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フィンセ・アサヒ

非常に長くなってしまいましたので、読むのが億劫な方は後書きの要約を読んでください。

 私の名前はフィンセ・アサヒ。国王に仕える武力組織『魔女狩り』の最高幹部の1人だ。


 私は王国の東の辺境の地で産まれた。その地では【侍(サムライ)】と呼ばれる片刃の剣(刀)を使う武士が存在していた。高い戦闘力と忠誠心を持つ【侍】は軍人として王国でも重宝されており、侍の多くが王国軍に所属し、数々の戦果を上げているそうだ。


 私の父も侍であり、私は父の侍としての背中を見て育った。そして案の定、父を見て育った私は侍に憧れた。

 しかし私には致命的な欠点があった。それは【女である事】、そして【魔法が使えない事】である。侍は基本的に男がなるモノであり、女の侍は極々少数である。更に侍は刀だけでなく魔法も使って戦う。寧ろ魔法(そちら)がメインであると言っても過言ではない。故に【女】で【無能力】の私は才能という面では適正0、不適合者と言える。

 しかし一度憧れてしまったものはそう簡単に諦められない。頑固でストイックな性格である私は何としても父のような侍になるべく、地獄のような鍛錬に身を投じた。


 私は6歳の頃から鍛錬を始めた。毎日のように木刀を握り、腕が上がらなくなるまで振り続けた。腕が上がらない時は日が暮れるまで走り続けた。冬は冷たい滝に打たれながら精神を鍛え、時には父と打ち合って剣の技術を鍛えた。これ以外にも強くなるための努力は惜しまなかった。全ては父のような格好いい侍になるために。


 母はそんな私を優しく見守ってくれたが時折、無茶をしないでと言ってきた。父も稽古には付き合ってくれたが侍に関する事はあまり口にしなかった。今思えば両親は分かっていたのだろう、無能力の私がどれだけ鍛えても一人前の侍になる事は出来ないだろうと言うことを。


 そんな日々が続き、私も18歳になった。毎日鍛錬を積んだ私はその純粋な剣技だけなら同世代で敵なしと言えるほどに強くなった。極め付けに、あの父にも何回かに一度は勝てるまでに成長していた。私の十数年の努力が報われたのだと思った。女でも、魔法が使えなくても、努力すれば侍になれるのだと、そう確信していた。


 しかし私は未だに戦場へは出ることが出来なかった。それは父からの許可が降りなかったからだ。父は一人前になるまでは戦場に行く事は許さないと頑なに言い続けた。母は事あるごとに村に残る事を提案し、女の勤め、私の苦手な料理などを教えようとしてくる。

 しかしどれだけ強くなろうとも、戦場へ出ねば侍として認められる事はない。故に私は何度も父を説得しようとしたが、一向に認められなかった。お前にはまだ早い、戦場を舐めるなと父の主張は曖昧なモノばかりだった。初めは父(自分)に勝てたら許可するとの話だったのに、父はそれを反故にしてまで私の初陣を拒み続けたのだ。

 そして2人はいつも決まってこの家で過ごすように言い、挙げ句の果てには村の男をお見合い相手として紹介してくる程だった。


 そんな両親の束縛に嫌気が刺した私はとある日、誰にも言わずに家を出た。両親が寝静まった夜に私の相棒の刀と村の警備で貯めた少しの金を持って村を飛び出したのだ。目的は勿論、戦場に出る事だ。10年以上鍛え続けた私の剣技で武功を挙げ、いつか私は世界に名を轟かす侍となるのだ。



 村の外には何度か出た事があり、王都への行き方は知っていた。途中の町をいくつか経由して移動し、狩りや簡単な仕事をして日銭を稼ぎながら王都を目指した。


 およそ数ヶ月かかってしまったが、思ったよりもスムーズに王都に到着する事が出来た。そして初めての王都に着くと、興奮しながらも私は真っ先に軍関係の施設へ向かった。この時代、兵士はいつでも募集しているもので、女であった私も思いの外あっさりと軍隊に入隊する事が出来た。

 ようやく夢の第一歩だ、戦場で大きな武功を挙げて私は国1番の侍となるのだ。そして両親に胸を張って村に凱旋しよう、そんな甘美な未来を想像して私は戦場へ出たのだ。






 しかしそんな未来は私のただの妄想に過ぎなかったのだ。







 現実は無情だった。戦場に立った私を最初に襲ったのは敵の範囲攻撃魔法だった。鋭く尖った石の礫が大量に飛んできたのだ。他の者たちは自身の魔法を駆使して華麗に防御するが、私には魔法がない。故に全てを自力で対処するしかなく、次々と飛んでくる礫を刀の側面で叩き落とそうとしたが、全てを外し切れない。幾らかの礫は私の身体に擦り肉を喰む。母親が作ってくれた大切な袴が少し破れ、そこを私の血で紅く染める。


 しかし私はまだまだ軽傷だ。礫が止んだ時、味方からも範囲魔法が放たれ、それに続いて味方の兵たちが突撃をかけた。無論、私も彼らに続いて敵陣に突撃をかける。遠距離戦は仕方ない、しかし近接戦は無能力の私が唯一勝負出来る土俵だ。いや、それどころか1対1の近接戦であれば誰にも負けない自信があった。

