生還
「痛っ!!」
セイナは指に走った激痛に思わず目を覚ました。目を覚ました場所は森の中で、目の前にはパーナがいた。
「セ、セイナ!!起きたんだ!!良かったぁ!!良かったよぉ!!」
そう言ってパーナはセイナに抱きつく。しかしそれによりセイナの全身が悲鳴を上げる。
「痛い痛い!!パーナ!!ちょっとタイム!!」
「あっ!ごめん!!セイナ、すごく怪我してたもんね…痛かったよね…」
セイナは自分の身体を見ると、全身に包帯が巻かれていた。それどころか傷が多すぎて包帯しか身に付けていない程に全身を包帯で覆われていた。
(これじゃあまるでミイラね…それよりどうして森なんかに……って、なんで私たち生きてるのよ。あの状況からどうやって?…まぁ、答えは一つしかないか。!
「……あの男…殺すとか言っときながら結局生かしたのね…やっぱりムカつくわ…」
セイナはアルティードの顔を思い出して不機嫌になる。遠くでアルティードが笑っているような気がしたのだ。
「それよりも、セイナはまだ寝てて!!動いたら死んじゃうから!!」
そう訴えるパーナも顔がいくらか腫れ上がっていた。そして首筋にはセイナが締めた跡がまだ残っていた。それを見たセイナはパーナの目を見る。
「パーナ…ごめんね…私…」
「そんなのいいから!セイナはゆっくりしてて!!後は私が頑張るから!」
セイナも気分は最悪だった。失血により未だに頭がクラクラする。小さな穴だらけであるセイナの全身は常に痛みを感じさせ、特に最後に切られた背中は強烈な痛みを発し続けている。
「ええ…そうさせてもらうわ…」
セイナがそう言って地面に寝ると、目の前にニューズとアンリーザが寝ていた。2人とも患部を包帯で巻かれ、止血が完了していた。
「2人とも無事なようで安心したわ。寧ろ、私が1番重傷ね。」
そう言って辺りを見渡していると、セイナは気付いた。パーナの服が所々、血で汚れている事に。
「……まさか!パーナ、貴女まさか私たちの処置を全部1人で!?」
「うん、皆んな凄く重傷だったから1番軽傷な私が頑張るの!!あんまり上手には出来なかったけどね…」
そう告げるパーナの近くには失敗したと思われるガーゼや包帯の残骸が捨てられていた。それに、4人の周りには簡易的に作られた屋根のようなものもあり、簡単な食事の用意までしてあった。
「ねぇ、こんなに大量の包帯や薬、何処から調達して来たの?」
「うーん…それがね、何故か私が起きた時に近くに置いてあったの。それと消毒用の薬も。」
パーナが指差す方向には大きめの医療箱があった。明らかに誰かによって用意されたそれを見てセイナは顔を顰める。
「アイツ……誰のせいで皆んなこんなにボロボロだと思ってるのよ。」
(でも実際、これが無かったら多分全員死んでいた。それは認めざるを得ないわね……はぁ……私たちを生かした事と合わせて、私の指と背中を切ったのは帳消しにしてあげるわ。それでもパーナを傷付けさせた事は許さないんだから…)
そんなことを考えているセイナは少し笑っているように見えた。
しかしセイナは冷静になって周りの状況を見渡した。散乱する物の散らかり具合が数時間のそれではない。どう考えても数日単位で出来たものだ。
「え…まさか……これ全部パーナが……私は何日寝てたの?」
セイナは恐る恐るパーナに聞いた。するとパーナは笑顔で答える。
「私が起きてから3日目だよ。この指に付けるようの消毒液をセイナの指に付けようとしてたの。でも凄く痛かったよね、ごめんね。」
その言葉を聞いてセイナはパーナの顔をよく見る。すると、パーナの目の下には大きなクマがあり、いつも綺麗だった髪の毛はボサボサで、服も汚れている。数日の間寝ずに作業しているのは明白だった。
「パーナ、貴女まさか一度も寝てないんじゃないでしょうね!?」
「…ソ、ソンナコトナイヨ」
「…嘘がバレバレよ。正直に答えて、お願い。」
セイナの真剣な表情にパーナは観念する。
