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ああ、約束だ

戦争開戦から数日前、ネルヴァが【聖騎士】の訓練場にいるところから始まります。

「ふんっ!…ふんっ!…」


 静寂の中で、剣が空を切る音と息を吐く声が響き渡る。


「ふんっ!…ふんっ!」


 周囲に一定のリズムを刻んでいるその剣士の名前はネ(・)ル(・)ヴ(・)ァ(・)、『アインス国』の最高指導者である教皇に仕える軍人【聖騎士】の1人である。

 ネルヴァは毎日の日課として、早朝に剣の素振りをしていた。手のマメは既に潰れ、剣の持ち手に血が滲む。鈍い痛みを感じながらも、ネルヴァは剣を振るのをやめない。



「ふんっ!…ふんっ!…」


 その掛け声が1000を超える頃、ネルヴァのいる道場に近付いてくる足音があった。


「おっ、今日もやってんのか。オメェは相変わらず真面目だなぁ、ネルヴァ。」


 そう言ってズカズカと入ってきたのは鎧を着た男だ。その男は30代くらいで、無精髭を生やし、ゆっくりと歩いてくる。


「ふんっ!……フ(・)レ(・)イ(・)ゼ(・)ル(・)先(・)輩(・)…後にしてもらえますか?今は忙しい…ふんっ!…」


「ダメだ、上官命令だ。今すぐにそれをやめろ。」


 フレイゼルと呼ばれた男は真剣な表情でそう命令する。その瞬間、ネルヴァは振り上げた剣をピタッと停止させた。そしてそのままの状態で、フレイゼルを睨み付けながら呟く。


「……撤回を。」


「撤回はしない。今日の鍛錬はここまでだ。」


 フレイゼルが即答すると、ネルヴァは仕方なく剣を収めた。すると、フレイゼルが再びニヤつきながら歩いてくる。


「ったくよぉ…一々上官命令なんかさせんな。俺はオメェの為を思ってだなぁ。」


「ふぅ…余計なお世話です。まだノルマまで半分しか終わってないのに…」


 汗だくのネルヴァは剣を納めて近くのベンチに腰掛けた。


「はぁ…」


「よいしょっと…ほらよ。」


 そのまま隣に座ったフレイゼルはネルヴァに水の入った水筒を手渡す。ネルヴァはそれを受け取って、一気に飲み干した。


「ぷはぁ……ありがとうございます。」


「おうよ、でも訓練はほどほどにな。オメェは俺が止めねぇと倒れるまでやるからな。」


「忠告感謝します。ですが女である私は人一倍努力せねば、皆に追いつけない。アナタだって分かってるでしょう。」


 ネルヴァがこう言うのには理由があった。『アインス国』では『王国』同様に[男尊女卑]の考えが浸透していた。ネルヴァはその類稀なる努力と才能で、女だてらに【聖騎士】になったが、女というだけで奇異な目で見られる。同じミスをしても女だからと馬鹿にされ、生理で休む事すら許されない。そんなネルヴァが【聖騎士】としてやっていくには人一倍努力するしか無かった。女として単純な肉体性能で男に劣るネルヴァは、こうして毎日肉体を鍛えているのだ。


「皆んなお前に嫉妬してるのさ。俺たちは実力が全て、男か女かなんて大した差じゃない。」


「そんな奇特な考えなのはアナタぐらいだ。」


「はっ、そうか?まぁ、俺は変わってるってよく言われるからな。」


 フレイゼルはネルヴァの先輩だ。【聖騎士】の中でも、唯一ネルヴァに話しかける変わり者で、男女の偏見を持たない柔軟な感性を持つ男である。


「それより、最近ちと張り切り過ぎじゃねぇか?やり過ぎは身体を壊すぞ。」


「そうですね…ですが、『ヌル』との戦争が近付いている。それ故に少し張り切っているかもしれない。」


 ネルヴァの懸念は先日、大都市『ヌル』が『ソメイ帝国』として『王国』から独立した事だった。そして『王国』の属国かつ『帝国』の隣国として『アインス国』は敵対する立場にある。『帝国』からいつ宣戦布告されるか分からないという状況であり、来たる決戦に備えてネルヴァを含めた【聖騎士】たちは気を張っていた。


「『帝国』か…にしてもヤツらは一体何を考えているんだろうな。」


「皇帝とやらは『魔女』の解放を掲げているらしいですが…全く馬鹿げた話だ。歴史を知らない愚か者が…」


 ネルヴァがこう言うのにも理由がある。『アインス国』の教育課程で必ず教えられる歴史の中に、『魔女』という存在が必ず出てくる。『魔女』は常軌を逸した力を保有する人間(女)の事を指し、人間の死や時空すら超越する化物だ。協力する分には心強いことこの上ないが、一度敵に回れば天災級の脅威となる。故に約100年前から『魔女』を迫害し、数を減らす事を大陸全ての国での取り決めとなった。それが今日まで続いているワケだが、新たに国を興した皇帝(アルティード)はこれを破り、『魔女』を保護しようとしているのだ。


「『魔女』が解き放たれれば、確実に世界は『魔女』に支配される。ヤツらの力はそれほどに強大だ。だからこそ徹底的に迫害し、根絶するべきだ。こんな事、子供でも知っている事実だと思うがな。」


「何にせよ、この地を踏み荒らすというのならコチラも全力で戦うだけだ。」


 そう言ってネルヴァは立ち上がって、手に持っていた『白の輪』を空に掲げた。これは『ラバス教』の祈りを捧げるポーズである。


「よく言った!俺たちの国を絶対に守りきるぞ、ネルヴァ。」


 フレイゼルも立ち上がって同様に『白の輪』を掲げた。

 そしてフレイゼルは思い出したかのようにネルヴァの方を見る。



「それよりも、そろそろ良い男は見つかったか?オメェもそろそろ良い年だろ?」


「ブフゥ!!…いきなり何言い出しやがる!」


 驚いてネルヴァは思わず顔を赤くする。


「はっはっは!!そんなんじゃダメだな。オメェは興奮すると俺相手でも口が悪くなるな。全く、女なのにどうしてこうなっちまったのかねぇ…こんなんじゃ嫁の貰い手が無いぞ…もっと上品に喋れよ。」


