながら息を吐く。
フィンセはゆっくりと立ち上がりながらセイナの方へ向き直る。
「貴様の技量は大体分かった。所詮はただの小娘、『魔女』の力を過信する愚か者だ。」
「チッ、うるさいわね。そんなに言うならさっさと殺してみなさいよ。」
そう言って強がるセイナは時間を稼ぎながら状況を分析する。
(さて…状況を整理しましょう。敵の能力はおそらく【巻き戻し】、あらゆる物理、魔法攻撃を跳ね返し、負った傷も即座に元に戻る。私が言えた事じゃないけど馬鹿げてる力だわ… そしてさっきの太刀筋、素人の私でも分かるほどに洗練されている。アレは一朝一夕で身につく技じゃない。身体能力や技術はアチラが遥かに上、肉弾戦じゃ勝ち目は皆無。対して私の主な攻撃手段である【遠距離からの敵の瞬間移動】はアイツの魔力で相殺される。ふーん…なるほどねぇ…一見、私が圧倒的に不利と思うでしょうけど、それは違う。私とこの女の魔力は互角、量だけなら私が上。つまり私自身の瞬間移動は可能。だからさっきエマとエナの魔法を封じた力は私には効かない。だからこそ勝機がある。さっき奴に触れようとした瞬間に分かった、私が直接触れればおそらく攻撃が通る。だから直接触れさえすれば私が勝つわ!)
その時、敵であるフィンセも状況を分析していた。
(思ったよりも厄介な相手だ。この女の巨大な魔力によって私の能力の一つ【敵の魔法発動をキャンセルさせる結界】が掻き消されている。だがこの女の遠距離攻撃も私には効かない。つまり互いに遠距離攻撃は無意味…一見互角に見えるが遠距離攻撃は互いに相殺出来ても、直接触れられればそれを防ぐのはおそらく不可能。そして結界が意味をなさない以上、この女自身の瞬間移動を防ぐ手立てはない。油断すれば背後を取られ、この女の術中に嵌り、私は負ける。…だがそれでも私が圧倒的に有利だ。ヤツに触れられる前にその細首を叩き切ってやろう!)
フィンセは刀を構えた。セイナもそれを見て臨戦態勢を取る。
「ふんっ!」
今度はフィンセだけが飛び出す。飛び出したフィンセは動かないセイナを見てその意図を察する。
(なるほど、まともにやり合っても勝てないと判断し、一発逆転のカウンター狙いか。面白い!)
あっという間に距離を詰めたフィンセの横薙ぎがセイナへ向かう。
「ふんっ!」
しかし見切る事に特化したセイナは自身に瞬間移動を発動させ、余裕で回避する。
「かぁっ!」
フィンセは再び背後まで刀を振り、セイナの奇襲に備える。
しかしフィンセの背後には誰もおらず、刀は空を切る。
「むっ!」
「ばぁーか!」
セイナが転移していたのはフィンセの真横、刀を振り始めた左側に転移する事で振り返ったフィンセの背後を取ったのだ。(右手で左側から刀を振った事で左側が背になった。)
「もらったわ!」
セイナは完璧なタイミングで手を伸ばし、フィンセの肩に触れようと……
しかし避けられるはずのない完璧なタイミング、セイナの姿すら見えていないはずのフィンセが小さく笑みを浮かべたように見えた。
「それは読んでいるぞ!」
その瞬間、振り抜いたはずのフィンセの刀が腕ごと逆方向に跳ね返る。
「!?」
突然のフィンセの動きにセイナは驚愕する。何故ならフィンセの刀の跳ね返りは物理的に絶対に不可能なタイミングだったからだ。
(何よその動き!まるで逆再生したかのような)
フィンセの右腕は凄まじい速さでセイナの元へ向かって来る。
「チィッ!」
魔法が間に合わないと判断したセイナは咄嗟に両腕をガードに回す。
ドガァアンッ!!
