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僕の愛した

パーナがセイナを連れ去られた少し後に戻ります。

「ぅあわああ!!また!また私のせいで!!」


 パーナは人目も憚らず、大声で泣きじゃくっていた。


「…うぅ…ごめんね、セイナ…ごめんね、皆んな…全部全部…私のせいで…私がこんな力を持ったせいで!!」


 セイナを『魔女』にしたのはパーナだ。そのせいで辱めを受けることになったセイナへの罪悪感が一気にパーナへ押し寄せた。


「っ!!」


 パーナは咄嗟に地面に落ちていた尖った木の枝を拾い上げた。


「ふぅ…ふぅ……」


 過呼吸になる程、その枝を見つめ、強く握りしめる。


「はぁ…はぁ……ふんっ!!」


 そしてパーナはその枝を自分の喉に突き刺し…



「………はぁはぁ…ダメ…出来ない!!出来ない!!」


 それでもパーナには自殺する勇気が無かった。そして無力な自分を憎み、地面に拳を叩きつける。


「…私は…私はぁ!!」


 地面を強く叩いたパーナの手は皮がめくれ、血が流れる。しかしパーナは気にせずに地面を叩いた。




「あら?パーナ。何してるさね?」


「あっ!お二人とも、こんなところで会うなんて奇遇ですね。」


 その時、ニューズとアンリーザがパーナの目の前に現れた。2人は様子のおかしいパーナを心配そうに見つめる。


「ニューズ!!アンリ!!」


 それを見てパーナは2人に抱きついた。


「ちょちょ、何してるさね。大丈夫かい?」


「パーナさん、何かあったんですか?それよりセイナさんは…」


「セイナが!セイナが!『魔女狩り』に捕まっちゃった!!このままじゃ、殺されちゃう!!」


 それを聞いた2人は驚愕する。


「それは本当さね!?何があったんだい!?」


「先ほど、人だかりが出来ていたのはそのせいですね?詳しく教えて下さい。」


「うん。実は…」


 パーナは2人に事の顛末を話した。



「毒…それはどうしようもないさね。」


「ですが、セイナさんの魔法なら自力で逃げる事も出来るのでは?」


「いいや…それは多分無理だよ。『魔女狩り(アイツら)』は『魔女』の魔法を封じることが出来る特別なアイテムを持ってるの。だから今のセイナが自力で脱出するのは不可能だと思う。」


 パーナの言葉にニューズの表情は暗くなる。


「なるほど、それでこれからどうするさね?」


 アンリーザは真剣な表情で2人に聞いた。


「勿論、助けに行きましょう!!私とアンリーザさんの力があれば絶対出来ます!!早くしないとセイナさんが!!」


「……」


 ニューズは即座に助ける事を提案したが、意外にもパーナは何も言わない。そしてアンリーザはため息をつく。


「ふぅ…助けたい気持ちは山々だけどねぇ…ハッキリ言って、アタシは反対さね。」


 アンリーザは2人にハッキリと告げた。


「な!何でですか!アンリーザさん!」


「そうさね…理由としてはセイナが囮である可能性さね。おそらく敵側にはアタシたちの存在もバレている、セイナを餌にアタシたちを待ち受けている可能性がある。それにセイナが既に死亡している可能性だって十分にあるさね。もしそうなったら移動の魔法を使えないアタシたちに逃げ場は無い、この都市の兵士全員からパーナを守りながら逃げ切らなきゃならない。それはいくら何でも無理さね。仮にここから無事に逃げ切れてもアタシたちの顔は覚えられ、これから一生追われ続ける事になるさね。」


 アンリーザの考えは正論だった。現に、既にセイナは拷問によってボロボロでまともに瞬間移動を使えない。セイナを助け出せたとしても、3人には逃げる手段がないのだ。


「それは……パーナさん!何でずっと黙ってるんですか!?セイナさんがピンチなんですよ!何か言って下さい!」


 アンリーザの意見に何も言えないニューズは、ずっと黙っているパーナの方を見た。するとパーナはゆっくりと口を開く。


「……アンリの言う事は正しいよ…セイナは十字架に吊るされ、見せ物にされながら連れて行かれた。あの場では敢えて殺さず、連れて行ったのは私たちを誘い出す罠だと思う…だから…」