 味方と共に敵陣に乗り込んだ私は目の前の敵と相対する。私の目の前に立つ敵兵の男は私の目から見ても明らかに雰囲気が素人、負けるはずのない相手だと分かった。

 しかし初の戦場で油断は禁物、私は素早く刀を抜きその敵兵にめがけて大きく踏み込む。この踏み込みは私が10年以上かけて積み上げ続けた鍛錬の成果でもあった。

 そして敵に近付いた私は刀を上に振り上げる。この上段からの一撃は私が初めて刀を握ったその日に父から教えられた技だった。

 毎日毎日剣を振り続けた、その中でも1番練習した私にとって最も自信のある技だった。

 これが私の侍になるまでの第一歩だ、そう思いながら私は刀を振り下ろそうと腕に力を込めた。

 私の刀が振り下ろされるその瞬間、私は嫌な気配を感じた。


「グゥッ!!」


 しかし次の瞬間、私が反応する前に私の身体を強力な電撃が駆け抜けた。私が咄嗟に横を見ると、そこには両手から電撃の魔法を放つ敵兵の姿があった。

 強力な電流により硬直した私の身体はやがて力を失う。命の次に大切な相棒の刀もその場に手放し、私は地面に倒れた。何とか立ち上がろうとするも身体に全く力が入らない。


 不味い、このままではやられてしまう。


 そう思い最後の力を振り絞るが、やはり現実は無情だった。


「ガハッ!」


 立ちあがろうとしたその時、私の背中に激しい痛みが走る。敵味方が入り乱れる戦場、悠長に地面に寝ていた私は味方の兵士に踏まれたのだ。


「グゥっ!!」


 それを皮切りに次々と味方が私の身体を踏み付けてくる。その度に私の身体に激痛が走り、私の身体を少しずつ破壊していく。


 誰か…助け…


 身体の硬直で声すら出せない私は無惨にも味方から踏まれ続けた。


 もはや私にはどうしようもなかった。電撃で硬直した身体が回復しても、味方から踏まれ、蹴られ続けたは私は既に全身ボロボロの満身創痍、息も絶え絶えでもう何も出来なくなっていた。


 薄れ行く意識の中、私は想いを巡らせていた。


 戦場で散る事は怖くない。そんな事は覚悟の上で家を飛び出した。しかし…これはないだろう……何よりもタチが悪いのは私を踏み付ける味方に私を攻撃する害悪など全く無い事だ。皆、倒れた味方など無視して敵に集中している。私が同じ立場でもおそらくそうしただろう。だからこそ私は悔しくてたまらなかった。


…悔しい…何も出来なかった自分が…悔しい…


 戦場を舐めていたつもりはない。私を超える強敵と相対し、激戦の末に敗北する。戦場で出来た仲間を庇って命を落とす。そんな甘美な死に様すら思い描いていた私の考えは甘過ぎた。激戦を演じるどころか刃すら交えさせてくれなかった。私が10年以上磨いてきた剣技はただの一振りすらもさせてもらえず、その刀(相棒)も手放してしまった。そして今は敵ですらない味方に死体のように踏みつけられ、母親から貰った大切な袴を汚しながら全身を痛めていく。


「うぅっ…」


 自身の無力さ、惨めさに私は涙が止まらなかった。


 私の今までの努力は何の意味があったのだろうか。辛く苦しくても侍になる事を夢見て鍛錬してきた私の10年以上は全て無駄だったのだろうか。



 誰か教えてくれ。私は何のために………



 


 ……死にたくない……嫌だ、嫌だ… 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!














        父上、母上、ごめんなさい



 私の意識は闇に沈んだ。















「え…」



 意識を取り戻した私は周囲を見渡した。そこは薄暗い部屋で壁側には用を足す為の簡易的な穴、壁の反対側には鉄格子の檻があった。


 一目見て私のいるここは牢獄であると理解した。

 そして私自身は足には逃走防止の鉄球を着けられ、右腕が壁に付けられた鎖と繋がれていた。


 そう、私は捕虜になったのだ。味方から踏まれ続けて気絶した私は敵に捕えられ、ここまで連れて来られた。


「…そうか…私は……ううっ……」


 現実を理解したと同時に再び私の目から涙がこぼれ落ちる。戦場で何も出来ずに無様に気絶した挙句、敵に情けをかけられ生きたまま捕虜となった。これの…これのどこが侍か。私の思い描いた侍像とは遥かにかけ離れたこの現実、私の心は折れかけていた。






「おっ、ようやく起きたか。待ってたぜ。」

「そうっすね、先輩。」


 私の涙が枯れた頃、私の傷心など無視するかのように2人の男が私の牢に現れた。


「……」


 私もその存在に気付いていたが、そんな事などどうでも良いほどに絶望していた。しかしその2人は下卑た笑いを浮かべながら私の牢の鍵を開けて中に入ってくる。


「やっぱ、結構上玉じゃねぇか。それにこの辺じゃ珍しい黒髪だ。」

「すね、態々拾ってきた甲斐がありそうっす。」


 そしてその2人は私の顎を掴んで顔を覗き込む。


「死んだ魚みてぇな目をしてるな。もう全てがどうでもいいってか。」

「ふんっ、女の分際で戦場に立つからこんな事になるんだよ、バァカ。」


 すると次の瞬間、2人は私の着ていたボロボロの袴を乱雑に脱がせてくる。


「えっ…」


 いきなりの出来事で私は混乱する。


「動くなよ、ダリィからな。」

「先輩、俺にもちゃんと回してくださいね。」


 2人は更に私の着ていた衣服、下着までも剥ぎ取っていく。私も咄嗟に抵抗しようとしたが、かなり衰弱していた故に力が入らない。

 いや、衰弱していたからではない。結局女である私はどれだけ鍛えたところで男に力では勝てないのだ。私がしてきた鍛錬など、何の意味も…


「や、やめ……」


「うるせぇ!…おらよっ!」


「あっ……



























 私はその男に、身も心も完全に穢された。





















 どれぐらい経っただろうか、1週間が経った頃から日付も数えなくなった。毎日のように訪れる地獄の時間、何度も違う男たちが現れては私を蹂躙していく。抵抗すれば殴られ、蹴られ、食事を抜かれる。人間としての生存本能なのだろうか、いつの間にか私は物言わぬ人形のように従順になっていた。


 [死にたい]と何度口にしたことか。右腕に繋がれた鎖を何度首にかけたことか。それを思い切り締め付けるだけで私はこの地獄から抜け出せる。だが、その最後の勇気が出ない。死にたいのは本当だ、だが結局私は自身の生存本能に勝てなかったのだ。やはり私は侍には向いてないという事らしい。


