出会い
セイナとパーナとシピーレは大通りを並んで歩いていた。シピーレは[お嬢様]を探すために周りをキョロキョロ見渡している。
「…お嬢様…一体どこへ…」
そんな様子を見たセイナが疑問をぶつける。
「そもそもそのお嬢様とやらはどうしていなくなったのよ。見たところ相当有名な貴族なんでしょ?」
「…それは私にも分かりかねます。ですがお嬢様は時々このようにいなくなることがあるのです。」
「それはまた迷惑な…」
「更にお嬢様は平民の生活にも通じております。平民に紛れ込む為の変装技術が高く、顔で見抜くしか方法はございません。」
「…貴族のメイドさんも大変なんだねぇ。」
その時、3人の前に二人組の男が立ちはだかった。
「別嬪な嬢ちゃんら、俺らと遊ばねぇか?」
「後悔はさせないぜ。」
ナンパしてきたその2人を見てセイナはため息をつく。
「はぁ…めんど…鬱陶しいからさっさと」
「承知いたしました。その代わりに私の主人を探すのを手伝っていただきたいのです。」
追い払おうとしたセイナの隣からシピーレが勝手に承諾した。それを見て2人の男は鼻の下を伸ばしてシピーレの肩に手を置く。
「手伝う手伝う!だから先ずはアッチに行こうか。」
「コッチのチビ2人より楽しめそうだ。俺も一緒に…あうっ!」
その瞬間、セイナが男の股間を蹴り上げた。
「誰がチビよ、殺すぞチンピラ。」
そう言ってセイナは2人に凍った視線を向けた。
「ひぃ!」
するとビビった男たちは逃げ出した。
「……」
少し残念そうにしているシピーレに対してセイナは
「あんなのが役に立つワケないでしょ。弄ばれて終わりよ。」
「左様でございますか…少しでも可能性があるなら私の身体などどれだけ穢されようが問題ないのでございますが…」
「うん、やっぱり貴女1人じゃ危険ね。私たちも協力してあげる。ね、パーナ。」
「うん!勿論!」
「感謝いたします。」
そう言ってシピーレは深々と頭を下げた。
〜同刻、『ツヴァイ』のとある酒場〜
「ぷはぁ!おかわりさね!じゃんじゃん持ってきな!」
「…」
そこには昼間から酒を煽るアンリーザと、元気なく水を啜るニューズがいた。アンリーザは聞き込みと称して酒を飲むためにニューズを連れてここに来ていた。しかしニューズは先日の件もあり、全く元気が無かった。ずっと下を向いて、時々小さな声で「ごめん…」と言ったかと思ったらポロポロと涙を流す。しかしそんなニューズと対照的に酔っ払ったアンリーザは陽気に周りの人間にも絡み始める。
「よっと!最近の景気はどうさね、お二人さん!」
アンリーザが声をかけたのは近くに座っていた30代前半と思われる2人組の男だった。肩を組まれた2人も酔っ払っており、笑いながら答える。
「ああ?最悪だよ、なぁ!」
「まったくだ!ここ最近は赤字ばっかりだ、クソが!」
「へぇ、何があったんだい?」
「俺らのお得意先だった『アインス国』が滅んじまったんだよ!そのせいで商売あがったりだ!」
「それもこれも全てはあのクソッタレな『皇帝』のせいだ!」
そういって2人はヤケ酒を煽る。
「それは気の毒に…まぁでも、嫌な事も全部忘れて今は楽しもうじゃないか!ほいほい!」
そう言ってアンリーザは2人のジョッキに酒を注ぐ。
「…おっ、気が効く姐ちゃんじゃねぇか。」
「そうだな、今は楽しもうぜ!乾杯!!」
「かんぱーい!」
〜数時間後〜
「ガッハッハ!姐ちゃん、最高だねぇ!今から俺らとどうよ?」
「そうそう!アンタ、スゲェ美人だし何よりその格好…清楚とは言わせねぇぜ?」
「ふふ…勿論さね、でもお2人のような素敵な方々、アタシ1人でお相手出来るかねぇ…」
完全に酔っ払った3人がこんな事を話し始めた。しかしその時、店の扉が開き、1人の女が入ってくる。
「失礼いたしますわ。」
その女は質素な装いに身を包んでいるが、その顔やスタイルは誰がどう見ても【特上】と答えるほどに素晴らしいモノであった。
「うわ、スゲェ美人…」
「あんな娘、この町にいたっけ…」
その時、何も思ったか、アンリーザはその女の方へ走っていく。それに気づいた女は狼狽える。
「な、何ですの貴女…」
「……」