 フレイゼルはネルヴァと長い付き合いだ。ネルヴァは女だが男勝りの性格をしている。それ故に周りから舐められないに乱暴な口調だが、尊敬しているフレイゼル相手にはある程度マシな話し方をする。しかし興奮するとそれも忘れて元の乱暴な口調が出てしまう。


「ふんっ…いいんだよ、私は国の為に生きる【聖騎士】ですからね、自分の幸せなんて二の次で。」


 そう言ってネルヴァは懐から取り出した煙草を口に咥えた。


「まぁ、そりゃそうだな。……だが、もし良かったら俺がオメェを嫁にしてやってもいいぞ。」


 それを聞いたネルヴァは思わず口が開き、咥えていた煙草を地面に落とした。


「せ、先輩!?」


 ネルヴァは更に顔を赤くしながらフレイゼルの顔を見る。それに対してフレイゼルも真剣な表情で答える。


「ああネルヴァ、俺はお前の事が…」


「お!おい!!こんなところで何を言い出しやがる!!」


 全てを察したネルヴァは自身の顔を隠しながらフレイゼルを止めようとする。

 しかし次の瞬間、フレイゼルはニカっと笑った。


「へへっ!なーんてな!冗談だよ冗談!まさか、本気にしたのか?」


 フレイゼルはそう言ってネルヴァを指差す。


「………」


「はっはっは!!お前もなんだかんだ言ってやっぱり男も知らねえ生娘だったってワケだ!!はっはっは!!」


 フレイゼルはベンチを叩いて大笑いする。それを見て黙り込んでいたネルヴァが剣を引き抜いた。


「っ〜!!!殺す!!ぜってぇ殺す!!」


 顔を真っ赤に染めたネルヴァは怒りのままにフレイゼルに襲いかかった。


「うひゃあ!怖い怖い!」


 笑いながらフレイゼルはネルヴァから逃げ回った。


「絶対に許さん!!殺す殺す殺す!!」


「おいおい!真剣は違うだろ!」


 剣を振り回してフレイゼルを追いかけるネルヴァだったが、疲労困憊のネルヴァはしばらく走り回った後、直ぐに限界が来た。


「はぁはぁ………」



 バタンッ!!



 ネルヴァはその場で倒れて気絶してしまった。それを見てフレイゼルもやれやれと言った表情をする。


「…少し揶揄いすぎたかな。おーい……はぁ…よいしょっと。」


 フレイゼルはネルヴァが完全に気絶している事を確認し、背中に背負い上げた。そして近くにある医務室まで運ぶ事にした。


「重いな…ってまたこんな事言ったらキレるんだろうな。」


 ガタイの良いネルヴァは思ったよりも重く、思わずそんな感想が溢れる。しかし肉体を鍛えているフレイゼルは易々とネルヴァを背負いながら歩く。


「……」


 その道中、フレイゼルから小さな呟きがこぼれ出る。


「…嫁にってのは本(・)音(・)なんだがなぁ…」




 そんな2人の当たり前の日常にも終わりの足音が迫っていた。






〜数日後〜


 【聖騎士】たちは全員が広い広場に集められ、整列させられていた。全員は一糸乱れぬ直立姿勢で命令を待つ。勿論、ネルヴァとフレイゼルもその中にいる。

 しばらくして広場の高台にある壇上に1人の男が立つ。その男は他の者より豪華な隊服を着ており、位の高い【聖騎士】である事が伺える。


「誉れ高き『アインス』の【聖騎士】諸君!!知っての通り、先ほど『ソメイ帝国』から宣戦布告を受けた!!アチラの要求は『ラバス教』の教義の改変、もしくは完全服従だ!!当然、こんなふざけた要求など受け入れられるばすはない!!我々の祖先と【始祖様】の名の下に、帝国と全面戦争を始める!!以上!!各員、戦に備えよ!!」


《はっ!!》


 上官の命令に、【聖騎士】たちは一斉に敬礼する。


「解散!!」


 そして【聖騎士】たちは各々の準備に入る為に忙しなく動き始めた。


 ネルヴァとフレイゼルも2人で準備の為に動き出していた。


「ようやく来たな、ネルヴァ。」


「そうですね、私たちも急ぎましょう。」


 逸る気持ちを抑えきれないネルヴァは早歩きで何処かへ行こうとする。しかしフレイゼルはそんなネルヴァの腕を掴んで止める。


「待て待て、出立は5日後だ。そんなに焦っても仕方ないだろう。」


「ですが…」


「張り切る気持ちは分かるが、一度落ち着け。」


「……はい、ありがとうございます。」


 一度深呼吸したネルヴァは落ち着いた様子だった。


「あんまり言いたくはねぇがな…今回の戦、すげぇ嫌な予感がするんだ。」


 フレイゼルは何とも言えない嫌な予感がずっとしていた。しかしネルヴァはそれを理解出来ない。


「何故です?『帝国』なんて所詮は王国の一都市が独立しただけでしょう?戦力的に我々が負ける事など万に一つも無いように思いますが…」


 ネルヴァの言う通りこの戦は『アインス国』が圧倒的に有利である。フレイゼルもそんな事は十分に理解している。


「…そりゃそうなんだがなぁ…」


「何か不安な事が?」


「俺は昔、一度だけ『ヌル』の都市長(皇帝)を見た事がある。そん時のヤツは…何と言うか、底の見えない力を感じたんだ。今まで狩ってきたどの『魔女』よりも凄まじい存在感……ヤツが戦場に立つのならばこの戦争、分からなくなるぞ。」