 侍か…懐かしいな…もう…どうでもいい…







 そんな日々がしばらく続いた後、私はこの暗い牢獄から出された。自暴自棄になり何の反応も示さなくなった私に飽きたのだろうか、私はと(・)あ(・)る(・)場(・)所(・)に売られた。後から知った話だが、その時の私の値段は約金貨2枚(日本円で約2万円)だったらしい。


 私の売られた村(・)では私のような女の子が大勢おり、優しい大人たちにも囲まれて、比較的幸せだったと思う。だが過去に負った心の傷が癒える事はなく、私の心は空っぽのままだった。しかしそんな幸せも束の間、私は直ぐに別の場所へ売られる事になり、その村を出た。


 しかしその道中、私を乗せた馬車が山を下っている時に突然山が土砂崩れを起こしたのだ。馬車を操る御者は咄嗟にそれを回避しようと道を外れてしまい、馬車はそのまま山の斜面から落ちてしまった。斜面自体はそこまで高くなく、落下して死ぬことはなかったのだが、最悪な事に落ちた先が大きな川であり、馬車はそのまま川の激流に流されてしまったのだ。

 馬車の中には大量の水が流れ込んでくる。私と共に馬車に乗り込んでいた見張りの男は扉を何とかこじ開け、水で満たされていく馬車から脱出していた。しかし私は両手を後ろで縛られていたため、男のように逃げ出す事が出来なかった。更に口も塞がれていたため、助けを求める事も出来ない。まぁ、一緒に乗っていた男は下衆なので私を助けるはずなどないが。


 やがて馬車の中を川の水が満たしていく。脱出出来なかった私は何も出来ずに水の中に沈んだ。

 私の鼻や耳、目からも大量の水が私の身体に流れ込んでくる。息が出来なくなり、私の意識が薄れていく。



 ああ…これが私の最期か…何て無様な最期…でももういい…早く死んで楽に……




 私は水の中で最期の意識を失った。























「あっ!起きた!よかったぁ!」


「えっ…」


 突然目を覚ました私はその状況に困惑する。私の目の前には見知らぬ1人の女。そしてここは知らない平野、見渡す限り何も無い場所だった。


「もしかしてと思ってやってみたけど、成功してよかったよ!」


「…せ、成功?」


 この女は何を言っているのか、成功とは一体…いや、そんな事よりどうして私は生きているのだ?今さっき私は川に落ち、水に沈んで死んだはず。最期の最期に全身から力が抜ける感覚までハッキリと覚えている。なのにどうして私は何事もなく話せているんだ?なぜだ!?


「そう!何と貴女は私の能力によって生き返ったのです!えっへん!」


 生き返る?この女は何を言っているんだ。そんな事が出来るはずが…


「えっ、反応なし!?」


 呆然としていた私に目の前の女は大丈夫かと近寄ってくる。しかし私は未だにその現実を受け入れられない。


「……生き返るって…ほ、本当…なのか?」


「あ、喋った。本当だよ!貴女は正真正銘、この世に再び蘇ったのです!」


 そう自信満々に告げる目の前の女の顔に悪意や害意と言った負の感情は一切感じられなかった。


「え…嘘…私が…蘇った……どうして…」


「どうしてって……何となく?強いて言うなら…友達…欲しかったから…かな。えへへ…」


 照れながらそう呟く女を見て、私も毒気を抜かれた。そして今気付いた事だが、復活による影響か、精神的な傷もかなり和らいでいるようで、先ほどまでの絶望的な気分はほとんど無かった。


「友達って…そんな事の為に私を…ふふっ…ふふふふ…」


 その時、私の顔から思わず笑みがこぼれ落ちた。別に何も面白い事などなかった。だが何故か笑ってしまう。笑ったのはどれぐらいぶりだろうか、数ヶ月、いや数年ぶりか。そう思うと笑みと共に涙も流れ出してくる。


「どうしたの?何でそんなに笑ってるの?私の顔に何か付いてる?」


 事情を知らぬ目の前の女は心配そうに私に声をかけてくる。


「ふふふ…いや、何も無い。すまなかった、心配させて。」


 私は涙を拭いて目の前の女を真っ直ぐに見つめる。


「そう、よかった!」


「…ところで…貴殿の名前を聞いてもいいかな?」



「私の名前はリ(・)パ(・)ー(・)ナ(・)ル(・)!リ(・)パ(・)ー(・)ナ(・)ル(・)・(・)カ(・)レ(・)ス(・)テ(・)ィ(・)ア(・)だよ!」


「私はフィンセ、フィンセ・アサヒだ。よろしくたのむ、カレスティア殿。」


「よろしくね、フィンセ!」


 私はこの日、運命の出逢いを果たしたのだ。





 

 それから私はカレスティア殿と旅に出た。しばらく旅をして分かったが、彼女は見た目通りの純真無垢な少女で、悪意どころか人を疑う事すら知らないようだった。だからこそ危うい、ヒトの悪意とは底すらない程に深く凶悪だ。ヒトの悪意の中で生きてきたこの私が彼女を守ってやらねば…


 それと別件だが、私は魔法が使えるようになっていた。カレスティア殿の話では蘇生した人間は皆、強大な魔法を行使する事が出来るらしい。それらをこの世界では『魔女』と呼ぶらしい。私も例に漏れず、『魔女』となり魔法に目覚めた。私の魔法は【反転】、万物の時間を【反転】させる事ができる。私に向けられた攻撃は全てそのままの威力で【反射】する事ができ、物体に触れればその物体の時間を巻き戻す事が出来る。まだ試したことはないが、人間にこの力を使えばその人間を胎児、いや卵子と精子まで戻す事すら可能だろう。ハッキリ言って[強大]なんて言葉では表せない、この世の秩序すら変えうる力だ。


 私はこの力を使ってカレスティア殿を守り続けた。カレスティア殿の戦闘力は皆無であり、今までも私のような『魔女』に守ってもらっていたらしい。

 この世界では『ラバス教』と呼ばれる宗教が存在しており、その教義として『魔女』の迫害というモノが掲げられているそうだ。故に、私とカレスティア殿は常に世界中から狙われていると言うワケだ。だが私たちの正体はまだバレていないハズだ。人前で魔法を使わなければ大丈夫だと……そう思っていた。




