破滅の足音
全体を通してですが、その章での重要な人物や単語の上にはアクセント’を付けています。逆に言えば、アクセントが付いていない単語は本章では重要度の低い事柄なのでスルーしても大丈夫です。
〜数日後〜
「よし…セイナ、痛くない?」
「大丈夫よ、パーナ。ありがと。」
セイナの包帯を取り替えたパーナは隣に立つノイファにも尋ねる。
「どう?ノイファ!?」
「ふんっ!まぁまぁね。」
ノイファは少し悔しそうにそう告げた。
4人が入院してから数日が経過し、パーナの怪我は完治した。しかしセイナとアンリーザはまだまだ安静が必要であり、元気なパーナとニューズは暇となってしまったのだ。故に2人は病院の手伝いをしていたのだ。ニューズは今は先生のところにいる。
「もうー、ノイファはやっぱり素直じゃ無いなぁ。昨日のノイファよりも全然速かったよ。」
「ふんっ!速ければいいってもんじゃないのよ。私の方が先輩なんだから、経験の差があるのよ。」
ノイファは対抗するように言うが、実際にパーナの方が手際も良く綺麗に出来ているのは明白だった。
「ふーん…」
パーナはニヤニヤしながら煽るようにノイファの方を見る。
「あっ!貴女今、内心で私を馬鹿にしたわね!!許さないんだから!!」
それに怒ったノイファは怒りながらパーナに詰め寄る。
「別にぃ〜。」
「もうー!!」
バタッ!
ノイファがパーナに文句を言おうとした瞬間、部屋の扉が開き、医者が入って来る。そしてその後ろにはニューズもいた。
「コラッ!ノイファ!患者さんの前で大声を出すなと何度言えば分かるんだ!!」
「せ、先生!?」
ボコッ!
医者は有無を言わせずにノイファの頭に拳骨を落とした。
「イッタァ!…….うぅ…」
ノイファは頭を押さえながら涙目になる。そして恨めしそうにパーナを見るが、パーナはニヤニヤしながら知らんぷりしている。
「ふんふふーん。私のせいじゃないもーん。」
「くぅっ…パーナ、後で覚えておきなさい…」
ここで怒りを爆発させれば再び拳骨をもらう事は目に見えているので、ノイファは怒りを抑えた。
「はぁ……いいかい、ノイファ?看護師とは身も心も傷付いた患者さんに安らぎを与える仕事なんだ。そんな事ではいつまで経っても一人前にはなれないぞ。」
「うぅ…ごめんなさい…」
その時、先生が時計の針を見る。
「よし時間だ、今日の業務は終わり。3人ともお疲れ様。今日はもう帰っていいよ。」
「もうそんな時間ですか。」
「うぅ…今日は怒られずに終われると思ったのに…」
「わーい!それじゃあ、皆んなで遊びに行こ!!」
パーナはそう言って2人の手を引いて病室の扉を開ける。
「セイナ!また後でね!!」
「……ええ。気を付けて。」
そうして3人は病室から出て行った。
それをただ寝ながら眺める事しか出来ないセイナは不貞腐れるように布団にくるまった。
「……私だって…行きたいのに…」
「仕方ないさね。アタシ達みたいなオバさんは若い子の成長を外から見守ってあげるべきさ。」
「……アンリ、起きてたのね。」
「演技は得意さね、色々とね。」
なぜか寝たフリをしていたアンリーザは、少し起き上がって得意げな顔をする。そしてセイナは思い出したかのように怒りの表情を滲ませる。
「…それよりも誰がオバさんよ。私はまだ10代、次にオバさん扱いしたら殺すわよ。」
「冗談さね、そうやってムキになるところはまだまだ子供だねぇ。」
「…よし、今殺す。表に出なさい。」
そう言ってセイナは身体を起こして立ちあがろうとした。
「2人とも、喧嘩はそれぐらいにして検診しますよ。」
そう言って医者が2人の間に座り、セイナの肩を掴んで再び寝かせた。
「セイナさんの方は特に怪我が酷いんですから。無茶したら入院期間が延びますよ。それでもいいんですか?」
「…チッ…そうね。悪かったわ。」
医者に諭されたセイナは渋々、大人しく横になった。
「アンリーザさんはもう直ぐ動けるようになりそうですね。激しい運動や能力の使用は避けていただきたいですが。」