アンリーザは上から下まで舐め回すようにその女を凝視した後、その手を掴んで上にあげた。
「2人とも!もう1人見つかったさね!!これで4○出来るよ!!」
「おっ!マジか!」
「おいおい、最高じゃねぇか!こんな美人2人とヤれるなんて!」
しかし当の本人は何の事か全く分かっていない様子だった。
「4○?って、何ですの?それにヤるってどういう…」
しかし困惑する女を無視してアンリーザは女の手を引く。
「いいからいいから!とにかくレッツゴー!!」
「ちょ、ちょっと!私はこの店で食事を…」
そのまま酔っ払い3人とその女は店を出て行ってしまった。
「……」
店が一気に静かになったが、ニューズは一言も喋らない。机の上に残された食べ物にも手を付けず、ただただ下を向いている。
「……やっと静かになったな…」
その時、店の隅にいた男が小さな声で口を開いた。その男は奇しくもニューズと同じように激しく落ち込んでおり、死んだ目をしていた。2人の席は少し離れた向かい合わせで、ニューズもその気配だけは感じていた。
「……」
それでも黙っているニューズに気付いたその男が再び口を開いた。
「…嬢ちゃん、大丈夫か…」
「………」
「大丈夫な訳ないか…悪かった…」
互いに最低限の口数で会話を進める。その2人の声には生気が全く感じられず、互いに対話どころでは無かった。
2人の対話には長い静寂が挟まる。そして男が満を辞して再び口を開く。
「…嬢ちゃん、何があった?もし良ければ俺に話してくれるか?」
「……何故、見ず知らずの貴方に話さなくてはいけないんですか?」
ニューズは少しイラついた様子でそう告げる。それでも男は話をやめない。
「……俺は今、自分が世界で1番不幸だと思ってる。だから、他人の不幸話を聞いて俺も救われたい。俺の他にもこんなに不幸なヤツがいるんだって…俺も頑張らなきゃなって思いたいんだ。」
「…何ですか、それ。」
「…自分が救われる為には先ず自分からだな。俺から話そう…聞いてくれ……先日、王都にいるハズの妻と娘がな………処刑されちまったんだ。」
そう告げながら男は大粒の涙を流す。
「くうっ!!どうやら娘が『魔女』の関係者と疑われて妻も巻き添えになったらしい…2人とも拷問の末、民衆の前で首を刎ねられて…それはもう無惨な最期だったんだと…」
「…そうですか…」
「…うぅ…家族はな…俺の宝だったんだよ…妻も娘も息子も…3人とも俺の大切な……」
その時、男は机の上の酒を一気に飲み干した。
「ぷはぁ!…それなのに俺は!俺は!!何もしてやれなかった…商売でヘマをしてしまったせいでマフィアから目を付けられ、身を隠すしか無かったんだ!そしてようやくその監視から逃れ、家族の元へ帰ろうとした矢先にこの始末だ…なぁ、救えねぇ話だろ…」
そう告げた男の顔は悲しみと後悔に満ちていた。危険な状況で生きる為に最善の策を取ったが故に、最も大切な家族が再会する前に死んでしまったのだ。心の中にはやるせなさが残る。
「…あぁ…俺は…俺は最低な父親だ…こんな父親でごめんな…ごめんな……」
男は懺悔の言葉を述べた。
それを聞いてニューズも顔を上げる。
「そんな事があったんですね…しかし…また『魔女』ですか…」
「嬢ちゃんも『魔女』関係か?」
「…えぇまぁ…詳しいことは言えませんが、友達を裏切ってしまったんです。そしてその子は死んでしまって…死に際に【アンタなんか友達じゃない】と言われました……当然ですよね…私はずっとあの子を騙してきたんですから…」
「……」
「少し前に親に捨てられてから、色々なことが起きすぎて…もう何が何だか…本当に疲れました…」
そう言ってニューズは机に突っ伏した。それを見た男は席を立って静かにニューズの隣に座る。そしてその肩に手を置いた。
「話してくれてありがとうな、嬢ちゃん。今は2人で泣こう…」
「……うぅ…いえ…ありがとうございます。」
そう言って2人は涙を流した。
そしてしばらくして涙を拭った男が話しかける。
「嬢ちゃん、名前はなんて言うんだ?」
「…ニューズです。」
「俺はケルタンだ、よろしくな。」
絶望の底にいた2人は奇妙な出会いを果たしたのだ。