「くっ!がぁっ!!」
次の瞬間、ガードしたセイナの両腕にフィンセの跳ね返ってきた右腕が直撃した。その瞬間、セイナは殴られたとは思えないほどの衝撃で吹き飛ばされた。
「セイナ!!」
戦いを遠くから見ていたパーナが叫んだ。フィンセに吹き飛ばされたセイナは10メートルほど地面を転がって地面に倒れる。
「今の威力は何ですの!?まるで馬車に轢かれたかのような…」
「物理的エネルギーの【速さ】は【力】です。おそらくですが【逆再生】の魔法で腕の速度を何倍にも逆加速させたのでしょう。見てください、フィンセ様の右腕を。」
ニューズがそう指差す先に立つフィンセの右腕は見るも無惨な姿だった。手首は明後日の方向に捻じ曲がり、肘付近の肉は抉れ、そこから滝のように血が流れ出していた。
「……」
しかしフィンセは一切表情を崩す事なく、自身の魔法を発動させる。
するとボロボロだった右腕が一瞬で元に戻る。
「終わったか…」
フィンセは右腕をブンブンと振り、問題がないことを確認した後、吹き飛ばされたセイナの方をみる。
「はぁはぁ…イッタぁぁ……」
地面に倒れるセイナはゆっくりと起き上がった。
「セイナぁ!!」
「今ので死なないとは、タフな女だ。」
そう呟いたフィンセはゆっくりとセイナの方へ歩き出す。しかしセイナは今のでボロボロになっていた。まともに受けたセイナの両腕、特に右腕の一部は青紫色に変色し、もう機能しない様子だった。更に衝撃を受けた額からも血が流れ、軽い脳震盪でフラフラしている。そしていつも綺麗にしていた髪の毛も土と草にまみれ、服も汚れていた。
「あぁ…最悪。私の自慢の髪と顔が汚れちゃったじゃない。どう責任取ってもらおうかしら。」
セイナは髪についた汚れを払いながら笑って歩いてくる。そのセイナは笑いながらも内心では明らかに怒っていた。
「綺麗な状態で埋葬して欲しいという事なら善処しよう。」
フィンセは嘲り笑うように言った。
「善処じゃなくてちゃんとやるって言いなさいよ。私もそうするつもりだったのにやる気なくなるじゃない!」
シュンッ!
その瞬間、セイナは魔法を発動させた。するとセイナの両手の中に何かが握られる。
「ん!?」
フィンセも何かを感じたのか警戒を強める。
「さぁ!ここからは泥臭くいきましょうか!せぇーのっ!」
そう言ったセイナは右手に握られた物をその場で手放し、右足で思い切り蹴り飛ばした。ソレはフィンセに向かってまっすぐに向かっていく。
しかしフィンセは顔色一つ変えずにその物体を刀の側面で打ち返した。
跳ね返ったソレは再びセイナの方向へ向かっていく。そしてそれは2人の中間あたりで起爆した。
ボボボボボボ……
ソレは煙玉だった。起爆した瞬間から鈍い音を立てて一気に煙が噴き出す。
「チッ!」
しかしフィンセは既に動いていた。左手を煙玉の方向へ向けて翳している。
(視界を奪うつもりか。だが煙玉など【逆再生】で元に戻せばいいだけだ。)
「させねぇーわよ!」
そう叫ぶセイナはフィンセと同様に左手を突き出していた。
それによって2人が同時に魔力を解放した事で、互いの魔力を打ち消し合い、フィンセの【逆再生】は煙玉に発動しなかった。
「チッ…」
煙玉から噴き出した煙は2人を飲み込み、一気に視界を奪っていく。
ここで今日初めてフィンセの額に汗が滲む。
(視界が悪い…そして敵は神出鬼没な瞬間移動使い、私が頼れるのは魔力の揺らぎと音だけ…掻い潜れるか…)
フィンセは目を閉じて耳と魔力操作に集中する。
しかし煙の中ではセイナが笑っていた。
(オマケよ!)
その時、セイナが左手に持っていた物を静かに地面に転がした。そして次の瞬間、
ギィイィイイン!!!!
セイナの転がした音響爆弾が強烈な音を生み出した。
「ううっ!」
視界がなく音響爆弾に気付かなかったフィンセは顔を歪める。咄嗟に耳を覆うが間に合わず、耳から血が噴き出す。そして三半規管もやられたフィンセは目の前の世界が回り、地面に膝をつく。
(目の次は耳を潰しに来たか!何も聞こえない!)
視覚と聴覚を奪われて混乱したフィンセは闇雲に刀を振る。
「クソッ!どこだ!」
フィンセは何も聞こえない世界で叫びながら周りを警戒する。
(ヤツの魔力は膨大だ、私の周囲に充満するヤツの魔力の流れを読み取れば大体の場所は分かる。落ち着け、まだ私が有利だ。早く耳を治療して…)
スン………
「!?」
その瞬間、フィンセの周囲に充満していたセイナの魔力が突然消えた。それによってフィンセはセイナの居場所を見失ったのだ。だがフィンセは混乱するどころか逆に口角が上がる。
(魔力を消すとは、大胆な作戦だ。確かに私はお前の位置を見失うが、これで私の【結界】が発動出来る!)