「分かったさね。」
「じゃあ、セイナさんの方は今日も背中に薬塗っていきますよ。かなり痛いと思いますが、頑張ってくださいね。」
「…望むところよ。」
2人の傷は順調に回復しつつある。
「はぁー、楽しかったわ!」
「ええ、そうですね!」
「うん!でもちょっと疲れたね、あそこの公園で休憩しよう!」
しばらく遊び終わった3人は公園のベンチで休む事にした。
3人がベンチに腰掛けた時、ノイファのポケットからとある紐状の物が落ちた。それは真っ白で、輪の形状になっており数珠のような物だった。
それが目の前に落ちたパーナはそれを拾い上げる。
「はい、ノイファ。」
「ん?…あっ!ありがと!パーナ!」
ノイファはそれを大事そうに受け取った。
「ノイファ、それ何?」
「これ?これは『白の輪』よ。私たち『ラバス教徒』のお守りみたいなものね。これを左腕に通して、空に掲げて祈るのよ。」
そう言ってノイファはそれを左腕に通して、左腕を高く上げた。そして目を瞑って祈って見せた。
「こんな感じよ、私たちの信仰する『白の始祖様』に感謝するためなんだって。」
「へぇ…そうなんだ…」
「なるほど、勉強になります。」
「因みに2人はどっちを信仰しているの?」
この世界において信仰すべき存在は二柱しかいない。
1人は『白の始祖』、100年前に西側の国をまとめ上げ、魔法をもたらしたとされている存在だ。
そしてもう1人は『黒の始祖』、同じく100年前に東側の国をまとめ上げ、魔法を広めた存在だ。
この世界においては細かい流派はあれど、大きくまとめると『白の始祖』を信仰する『ラバス教』と『黒の始祖』を信仰する『マルネ教』が存在する。
故にどっちかと聞かれたならば、この二つのどちらかもしくは無宗教派かと答えるのが普通である。
「私はどっちでもないかな。ニューズは?」
「私はどちらかと言えば『白』寄りの考えに近いですね。私の故郷では、ラバス教徒が多かったですから。」
「ならこれを機会に2人とも『ラバス教』に入信しましょうよ!!ね、いいでしょ!?」
そう言ってノイファは2人に詰め寄る。それを受けてニューズは困り果てる。
「うーん…そうですねぇ…」
(いやいや、ラバス教にとって私たち『魔女』は排除すべき敵なんですよ!?そんな私たちが入信するのは無理があります。これ以上ノイファに隠し事はしたくありませんから、ここは丁重にお断りを…)
しかしその時、パーナがニューズを遮って口を開く。
「ごめんねノイファ。私はラバス教には入らない。」
その時のパーナの表情はいつもの笑顔と違って真剣だった。その表情はパーナの過去に何かがあった事を明確に感じさせた。
「パーナさん…」
「そう…残念ね…でも無理強いはしないわ。」
パーナの表情を見てノイファもあっさり諦めた。そしてそのまま続ける。
「ところで2人とも、『魔女』の事は勿論知ってるわよね?」
その瞬間、2人に緊張が走る。
「…うん、知ってるよ。」
「ええ、ラバス教の教えでは『魔女』は邪悪な存在であると。」
パーナもニューズも平静を装ってそう答える。それに対してノイファは真剣な表情になる。
「その通りよ。私はまだ会った事ないけど、お姉ちゃん曰く、凄く凶暴で危険なヤツらなんだって。凄く強大な力を持っているのに、それを自分の為だけに振るって世界を滅茶苦茶にする最悪の人たちだって。」
「……」
それを聞いた2人は言いたい事を全て飲み込んで黙りこくり、ノイファの話を聞く。
「私のお父さんとお母さんもね、『魔女』と戦って殺されたんだって。2人は私と違ってとっても強かったのらしいわ。でも『魔女』には及ばなかった、だからもし『魔女』に出会ったら一目散に逃げろってお姉ちゃんに言われてる。2人も気を付けてね。」
「……わ、分かりました。気を付けます。」
「……うん。」
2人は微妙な表情でそう返事したが、ノイファはそんな事に気付かない様子で立ち上がる。
