バケモノ
『アインス国』から脱出した4人は次の街へ行くべく平野を歩いていた。
「はぁー、疲れたさね。そろそろ休憩にしないかい?」
「さっきも休憩したでしょ?ほら、早く歩く歩く。」
文句ばかり言うアンリーザの意見を無視してセイナは同じペースで歩き続ける。
「そもそもセイナの魔法を使えば次の街まで一瞬じゃないのかい?どうしてそうしないさね?」
「バカ言わないで、私の魔法だって万能じゃないの。私の魔法は移動させる人間の大きさと距離によって使う体力が変わるの。4人を一気に移動させるのは大体5kmが限界、でもそれをしたら私は半日以上動けなくなるわ。だから結局歩いた方が速いってこと。それにね…」
そう言ってセイナはパーナとニューズの方を見た。
「うぅ…ノイファ…ネルヴァさん……」
「……」
2人とも先の一件を引きずっており、ずっと落ち込んでいる。
(この2人がいる以上、万が一にも強敵が現れた場合に備えて私の魔法は温存すべきだわ。)
「それでニューズ、次の目的地『ツヴァイ』はコッチで合ってるの?」
「……はい、このまま真っ直ぐです…」
ニューズはセイナと顔も合わせずに、小さな声でそう呟いた。
「港町『ツヴァイ』…アタシも行った事ないけど、どんな町なのかねぇ。」
「聞いた話だと、かなり活気のある町らしいわ。全国から集まった商人たちが集う場所で、世界の流通の中心とまで言われているわね。」
「おやセイナさん、ヤケに詳しいさね。どうしてだい?」
「…私のお父さんは商人だからね。小さい頃によく聞かされたわ。」
セイナの父親は商人であり、数年前に行方不明になっている。そのせいでセイナの一家は家計が崩壊し、セイナは『魔女』との取引を行ってしまった。セイナの今の地獄のような現状も元を糺せば父親が行方不明になったせいともいえる。
「そうなのかい…それは少し楽しみさね。何せ有力な商人と関係を持てればアタシたちの目的である【世界をぶっ壊す】ってのにも活かせるかもしれないしねぇ。」
それを聞いたセイナは思い出したかのように手を叩く。
「そうよ!私たちの最終目標は【世界征服】!大陸の国々を滅ぼし、私たち『魔女』をトップとした共栄圏を創り上げる事よ!!そろそろ本格的に動き出さなきゃね!!」
「よ、その粋さねリーダー!アタシたちも協力するよ!ね、2人とも!」
「……」
そう言ってアンリーザはパーナとニューズの方を見た。しかし2人はやはり何も言わない。
(うーん…やっぱりノイファと仲の良かった2人が立ち直るのは時間がかかりそうね…)
そんな事を考えながらセイナは歩き続けた。そしてしばらく歩いて、ふと考えを巡らせる。
(…あの時は凄くショックだったけど、私は今はもう何も感じてない。パーナたちほどあの2人と親密だったわけじゃないけど、私もかなり世話になってたわ。なのに私はもう……)
セイナは2人ほど悲しみが湧いてこない自分の感情に違和感を覚えていた。パーナと出会った時はほぼ初対面の1人を殺しただけで半日以上悩み続けていたのに、今ではどれだけ人を殺しても何も感じない。それどころか、洗脳された『魔女狩り』数十人を1人で殲滅した時、セイナは心の中でとある感情を抱えていた。
(あの時に私が感じたのは………えもいえぬ快感、そして満足感だった。まだ多少の罪悪感は残っているけど、後悔や懺悔という感情は無くなってしまった……私はもう心まで『魔女』になってしまったのかしら…)
セイナは本物の『魔女』になりつつある自分の内なる変化に恐怖を感じ始めていた。
4人は各々の想いを抱えて、次の街への道のりを歩き続ける。
数日後、4人は遂に『ツヴァイ』に到着した。
「やっと着いたわ!!はぁ…もうヘトヘトよ。」
「…そうだね、何とか食糧も水もギリギリ足りて良かった。」
セイナに返事したのはパーナだ。パーナはここ数日で、話せるレベルには立ち直っていた。それでも未だ表情は暗く、最低限しか話さない。
「そうね、少し申し訳なかったけど、2人の家から食糧と水を貰っておいて正解だったわ。」
4人はネルヴァの家から盗んで来た食糧で食い繋ぎながら旅をしていた。それが全て無くなって半日ほど経った今、ちょうど『ツヴァイ』に到着したのだ。
4人の目の前には『ツヴァイ』の町が広がっている。そして今後についてセイナが話し始める。