「…あはは…やっぱりバレちゃうか…ここ3日くらい寝てないかなぁ……」
「3日!?」
「でも私はいいの。皆んなの為にやる事は色々と山積みだからね。今からセイナの包帯を取り替えなくちゃ。」
そう言ってパーナはセイナの包帯を優しく取っていく。
「その様子だとパーナ、貴女食事もほとんど摂ってないのね?このままじゃ先に貴女が死ぬわよ!?」
「あはは…そんな簡単に人は死なないよ。だから私の事は気にしないで、セイナは怪我を治す事だけ考えてくれればいいから。」
「何言ってるのパーナ!!いいから早く休憩を」
その瞬間、パーナは遮るように大声を出した。
「ダメだよ!!セイナたちはいつも私の為に命懸けで戦ってくれてる!!なのに私は足を引っ張ってばかりで…だから!これぐらいしか皆んなに恩返しする事が出来ないの!!」
「パーナ…」
「ぁぁ……」
涙を流しながらそう告げたパーナは、フラっとバランスを崩して倒れそうになった。
「ほら、やっぱりパーナはもう限界よ!!私の包帯なんか後でいいから早くご飯食べて寝なさい!!私は自分で……ううっ!!」
セイナが自分で起き上がろうとしたが、背中の痛みで起き上がれなかった。それを見てパーナは優しく微笑む。
「ダメよセイナ、セイナは怪我人なんだから全部私に任せて。」
「くぅ…パーナ…本当にごめんなさい…私が不甲斐ないせいで…」
そしてパーナはセイナの身体を綺麗に拭いて、新しい包帯を巻いていく。そして用意した食事をセイナに食べさせる。
「はぁはぁ…ありがとう…早くパーナも食べて寝なさい。」
「ううん、まだニューズとアンリの包帯を変えてないの。だからそれを変えて、2人に点滴を打って、それとセイナの食事を用意して、それから…」
「ダメ!!流石にこれ以上は先にパーナが死んじゃうわ!!」
セイナは大声でパーナを止めようとする。しかしパーナも引き下がらない。
「でも、3人ともいつ死んでもおかしくないくらい重傷なんだよ!?私が無理してでも頑張らなくちゃ!!」
この場でまともに動けるのはパーナだけだ。そのパーナの力が無ければ、こんな森の中で残された怪我人3人は確実に死ぬ。セイナは現在置かれた状況が想像以上に不味いことを悟っていた。
(くそっ!生き残ったはいいけど、かなりヤバい状況だわね。見たところ私とアンリは絶対安静レベルの超重傷で当分動けない。ニューズは片腕を切られて出血多量で未だに意識が戻らない。パーナも強がってはいるけど、いつ倒れてもおかしくない程の疲労度。そんな限界ギリギリのパーナに3人の命が寄りかかっている状態、ハッキリ言って詰んでいる…どうにかしないと…)
バタッ……
その時、セイナの目の前のパーナが倒れた。
「パーナ!!…やっぱり無理してたのね…」
パーナは気絶して眠っていた。それを見てセイナは少し安心すると共に、少し焦り始める。
「おそらくパーナは当分の間起きないでしょうね。さて…どうしましょうか……」
1人でそう呟いたセイナは魔法を発動出来るか試してみた。
「いつっ!!……あはは…やっぱりダメね…」
ボロボロのセイナの身体には魔法を使うだけの体力と集中力が残っていない。それどころか魔法を使おうとするだけで全身から激痛が走る始末だ。
「…いよいよヤバいわね…パーナが起きるまで私の命が持つかどうか…【始祖のみぞ知る】ってね…」
セイナはそう言って力なく地に伏した。体力を温存するために、少しでも長く生きられるように…
「ふぅ…近道とは言え、森を通るのはミスったか?」
長い金髪をたなびかせ、森で馬に乗りながらタバコを吹かす、鎧を着た女は1人で文句を言っていた。
「大体よぉ…何で私ばっかり遠征に行かされるんだよ…他にも適任はいるだろぉ…チッ、女だからって下に見やがって……」
女はタバコを地面に投げ捨てた。
「あぁ…だりぃ…もういっその事、【聖騎士】辞めちまおうかなぁ…いや、それじゃああの子がなぁ…どうすっかなぁ……」
その時、女の目が遠くに奇妙なモノを捉える。
