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御心のままに

前話で戦端が開かれてから約2ヶ月後まで進みます。その間、辺境の街である4人のいる病院には特に変わった事はありませんでした。

 4人が入院してから約2ヶ月経った今日、セイナは医者からの最後の診察を受けていた。


「うん、背中の傷はもう大丈夫ですね。痕は残ってしまったけど、目立つところじゃなくて良かった。」


 医者はセイナの診察を終え、席を立った。


「ええ、本当にありがとうございました。もうすっかり元気になりました。」


 セイナはそう言って上着を羽織った。

 しばらく時が経って、セイナの傷もほとんどが癒えた。切断された右手の人差し指と中指、左手の小指と薬指は失われたままだが、それ以外はほとんどが元に戻った。今では軽くなら走っても問題ないレベルまで回復している。そして既に魔法も万全に使える。


「今日で退院ですね、おめでとう。」


「そうですね、久しぶりに外を歩いて来ようかしら。」


 ここ数ヶ月、外に出る事を許されなかったセイナは早く自分の足で外に出たかった。


「いいですね、もうすぐノイファくん達も帰ってくるでしょうしね。」


 ノイファとパーナとニューズは3人で遊びに行っていた。アンリーザもふらふらと出かけており、おそらく男でも探しているだろう。


 そしてその時、セイナはずっと気になっていたことをふと思い出した。


「…全員治った今だから聞きますが、先生は気付いていたでしょう?私(・)の(・)嘘(・)に。」


「…ふむ…何のことでしょうか。」


 医者は何のことか分からないと言った表情だった。


「私たちがあんなにボロボロになった原因ですよ。ネルヴァさんには熊に襲われて崖から落ちたと言いましたが、治療した貴方ならそれが嘘である事などすぐに分かったはず。なのにどうして何も聞かなかったんですか?」


 セイナはずっと心配だった。運んだだけのネルヴァはともかく、自分たちを治療した主治医であるこの医者が熊にやられたという真っ赤な嘘に気付かない筈はないと。仮にセイナの傷が拷問によるモノであると知ったら、どこかへ通報されるのではないかと気が気では無かった。しかし傷も治り、最悪の場合は即座に逃げ出せるようになったセイナはこのタイミングで切り出したのだ。

 それを聞いた医者は思い出したかのように語り出す。


「ああ、その事ですか。勿論気付きましたよ、貴女達の傷口の断面は綺麗過ぎますからね、何かの刃物で斬られたことは一目で分かりました。他の3人はともかく、君はおそらく…誰かに意図的に拷問されたであろうという事もね。」


 図星を突かれたセイナに冷汗が流れる。そして密かに魔法での逃走の準備を整えながら平静を装って話す。


「ならどうして何もしなかったの?それにその真偽を聞きたくないの?今だったら教えてあげるかもしれないわよ。」


 しかしそれを聞いた医者は優しく微笑む。


「ふふ…僕は医者です。他人の命を助けるのが仕事であり誇りなんです。例え君たちが誰であろうと、等しく命を救う、それが僕のポリシーなんです。だから僕からは何も聞きませんよ、君だって僕に話したくないから話さないんでしょう?ならこのまま何も話さなくていいですよ。」


 それを聞いたセイナは緊張を緩める。


「はぁ…警戒していた私が馬鹿みたいね。もういいわ。」


「では、改めて退院おめでとうございます。それで、これからどうしますか?」


「そうですね…明日にでもここを経ちます。最近、少しこの国もきな臭くなってきましたし。」


 『ソメイ帝国』からの侵攻が始まって既に2ヶ月近く経過している。この辺境の地にもその噂は流れてきており、セイナは少しだけ危機感を感じていた。


「それが良いでしょう。帝国は本気でこの国を滅ぼすつもりかもしれません。今はアインス国(コチラ)が優勢らしいですが、ここも安全とは言えない。旅人の君達が戦争に巻き込まれるのは本意ではないでしょうしね。」


「…先生(アナタ)は逃げないの?」


 それを聞いた医者は笑顔を見せる。


「はい、私はこの国で生まれ育った『ラバス教徒』ですから。愛する国の為、そして『始祖様』のお膝元であるこの国から逃げ出すなんてことは出来ません。最後まで祖国の為に命を賭けますよ。」