 フレイゼルは真剣な表情でそう告げた。それを受けてネルヴァも気を引き締める。


「そうですか…ですが最後は私たちが勝ちますよ。【始祖様】の名の下に。」


 ネルヴァは【白の輪】を掲げ、そう宣言した。




 ネルヴァは自室へ戻り、準備を始めていた。しかしその時、思い出したかのように手を叩く。


「…そうだ、しばらく帰れないだろうし妹(ノイファ)の顔だけでも見に帰るとするか。」


 そう思ったネルヴァは軽い荷物を持って部屋を出た。そして向かった先は自身の愛馬の元だった。


「今日もよろしく頼むな。」


 ネルヴァはその馬の首筋を優しく撫で、馬も嬉しそうに鼻息を吐く。そしてネルヴァは勢いよくその背に乗った。


「セイナたちにも挨拶しておかねぇとな…今生の別れにならねぇといいが…」


 そして手綱を握り、故郷へ向かって走り出した。



「……」


 馬で荒野を駆けるネルヴァの頭の中にはフレイゼルからの言葉が反復していた。しかしそんな不安を押し殺すように自分に言い聞かせ、考えないようにしながら馬を走らせ続けた。






私の名前はネルヴァ、『アインス国』の【聖騎士】をやってる。まだまだヒヨッコだけどな。私が【聖騎士】になったのは両親の影響が大きい。私の親は2人とも【聖騎士】だった。すげぇ強くてカッコいい、尊敬できる両親だった。だが私が15歳の時に、2人とも死んじまった。とある『魔女』の討伐に出たきり帰って来なかったんだと。『魔女』ってのは100年前に世界を二分した【始祖】の1人の生まれ変わりと言われてる連中だ。『魔女』は常人では太刀打ちできない程の強力な魔法を有しているらしい。『ラバス教』では『魔女』の迫害を掲げており、世界の敵と断定している。まぁ、私もまだ出会った事ねぇからよく分かんねぇんだけどな。だけどそれも私の両親みたいな人たちが命を賭けて『魔女』を減らしてくれたおかげなんだろうな。だから私もそんな両親に憧れて【聖騎士】になったってわけだ。

 【聖騎士】になってからも大変だった。周りのヤツらは私が女だからって、私を遠ざける。それどころか私の邪魔をするヤツやくだらねぇいちゃもんを付けてくるヤツもいた。まぁソイツらは全員、私が叩きのめしたがな。そんな訳で私は【聖騎士】の中では浮いた存在ってこった。私は気にしちゃいないしな。

 さて、私には残された唯一の家族がいる。それがノイファだ。アイツは私の10個下で、今は故郷のヤブ医者(父親の知り合い)の元で看護師見習いをやってる。アイツは私や母さんたちと違って、弱えぇし鈍臭い。運動音痴だし、チビだ。おまけに能(・)力(・)は(・)ハ(・)ナ(・)ク(・)ソ(・)みたいに弱くてモンで使い物にならねぇ。そのクセ、プライドだけは一丁前に高ぇから友達の1人も出来やしねぇ。まぁ、友達がいねぇのは私も同じだけどな。だがアイツは私と違って実は友達を欲しがってる。外で遊ぶ子供たちを見ていつも羨ましそうにしてたからな。ん?いや、私は違うぞ?私は好きで1人でいるんだ。決して私も友達が欲しいなんて事は……いや、そんな事はどうでもいいか。

 そんなぼっちでダメダメな妹だがな…ノイファは今の私と唯一の血の繋がった家族だ、可愛い可愛い私の妹だ、アイツは今の私の全部なんだよ。アイツの為なら私は何だってする、それが母さんと父さんとの最期の約束だから……【聖騎士】になれなかったアイツの為にも、私が【聖騎士】として、アイツの姉として立派な姿見せてやらねぇといけねぇんだ。

 まぁそんな訳で、『帝国』だか何だか知らねえが、私の母国を、妹(ノイファ)を、私の全てを奪おうとするヤツは絶対に許さねぇ。全員返り討ちにしてやるよ。覚悟しとけ、アルティードゼクス(皇帝)。




 まもなく、『アインス国』と『ソメイ帝国』の戦端が開かようとしていた。







〜約2ヶ月後〜


 2ヶ月前に始まった戦争はずっと続いていた。想定されていたよりも長期戦となっているこの戦の様相は、概ね『アインス国』側が有利であった。やはり兵力差は圧倒的であり、訓練された【聖騎士】の存在によって帝国軍はかなり攻めあぐねていたのだ。現在、帝国軍は荒野の端に布陣し、アインス国軍の様子を窺っている。『アインス国』側からすれば敢えて攻めるメリットも少ない為、防衛線を固めて広く布陣している。

 ネルヴァとフレイゼルもその防衛線の中で出陣の時を待っていた。


「はぁ…これで何日目だ?アイツら、全然動かないじゃねぇか。」


「そうですね、本格的にぶつかったのは最初の数日だけ。ここ数日は本当に何もしてこない。」


 ネルヴァの言う通り、最初の数日は互いの兵士が激しくぶつかり合う戦闘が起こっていたのだ。互いに同等の被害を出した事で、結果的に兵士の数が多いアインス側が有利になるような戦局だった。ネルヴァもそこで大いに活躍して戦果を挙げたのだが、喜びも束の間、それ以降帝国軍は前線を下げ、寡兵での奇襲や爆薬を使った遠距離戦を徹底するようになったのだ。しかしアインス側もこれに柔軟に対処し、膠着状態が続いていた。


「ふん!このままなら余裕だな……と言いたいところだが、そんな訳ねぇよな。」


 フレイゼルはここ最近ずっと嫌な予感が止まらなかった。それは共に戦場に立つ他の【聖騎士】やネルヴァも同様だった。


「ええ、敵に攻め手が無いのなら撤退を選択しているはず。こうやって睨み合いを続けている以上、何かを狙っているのは明らかだ。やはり、危険ですがコチラから仕掛けるべきかと…」