 旅をしてしばらく経った時、私はふと両親について思い出した。無断で家を飛び出した私は数年の間、両親と顔を合わせていない。

 両親の事は嫌いではない。寧ろ最も尊敬する人たちだ。だから落ち着いた今こそ、何だかあの2人に会いに行きたくなったのだ。


 私はその旨をカレスティア殿に話した。するとカレスティア殿も快くそれを承諾してくれ、私を送り出してくれた。私は少し話してきたら直ぐに戻ると言ってカレスティア殿と別れた。

 馬車に乗って故郷へ向かう私にカレスティア殿はずっと手を振ってくれていたのを今でも覚えている。私は敢えて手を振らなかった。また会えると確信していたからだ。

 だがその時の私は知らなかった、これがカレスティア殿と最(・)期(・)の(・)別(・)れ(・)になる事を。




 故郷に向かう私は最後の馬車に乗っていた。長い長い旅路で、カレスティア殿と別れて既に数ヶ月が経過していた。だが懐かしい風景や街並みを眺めながら私は過去の思い出に浸っていた。


 そこからまた数日が経過し、ようやく私は故郷の地に辿り着いた。故郷の地に降り立った私はすぐに駆け出した。向かう先は勿論、大好きな両親の元。私は2人に謝らねばならない。父の忠告を無視して戦場に出た事、母から貰った大切な袴を失ってしまった事、2人に心配をかけた事。走りながら次々と謝罪の言葉が頭に浮かんでくる。だがしかし、そんな事はどうでもいい。とにかく早くあの2人に会いたい。2人には話せないような嫌な経験も沢山したけど、またいっぱい話したい。そしていつかまた3人で……







「フィンセ!!」


「ち…父上!…」


 家の扉を開けた私を待っていたのは父だった。父は私を見るなりコチラに走ってきた。そして私が謝罪の言葉を口にする前に私を強く抱きしめた。


「心配かけさせやがって…バカ娘が…」


 父のその言葉は私にとってとても重く、心に響くものがあった。


「…ううっ…父上…ごめんなさい…私…」


 ここ数年、色々なことがあった。その殆どは嫌な思い出だけれど、今となっては笑い話にも思える。だって、大好きな父に会えたのだから。


「…バカヤロウ…謝るぐらいなら勝手に出てくんじゃねぇよ。」


 声で分かる、父も私と同様に泣いていた。気丈に振る舞ってはいるが、その声は震え、私を抱きしめる腕の力は増すばかりだった。


「うん…ごめんなさい…ごめんなさい…」


 先ほどまで考えていた謝罪の言葉は何も出てこなかった。私はただ、目の前の父を心配させてしまったことに謝り続けた。


「もういいって…せっかくの美人が台無しだろうが…」



 私と父はそのまましばらく泣きながら抱き合い続けた。





「……ふぅ……フィンセ、帰ってきて直ぐで悪いが、一つだけ大切な話がある。」


 ようやく泣き止んだ父が真剣な表情になってそう告げた。


「……何ですか?」


「実はな…お前がいない間に…母さんが…」


「えっ!?」










「ゴホッ!ゴホッ!」


 父に案内されるがままに私は母の元まで来た。久々に見る母の顔、それは以前の母のものとは全く別物でだった。生気のない青白い肌に、痩せ細り浮き出した頬骨、意識は無いのかずっと目を閉じているが咳が止まらない様子だった。


「母上…何で…」


 変わり果てた母の姿を見て私は混乱した。


「数ヶ月前からだ…医者が言うには…生きてるのが不思議なくらいだって…」


 父の絞り出した言葉は私の胸に突き刺さった。


「えっ…母上が…え…」


 私の感情は幸せの絶頂から地獄へ突き落とされた。







「よいしょっと…母上、暑くはありませんか?」


 それから数日、私は父に代わり母の看病に買って出た。寝たきりの母の隣に常に控え、タオルを変えたり身体を拭いてあげた。


「ゴホッ!ゴホッ!」


 しかし母は咳をするだけで何も返事をしない。


「今日のご飯は、母上の大好きだった焼き魚です。私が焼きました。」


「ゴホッ!…」


「父上の料理はあまり美味しくなかったのではありませんか?父上は不器用ですから…でも私が来たからもう安心してください。これから毎日私が作りますから。」


「……ゴホッ!」


「カレスティア殿という方との旅で色んな料理を勉強しましたから。明日からは異国の美食をご馳走しますよ。楽しみにしていてくださいね、母上。」



 私はずっと母に話しかけ続けた。この失われた数年間の時間を取り戻す為に…咳をするだけで何も反応しない母に何時間も…何時間も……



「うぅ…母上…何か言ってください…お願いだから…ねぇ…」


 再び心配させまいと平気なフリをしていた私の心の本音が遂に出てきてしまった。


「……」


「ねぇ…母上…母上!」


 その時、私の感情が昂り、握った母の手に魔力を込めてしまった。



  ピキィイイン!!……



 私の魔力はたちまち母の全身を巡った。すると何と、母の身体が急に発光し始めたのだ。


「えっ…母上…」


 その光は明らかに普通ではなかった。その時、私は自身の魔法について思い出したのだ。


「ま、まさか…」


 私は最期の希望を胸に、母の手を握って魔力を流し続けた。


「母上!帰ってきて下さい!!」




 そして数分後……


「……フィンセ…」


 寝たきりだった母が遂に目を覚ました。


「母上!!」


 今度は私が母に抱きついていた。母も最初は混乱していたが、やがて私を抱きしめる。


「おかえり…フィンセ。」


「うん…ただいま、母上」


 私は数年ぶりに両親との再会を果たしたのだ。




 それからしばらく私は両親と過ごした。失われた数年を取り戻すように一日中一緒にいた。父の仕事について行ったり、母と一緒に料理したりと、とにかくずっと一緒にいた。私の敢えて過去の話はしなかった、心配させたくなかったから。