「そう…」


 それを聞いたセイナは微妙な表情をした。


「そんな事より、明日発つのであれば今日の夜にでも送別会をやってはいかがですか?私は行けませんが、ノイファくんと最後のお別れをして来てください。」


「そうですね、パーナとニューズはもうすっかり仲良しだから、悲しむでしょうけどいきなりいなくなるよりマシだわ。」


 ノイファと2人はこの期間で更に親交を深めていた。元々友達がいない3人にとって、お互いはかけがえのない存在へとなりつつあったのだ。


「ええ、最近はノイファくんのやる気も凄くて、とても感心しています。これもあの2人のおかげですね。これからも続いてくれると良いのですが…」



……



 その時、病院の外で誰かの気配がした。


「先生、誰か来ましたよ。」


 医者は全く気付いていない様子だったので、セイナが声をかけた。


「えっ、本当ですか!?どうして分かったのですか?」


「うーん…何となく?」


 セイナは既に魔法を展開しており、それによりその気配に気付いたのだ。


「何でしょうね…急患でしょうか…」


 医者は様子を見に玄関まで歩いて行った。セイナも興味本位でそれについて行く。そして医者が玄関の扉を開けた。



バタッ



「はーい、どちら様で…」


「……っ!?」





 その瞬間、2人は目の前のモノに驚愕した。



ブルルル……



 入口にいたのは馬だった。しかもただの馬ではなく、甲冑を着た馬で軍馬とも言えるモノだった。しかし2人が驚いたのは馬にではない、馬の背に乗(・)せ(・)ら(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)人間に対してだった。



「ネ(・)ル(・)ヴ(・)ァ(・)く(・)ん(・)!!」



 医者は急いで馬に駆け寄り、その上に乗せられたネルヴァの元へ行く。そしてセイナも後をついていく。


「ネルヴァくん!しっかり!!」


「これは…」


「……」


 2人が見つけたネルヴァは意識が無かった。それどころか全身ボロボロで、顔からは全く血の気を感じない。その様子を見たセイナは状況を分析する。


(これは酷いわね…傷の感じから、誰かと戦って受けたのね。切り傷は多いけど致命傷は避けてる、それよりも全身の打撲と出血が酷いわね。戦争で帝国兵にやられたのかしら。死にかけたところをこの馬が連れてきたってところかしらね。)


 ネルヴァの傷はぱっと見でも戦闘による傷だと分かった。それを見て医者は急いでネルヴァを抱き上げる。


「セイナさん、ちょうど良かった!ノイファくんがいない今、人手が足りない!手伝ってくれ!」 


 医者の切羽詰まった様子から、ネルヴァの傷の緊急性が感じ取れる。


「ええ、勿論です。それより急ぎましょう。」


「ああ!…ネルヴァくん、死ぬんじゃないぞ!!」


 そうして2人はネルヴァを抱えて病院に入って行った。






〜数時間後〜


「ただいまぁ!!セイナ!傷はどう!?」


 帰って来た3人が病室の扉を開けた。何も知らないパーナは陽気にセイナの様子を尋ねる。すると、目の前には椅子に腰掛けるセイナがいた。


「3人ともおかえり、私はもう大丈夫。それより…」


 セイナは暗い表情のまま、奥の部屋の方を見る。セイナたちの病室の奥の部屋は、特に傷が深い患者が入る病室だった。


「ん?あそこに誰かいるの?」


「セイナさん、まさかアンリーザさんですか?」


「あのビッチじゃないわ、中にいるのは…」


 セイナが言い淀んだ時、ノイファがそれを察した。


「…まさか!!」


 その瞬間、ノイファは走り出した。


「ちょ、ノイファ!病院内では走っちゃダメって」


 パーナの注意も無視してノイファは部屋の前まで走り抜ける。そして躊躇なくその部屋の扉を開いた。



「…お、おねぇ……ちゃん…」



 部屋の中の光景を見てノイファは絶望した。部屋の中には全身に包帯を巻き、ベッドに眠るネルヴァがいた。かろうじて息はあるが、明らかに重傷だった。


「ノイファくん…」


 ネルヴァの隣に座っていた医者がノイファに気付いた。


「…先生!!何で!どうしてお姉ちゃんがこんな…こんなボロボロに!?」


 ノイファは縋り付くように医者に詰め寄る。しかし医者は冷静にノイファの両肩を掴んで話し始める。


「分からない、ここに運ばれて来た時には既にこの状態だった。おそらくだが、誰かと斬り合った傷だろう。それも傷の位置的に複数人と同時に。戦争によって負った傷だと思う。」