 そう言ってパーナは拳を強く握った。それはセイナを想う気持ちと、何も出来ない自身の無力さ、そして目の前の2人のことも案じているという感情だった。


「パーナさん…」


「そういう事さね、セイナを見捨てて今すぐ逃げ出せばおそらくアタシ達は助かる。だからここは速やかにこの都市から逃げるべきだね。」


 そう言ってアンリーザはニューズの肩に手を乗せた。


「くっ……それは…」


 あまりの正論に何も言えないニューズはパーナの顔を見つめる。

 しかしその時、パーナの表情が変わった。


「…そうだね…アンリの言う通りだと思う。だから2人は今すぐここから逃げて、私が1人でセイナを助けに行く。」


 それを聞いて2人は困惑する。


「パーナさん!それは無茶です!」


「そうさね、それは本当に無駄死にさね。それにパーナがいなければ、アタシたちはこれからどうするのさ?馬鹿な事はやめるさね。」


 パーナを説得する2人だが、パーナは既に覚悟を決めていた。


「2人ともごめん…それでも私は行かなくちゃいけないの。セイナを1人では死なせない、せめて私も一緒に!!」


 そう言ってパーナは突然走り出した。


「ちょ!パーナさん!!待って下さい!!パーナさん!!」


 ニューズが手を掴む前にパーナは走って行ってしまった。それを見てアンリーザはため息をつく。


「はぁ…これだから子供はイヤだねぇ……仕方ないさね。ニューズ、急いで追うよ。」


 先ほどまで反対していたアンリーザの意外な意見を聞いてニューズも驚く。


「えっ、アンリーザさん、行くのは反対なんじゃ…」


「勿論反対さね、そもそもアンタたちと出会ってまだ数日のアタシには、アンタたちの為に命を賭けるほどの思い入れはないさね。…でもねぇ…あの2人のおかげでアタシは息子の仇が討てた。ずっと借りっぱなしは嫌なのさ。」


「アンリーザさん…やっぱり優しいんですね。」


「ふふっ…さぁ、さっさと追いかけるよ!アタシたちで、セイナを助けるさね!」


 2人はパーナを追いかけるように走り出した。




〜数分後、拷問部屋の手前の部屋〜


「セイナぁ!!」


「…ぁぁ…ぱ…パーナ!」


 パーナはセイナの姿を見て絶望する。全身から滴る血、生気の無い青白い顔、失われた爪や指、そしてそのセイナがアルティードに抱えられている事だ。


「君は確か、セイナさんと一緒にいた…」


「あん?誰だテメェ?」

 

 いきなり入ってきたパーナを見て、ガネールとアルティードは警戒を強める。

 しかし一刻も早くセイナを助けようとしたパーナはセイナの元へ走り出した。


「セイナ!今助けるよ!!」


「ぱ…パーナ…来ちゃダメ…」


 弱々しいセイナの言葉はパーナには聞こえない。


「おい待てよ!勝手に入ってくんじゃねぇ!!」


 ガネールはパーナの前に立ちはだかった。パーナはその圧に気圧され、先に進むことが出来ない。


「うぅ…セイナを返せ!!この卑怯者!!」


「卑怯者だぁ?テメェ、誰に口聞いてんだ。」


「うるさい!セイナに勝てないからってご飯に毒を盛るなんて卑怯だ!!」


 それを聞いてガネールは怒りの表情を見せる。


「おいコラァ…テメェ、言わせておけば!!……いや待て…テメェ、何で毒のこと知ってやがる?」


 ガネールはパーナの言葉に違和感を持った。あの場にいたのはセイナと『魔女狩り』だけであり、毒の事は公にしていない。


「そ…それは…」


「まさかテメェ!!どっかへ逃げたとかいうコイツの仲間の『魔女』か!!」


 それを聞いたセイナは戦慄する。


(不味い!!パーナの事がバレた!!このままじゃパーナが!)