「よし!休憩終わり!次行こ!!早くしないとお店が閉まっちゃう!!」
ノイファは笑顔で2人の手を引いていく。
「ちょ、ノイファ!走るとまた転ぶよ!!」
「大丈夫よ!!それよりも早く!!」
「…仕方ありませんね。」
そうして3人は再び街に向けて歩き出したのだ。
3人の幸せな日々はまだ始まったばかりだ。しかしこんな日々も長くは続かない。破滅の足跡は少しずつ近づいていた。
〜『ソメイ帝国』王城(元『ヌル』の都市庁舎)〜
「さて皆んな、今日は集まってくれて感謝するよ。」
玉座に座ったその男が立ち上がった瞬間、目の前に控える人間たちが一斉に跪く。
「楽にしてくれ。」
《はっ!》
一糸乱れぬ返事が部屋に響き渡る。
そして玉座の男が右手を前に出す。
「これより、我々『ソメイ帝国軍』は『アインス国』へ侵攻を開始する!!目標はラバス教の総本山である教会の占拠と教皇を含めた国の中枢を担う者たちの捕縛及び暗殺だ!『魔女』迫害の根源である『ラバス教』の闇の歴史は我々が終わらせる!!以上!解散!!」
《御意!!》
その返事と共に部屋にいた50名近い幹部たちは行動を開始した。
しばらくして部屋に1人取り残された男は玉座に腰掛ける。すると、部屋に残っていた部下の1人が側に寄ってくる。
「いよいよですね、陛下。」
「ああ、そうだね。」
「陛下も戦場へ出られるのですか?」
「勿論だ、というより僕がいなければ兵力差で『アインス』には勝てないだろう。特に【聖騎士】たちは厄介だからね。………あの力を使うのは少し躊躇われるが…あの狂信者どもにならば許されるだろう。」
そう言ってアルティードは近くの机の上に置かれた資料を一瞥した。その資料の表紙には『セイナ・サンクルス』と書かれている。それを見たアルティードは激しい怒りの表情を見せる。
「……王都でセイナさんの受けた仕打ち……絶対に許せない。」
アルティードはあの後、セイナについて詳しく調査させていた。王都でのセイナに関する報告書を読んだアルティードはあまりのショックと罪悪感から、しばらく仕事が手につかない程だった。そして考え抜いた上で、今回の『アインス国』侵攻に踏み切ったのだ。
その部下はアルティードの心境を察し、頭を下げる。
「…どうかご武運を。」
「勿論だ、勝報を待っていてくれ。」
(アインス国を滅ぼしてしまえば『ラバス教』の教えががこれ以上広がる事は防げる。そうすれば、『魔女』迫害の考えは次第に薄れていくだろう。…セイナさん…ああ…可哀想な僕の天使様…君は僕が必ず自由にしてみせるからね…そしていつかは2人一緒に……セイナさん、君のためなら僕は悪魔にでもなるよ。)
セイナの顔を思い浮かべるアルティードの顔には笑みが溢れた。しかしその笑みの奥には深い決意と罪悪感が漂っていた。
数日後、ソメイ帝国はアインス国へ宣戦布告し、戦端が開かれたのだった。
〜数日後、病院〜
その日、セイナとアンリーザの病室にはネルヴァが訪れていた。アンリーザは既に眠っており、セイナとネルヴァが2人で話している。
「何ですって!?『ソメイ帝国』が攻めて来た?」
「ああ、2日前に宣戦布告があったんだと。数日後には2国との間の荒野で決戦が始まるだろうなぁ。」
ネルヴァは酒を片手に飄々と告げる。
「………」
(あの色ボケ野郎、何考えてんのよ!?いきなり独立したかと思ったら直ぐに戦争!?やっぱり頭がイカれてたわ。)
「何でも帝国皇帝様は我々『ラバス教』の考え方が気に食わないんだと。はぁ…全く…こう言う歴史を知らない馬鹿がいるから戦争が終わらないんだよ…チッ!」
ヤケ酒を飲みながらイライラしているネルヴァを見てセイナも苦笑いする。
「あはは…」
(アイツ…まさか本気で世界ごと変える気なのかしら……だとしたらまだ私を…………ひぃ!怖い怖い…)
悪寒が走ったセイナは考えるのをやめた。
「つーわけで私はしばらく来れない。もしかしたら今生の別れになるかもなぁ。まっ、私が死んだらだけど。はっはっは!」
そう言ってネルヴァは豪快に笑った。