「あれは……女?の死体?が4つ?いや、1人は生きてんなぁ…何だってこんなとこに…」
女の目が見たのは地面に倒れる4人の女だった。3人は動かないが、1人は周りを見渡している様子だった。
「うーん…敵って感じじゃあ無さそうだしなぁ…流石に放置は出来ねぇ。まぁ話だけでも聞いてみっかぁ…」
そう言って女騎士は4人の元へと向かった。
「っ!?だ、誰!?」
セイナは近付いてくる何かの気配に気付いた。
「うぃーす。初めましてぇ。」
そう言って近付いてくるのは鎧を着て馬に乗った女だ。その腰には剣が下げられており、まさしく騎士と言った風貌だった。
それを見てセイナは警戒心を高める。
「貴女は誰だって聞いてるの!?答えて!」
セイナは必死に首だけを動かしてそう質問する。
「ん?私?私は見ての通り【聖騎士】だけど?知らないの?よいしょっと。」
その女は馬から降りて近くの石に腰掛けた。
「【聖騎士】?…知らないわね。」
「へぇ…アンタら『アインス』出身じゃねぇのかぁ…どっから来たん?」
その言葉を聞いてセイナはニューズの説明を思い出す。『アインス国』は王国の属国(王国に従属している国)である宗教国家だ。そしてその国で信仰されている宗教『ラバス教』は『魔女』こそが世界の絶対悪であり、根絶すべきであるとされている。
話し方的に目の前の女は『アインス国』の人間であり、十中八九『ラバス教徒』だ。故にこの女に自分達の正体がバレたら一貫の終わりだ。セイナはクラクラする脳を叩き起こし、生き延びる為に全力で思考を巡らせる。
「……私は王都出身よ。他の3人は旅の仲間、出身とかは知らないわ。」
「女4人で旅ぃ?随分変わってんなぁ…まぁ詳しく聞くのは野暮だな。んで?何でそんなにボロボロなん?」
「…4人で森で遭難したの。2人は熊に襲われて重傷、私は熊との戦闘で崖から落ちてこのザマ、もう1人は私たちの看病で倒れたわ。」
「熊…そりゃあ、不運だったなぁ。でもまぁ護衛も付けずにこんなところに女だけでいるのが悪いんだぞ。」
「それは貴女も同じでしょ?」
「はっは!そりゃそうだ!こりゃあ一本取られたね。…そんじゃあ、達者でな。」
そう言って女は立ち上がって馬の方へ歩き出す。しかしそれを見てセイナは焦る。
「ま、待ってよ!!私たちこのままじゃ死んじゃうんだけど!?助けてくれないの?」
「えぇ…だってアンタら『アインス国』出身じゃねぇんだろ?なら、私の管轄外なんだよなぁ。」
「そうだけど…そこを何とかお願いよ、もう皆んな限界なの。」
「そんな事言われてもなぁ……アンタらの素性も知らねぇし、もし犯罪者とかだったら私も同罪になっちまうからなぁ…」
その女の態度に、セイナも呆れ果てた。
「はぁ…もう良い。別の人を待つ事にするわ。」
「おうおう、そうしてくれ。まぁこの森に人が来る事は滅多にないけどな、せいぜい熊の餌にならねぇように頑張れ。」
「ふんっ、さっさと消えてちょうだい。」
「ほいほい。そんじゃ。」
そして女は馬に跨ってそのまま走り去ってしまった。
「……」
後ろも振り返らずに走り去る女だったが、その女の表情は先程までのふざけた笑みではなく神妙な面持ちだったが、セイナの見える角度からはそれを視認できなかった。
「はぁ…行ってしまったわ…本当に薄情な女だったわね。でも、『ラバス教徒』なんていう明らかに頭のおかしいヤツらと関わるよりはマシだと思いたいわ。さて、これで振り出しに戻ったわね…私もそろそろ限界……」
セイナはその場で眠りについた。
〜数時間後〜
パキパキ……
「はっ!?」
眠っていたセイナは周囲の枝が踏まれる音で目を覚ました。そしてその音のする方向を咄嗟に見る。
「…あはは…言った通りになっちゃったわね…」
セイナの見つめる方向から、巨大な熊がゆっくりと迫って来ていた。
「何とか見逃しては…くれないわよね…」
その熊が何処かへ行くことを期待したが、その期待は潰える。熊はゆっくりとコチラへ向かって来ており、明らかに4人を狙っている。