その瞬間、フィンセは自身の魔力を最大出力で解き放った。それによりフィンセの周囲約20メートルに結界が作られる。
(これでセイナは魔法も使えないただの雑魚だ。この結界の中には転移する事すら出来ない!さぁ、どうする!?)
フィンセの言う通りセイナの瞬間移動は結界の中(外から中に入る事も)では使えない。故にフィンセは瞬間移動による奇襲の心配がなくなり、視界と聴力が奪われたディスアドバンテージを解消したのだ。
ドォオオン!!
その瞬間、周囲に銃声が鳴り響いた。
「ぐっ!!」
それとほぼ同時、フィンセの脇腹に灼熱感が宿る。
(撃たれた!)
「ゴボッ…」
フィンセは口に溢れ出した血を吐き出した。そして脇腹を抑えながら地面に膝をつく。
「はぁはぁ……」
(追撃が来る!治療を!)
次の瞬間、フィンセは結界を解き、自身の肉体を【巻き戻す】。
フィンセの能力は大きく分けて4つ。
[肉体の時間]を巻き戻す【治療】能力と
「物理的時間]を巻き戻す【逆再生】能力と
[物体の時間]を巻き戻す【反射】能力と
[敵の意思力]を巻き戻す【結界】能力に分かれる。無敵に近いフィンセの能力だが、これらの魔法は同時に使えないという弱点が存在する。今、治療に集中しているフィンセは他の2つの能力を使えないのだ。
ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!
そのことを分かっているのかいないのか、フィンセの視界の外から大量の鉛玉が発射される。
「チッ!」
【反射】が使えないフィンセは肉体を【治療】しながら地面を転がってその弾丸を回避する。
(セイナもコチラの位置が分かっていない、先程の一発はまぐれか。だがもう食らわん!)
肉体の治療が完了したフィンセは即座に【反射】の魔法を自身の周囲に展開する。そしてそのまま、とある方向へ走り出した。
(食らった弾丸の位置からセイナの場所は大体掴めた。これで終わりだ!)
刀を構え、その方向へ疾走するフィンセは前方に気配を感じた。
そして煙が薄くなり、薄暗い人影をその視界に捉える。
「もらったぁ!」
フィンセはその人影に向かって強烈な袈裟斬りを放つ。
ザシュッ!! ブシャァアア!!!
(手応えあり!勝った!)
フィンセは己の刀の手応えから勝利を確信した。フィンセの刀は確実に敵の胸を斬り裂いた。
「かはっ…」
と思った。しかし晴れかかった煙の中から現れたのは、胸をバッサリと斬られて血を撒き散らすシピーレだった。
「何だと!?」
違う敵を斬ったことに驚愕するフィンセだったが、既にその背後に立つ者がいた。
「たっだいまぁぁ!!」
そこには狂気的な笑みを浮かべるセイナが既に拳を振り上げていた。
(駄目だ!間に合わ)
「宇宙まで吹き飛べぇえい!!やぁああ!!!」
ドゴォオン!!
セイナの全力の左アッパーはフィンセの顎に直撃した。
「ぐぅああ!!」
あまりに完璧なタイミングで決まったセイナの拳は強烈にフィンセの顎を打ち抜いた。フィンセは殴り飛ばされ、宙を舞った。
そしてその時、フィンセは体感時間が強烈に圧縮されたような感覚に陥る。
(文句の付け所がない完璧な一撃だっあ…ダメだ…今ので脳をやられた…もう意識…が…)
そしてフィンセは地面に大の字に倒れる。セイナの一撃により激しい脳震盪を起こしたフィンセは魔法を使う事すら出来ず、その意識が薄れていく。
(あぁ…私は負けたのだな…この女に……このまま私は…殺されるのだろうな…)
そうしてフィンセは目を閉じる。
(……あぁ…死んだら私はあの世で父上や母上に会えるだろうか……いや、会えるはずがない…私は沢山の人を殺した…『魔女狩り』も『魔女』も何の罪もない一般人も…そして父上も母上も……結局…私の人生とは一体何だったのだろうな…何の価値もない、最低な人生だった…)
ほぼ消えかけた意識の中、フィンセは自身の手に握られていた刀を強く握りしめた。
(…あぁ…今思い出した…私は侍になりたかったのだな…弱きを助け、強きを挫く、誰かを守る為に命を賭し、最後の最後まで絶対に諦めない、そんな父上のような格好いい侍に……なりたかったなぁ………生まれ変わったら今度こそ本物の侍に……)
フィンセは己の相棒とも言える刀を握りしめながらその意識を失った。