「うぅ…お姉ちゃん……それで!お姉ちゃんは助かるんですか!!」


「ふぅ…安心してくれ、傷は多いが全て致命傷を外している。流石はネルヴァくんだね、命に別状はない。しばらくは絶対安静だが、数日もすれば目を覚ますだろう。」


 それを聞いたノイファは安心から膝から崩れ落ちる。


「はぁ…良かったぁ……お姉ちゃん…」


 そしていつのまにか背後にいたパーナが肩を叩く。


「良かったね、ノイファ。」


「うんっ!」


 ノイファは涙を流しながらも笑顔を見せた。


「さぁさぁ、そういう事だから皆んなは外へ出ていてね。今のネルヴァくんには休養が必要なんだから。」


 医者はそう言ってノイファたちを部屋の外に出した。


「はぁあ…」


 ノイファは再び崩れ落ちるようにへたり込んだ。それを見てセイナが近寄ってくる。


「ネルヴァさんはあの状態で馬に乗せられて病院の前にいたわ。戦場から逃げて来たってところかしらね。」


「戦場…やっぱりまだ戦争は終わってないんだ…」


「そのようですね、街で聞いた噂ではアインス国(コチラ)が優勢だと聞いていましたが…」


 ニューズが聞いた噂では、アインス国の勝利は目前であると言われていた。しかしボロボロで帰って来たネルヴァの様子からそこまで簡単な戦況では無いと、全員は直感的に不安を煽られる。


 しばらく沈黙が続いた後、セイナが口を開く。


「やっぱりこの国はきな臭くなってきたわね。巻き込まれる前にここから発つわよ。」


 それを聞いたパーナとニューズは浮かない顔をする。


「えっ…もう!?」


「ええ、アンリが帰ってきたら直ぐにでも発つわ。」


「そ、それは…」


 セイナの判断に対してパーナとニューズは納得いかない様子だった。しかしセイナは判断を変えるつもりはなかった。


「ネルヴァさんの事は心配だけど、私たちがやれる事は無いわ。だから後は先生に任せて、私たちはこの国から逃げるわよ。」


 それに対してニューズとパーナが食い下がる。


「ま、待ってください!まだこの街には戦火が及ぶ気配はありません!そんなに急がなくても良いのではないでしょうか!?」


「そうだよ!それにネルヴァさんがあんな状態なんだよ!私たちに出来る事は少ないかもしれないけど、最後にお礼も言わずに行くなんて嫌だよ!!」


 そう言って2人は心配そうにノイファの顔を見た。2人の心の中ではまだノイファと一緒にいたいと思う気持ちがあったのだ。

 それでも、嫌な予感がしてたまらないセイナはそれを否定する。


「いいえ、私の勘がここを早く離れるべきだと言っているわ。明日にでもここを発つべきよ。」


 セイナの勘はいつも当たる。そんなセイナの勘がここは危険だと激しく警鐘を鳴らしていたのだ。しかしパーナは再び食い下がる。


「明日なんて早過ぎるよ!!せめてネルヴァさんが目を覚ますまで!」


「パーナ、ワガママ言わないの。ここが戦場になったら私たちの命も危ないのよ。」


 セイナは言い聞かせるようにパーナを諭した。しかしニューズも引かない。


「いえ!戦況に関する情報収集は私がやります!危険が迫って来たらすぐに知らせます!ですから!」


「そうそう!だからお願い!セイナ!!」


 2人の必死の反応を見てセイナは諦めるようにため息をついた。


「はぁ…2人とも落ち着いて。私にはもう分かってるから。…本当は、2人はノイファと離れたくないんでしょう?」


 それを聞いた2人は図星を突かれたような反応を見せる。


「うっ!それは…」


「そういうワケじゃ…」


「パーナ…ニューズ…貴女たちってヤツは!」


 3人の会話を黙って聞いていたノイファは2人の反応を見て泣きそうになっていた。それを見たパーナは急に泣き出した。


「うわぁああん!!ノイファとまだ一緒に遊びたいよぉ!!」


 そう言ってノイファに抱きついた。


「ちょ、パーナ!…うぅ…そんな事言われたって嬉しくなんか……うわぁああん!!」


 既に涙目だったノイファも堰を切ったように泣き出した。


「うぅ…私もまだノイファとお話ししたい事が沢山あります…」


 ニューズもそう言って涙を流しながら2人に抱きついた。

 その光景を見てセイナは困ったように頭を掻く。


「あぁ…これじゃあ、まるで私が悪者みたいじゃない……もう、分かったわよ!!出立はまだ先にしましょう!まぁ戦争が始まってもうしばらく経つし、別に今急いで発つ理由はないしね。」


 諦めたセイナは近くの椅子に腰掛ける。


「本当ですか!?」


「ええ、構わないわ。でもずっとは無理よ、いつかはここを発たなきゃいけない。いい?戦争に巻き込まれそうになったら即撤退よ。分かった?」


「わーい!!セイナ!ありがとう!!」


 そう言ってパーナはセイナに抱きついた。


「もう…パーナったら…」


 セイナは優しくパーナの頭を撫で、満足そうに抱きしめ返した。


(まぁ2人にはああ言ったけどぶっちゃけ、ただの軍人ごときが何人やって来たところで私たちの敵じゃないんだけどね。だけどもしも私たちが魔法を使えば、恩人である先生とネルヴァさん、パーナとニューズの友達のノイファに私たちが『魔女』である事がバレちゃう。それこそ最悪の展開だからね、何としてもそれだけは回避しなくちゃ。)