 そんな幸せの日々がずっと続いて欲しいと思っていた。でもそうはいかない、私は約束したのだ。カレスティア殿の元に帰ると。

 私はその旨を両親に伝え、両親に約束した。カレスティア殿への恩義を返した暁には再び戻ってくると。両親は少し寂しそうにしながらも今度は明るく送り出してくれた。









 実家を出て数日後、私はカレスティア殿に会いに戻るために馬車に乗っていた。馬車で来た方を眺め、去り行く故郷に想いを馳せる。寂しいような嬉しいような、これからの明るい未来に期待を膨らませ、私の心は前を向いていたのだ。





 しかしそこで事件は起こった。私の乗っている馬車が何者かに襲われたのだ。馬車に向かってくる魔法の気配を感じた私は咄嗟に魔法を発動させ、その魔法を跳ね返した。今思えばそれが失敗だったのかもしれない。咄嗟に馬車から降りた私を待ち受けていたのは大量の敵だった。300人近くはいるだろうか、全く大層な数だ。後から知ったがその敵は『魔女狩り』と呼ばれる連中で、どこからか私が『魔女』である事を知り、こうして私1人を捕らえるべく態々こんなに大人数で歓迎してくれていると言うわけだ。話合いが通じる相手では無い、私は彼らと闘うしかなかった。










「う…嘘だろ…300人が…たった1人に…」


 最後まで立っていた1人が絶望的な表情でそう呟いた。


「ふぅ…流石に疲れた。」


 私は額から滲む汗を拭った。そして私の周りに倒れる『魔女狩り』の精鋭300人を見下ろす。


「これが私の力…分かってはいたが、想像以上だ。」


 私は300人を返り討ちにした。カレスティア殿曰く、私は『魔女』の中でも飛び抜けたの才能を持っているとのことだ。その言葉の通り、無傷の私の目の前には300人の敵の屍、この時私は私が本物のバケモノになってしまったのだと悟った。





 私は興味本位で残った1人に事の経緯を尋問してみた。何故、私を襲ったのかが気になったのだ。






 しばらく男を尋問していると、私にとって衝撃の事実が知らされる。


「なん…だと…」


 それを聞いた瞬間、私は目の前の男を無視して近くに停めていた馬車に繋がれた馬の一頭に飛び乗った。そして私は来た道をそのまま戻って走り出したのだ。









「ま…さか…こんな…」


 故郷の地に戻ってきた私が見たのは衝撃の光景だった。あんなに美しかった私の故郷の地は今や業(・)火(・)に包まれていたのだ。

 

 しばらく呆然としていた私だったが、何かを思い出したかのように突然走り出した。業火に包まれる町を走り抜ける私は魔法で己の身を守る事すら忘れるほどに夢中で走っていた。







「ち…父上…母上…」


 業火に焼かれる実家に到着した私が見たのは信じがたい光景だった。それは玄関の前で倒れる父と母の姿だった。一目見て分かった、2人はもう既に死んでいるのだと。


 私の魔法は死者を蘇らせる事は出来ない。2人がもう二度と戻ってこない事実を理解した私はその場に崩れ落ちた。あまりの衝撃でしばらく涙は出てこなかった。それほど私の中で感情が整理できていなかったのだろう。



「ぁあぁあああ!!!!



  ドゴォオオコゴゴゴオォオンン!!



 私の慟哭は私の家が崩れ落ちる音にかき消され、誰にも聞かれる事はなかった。



 その日私はこの世界で最も大切な両親(2人)を失った。












 何時間そこにいたのだろうか。何時間泣いていたのだろうか。もしかしたら何日もそこにいたのかもしれない。私が自我を取り戻した時、辺りはとても静かだった。町を覆っていた炎は既に(自然に)鎮火されており、残ったのは美しい町の残骸である黒炭だけだった。私が無意識に守っていたのだろうか、私の目の前には綺麗なままの2人の遺体だけが残されていた。





 元々私たちの家があった場所、私は2人の遺体をそこに埋葬した。掘る道具など無かったので素手で穴を掘った。穴を掘るたびに出血し、ボロボロになる私の両手を魔法で治し続けながら私は2人の穴を掘った。





「ん?生き残りがいたのか。」


 ちょうど2人の埋葬を終えたそのタイミング、私の背後に何者かがいた。私が振り返るとその男は少し驚いたような表情を見せる。


「何だお前は…何て顔しやがる…」


 私の顔?ああ、黒炭と土で汚れたこの顔に驚いたのか。


「…なに…」


「お前もこの村の住人か?」


「…なに…」


「もはや会話も通じんか…まぁ仕方ない。『魔女』を匿っていたこの町の住人は全員、浄化せねばならん。悪く思うな。」


 一体何を言ってるんだコイツは。じょうか?『魔女』?…『魔女』とは私のことか。


「まじょ…?」


「そうだ、『魔女』本人はもちろん、その親族、友人、そして『魔女』と関わった人間も同罪。罪深き者なのだ。」


 そう言って背後の男は殺気を剥き出しにした。それを受けて私は刀に手をかける。


「そうか…『魔女狩り』……貴様らが……貴様らが2人を……


 その時、私がその男に何をしたのかはよく覚えていない。ただその時の私の心情だけは覚えている。












 もう何もかもどうでもいい。全(・)部(・)壊(・)そ(・)う(・)。






















【緊急事態発生!!施設内に『魔女』が襲来!!繰り返す!『魔女』が襲来!!】


 王都にある『魔女狩り』の支部では警報が鳴り響き、中の人々は恐怖していた。


【敵は先日新たに出現した『叛劉(はんりゅう)の魔女』!危険度はS級!戦闘員は即座に対処されたし!繰り返す!敵は……グォオオア!!】


 