〜同刻、アンリーザ達〜
「あのぉ…これは一体どういう事ですの?」
勢いのまま着いてきてしまった女は3人に連れられるまま、男たちの部屋まで来ていた。しかし、部屋に着くやいなや男2人が酔い潰れ、ベッドに倒れて眠ってしまったのだ。それにより広い部屋にアンリーザと2人きりになってしまった。
「思ったより根性がない連中さね。あの程度で酔い潰れるとはね。」
そう言ってアンリーザは部屋に置いてあったツマミを勝手に食べる。
「本当に混乱甚だしいですわ。いきなり誘拐されたかと思えば、その犯人たちがいきなり倒れるんですもの。」
「誘拐?犯人?何言ってるさね、ただの乱パだよ。」
「乱パ?何ですのそれ?…いいえ、そんな事はもうどうでも良いですわ。私はここで失礼致します、ごきげんよう。」
そう言って女は部屋を出て行こうとするが、酔っ払ったアンリーザが女に飛びつく。
「まぁ待つさね、せっかくだからここで飲み直そうじゃないか。幸い、酒はあるしね。」
そう言ってアンリーザは置いてあった酒瓶を床に置いた。
「な!こんなところでお酒を!?それも床で、ですの!?」
「ん?何だい、アンタもしかして酒が飲めないのかい?」
「いえ、そのような事は…ですが、こんな場所で飲むなんて…」
「別に庶民じゃ普通にやってる事さね、何か問題あるのかい?」
「それは…」
その様子を見てアンリーザは気付いた。
「あっ!その口調といい、アンタもしかして偉いところのお貴族様かい!?」
「ギクッ!」
女の反応は明らかに図星だった。
「はっはっは!どうりで平民にしてはめんこいと思ったさね。にしてもそんな格好で1人で出歩くなんて…もしかして家出かい?」
「ギ、ギクッ!……ち、違いますわよ!わたくしは!」
「隠さなくていいさね、別にアタシはこの町の人間じゃないから貴族がどうとかどうでもいいからね。それよりほらほら、一杯どうさね。」
そう言ってアンリーザはジョッキに注いだ酒を女に差し出した。全てを諦めて観念した女はため息をついて床に上品に座った。
「はぁ…分かりましたわ。こういう庶民のノリを体験したくて抜け出して来たんですから。」
そう言って女は渡されたジョッキを上品に口元に運び、一気に飲み干した。
「お、アンタいけるね!ほらほら、もう一杯!!」
10分前に会ったばかりの女2人の飲み会が幕を開けた。
私の名前はララメルク・ナイア・エンゲージ、今は『魔女狩り』の【四神】の1人とか呼ばれてる元侯爵令嬢ですわ。私の家『エンゲージ侯爵家』は『王国』に所属する大貴族で、家族は皆『王国』の要職に就いていますわ。
そんな正真正銘の令嬢である私がどうして『魔女狩り』なんかをやってるかですって?…そんな事、私が聞きたいぐらいですわ!!どこぞの男と政略結婚させられるのが嫌で、時間稼ぎとして『魔女狩り』に入る事を志願したのが全ての始まりでしたわ。後方支援のデスクワークでのらりくらりやっていく予定だったのですが、働き始めた初日に私のいた本部を『魔女』に襲撃されまして、その時に護衛として連れていたメイドのシピーレが運良くその『魔女』を殺してしまったのですわ。シピーレは私が幼い時にスラム街で拾ったメイドで、とっても強いんですの。隠密に優れるあの子が不意打ちで『魔女』を仕留めたところまでは良かったのですが、あの子が何とそれを私の仕業だと上に報告したんですわ!!まぁ少し褒められて嬉しくなったせいか、強く否定しなかった私も悪いですが、その功績によって私は後方支援ではなく最前線に派遣される事になったんですの!しかもそれ以降も次々に幸運が重なって成果を出し続けた結果が今の現状ですわ!『魔女狩り』最強の4人【四神】の1人とか言われてますけれど、私本当は全然強くないんですの!!その辺を歩いてる一般人と喧嘩してもボコボコに負けちゃうくらい、か弱い女の子なんですわ!!一応貴族らしく魔法は使えますけど、それも戦闘にはまるで役に立ちませんし…ですが、ここまできて本当の事は言えませんわ、だから仕事は全て部下に丸投げして、私はこうやって令嬢らしく自由に生きてるんですの。部下たちには内緒ですけれど…