それを見てセイナは覚悟を決めるしか無かった。
「さて…私のコンディションは最悪、魔法も使えない。こんな状態で熊と殴り合えだなんて、どんな試練よ。無理ゲーでしょ。」
セイナは激痛に耐えながら何とか木に寄りかかって立ち上がった。そして近くに落ちていた果物ナイフを手に取る。しかし満身創痍のセイナのナイフを持つ手は震えが止まらない。しかも、両手の指は2本ずつ欠損しており、腕には針による穴がいくつも空いている。まともに握る力すら入らない状況だった。
「はぁはぁ…やるしかないわ…差し違える覚悟でヤツの目にブチ込む!!」
その瞬間、熊はセイナの元へ強烈なスピードで突進して来た。
「気合い入れなさい!!はぁああ!!!」
セイナはそう叫びながら熊を迎え討つ。
熊は鋭い爪による引っ掻きを放つ。セイナは寄りかかった木を盾にしてそれをかわした。
「ううっ!!」
しかしセイナは激しく動いた事で傷が開き、激しく吐血する。それによって致命的な隙が生じる。
「ゴフッ!」
熊はその巨体でセイナに突進する。セイナはそれをまともに食らって吹き飛ばされ、地面に倒れる。
「はぁはぁ…っ!?」
セイナが立ちあがろうとしたその時、既に熊はセイナの身体を踏みつけ、目の前にいた。そして熊はその牙でセイナの腹を喰らい尽くさんと噛み付く。
「今よ!!」
その瞬間、セイナは最後のチカラを振り絞って持っていたナイフを熊の目に突き刺した。
!!!!
熊は声にならない悲鳴をあげ、一歩後退した。それを見てセイナも笑みを浮かべる。
「はぁ…はぁ…ゴフッ……やってやったわ…この獣風情が…………え…」
しかしセイナの笑みは一瞬で絶望に変わる。目の前の熊は目から血を流しながらも再びセイナの元へ近寄ってきたからだ。
「嘘でしょ…なん…で……目を潰したのに……」
そして熊は無慈悲にも再びセイナの眼前に現れる。それを見てセイナも逃げ出そうと必死になる。
「……だ…だめ……あ…あしが……ても……もう……し…しぬ!!」
しかし、先ほどの突進で足をやられ、ナイフを突き刺した反動で手も痺れて動かないセイナには抗う術が全く無かったのだ。熊は再びセイナの足を踏み付けて、その凶暴な牙をセイナの身体へと近づけていく。それを見てセイナは身の毛もよだつほどの恐怖を感じる。
「い…いや……食べないで…わたしを……わたしを…だ…だれか!!いやぁあああ!!!!」
生きたまま食われるという最上級の恐怖に対して、セイナは失禁してしまった。そしてセイナの意識が鮮明に引き伸ばされる。
(あぁ…私はこのままコイツに喰われて死ぬのね…何て残酷な……いや、私がやってきた事を考えれば当然の死に方か…あぁ…アッチでもパーナに会えるといいな………)
ザシュッ!!…………
その瞬間、セイナを食おうとした熊の首が切られた。
「え…」
「あっぶねぇ…何とか間に合ったか…」
死を覚悟したセイナの目に映ったのは、数時間前に消えた聖騎士の女だった。
「ふんっ!」
女はセイナに覆い被さった熊の死体を遠くへ蹴り飛ばした。そして、タバコを咥えながら倒れるセイナの横にしゃがむ。
「よう、間一髪だったな。」
「…貴女…どうしてここに…」
「うーん…まぁなんだ、また偶々通っただけだ。そしたらアンタらが熊に襲われてたから助けてやっただけの話よ。」
「そう…あり……が…と……」
心身ともに限界を迎えたセイナはその場で気絶してしまった。それを見て女は咄嗟にセイナの呼吸と脈を測る。
「……こりゃ、マズイな…相当衰弱してやがる。早く連れてかねぇと。」
そう言って女はセイナを丁寧に抱き抱えた。そして近くに停めていた馬車の荷台に乗せる。
「他の3人もだな。ほいっと。」
女は3人も荷台に乗せた後、その場を急いで出発する。
「あと30分だ。医者は押さえてあるから死ぬんじゃねぇぞお前ら!」
4人を乗せた馬車はその場から走り出し、どこかへ向かったのだった。