「ああ、だがそれこそが奴らの狙いかもしれん。だからコチラから迂闊に攻めるわけには…」


 その時、フレイゼルの両眼は帝国軍の僅かな揺らぎを察知する。


「今、何か動いた…何か来るぞ!」


 フレイゼルが剣を抜き、臨戦態勢になった次の瞬間、帝国軍の方から凄まじい怒号が響き渡った。



《突撃!!!》


《うぉおお!!!》



 待機していた帝国軍が一気に突撃を開始したのだ。それは荒野に配置していた殆どの軍であり、一気にコチラへ向かってくる。


「チッ、ようやく来やがったか!!ネルヴァ、出るぞ!!」


「はい。」


 それを見た【聖騎士】たちは迎撃すべく、一気に飛び出した。ネルヴァとフレイゼルもその中に混じり、凄まじい速度で荒野を駆け抜ける。

 そして両軍が激突するその直前、帝国軍の様子が急に変わった。


《反転!!》



 帝国軍の中からその号令が響いた瞬間、帝国軍は一斉に反転した。そして来た時よりも速い速度で逆向きに荒野を駆け抜ける。

 

 いきなりの出来事にフレイゼルとネルヴァも驚愕する。


「な、なんだ!?一体何をする気だ!?」


「逃走?いや、そんなはずは……」


「それより、好機だ。背を討つぞ!」


 背を見せて走り去る帝国軍を追撃しようと【聖騎士】たちが走り出したその瞬間、帝国軍の遥か奥にある高台に1人の男が立った。




「こ(・)こ(・)だ(・)ね(・)。」




・・・・・・・


 


 その瞬間、一部の【聖騎士】たちの身体に違和感が生じる。


「こ、これは!!」


「一体何が!?」


 その者たちは自身の身体を確かめながら、自分の腕を見つめている。人によっては腕を振ってみたり、地面に手を当てている者などもいた。

 急に走るのをやめた【聖騎士】たちを見て、フレイゼルとネルヴァは違和感を抱く。


「お前ら!どうした!?」


「……これは!先輩!!魔(・)法(・)が(・)使(・)え(・)ま(・)せ(・)ん(・)!」


 先に気付いたネルヴァは右手を差し出しながらそう告げた。


「何だと!?」


 自軍の置かれている状況を理解したフレイゼルは大粒の冷汗を溢した。





〜帝国軍の高台〜


「さてさて…『アインス』の誇る【聖騎士】たちよ、その羽がもがれた気分はどうかな?」


 高台から全軍を見下ろすその男はそう言って笑みを浮かべる。そして近くに控える部下に命令を下す。


「彼(・)ら(・)の出番だ。突撃の号令を。」


「御意。」


 その部下は高台から青い旗を振り、下にいる兵士に指示を出した。それを見て高台に立つ男(アルティード)は呟いた。


「ここからがラウンド2だ。何人が生き残れるかな、【聖騎士】。」





〜アインス国軍〜


 困惑する【聖騎士】たちを見て、フレイゼルは一つの結論を出した。


「コイツはおそらく敵の攻撃だ。それもここにいる1000人以上の【聖騎士】が全員やられてる。これはおそらく……皇帝、アルティードゼクスの魔法だ。」


「チッ!バケモノめ!!」


 そう言って2人は腰に下げていた剣を抜いた。そして次の瞬間、再び帝国軍から号令が飛ぶ。



《第二陣!突撃!!》



 その号令と共に、帝国軍の第二陣が突撃を開始した。先ほど撤退した第一陣は既に横にズレて撤退しており、第二陣に道を開けている。



《うぉおお!!》



 帝国軍の第二陣は凄まじい勢いで【聖騎士】たちの元へ突撃して来る。一方、【聖騎士】たちは自身の絶対の武器である魔法が使えない事に戸惑っていた。


「不味い!!今は全員、魔法が使えねぇ!!」


「クソッ!!激突するぞ!!」


 【聖騎士】たちはそれぞれ予備として持っていた武器を構えて迎撃態勢に入る。

 そして次の瞬間、両軍が激突し、激しい乱戦が始まった。乱戦が始まってネルヴァは敵の違和感に気付いた。


(コイツら、とんでもなく体がデケェ…どんな鍛え方をすればこんなに…)


 ネルヴァの感じた通り、この敵兵は皆が巨体であり、鎧からはみ出る腕の筋肉は血管が浮き出るほどに鍛え上げられていた。

 そんな時、1人の敵兵がネルヴァに襲いかかる。



「死ねぇ!!」


 目の前の巨漢の帝国軍人は巨大な棍棒をネルヴァに叩きつける。しかしネルヴァは驚異的な反射神経で反応する。


(速い!だがギリギリで躱せる!)


「はっ!」


 ネルヴァはギリギリでそれを回避し、カウンターの斬撃を飛ばす。


「グハァ!……はぁはぁ…」


 胸を激しく切られたが、目の前の男はまだ倒れない。それを見てネルヴァは再び剣を構える。


(…この男の今の一撃、おそらく魔法を使ってねぇな…それでこんなにデケぇ棍棒を振り回すとは、凄まじい筋力だな。にしても何故だ…周りの敵兵も皆武器を使って攻撃を…)


 ネルヴァの感じた違和感は敵が魔法を使っていない事だった。敵兵の全員が各々の武器を使って【聖騎士】たちと戦っている。


(まさか、コイツらも!!)


 その時、近くで戦っていたフレイゼルが叫んだ。


「ネルヴァ!おそらくコイツらも魔法を使えねぇ!!」


 それを聞いてネルヴァは見えない敵の能力を確信した。


(そうか…皇帝の能力は一定範囲の全ての敵の魔法を無力化する事!そんなら、敵兵のコイツらもコッチと同じ条件!故に敵も魔法を使えない!!)