 そんなことを考えながらセイナはパーナとの抱擁を堪能していた。


(………別にアルティード(あのクソ野郎)にビビってるって訳じゃないんだから。今の万全な私ならあんなに簡単に負けないし。)


 セイナはアルティードへの恨みと共に心に植え付けられたトラウマを抑え込むようにそんな事を考えていた。



 しかし3人は後に、この選択を後悔する事になる。その事はまだ誰にも知る由もないが、数日後には嫌でも思い知らされる事になる。






〜2日後〜


 セイナは病室の掃除をしていた。怪我が良くなったセイナは特にやる事も無いので、少しでも恩を返そうと一日中働いていた。


「ふぅ…ここは相当綺麗になったわね。次は待合室かしらね……」


 そう言って水の入ったバケツと箒を持ち上げたセイナは病室を出て行こうとする。しかし、ふとネルヴァの眠る病室が気になって、扉の前で立ち止まった。


「あれから2日…目覚める気配は全くないけど大丈夫かしらね…」


 ネルヴァは未だに目覚めていない。そのことにセイナも少しだけ不安を感じ始めていたのだ。


「…ちょっと良いかしら?」


 扉の前で止まっていたセイナに話しかけたのはノイファだ。ノイファはネルヴァの看病に毎日付きっきりであり、忙しい日々を送っていた。今ちょうど、包帯を取りに行っていたところであり、病室を出て行こうとするセイナとすれ違っているのだ。


「あ、ごめんなさい。」


 扉を塞ぐように立っていたセイナはノイファに気付いて道を譲った。ノイファも気が気ではない様子で、礼も言わずに小走りでネルヴァの元へ駆けていく。


「あの子も大変ね…」


 そう言ってセイナが扉に手をかけた瞬間、





ぐぅあああ!!!……ドタッ!!





 ネルヴァのいる病室から男の叫び声が聞こえる。そしてその後に何かが倒れる大きな音も続いた。


「…びっくりした……今のは…」


 驚きで箒を落としてしまったセイナはその場で立ち尽くし、ネルヴァのいる部屋を凝視する。

 対してノイファは驚きで尻餅をついていた。


「わぁ…驚いたわ……せ…先生?」


 その時、2人のいる病室に少しの間、静寂が流れた。2人ともいきなりの出来事で混乱していたのだ。しかし、冷静になったセイナはその声の主を思い出して戦慄する。


「…はっ!まさか!!」


 セイナはバケツをその場に落とし、両手を前に出して臨戦態勢を取った。


(今の声は先生の!?一体何が!!敵か!?)


 そしてセイナは魔法を展開し、中の様子を探った。


(…中に人は2人、先生とネルヴァさんだけ…外部からの敵はいない。ならさっきのは…)


 セイナは自身の魔法で中の様子を何となく把握した。部屋の中には医者とネルヴァのみで、他の人間はいない。セイナの頭に一瞬だけよぎった最悪のケースである【アルティードが襲来する事】という可能性が否定された事に少し安堵した。

 しかしノイファは思い出したかのように立ち上がって叫ぶ。


「お姉ちゃん!!」


 そう言ってノイファは部屋に走り出した。それを見てセイナは大声で呼び止める。


「待ってノイファ!!まだそこは危険かもしれないわ!!一旦落ち着いてこっちにき」




……ギィ……




 その瞬間、部屋の扉がゆっくりと開き始めた。そして中から1人の人物が姿を現す。


「……」


 扉が完全に開ききった部屋の入口に立つのは血塗られた1人の女。


「な…何で…」


 その姿にセイナは驚愕し、言葉を失う。


「え……お姉ちゃん?」


 そしてノイファも見てしまった。開かれた扉の前に血で濡れた剣を持って立ち尽くす、ネルヴァ(姉)の姿を。その近くの床に転がる、夥しい血を撒き散らした医者の死体を。


「………」


 ネルヴァの目は何かに操られているように虚だった。その表情に自分の意思は全く感じられず、近くに転がる死体など全く気にしていないようだった。そのネルヴァの様子から、医者を殺したのはネルヴァである事は疑いようも無かった。


 あまりの衝撃に2人が絶句していると、ネルヴァはゆっくりと口を開く。



「……『ラバス教徒』は全員殺す…全ては陛(・)下(・)の御心のままに。」

ネルヴァに一体何があったのか

次回はネルヴァの過去編と現在編です。

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