「そう…色々とありがとう。紛れもなく貴女のお陰で私たちは救われたわ。」
今生の別れと聞いて、セイナは素直な気持ちをネルヴァに伝えた。セイナの言う通り、ネルヴァがいなければ少なくともセイナは死んでいた。立場はどうあれ、ネルヴァへの感謝の気持ちは本物なのだ。
「私は【聖騎士】として当たり前のことをしただけだ。感謝なんかいいって。…だが、もし私が死んだら…少しで良いから妹の事を気にかけてやってくれねぇか?アイツはバカでドジだから、1人じゃ生きていけねぇ。アンタの仲間の2人が特に仲良くしてくれてるようだから、あの2人にもそう言っといてくれるとありがたい。」
「分かったわ。」
「ぷはぁ!…そんじゃあな。また帰ってくるわ。」
そう言って酒を飲みながらネルヴァは部屋を出て行った。それを見てセイナは思わず笑みを見せる。
「うふふ…まるで死亡フラグみたいね。でも不思議と彼女は死なない気がするわね……まぁあくまで私の願望だけど。」
アルティードと聞いて嫌な予感がしていたセイナだが、ネルヴァの姿を見ていたら少し安心した。そして心の中でネルヴァの無事を密かに祈った。
しばらくして3人が帰って来た。
「たっだいま!!」
「ん?少し酒臭いような…アンリーザさん、まさか…」
「違うわ、さっきまでネルヴァさんが来てたのよ。戦場へ行くから最期の挨拶ってね。」
それを聞いてパーナとニューズの表情が曇る。
「そっか…やっぱり戦争が始まったんだね…」
「ソメイ皇帝アルティードゼクス・サクラ…彼は一体何を考えているのでしょうか…」
パーナとニューズが不安がる中、ノイファは真剣な表情で告げる。
「…大丈夫…この国はぽっと出の国なんかには絶対に負けない。お姉ちゃんたちが…『アインス国』が勝つよ。絶対に…」
願うようにそう告げるノイファのその手は小さく震えていた。それに気づいたパーナはその震えを止めるようにノイファの手を握った。
「…そうだね!ネルヴァさんたち【聖騎士】さんたちが居れば帝国なんかイチコロだよね!」
そしてニューズもノイファを安心させるように戦局を語る。
「いくら『ヌル』が大都市と言っても、所詮は王国の一都市です。兵力で遥かに勝る『アインス国』に勝てるとは到底思えません。『アインス国』の勝利は固いでしょう。」
ニューズの考えは正しい。『ソメイ帝国』は大都市『ヌル』をそのまま国にしただけの国家だ。人口はそのままどころか、過激な『ラバス教徒』を相当数追放したため、寧ろ戦力は低下している。対して『アインス国』は万全どころか、追放された『ラバス教徒』も含めて戦力は十分に高い。単純な兵士の数で言えば『アインス国』は『ソメイ帝国』の約3倍以上になる。また、攻められる側である『アインス国』は攻める側より遥かに戦いやすい。最悪の場合、全国民を動員した総力戦という選択肢もある。
これらの情報を総合すれば、『ソメイ帝国』に勝ち目は全くないように誰もが理解できる。しかしそんな中、セイナだけはその心の奥の不安が拭えなかった。
「そうね…でも皇帝は無謀な戦争を仕掛けるほど馬鹿じゃない…はず…よ。何か勝機があるに違いないわ。」
アルティードから恐怖を植え付けられているセイナは少し怯えながらそう告げる。
「…そうですね、皇帝自らが戦場に出てくるとは思えませんが、もし彼が出てくるのなら戦況が一変する可能性もありますね。」
ニューズは失った右腕を抑えながら、アルティードの脅威を思い出す。
「大丈夫よ!!【聖騎士】様たちは凄く強いんだから!!絶対、負けないんだから!!」
「そうだぁ!!絶対勝つぞぉ!おー!!」
アルティードのことが嫌いなパーナはノイファと共に勝利を願っていた。
「そうなるといいわね…」
セイナもアルティードのことが心底嫌いであり、アルティードが負ける事を祈っていた。しかし、アルティードの底知れなさを体感しているセイナは嫌な予感を拭いきれなかった。
次回は時間が少し進み、本格的に戦争が始まっていきます。