「……」


 刀に付いた敵の血を拭いながらは私は次の標的(まと)に目標を定める。



「ぐはぁあ!!」


「次。」



 もう何人を斬っただろうか。10を超えた辺りからもう覚えていない。

 戦闘員だろうが、非戦闘員だろうが関係ない。私の視界に入った全ての人間を切り捨てた。


 逃げ惑う者は時間を巻き戻す事で無理やり近寄せて斬った。

 魔法を使う者は飛び道具なら跳ね返し、近接特化なら触れる事で肉体の時間をグチャグチャにして殺した。



「クソが!援軍はまだか!」

「戦闘員は皆、外に出払ってます!」


 なるほど、ここにいるのは雑魚ばかりか。だがそんなのはどうでもいい、私はただ全てを壊すだけだ。







「はぁはぁ…」



 何時間、敵を殺し続けただろうか。私の目の前にも後ろにも積み上げられたのは大量の死体。数えてはいないが廊下から部屋までを埋め尽くすほどの死体の山だった。おそらく建物にいた全ての人間を殺しただろうか。


「ハァハァ…ううっ…」


 一昨日から一睡もせずにそのままここに乗り込んできたからか、流石に体力が限界を迎えた。刀を地面について膝をつき、息を整える。まだ倒れるわけにはいかない、父と母を殺した『魔女狩り』をこの世から1人残らず殺すまでは!



   ドスッ!!



 私が魔法を使って回復を図ろうとしたその瞬間、私の背中に灼熱の感覚が宿った。


「ゴフッ…」


 口から溢れ出す鮮血と背中の激痛で私は気付いた。魔法を使おうと周りへの警戒を怠った私は不意打ちを喰らったのだと。私を刺したのは奇妙な格好(メイド服)をした女だった。油断していたとはいえ、私の背後を取るとは…その動き、見事と言わざるを得ない。


 かなりキツイ角度で刺されたらしく、私の全身から力が抜けた。これはおそらく内臓まで届いているな。そして刀も手放しそのまま前のめりに倒れる。私の背中から大量の血が地面に流れ、地面を血の海にした。


 まだだ、まだ私は終わらん。


 私は自身に魔法をかけ、傷を治療する。出力がかなり落ちているため時間はかかるが、死にさえしなければ私の魔法で治すことが出来る。そう、死にさえしなければな……


 私の魔法によって背中の傷は少しずつ巻き戻されていく。そして数秒後、背中の傷は刺される前に戻った。

 

 よし!もう大丈夫だ!早くコイツを殺して次に



   ガチャン!!



 私が立ちあがろうとしたその時、私の首に何かが嵌った。それは再び治療に全集中力を注いだ事で生まれた隙に嵌められたモノだった。


「捕縛完了でございます。」


 捕縛完了だと?コイツは何を言ってるんだ、こんな物で私をどうにか出来ると………


 その時、私は気付いた。首にソレを着けられたその瞬間から魔力を全く使えなくなってしまった事に。


「な!何が!?」


 後から知った事だが、これは【沈黙の首輪】という道具で、主に『魔女』を無力化するために使われるモノらしい。これを着けられた『魔女』はその魔法を全く使えなくなってしまう。


「チッ!」


 焦った私は咄嗟に刀を探したが、目の前の女はそれを既に警戒し、刀を遠くに蹴り飛ばしていた。

 

 混乱した私は首輪を外そうと指に力を込めるが、ビクともしない。


「な!」


 しかし首輪に気を取られたことで、私は敵の接近を許してしまった。目の前の女は凄まじいスピードで私の懐を取り、ナイフを突き出した。


「くぅっ!!」


 何とか反応できた私は身体を思い切り捻ってその一撃を回避した。まさかこんな所で鍛錬の成果が活きるだなんてな。


 しかし女は既に逆の手に六角(針状の刺突武器)を握っていた。


 こんなの避けられるはずがないだろう。体勢の悪い私はその六角を肩にモロに刺された。


 私は咄嗟に後ろに飛び退いて女と距離を取る。そして肩に刺さった六角を抜いてその場で構える。まだだ、まだ戦える。魔法は使えないが、私には鍛えた剣技がある。ここでそれを発揮して…………えっ…


 私の視界は突然グラりと歪んだ。そして世界が一周するように平衡感覚を失い、その場に倒れる。そしてやっと気付いた、これは麻痺毒だな。落とした六角に私の血では無い液体が付着しているのが見えた。


 そうか…またか…また私は何も出来ずに…


 指一本動かせない私は最早全てを諦める他なかった。









 薄れる意識の中、私たちのいる部屋に1人の女が飛び込んできた。


「ピーレ!大丈夫ですの!?」


「はい、メルク様。無事、敵を捕縛する事に成功しました。」


「もう、勝手にいなくなるから心配したんですの……って、えっ!?敵を捕縛したですって!?」


「はい、この通り、敵を無力化しました。」


 ピーレとか言う女は倒れた私を指差してそう答えた。


「ひぃ!こ、この人が皆さんを殺した『魔女』…本物ですのね…」


 この女はどうやら私に恐怖しているようだ。


「メルク様、これからいかがいたしましょうか?」


 なるほど、私のこれからの処遇についてか。


「いかがって…放っておくワケにもいかないでしょうし…このまま本部に連れて行くしか…」


「かしこまりました、では今すぐに行ってまいります。」


「えっ、今すぐ!?」


 ピーレという女は動けない私を乱暴に担ぎ上げ、そのまま走り出した。もう1人の女が何か言っているようだったが、まぁ私にはもうどうでもいい事だ。

 さて、私はこれからどうなってしまうのだろうか、逆に楽しみだな。












「おら!今日はこれで終わりだ!クソが!」


「……」


 両手両足を壁に繋がれた私にその男は唾を吐きかけながら立ち去っていった。

 私は頬に吐きかけられた唾を舐めながらため息を吐いた。

 何だ、拷問とはこんなモノか、かなり拍子抜けだな。私は正直失望した。

 今朝ここに連れて来られてから数時間、私は拷問を受けていた。最初は水責め、次は爪剥、そして鞭打ち。最期には右手の親指を切られた。

 色々受けたが、私は何も感じなかった。どれだけ汚い水を飲まされて息が苦しくても、爪を何枚剥がされようと、鞭で背中からどれだけ血が流れようと、指を失っても、私は痛みを感じなかった。



 そうか、生きる希望が無い人間(私)には[痛み]などという大層な感情は抱く事が出来ないのか。



 超危険人物である私は厳重な拘束具に拘束されたまま動く事を許されなかった。もちろんあの忌々しい首輪も付けられたままだ。

 