今回の任務(『ツヴァイ』に派遣された)も出来るだけ安全な場所を選び、適当に遊んで終わらせる予定でしたのに、同じ【四神】の2人ガネールさんとオムリスさんがやられてしまったと聞いて私は戦慄しましたわ。順番的に次は私なのではないかと…ですから!私は逃げることに決めたのですわ!件の『魔女』たちがここ『ツヴァイ』にやってきたとしても、出会わなければ問題ありませんわ。ですから襲撃される可能性の高い『魔女狩り』の拠点から抜け出し、こうやって庶民になりすましているのですわ。
しかし!休憩がてらに入った店でいきなり酔っ払いたちに絡まれて誘拐されたかと思えば、知らない男の家で知らない女と2人で飲むというカオスな状況になっていますわ。まぁでもここならシピーレに見つかる事もないでしょうし、私が『魔女狩り』であるという事がバレないように気をつけながら、しばらく世話になるとしましょうか。
〜数時間後〜
「ぷはぁ!!…メルク!アンタ、やっぱり最高さね!!」
「ぷはぁ!!…アンリさんもですわ!私、こんなに楽しいのは初めてですわ!」
数時間で2人はすっかり意気投合していた。酒で顔を真っ赤にした2人は更に次の一杯を飲み干していく。
「はぁ…それにしてもコイツら、いつまで寝てるさね。」
アンリーザは未だに眠っている男2人を指差した。
「そうですわね、全く…男の癖にだらしないですわ。」
「そういえば、メルクは侯爵令嬢だって言ってたね?どうして『ツヴァイ』に?」
それを聞いたララメルクは冷や汗を流しながら目を逸らす。
「…ええっと……そうですわね……そう!視察ですわ!貴族としてこの町を視察しに来たのですわ!」
「へぇ…それにしても護衛とかも無しでこんなところをほっつき歩いても大丈夫さね?」
(ここに連れてきたのは貴女ですけどね!)
「だ、大丈夫ですわ。私はこう見えても強いんですのよ。どんな敵が襲ってきたって全員返り討ちにしてやりますわ!」
しかしそれを聞いたアンリーザに疑惑の表情が浮かぶ。
「そうさね?パッと見、全然強そうに見えないけど……ホントに強いさね?」
(ぐっ!いつもはこれでいけるんですけれど、やっぱり初対面の人を騙すのは無理ですわ!どうしましょう!話題を何とか逸らさないと!)
「そういうアンリさんはどうして『ツヴァイ』に来たのですか?」
それを聞いて今度はアンリが冷や汗を流しながら目を逸らす。
「…ええっと…そうさね………か、観光?さね?」
「どうして疑問系なのですか?」
「か、観光さね!そう、この港町の風景を楽しむ為に旅の途中で寄ったのさ!」
(危ない危ない…アタシが『魔女』である事だけは隠さないとねぇ)
互いに重要な秘密を隠しつつも2人の酒宴は夜まで続いた。
〜数日前、『ツヴァイ』の中央区にある大きな建物〜
『ツヴァイ』の中心にあるこの建物の最上階に作られた会議室には、9人の人間が席に着いていた。空席を一つだけ残して席に着く彼らの顔にいつもの笑顔はない。それは今日呼び出された理由にあるからだ。
そんな緊張した雰囲気の中、1人の男が口を開いた。
「…陛下はまだなのか?」
「予定の時刻を大幅に過ぎている。だが待つしかあるまい。」
答えた男の言う通り、既に約束の時間から2時間近く過ぎている。しかしそれでも彼らに帰るという選択肢はない。
「…ところで、ケルタンの旦那は本当に大丈夫なのか?」
1人の若い男の口からその名前が出る。
「全く大丈夫ではないわね。毎日飲んだくれていないと、いつ自殺してもおかしくないような精神状態だと聞いたわ。」
「無理もない、最愛の家族を2人も同時に失ったんだ。それも公開処刑という最悪な形でな。…アイツがいなくなればこの『商工会』を誰がまとめるというんだ…」
『商工会』とは港町『ツヴァイ』を治める組織だ。『ツヴァイ』に定住する商人の中でも大きな権力を持った大商人から10名が選出され、『ツヴァイ』の民を治めるのだ。
ケルタンはその『商工会』に属しており、その温厚な性格と実力から、癖の強い大商人たちのまとめ役をしていた。しかし先日の家族の訃報で心に深い傷を負い、今日の国王陛下の訪問にさえ顔を出さなかったのだ。