「ふんっ!」


 次の瞬間、目の前の男がネルヴァへ横薙ぎを放つ。ネルヴァはバックステップで回避し、カウンターの突きを放つ。


「2度目は効かんぞ!」


 しかし目の前の男はそれを読んでいたかのように身体を捻って突きを回避した。


「はぁ!!」


 ネルヴァはそれすら読んでいたかのように強烈な踏み込みで距離を詰め、突き出した剣を翻して男を切り裂いた。


「ぐはぁ!」


 巨漢はそのまま血を吐きながら地面に倒れる。それを見てネルヴァは冷汗を流す。


(ふぅ…危なかった…しかし、無能力でここまで強いとは…このままでは…)


 ネルヴァは周りを見渡してその戦況に戦慄する。何故ならネルヴァとフレイゼル以外の【聖騎士】たちは敵兵士に次々と倒されていたからだ。


(チッ!やっぱりそうなるか!聖騎士(アイツら)、魔法があれば剣など必要ないとか言って鍛錬をサボるからだ!!役立たずが!)


 【聖騎士】にとって魔法はその力の大半を占める武器である。それを失った【聖騎士】など、雑兵に等しい。ネルヴァは自身の魔法の特性上、肉弾戦は得意であり、朝の鍛錬然り、フレイゼルと毎日のように鍛え続けてきた。それにより2人の剣技は【聖騎士】の中でも上位の実力を誇る。そんなネルヴァでさえ、敵兵の1人にかなり苦戦したのだ。肉体の修行をサボってきた他の【聖騎士】たちが勝てる道理など存在しない。つまり魔法が使えない現状下では、数の利はあれどアインス国軍は遥かに劣勢となってしまったのだ。



 息を切らしたネルヴァは次なる敵兵と対峙する。


「ふぅ…私がやるしかないって事だな!!かかって来いや!!」


 自分を鼓舞するようにそう叫んだネルヴァは次の敵兵との戦闘を始めた。






「ふんっ!…はぁはぁ…」


 4人目の敵を切り伏せたネルヴァは急いで剣の血を拭い落とす。そして状況を確認すべく周りを見渡した。すると地面に倒れている【聖騎士】たちの数が明らかに増えていた。対して敵兵のほとんどは生き残っており、数はほとんど変わっていなかった。


(チッ!もう数はどっこいどっこいか?このままじゃホントにやべぇ!)


 実はこの時点で既に兵士の数は逆転しており、【聖騎士】側は圧倒的に不利な状況に陥っていた。


「ネルヴァ!」


 その時、ネルヴァの元へフレイゼルが走って来る。フレイゼルも数人の敵を切り伏せて、鎧が返り血に染まっていた。そして、何も言わずにネルヴァと背中合わせになり武器を構える。


「はぁはぁ…先輩、大丈夫ですか?」


「…俺は大丈夫だが、戦況は最悪だな。倍近くあった兵力差は既に逆転されてる。やっぱり魔法を使えないのがキツいな。俺たち以外は皆んなボコボコだ。」


 2人の周りでは倒れた【聖騎士】たちの夥しい血の海が出来ており、敵兵が今も【聖騎士】たちを蹂躙している。


「この魔法を何とかするしかありませんね。術者を探しましょう。ソイツを殺せば今からでも逆転を…」


「そうしたいところだが、敵に囲まれたこの状況でソイツを探し出すのは無理だろうな。そもそもここにいるのかどうかすら分からん。」


 そう告げるフレイゼルの顔は引き攣っていた。


「ではどうすれば…はぁ!」


 ネルヴァは襲いかかってきた敵兵を切りながら打開策を考える。すると、周りの敵兵たちの中から指揮官のような男が現れる。


「お前たち、待て!コイツら2人は強い!!複数人で囲って殺せ!!」


《御意!!》


 それを受けて2人の周りの敵兵たちは2人を囲うように武器を構えた。その数は10人以上であり、2人は絶体絶命に追い込まれた。


「はは…そんな事言ってる余裕はないみたいだな、ネルヴァ。」


「そうですね、先輩。」


 四面楚歌のこの状況、死を悟った2人の顔からは自然と笑みが溢れる。しかしすぐに気を引き締め、武器を強く握り直す。


「背中は任せるぞ、相棒!」


「はい、地獄の底までお供します!」



 そして次の瞬間、敵の指揮官が指示を下す。


「かかれ!」


《はっ!》


 背中を預け合った2人に10人以上の敵兵が一気に襲いかかったのだ。





〜帝国軍の高台〜



「さて、そろそろかな…」


 高台から戦場を凝視するアルティードは隣に立つ部下へそう質問した。


「戦況は一気に逆転しました。流石は陛下直下の方々です。」


「彼らは僕の指導の元、肉弾戦に特化させた屈強な戦士たちだ。魔法が入り乱れる戦場では大した力は発揮できないが、僕の魔法を駆使すればたちまち最強の軍隊に早変わりさ。」


 現在、ネルヴァたちが闘っている相手は皇帝直下の軍隊だった。アルティードの言う通り、彼らは魔法を用いない肉弾戦に特化した軍人であり、そもそも全員が無能力者である。アルティードの能力は【視界に入れた人間の魔法を封じる事】であり、それは距離や数に依存する事なく効果を発揮する。しかしこの能力には一つだけ欠点がある。それは、魔法を与える対象を選択出来ない事である。無闇矢鱈に発動すれば、敵軍だけでなく味方の魔法すらも封じてしまう。故に皇帝直下の軍隊は最初から皇帝の魔法を受ける前提で、魔法に頼らない戦術を叩き込まれているのだ。