 ああ…暇だ…


 拷問の際に打たれた特殊な薬によって、私には眠気がなかった。おそらく私に一睡もさせないという精神的な拷問なのだろう、このせいで私は目を閉じても寝る事も出来ない。だからとにかく暇だった。


 いっその事、舌を噛み切って死んでしまおうか。いや、拷問というのも少し興味が湧いて来たところだ。アレだけの人間を殺した私はどれだけ残酷な死に方をするのだろうか。楽しみだ。


 強力な麻薬の影響もあってか、私の頭はもはや正常ではなかった。











「こ、これは…酷いですわね…」


 その時、私のいる場所に2人の女が入ってきた。それは私を捕らえたピーレという女とその主人と思われる女だった。


「この方は500人近い人を殺めています。当然の処遇かと。」


「でも…やっぱり少し可哀想ですわ。せめて拘束ぐらいは…」







「近づくな、殺すぞ。」


 私は近づいてくるその女に殺気を向けた。


「ひぃ!」


「メルク様に対する無礼、許されません。」


 驚く女を横目に、ピーレという女は動けぬ私の腹を思い切り殴った。


「ゴフッ!」


 その衝撃で私の胃液が逆流し、思わずそれを吐き出した。

 内臓を痛めたのか、胃液と共に血も吐き出すがやはりその鉄の味すら感じない。



「ピーレ!やめなさい!」


 尚も攻撃を加えようとしたピーレという女をもう1人が制止した。


「失礼しました。」


 そう言ってピーレという女は下がり、もう1人の女が近付いてくる。そしてその女は私の目を真っ直ぐに見て話し始める。


「貴女の事を調べましたわ。何故、こんな事をしたのか…同情しますわ。」


 何が同情だ、私から全てを奪っておいて今更何を言う。どれだけ同情されても、私の大好きな2人はもう帰ってこないのだから。


「消えろ…偽善者が…」


 そう言って放った強烈な殺気に目の前の女は後退りする。しかしピーレという女に支えられ、再び私の目の前に立った。そして私の目を真っ直ぐに見つめる。





「だから…本当に勝手かもしれないけれど…私は貴女を許しますわ。」


 その時、女は私の首に嵌められた首輪を外した。


「メルク様!何を!?」


 ピーレという女は咄嗟にその女を庇うように私との間に入り、臨戦態勢をとった。





「……ふんっ。」



   グチャッ!グチャッ!グチャッ!グチャッ!



 私は両手両足に嵌められた拘束具から無理矢理に抜け出した。無理に抜いた事で両手の皮は激しく捲れ、骨は砕け、四肢はグチャグチャになり、地面に大量の血が流れ落ちた。

 しかし首輪がなくなった事で私は即座に魔法を発動させる。すると一瞬で私の四肢、そして失った爪や指なども元に戻った。


「ふぅ…」


「何という回復の速さ…これが『反范の魔女』でございますか…」


 ピーレという女は私の魔法を見て冷汗を流している。しかしもう1人の女は真っ直ぐに私を見つめている。


「……」


 私もそんな2人をじっと見つめていた。するともう1人の女はゆっくりと口を開く。


「フィンセ・アサヒさん。よろしければ私と共に来ませんか?」


 この女は何を言っているのだ、私と共に来るかだと?全く意味が分からない。


「共に来る?」


「ええ、生きる希望が見出せない貴女に、私がこの世界もまだまだ捨てたもんじゃないって事を教えて差し上げますわ。ね、ピーレ!」


「はっ。全てはメルク様の御心のままに。」


 私はその時、何を考えていたのだろうか。親の仇とも言える連中の1人を目の前にして……だが何故か、その時の私にこの提案を断るという選択肢はなかった。


「…分かった。」










 それから私は顔を隠し、その女の部下として働く事になった。詳しい事は知らないがあの女が上手い事手回しをしたらしい。

 その女の名前はララメルクというらしく、どこぞの貴族様らしい。私を捕縛した妙な服装の女はシピーレというらしく、暗殺者として育てられた戦闘者だった。シピーレとララメルク様の絆は深く、シピーレは狂気的な程の忠誠心をララメルク様に捧げている。シピーレはかなり用心深く、私がいつ暴れるかも分からないと、常に【沈黙の首輪】を着けさせられた。まぁ当然と言えば当然だが。私も反抗する気は全く無かったので二つ返事で受け入れたが、細かい切り傷などが治せないのは少し面倒だった。


 ララメルク様の元で働く内に私はこの世界について色々と知った。『魔女』とは強大な力を持った存在で、放置すれば世界はたちまち『魔女』に支配されてしまう。故に『魔女狩り』という特殊な機関が存在し、『魔女』を見つけ次第狩っているらしい。しかし『魔女狩り』などと言う大層な名前を掲げているにも関わらず、実は殆ど『魔女』を狩る事はないらしい。

 何故なら成長しきった『魔女』はどれだけの精鋭を集めても勝てないほどに強いからだそうだ。だから『魔女狩り』の主な仕事は幼くて弱い『魔女』を狩る事と、『魔女』と関わりを持った人間を始末する事なのだ。そうして近しい人間を見せしめに殺していく事で世界から『魔女』を孤立させ、精神的に狩るというのが『魔女狩り(彼ら)』の主なやり方だ。

 正々堂々とはかけ離れた卑怯なやり口だが実際、私も家族を殺されて自暴自棄になった事で捕まってしまったから案外バカにも出来ない。これは弱者が強者を屠るための知恵なのだと私は理解した。





 ララメルクの元で働き始めて少し経った頃、私はとある任務に同行する事になった。それは『魔女』と関わった疑いのある貴族を粛清する任務だ。その貴族はとある『魔女』から金銭を受け取って逃走用の馬を提供した疑いがあった。



 その貴族の屋敷に着くと、先ずは代表である『魔女狩り』の1人が貴族と話す。その貴族は勿論『魔女』との関与を否定したが、それを嘘だと見抜いた代表は私たちに殲滅の号令を下した。