「マフィアがやっと手を引いたと思ったら、次は家族の死か…本当に同情しますよ。」
ケルタンは少し前までとあるマフィアに目を付けられており、しばらく身を隠していた。『商工会』にも顔を出せず、マフィアの目を避けながらひっそりと生きてきたが、そのマフィアの母体が何者かによって滅ぼされたおかげでケルタンの監視が無くなり、最近では『商工会』にも復帰していたのだ。しかし再び姿を見せなくなった事に一同は不安を感じていたのだ。
「今はあの人を信じて待ちましょう。…それよりもどうやらいらっしゃったようですよ。」
その言葉を聞いた瞬間、全員が席を立ち上がった。そして入口の扉を注視する。
コンコン…
入口の扉がノックされる。それを聞いた1人の男が声を出す。
「どうぞ。」
「では失礼する。」
扉の向こうから声が聞こえたと同時に扉が開いた。それと同時に9人は一斉に地面に跪く。その動きは非常に洗練されていた。
トッ…トッ…トッ…
全員が顔を下げる中、入って来た者達の足音だけが部屋に響き渡る。そんな中、『商工会』の面々は冷汗が止まらない。全員が恐怖に怯えているのだ。
やがて足音が部屋の最奥にある豪華な椅子の前で止まり、その者が席に座ったのを確認した。しかし9人は決して顔を上げない。その者からの指示を待っているのだ。
「…頭を上げよ。」
先ほどと同じ声を聞いて全員が頭を上げる。その視線の先に居たのは、1人の文官風の男と、1人の騎士風の女と、席に腰掛ける豪華な装いの男だった。
「陛下の御前だ。代表者は挨拶を。」
それを聞いて最も年齢の高い男が声を発する。
「ははっ…本日はお日柄も良く、陛下におかれましては…」
「ああ、そういうのいいから。めんどくさいし。」
緊張でガチガチの男の挨拶を遮って陛下と呼ばれた男は適当に答えた。そしてそのまま続ける。
「さっさと要件済まして帰るよ、タグスンテ。」
「畏まりました、陛下。」
タグスンテと呼ばれた文官風の男は懐から巻物を取り出して読み上げる。
「これより勅命を下す。【来月よりこの町が王家に納める税金を2倍とする】。以上だ。」
タグスンテが発した内容はとんでもないものだった。王国に属する『ツヴァイ』は今までも王家へ税金を納めていた。それをいきなり倍にすると言われ、9人は驚愕を隠しえない。
「お、お待ちください!いきなり2倍とはいくら何でも無茶でございます!」
「最近は商人の数も減ってきており、我々も何とか対策を講じているのです!どうかお慈悲を!」
その2人は頭を下げて懇願した。しかしそれを見ても文官風の男は眉一つ動かさない。
「ダメだ、これは既に決定事項である。貴様らは陛下の」
「剣、1秒。」
その瞬間、陛下と呼ばれた男が隣に控える女を見て頭を下げる2人に指を差した。
「はっ。」
スンッ…………ボト…
「え」
次の瞬間、その2人の首が地面に落ちた。
2つの切断面からは絶え間なく血が流れ落ちる。床は2人の血で真っ赤に染まった。
「ひいっ!」
商工会の1人が悲鳴を上げて尻餅をついた。他のメンバーは微動だにしないが内心では冷汗ダラダラで、下を向いたままの顔は引き攣っていた。
2人の首を落とした女は剣を鞘に納め、元の位置に戻った。そして席に座った男は不機嫌そうに口を開く。
「あのさぁ、わざわざこの僕がこんな魚臭い場所まで来てやったんだからその意味分かるよね?……いちいち逆らうんじゃねぇよ。」
そう言って男は強烈な殺気を剥き出しにした。その殺気はその男の危険性と残虐性を示すには十分であり、残った7人は更に萎縮する。
「ははっ、なーんてね。まぁ金さえ送ってくれればいいから。それじゃあよろしくー。」
そう言って男は立ち上がって部屋から出て行こうとする。側に控える2人も後ろを付き従って歩く。しかし扉の前で足を止めた男は振り返って口を開く。
「そうそうタグスンテ、そこで死んでる2人の家族はあの部屋に送っといて。従業員の中でもいいのがいたらソイツらも全部。」
「かしこまりました。厳選しておきます。」
そんな不穏な会話を済ませて3人は部屋を出て行った。