「はい注目。これから私たちがやる事は2つ、仲間集めと情報収集よ。パーナの能力で『魔女』に出来る人間、死体の方が理想かしらね。パーナ、貴女の能力で蘇らせるにはどの程度の死体の大きさが必要なの?」
「…うーんとね…最低でも身体の一部分が無いとダメなの。最低でも手首くらいの大きさがないと確実とは言えない。それと白骨化してたらもうダメ、だから墓から掘り起こしたりとかは出来ないの。」
元気がない様子のパーナをセイナが優しく頭を撫でながら話す。
「分かったわ、なら今回も二手に分けましょう。私とパーナは仲間探し、ニューズとアンリは情報収集かしらね。」
「また分かれても大丈夫さね?次こそは助けないかもしれないよ?」
アンリは『ヌル』でセイナが『魔女狩り』に捕まったことを指摘する。
「ええ、勿論よ。もうあんなミスはしないわ。それにアレは全部あのクソ野郎のせいで…」
アルティードを思い出し、セイナは怒りに震える。
「はいはい、分かったさね。それでセイナ、アタシたちはどんな情報を集めればいいさね?」
「欲しい情報は3つ。
1つは[この町の事]について。
先ずは私たちの安全が最優先ね。
次に[この世界の強者]の情報、あの変態みたいに私たちを倒せるレベルの強者が他にもいるかもしれないわ。『王国』に限らず、あらゆる方面から調べて欲しい。
そして最後は…まぁかなり希望的観測になるんだけど、私たちの拠点にできる町や村の調査ね。将来的に戦争をするにしても絶対に決まった拠点が必要よ、だから私たち『魔女』への偏見が無い場所…出来れば私たちに全面的に協力してくれるコミュニティがベストね。そんな変わった町や村があれば調査して来て。」
「了解さね、集合は3日後の夜にこの場所でいいかい?」
「分かったわ、パーナ行くわよ。」
「うん、じゃあニューズ、アンリーザさん、またね。」
そうしてセイナとパーナは街の中へ向かって歩いて行った。
「それじゃあアタシたちも行くさね、ニューズ。」
「…はい。」
2人はセイナ達とは別の方向へ歩いて行った。
〜数時間前、『ツヴァイ』にある『魔女狩り』の拠点〜
部屋にいるのは2人の女。1人は部屋の奥にある豪華な椅子に腰掛け、優雅に紅茶を飲んでいる。メイド服を着たもう1人は手に資料を持ち、ピンとした姿勢で直立している。そしてしばらく沈黙が続いた後、女が紅茶のカップを机の上に置いて話し始める。
「…それでピーレ、報告を聞こうかしら?」
ピーレと呼ばれた女がそれに反応する。
「はい、メルク様。『アインス国』と『帝国』の戦争ですが、『帝国』の勝利で終わりました。それによって『アインス国』の民の約半数、そして教会に所属していた『ラバス教』の関係者は全員死亡したそうです。その中には【四神】のオムリス様も含まれているとの事です。」
メルクと呼ばれた女はそれを聞いて、ため息を吐く。
「はぁ…そう。報告、ご苦労。」
メルクはそう言って再び紅茶を飲む。しかしその手は僅かに震えているように見えた。
「ふぅ……よし、『アインス国』が落ちたのでしたら一度作戦を練り直す必要がありますわね。私たちも『王国』に帰りましょうか。」
メルクはそう言って勢いよく席を立ち、部屋の扉に手をかけようとする。しかしピーレがそれを制止する。
「お待ちください。本部から、我々は『ツヴァイ』に留まれとの指令を受けてございます。『帝国』の侵攻を食い止めよとのことです。」
それを聞いたメルクはフリーズする。そして引き攣ったような顔でピーレに向き直る。
「…そ、そうでしたのね…分かりましたわ。」
メルクはゆっくりと元の席まで戻り、ゆっくりと腰掛ける。
「メルク様、これからいかがいたしましょうか。私としましてはやはり、『魔女狩り』最強の【四神】である[玄武]ララメルクここにありと宣伝しながら街中を行脚するのがよろしいかと。失われつつある『ラバス教』の威信を取り戻すと言う意味でも、敵を誘き寄せるという意味でも最適かと。」
それを聞いたララメルクは紅茶を飲み干してから、腕を組む。
「……ピーレ、それはまたの機会でいいですわ。今はとにかく何もせずに待機ですわ。分かったかしら?」
「畏まりました、お嬢様。」
ピーレはそう言って膝をついた。
「お嬢様はやめてって言ったでしょ。今はもう上司と部下なんだから。」
「畏まりました、メルク様。」
「…はぁ…」
ララメルクのその小さなため息は誰にも聞かれる事は無かった。