 私の同僚(先輩)たちが一気にその貴族の屋敷に雪崩れ込む。私もそれに続いて中に入った。


 私は突入する順番がかなり遅かったせいか、私が突入した頃にはもう既に事が済んでいた。先に入った同僚たちは返り血に全身を濡らしながら何かを掲げている。それは討ち取ったばかりの生首だった。しかもそれはその貴族の首だけでなく、その家族、使用人やメイド、コックや庭師に至るまであらゆる関係者全員の首だった。


 これには流石の私も多少の衝撃を受けた。そして私が呆然としていると、首を持った1人の同僚が私に近付いてくる。


「おいお前、後をやっとけ。」


 彼は持った首を私に手渡す。私は何のことか全く理解出来ず首を傾げた。


「ええっと…」


「一(・)親(・)等(・)ま(・)で(・)だ。さっさと行け。」


 一親等?何のことだ?私には理解出来ない。しかし周りの同僚たちはその意味を知っているようで、皆が首を持って外へ走り出していく。私もよく分からないが彼らに続いて外に出た。


 







〜数日後〜


「きゃああ!!」

「何だお前は!!」

「俺たちは何も知らない!だから見逃してくれ!」

「ママぁ!!」


 血塗れの私の前には必死の命乞いをする者達。私の右手には血で真っ赤に染まった刀、そして私の足元には心臓を貫かれ既に事切れた女の死体が転がっていた。


 私が来ているのは、あの時同僚から渡された首の男、あの貴族に仕えていたコックの家族の家だ。あの時言われた一親等とは、あの生首の男(コック)の一親等までを皆殺しにしろと言う意味だったのだ。



    ブンッ!!



 私は血の付いた刀を一振りして血を落とした。それを見て目の前の者達は更に恐怖の声を上げた。しかし私は何の感情もなくその者たちを…斬り捨てた。







 血塗れの私の前に最後に残ったのは最も年齢の高い男だった。50歳くらいだろうか、ちょうど父と同じくらいの年齢だと思う。


「ワシが何をしたと言うのだ!!ふざけるな!!何故ワシが、ワシらがこんな目に遭わねばならん!!」


 既に恐怖を超越したその男は血走った目で私に問いかけた。


 それはそうだ、何故『魔女』と関係のない彼らが死なねばならない?取引をした貴族、それに加担した可能性のある関係者はまだしも、何故その家族まで殺さねばならないのだ?


「『魔女』と関わった者は死ぬ。だから…」


 私は同僚から教えられた規則をそのまま読み上げようとしたが、男が遮る。


「クソッ!!あのバカ息子が!!なぜ、『魔女』なんかと関わったのだ!!ふざけるな!」


 何を言っているのだ、貴方の息子は『魔女』と取引した貴族の元で働いていただけのただのコックだぞ。おそらくだがその『魔女』の顔すら知らないだろう。なのに何故そんな事を…


「あのバカ息子(出来損ない)!!貴様などもう息子でも何でもないわ!!勘当じゃ!!死ね!死ねっ!!地獄の底で苦しみ抜いて死ねぇ!!」







 その瞬間、私は両親の事を思い出した。








 父上や母上も死ぬ間際にこんな事を思っていたのだろうか。










 血塗れで事切れた先程の男(怒鳴っていた老人)の惨殺死体を眼前にして、私の覚悟は決まった。



 ああそうか…間違っていたのは『魔女狩り』でも『この国』でもない。








   『魔女』という存在そのものなのだ。








『魔女』はあらゆる人を巻き込み、不幸にする。

だから…

【全(・)て(・)の(・)『(・)魔(・)女(・)』(・)を(・)私(・)が(・)殺(・)し(・)、(・)こ(・)の(・)悲(・)し(・)み(・)の(・)連(・)鎖(・)を(・)終(・)わ(・)ら(・)せ(・)る(・)。】








 それから数年の間、私はひたすらに『魔女』を狩り続けた。子供だろうが大人だろうが関係なく、『魔女』本人をとにかく殺し続けた。殺した『魔女』の数が20人に差し掛かかったとき、私は最高幹部である【四神】に任命された。まぁ私からすれば地位も名誉もどうでもいい、『魔女』の駆逐こそが『魔女』への最大の救済であり、この世界の答えなのだから。



 だがそのために何としても絶対に殺さねばならない人間がいる。リ(・)パ(・)ー(・)ナ(・)ル(・)・(・)カ(・)レ(・)ス(・)テ(・)ィ(・)ア(・)、彼女が生きている限り『魔女』は永遠に増え続け、悲しみの連鎖は止まらない。だから私が彼女を殺さなくてはならない、彼女から悲しみの連鎖を受け継いだ者の1人として。




 そうしてフィンセ(私)は目の前に立つセイナ(障壁)と対峙する。

要約

侍(サムライ)の娘として生まれたフィンセは侍に憧れたが、魔法を使えなかったため肉体を鍛えた。成人した時、両親の反対を無視して家を飛び出して戦場に出たが、何も出来ずにやられて捕虜になってしまう。捕虜として壮絶な日々を送った後、人身売買でとある村に売られた後、再びどこかの貴族に売られる途中で馬車の事故で死んでしまう。その後、フィンセは死体をパーナに拾われて『魔女』として生き返り、パーナと旅をする。しばらくした後、両親の元に帰り感動の再会を果たすが、別れた直後に『魔女狩り』によって両親ごと故郷の町が壊滅させられてしまう。自暴自棄になったフィンセは『魔女狩り』の支部を襲撃し、数百人の人間を殺害したが、シピーレとララメルクによって捕まってしまう。その後、ララメルクの考えで『魔女狩り』として働く事になったフィンセは任務で『魔女』と関わった人間の始末を命じられる。その任務で両親と同じような無実の人を殺した事でフィンセの理性は崩壊し、全ての元凶である『魔女』を駆逐する事が『魔女』への救済だと考えるようになる。彼女は悲しみの連鎖を止める為、全ての『魔女』を殺すことを決意した。

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