「それもこれも陛下の魔法あってこそです。やはり貴方はとんでもないお方です。」


「褒めすぎだよ、僕は偶々強い力を生まれ持っただけさ。本当に尊敬すべきは彼らのように何も持たずに努力で力を手に入れた人たちの方だと僕は思う。」


「左様ですか…ところで、本(・)当(・)に(・)や(・)る(・)んですか?ア(・)レ(・)を。」


 その部下は真剣な顔でそう質問した。その顔からは敵への同情という意味も含まれていた。それに対してアルティードは少し間を置いてから答える。


「……やるよ。国を滅ぼすにはア(・)レ(・)が最も効率的だ。やるかやらないかで、コチラの兵の被害は数倍にもなる。」



ゴーン!…ゴーン!……



 その時、戦場に鐘のような音が響き渡る。それを聞いた部下は待っていたかのようにアルティードへ進言する。


「…時間です、参りましょう。ちょうど今、制(・)圧(・)完(・)了(・)の鐘が鳴りました。」


「分かった。行こう。」


 そうして2人は高台から戦場へと向かっていく。




〜戦場〜


「はぁはぁ……ぐぅっ!!…はぁ!」


 ネルヴァは既にボロボロだった。フレイゼルと背中合わせで戦ってはいたが、複数の敵に囲まれていた事で流石の2人も傷だらけだった。それでも2人の周りには数人の敵兵の死体が転がっており、2人の奮闘が伺える。


「ネルヴァ!まだ行けるか!?」


 フレイゼルは敵の攻撃を受け止めながらネルヴァに問いかける。


「はぁはぁ…もち…ろ……はぁはぁ…」


 ネルヴァは遂に疲労からその膝をついた。


「もらった!」


 その瞬間、ネルヴァに相対していた敵兵が獲物を振り上げる。

 しかし、ネルヴァは身体が震えて立ち上がれない。


(ダメだ…視界が…霞む…もう息が……避けられない!)


 既に回避も防御も不可能なタイミング、全てを諦めたネルヴァの身体から力が抜け、手に持っていた剣が地面に落ちる。


(ここまでか…フレイゼル先輩…後は頼みましたよ…)


 敵兵の攻撃がネルヴァに迫る。そしてその複数の武器が鎧を突き破る音が響き渡る。






「………え………」


「グハァ!!…」


 ネルヴァは目の前の光景に驚愕した。ネルヴァの命を奪い去るはずだったその凶刃を受けたのはフレイゼルだった。繰り出された槍や剣は、ネルヴァを守るように両手を広げるフレイゼルの腹や胸を貫通している。そしてフレイゼルは激しく吐血する。


「ゴフッ!」


「せ、先輩!!」



ドタっ!!



 フレイゼルはその場で仰向けに倒れる。ネルヴァは急いで駆け寄る。


「先輩!大丈夫……で…すか……」


 ネルヴァの目から見てもフレイゼルは明らかに大丈夫では無かった。敵の刃が身体を貫通しており、その部分から夥しい血が溢れ出ている。


「あ…あぁ……ああ…」


 ネルヴァはあまりの混乱から何も言えない。ただただフレイゼルの全身を見つめてあたふたする事しか出来なかった。



「隙あり!!」


 その瞬間、1人の兵士がネルヴァに襲い掛かろうとする。


「待て!!…今は動くな、命令だ。」

「!?…はっ!」


 しかし背後にいたこの隊の隊長らしき男の一声で、その兵士は動きを停止する。それどころか周りの兵士たちは武器を下ろして2人の光景を注視する。彼らはここまで奮戦したこの2人の武勇を讃え、最期を見守る選択をしたのだ。


 そして、フレイゼルが掠れた声で呟き始める。


「……すまねぇ……先に逝く…ゴフッ!……お前は……いきろ……」


 その言葉で正気に戻ったネルヴァは涙を流しながらフレイゼルの身体を支える。


「何言ってんだ!先輩!!どうして瀕死の私を庇った!!先輩はまだまだやれたはずだ!!なんで!!なんでだ!!ふざけんな!!ふざけんなよ!!」


 ネルヴァは怒りの感情をフレイゼルにぶつける。それに対してフレイゼルはネルヴァの腕の中で笑う。


「はは…手厳しいな……」


「私は!最後まで先輩と共に戦って立派に死ぬんだって思ってたのに!!何でだ!!何で私を庇った!!これじゃあ私が足を引っ張って先輩を殺したようなモノじゃないか!!どうして!!どうしてなんだ!!!」


 そう言うネルヴァの頬から涙がこぼれ落ちる。そして息も絶え絶えとなったフレイゼルは満面の笑みを浮かべる。


「……へっ…愛(・)し(・)た(・)女(・)を先に逝かせちゃ、男が廃るだろ。」


 それを聞いたネルヴァは涙でぐちゃぐちゃに濡れた顔を赤くした。


「はぁ!?こんな時に何言ってんだ!!」


 それを見てフレイゼルは最期の笑顔を見せる。


「…愛してるぜネルヴァ。天国(アッチ)でもよろしくな……………」



 その言葉を最期に、フレイゼルは笑顔のままその生涯を終えた。





「先輩!!フレイゼル先輩!!……ぐぅっ……クソっ!クソォ!!」


 ネルヴァはフレイゼルを失った悲しみから大声で泣いた。既に抜け殻となったフレイゼルの亡骸を抱きしめながら自身の無力さを嘆いた。


(先輩…愛してるだなんて、そんな……言うのが遅すぎますよ…私だって先輩の事が…)


「うぉおおお!!!!せんぱぁい!!!」


 様々な感情が渦巻くネルヴァの悲しみの絶叫は周囲に響き渡った。




「はぁはぁ…」


 しばらくして泣き止んだネルヴァは震える身体を動かして近くに落ちていた自分の剣を手に取り、立ち上がった。それを見た敵兵たちは武器を構える。


「先輩…私もすぐに参ります。見ていてください、私の最期を!!」


 そしてネルヴァが攻撃を仕掛けようと踏み込んだその時



ゴーン!…ゴーン!……



 戦場に鐘のような大きな音が鳴り響いた。それを聞いた隊長らしき男は周りに指示を下す。


「時間か…全兵!!これより目的を【殲滅】から【捕縛】へと変更!!生き残った【聖騎士】たちを捕らえよ!!」


《はっ!!》


 それを受けた兵士たちは一斉にネルヴァに襲いかかってきた。ネルヴァも迎撃すべく剣を構えて凄む。


「来てみろ!!私たち【聖騎士】の底力を見せてやる!!」


 ネルヴァはそうして再び敵兵に突進して行った。




〜数分後〜


「はぁはぁ…うぅっ!」


 死闘の末にネルヴァは剣を落としてその場で倒れた。


(力が…入らん…詰みか…)