部屋に残った7人は3人がいなくなってからも数分の間は動けなかった。それほどの恐怖と衝撃を植え付けられた7人だったが、1人の男が口を開いた。
「…これからどうする…」
「…どうって…従うしかないでしょう…」
「…そうよ、逆らったら私たちもあんな風に…」
そう言って2人の死体を見つめる。しかしそんな中、1人の男が勇気を持って口を開く。
「…しかしハッキリ言って、税金が2倍というのは不可能だ。今までですら安くない税を払わされていた。ここから2倍とはあまりにも無茶だとは思わんか?」
「そんな事は皆んな分かってますよ。でも陛下からの勅命じゃあ、どうしようもないでしょう。」
「交渉の余地が無いのはさっきので明らかだ。ならば何とかして従うしか…」
先ほどの残虐な現場を見せられ、部屋の中には諦めムードが漂っていた。しかしその1人の男だけは違った。
「いや、絶対に無理だ。今の景気で倍など払えるハズがない!王家はおそらく、我々を見限ったのだ!最期に取れるだけ搾取してから捨てるつもりに違いない!」
男がこう告げるのには理由があった。それは新たに建国された『帝国』の存在である。『アインス』を滅ぼした帝国が次に攻めるのは『ツヴァイ』である可能性が高い。故に、『帝国』に滅ぼされる前に搾り取ってしまおうと考える事も出来る。
「ではどうするんですか!!王家を敵に回すおつもりですか!!」
「その通りだ!今こそ我々の力で王国に反旗を翻そうではないか!!」
その言葉を聞いた6人は戦慄する。
「ま、待ちたまえ!そんな事が出来るはずがない!!相手はあの陛下だ!我々だけで勝てるわけがない!」
「その通りだ!ツヴァイは元々武力を殆ど持っていない!戦争など無理だ!」
「それに今は『帝国』の侵攻に備えている途中だ!二つの国を同時に相手にするなど……はっ!」
その時、何人かの頭にとある作戦が浮かんだ。
「そう、それなのだ!『帝国』に攻められる前に逆に『帝国』と同盟を結び、王家と敵対する。何なら『帝国』の傘下に入ってもいい。かの皇帝の治世は素晴らしいと聞く、王国に仕えるより遥かにマシになるだろう。それに本来、武力を持たぬ我々は現在、『帝国』に備えて軍備を新調している。『帝国』の力を借りれば、王家とも十分に戦える!」
その作戦を聞いた全員は息を呑む。そしてその男は続ける。
「今こそ動き出す時だ!この町の命運を賭けた戦い、皆んな覚悟はいいか?」
全員が黙る。先ほどの恐怖が未だに目に染み付いている。相手は大陸最大の王国、争うなど正気の沙汰ではない。それでも商人たちの代表として、最善の策としてこうせざるを得ないのだ。
「やりましょう。それしか我々の生き延びる道はありません。」
「私も協力します、あの2人の弔い合戦でもありますからね。」
「俺は裏の繋がりを使って兵を集める。質の良い傭兵を出来る限り手配しよう。」
「私は武器を調達します。」
「では私は周辺の商人たちをかき集めますわ。」
「『帝国』との交渉はお任せを、あの街とは昔から繋がりがあります。何としても首を縦に振らせて見せます。」
こうして商工会は対王国に向けて動き出した。この選択により『ツヴァイ』と王国との戦争が幕を開けるのだ。
状況整理
セイナとパーナ
メイド服の少女シピーレと共に、逃げ出したお嬢様とやらを捜索中。シピーレはララメルクに忠誠を誓うメイドで高い戦闘力を持つが、世間知らずのポンコツ。2人が『魔女』である事をシピーレは知らず、シピーレが『魔女狩り』である事も2人は知らない。
ニューズ
ケルタン(商工会の一員かつ、セイナの実父)と打ち解け、互いに心の傷を癒し中。ケルタンは優秀な商人で、娘が死んだと思っている。ニューズが『魔女』であることをケルタンは知らず、ケルタンがセイナの実父である事もニューズは知らない。
アンリーザ
ララメルク(『魔女狩り』の最高幹部)と呑気に飲み会中。ララメルクは運が良いだけのクソ雑魚令嬢だが、その事を周りに隠している。アンリーザが『魔女』である事をララメルクは知らず、ララメルクが『魔女狩り』である事もアンリーザは知らない。
商工会が動き出したのは数日前なので、現在の時間軸では既に王国への反乱が少しずつ始まっています。