 それを見た敵兵の1人が倒れたネルヴァの元へ近寄って来る。


「安心しろ、お前は死なない。しばし大人しくしてもらうぞ。」


 その敵兵は無抵抗なネルヴァの両腕を後ろで縛り付ける。そして背後から首筋に剣を突き立てる。そんな状態でもネルヴァはその男に凄む。


「はぁはぁ…私を捕虜にするつもりか…ああん!?」


 そう言ってネルヴァは突き立てられた剣を無視して前のめりになる。そのせいで剣が少し首筋に食い込み、ネルヴァの首から血が流れる。


「何という精神力…凄まじい女だな。」


「私はテメェら何かには絶対に屈しねぇ!!拷問でも凌辱でも好きなだけやりやがれ!!いつかテメェら全員、殺してやるからな!!」


 両手を拘束され、剣を突き付けられ、周囲が敵だらけでもネルヴァは一歩も引かない。一筋の涙を流しながら、最後まで【聖騎士】としての意地を貫き通す覚悟だった。


「…知らない方がいい。お前のような勇敢な戦士にとっては死ぬ事よりも辛い事かもしれないからな。」


 そう告げる男の顔はネルヴァに同情しているようだった。しかし死を覚悟したネルヴァはそんな事では怯まない。


「…舐めんなよ、クソ侵略者どもが!!そんな事でこの私が屈すると思うな!!」


「…知ってるよ、お前の目を見れば分かる……なぁアンタ、大切な人っているか?」


 男は不意にそんな事を聞いてきた。


「はぁ?何だ?同情でもしてくれんのか?」


「そうだ。アンタのその覚悟と力、俺はそれに敬意を表する。だから教えてくれ。」


 その男は真剣な顔でそう告げた。それを見たネルヴァは少し落ち着きを取り戻した。


(コイツらのこの感じ…本気で私に同情してやがる…これは一体…)


「…ああ、妹が1人、それに死んだ両親、そしてさっきアンタらに殺されたあの人だ!」


 ネルヴァは近くで骸となっているフレイゼルを見ながらそう言い放った。


「そうか…」


 男はまっすぐにネルヴァを見つめながらため息をついた。しかしネルヴァにはその意図が全くわからない。


「おい!一体何がしてぇんだ!やるならさっさと殺しやがれ!!」


「……すまないな…上からの命令で俺はアンタを殺す事は出来ない。」


 男は悲しそうにそう言った。だがしかし、その男はネルヴァの首に突き立てた剣を少しだけネルヴァに押し当てた。


「…ふんっ…さっさとやれよ。」


 ネルヴァの首から少量の血が流れる。そして男はそのまま剣を強く握った。


「俺にはこれぐらいしか出来ない。後はお前の自由だ。」


 その体勢はネルヴァの首の動かし方次第でいつでも首が掻き切られる様な姿勢だった。その男は武士の情けとしてネルヴァに最期の自害するチャンスを与えたのだ。

 男の意図を理解したネルヴァは考えを巡らせる。


(この反応…嘘はついてねぇな…それに周りの兵士たちも見て見ぬふりをしてやがる。それほどにこれから私の辿る道に同情しているのか?死ぬよりも辛い事…一体何だって言うんだ…それならばいっそ私がここで死ねば…)


 そうしてネルヴァが首を前に倒そうとしたその瞬間、ネルヴァは思い出した。出立前、ノイファと交わした約束を。






〜2ヶ月前〜


「それじゃあ行って来るよ、ノイファ。良い子でいろよ。」


「うん!行ってらっしゃい!お姉ちゃん!!必(・)ず(・)、(・)生(・)き(・)て(・)帰(・)っ(・)て(・)来(・)て(・)ね(・)。皆んなで待ってるから!!」


「…ああ、約(・)束(・)だ(・)。」


 そう言ってネルヴァはノイファの頭を撫でて家を出た。





〜戦場〜


「わ…私は…私は……し…死ねない……ノイファとの…約(・)束(・)があるんだ……だから……だから…」


 ネルヴァはそう言って首筋の力を抜いた。それを見た男も剣を持つ手の力を抜いた。


「そうか…」






「皆んな、ご苦労様。」


 その時、兵士たちの背後から優しげな声が聞こえた。


《っ!!はっ!!》


 それを聞いた兵士たちは咄嗟に武器を置いてその男に対して跪く。


「ここではいいよ、楽にして。」


《はっ!》


 男の号令で兵士たちは一糸乱れぬ動きで立ち上がった。ネルヴァはそれを見て目の前の男がただ者では無いことを悟る。


「テメェは…」


 男は兵士たちが開けた道をゆっくりと歩いて来る。そしてネルヴァの前に立った。


「自己紹介しておこう。僕の名前はアルティードゼクス・サクラ。『ソメイ帝国』の皇帝さ、よろしく。」


 その名前を聞いた瞬間、ネルヴァの視界が紅く染まり、脳内を怒りの感情だけが支配する。


「テメェ!!」


 そして後ろ手に縛られたまま、なりふり構わずアルティードへ突進した。


「ふんっ。」


 頭突きを仕掛けようとしたネルヴァだったが、アルティードはそれを片手で止めた。


「び…びくともしねぇ…」


 アルティードに額を抑えられたネルヴァは力を振り絞っても一歩も前に進めなかった。


「こんな状況で勇敢な女だ、まるで僕の愛する彼(・)女(・)のようだ。尊敬するよ。」


 次の瞬間、ネルヴァの頭を掴んだアルティードの左手が光る。それはアルティードが魔法を発動した証だった。



キィイイイイイン!!!!



 それと同時、ネルヴァの頭に感じたことの無い激痛が走る。


(グゥっ!!な、何だこの痛みは!!頭が割れるようだ!!)


「ぐぅぁああ!!!!」


 ネルヴァは発狂して暴れまわるが、両手を縛られているネルヴァに抗う術はなかった。アルティードはそのまま魔法を使い続ける。


「君の勇気に敬意を表して、君は浅(・)め(・)にしておくよ。」


 そんな言葉が耳に入らないほどネルヴァの頭の中はぐちゃぐちゃに乱されていた。


(ぐうぁあ!!思考が!!思考が乗っ取られる!!何だこれは!!くそがぁ!!)


「がぁあああ!!」


「…さようなら、勇敢な【聖騎士】よ。」


(ぐぁあああ!!ぁぁあぁああ!!!!………)


「……あっ…」


 その瞬間、ぐちゃぐちゃだったネルヴァの頭の中が真っ白に染まった。そして消えゆく寸前の残った感情の片隅で2(・)人(・)の事を思い出す。


(フレイゼル先輩…こんな私を愛してくれるなんて言ってくれて、とても嬉しかったです。天国(アッチ)でもまた一緒に修行しましょうね………ノイファ…約束守れなくてすまん。お前はもう1人じゃない…幸せになれ…それが私の…最期の願いだ…………………………………










































「さて、君の名前を教えてくれるかい?」


 アルティードは先ほどまで【聖騎士】だ(・)っ(・)た(・)目の前の女に話しかける。


「はっ!私の名前はネルヴァ・イーリストでございます、アルティード皇帝陛下。」


 ボロボロな身体のまま、アルティードに跪いたその女(ネルヴァ)は頭を下げながらそう告げる。その姿はアルティードは絶対の服従を誓うという強い意志そのものだった。


「では君に命令する。【『ラバス教徒』を殺せ。】」


「御意!このネルヴァ、陛下の為に全身全霊を尽くします!」


 そうしてネルヴァは立ち上がり、ボロボロの身体を引きずりながらゆっくりと歩き出した。



 その様子を見ていたアルティードは一息ついてから命令を下す。


「ふぅ…次はアッチだね…ここの皆んなは全員撤退するように!」


《はっ!》


 そうして近くにいた皇帝直下の兵士たちは下がって行った。そしてアルティードは新たな手(・)駒(・)を手に入れる為に次の場所へ向かった。





 ヨロヨロと歩くネルヴァは周囲を警戒しながら進んでいた。


「さて…陛下の命令通り、『ラバス教徒』を殺さねぇとな。しかし、聖騎士(コイツら)は既に死んでるし、どうしたもんかねぇ…このままでは陛下のご命令を達成出来ないじゃねぇか…」


 一刻も早く皇帝からの命令を実行したいネルヴァは息のある【聖騎士】を探すが、パッと見では見当たらなかった。


「チッ、役立たずどもが…それよりも私の身体がやべぇな…歩くのも苦労するぜ。」


 死体と血と武器で溢れかえる戦場を歩くのは一苦労だった。そしてその時、ネルヴァは足元のと(・)あ(・)る(・)聖(・)騎(・)士(・)の(・)死(・)体(・)で躓く。


「いっつ!!…くっそぉ…邪魔なんだよ!このクソが!!」


 ムカついたネルヴァはそ(・)の(・)死(・)体(・)を思い切り蹴り飛ばした。


「ふんっ!死人の分際で私を邪魔するからだ。ざまぁみろ。ぺっ!」


 悪態をつきながらそ(・)の(・)死(・)体(・)に唾を吐きかけ、死に際に見せたと思われるその笑い顔を敢えて踏み付けながらその場を後にした。


「何で笑って死んでんだ、コイツ?気持ちわりぃな。」


 ネルヴァはそう言って歩き出す、そ(・)の(・)死(・)体(・)が誰のものかを知る事もなく。




「はぁはぁ…しんど……ううっ…」


 遂に体力の限界を迎えたネルヴァはその場で地面に倒れてしまった。


「く…そが……こうなりゃ……」


 ネルヴァは懐からとある笛を取り出した。そして最期の力を振り絞ってそれを大きく鳴らす。


(やべぇ…もう意識が…今ので愛馬(相棒)が来てくれればいいが…そうじゃなきゃ陛下の命令を成し遂げる前に死んじまう!!それだけは絶対に嫌だ!!)



 そうして意識を繋いでいたネルヴァの元へ、笛を聴いた馬がやってきた。ネルヴァの愛馬はこんな時のために防衛線の近くに置いておいたのだ。


「はぁはぁ‥よく来てくれた……」


 ネルヴァは何とかして馬の上に這いずって乗る。そして自分が落ちないように縄で縛り付ける。


「これでよし……相棒、あのヤブ医者のところへ向かってくれ。」


 ネルヴァがそう告げると馬は走り出した。そしてその背に乗るネルヴァは安堵した表情になった。


「ふぅ……私の故郷(あの街)には大量の『ラバス教徒』がいる。何人でも殺し放題だ。」


 そう言ってネルヴァは薄れゆく意識の中、とある事が頭の片隅をよぎった。


(そう言えばさっきの【聖騎士】の死体、知ってる顔だったような……まぁいいか、【聖騎士】は全員『ラバス教徒』だからな。死んで当然だ。)

本作では、分かりやすさ重視の為にメインキャラ以外の魔法の詳細を敢えて省き、戦闘シーンも減らしています。該当キャラはガネール、ネルヴァ、フレイゼルなどです。彼らはしっかりと魔法を使えます。


次回は時系列が戻って、病室から出てきた血塗れのネルヴァと対峙するセイナとノイファから始まります。次回が本章(アインス国編)の最終話になります。

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