「ぅっ!?」


 正体がバレたパーナは一歩後退りする。それを見たガネールは口角を上げた。


「その態度!図星だな!!いいねぇ!今はムカムカしてんだ!!テメェで発散してやるよ!!」


 その瞬間、ガネールがパーナに向かって突進する。


「パーナ!逃げて!!」


 セイナはありったけの力で叫んだ。しかしパーナは恐怖で動けない。


「待て!!ガネール殿!!」


 アルティードはセイナを抱えている為、動けなかった。何とか言葉で静止しようとするが、ガネールは止まらない。


「うるせぇ!!」


 ガネールは凄まじい速度でパーナとの距離を詰める。そして、目の前まで迫ったガネールは拳を振り上げる。


「ひぃ…セ、セイナ…」


「あばよ!『魔女』の仲間!!」


「パーナぁ!!」


 ガネールの拳が振り下ろされ…



シュンッ……



「は………」





「えっ…」


 目を開いたパーナの目の前には腕を振り上げたまま、首を失ったガネールの胴体だけが立っていた。



バタッ…



 首の無いガネールの胴体はバランスを失いその場に倒れる。それを見てパーナは一安心して尻餅をつく。


「た、助かった…一体何が……っ!!」



 パーナが見上げた先、ガネールの背後にいたのはセイナだった。力なくも両足で何とか立ち、その右手はガネールの方へ向いていた。その様子から、セイナがガネールの首を捩じ切って殺害したのは明白だった。


「セイナ!」


「はぁはぁ…間に…合った……ううっ…」


 セイナは疲労と怪我からその場に跪く。パーナはすぐに駆け寄り、その肩を貸した。


「セイナ!大丈夫!?」


「ええ…何とかね…それよりダメじゃないパーナ。こんなところまで来たら。逃げてって言ったでしょ?」


 セイナは笑みを浮かべながらもやれやれと言った態度でパーナの肩に手を置く。


「えへへ…ごめん。」


 パーナは涙を流しながらも笑顔でそう答える。


「でも嬉しいわ、ありがとパーナ。」


「セイナぁ…」


 そう言ってパーナは泣きながらセイナに抱きついた。セイナも安心したようにパーナを抱きしめ、一筋の涙を流したのだった。


 しかし感動の再会は長くは続かない。次に起こる事を察したセイナはパーナを優しく引き離し、すぐに後ろに向き直った。



「さて…問題はここからね……そうでしょ、()()()()()()。」


 セイナがアルティードの方を見ると、アルティードは先ほどまでセイナを抱えていた体勢のまま、戦慄した表情でじっとセイナの方を見ていた。


「……そうだね…今から僕は、君と大切な話をしなくちゃいけないみたいだ。」


 アルティードはそう言ってセイナとパーナをじっと見つめる。


「…ふっ!…逃げるのはやっぱり無理ね…」


 セイナは隙を見て逃げ出そうと魔法を発動しようとしたが、魔法が発動できない。


「…答えてくれないか、セイナさん。今のは何だい?僕の目には君が瞬間移動したように見えたんだけど…何か間違っていたら教えてくれるかな?」


 アルティードはそう言ってゆっくりと近寄ってくる。しかしその顔は先ほどまでの優しい表情ではなく、真剣で険しい表情だった。


「今のは……いいえ、その目、もう誤魔化すのは無理そうね。……今のが私の魔法よ。」


 嘘を吐こうとしたセイナだが、アルティードの顔を見て諦める。


「君は僕の腕の中から一瞬で消えた、超スピードなんてショボい能力じゃない。そして君が彼の首に触れた瞬間、彼の首はどこかへ消えた。こんな馬鹿げた力を使えるのは……僕の知る限り『魔女』しかいない。違うかい?」


 核心をつくアルティードのその言葉に、セイナはため息を吐いた。


「…はぁ……そうね。貴女の言う通り、私は…『()()』よ。巷では『天撲の魔女』なんて呼ばれているかしら。」


「……そうか…残念だ…」


 その瞬間のアルティードの表情は怒りと絶望、悲しみと優しさが混ざったような顔に見えた。そしてアルティードが腰の剣に手を掛けようとしたその瞬間、




バタンッ!!



 再び部屋の扉が開いた。


「はぁはぁ…パーナさん、セイナさん!!助けに来ましたよ!!」


「パーナ、見かけによらず走るの速すぎさね!おばさんにはもう少し手加減してほしいもんさ。」


 扉を開けてニューズとアンリーザが部屋に入って来た。


「ニューズ!!アンリ!!」


「よしっ!!」


 それを見たセイナは最後の希望を見出した。そしてパーナを抱えたまま、2人の背後に飛び込んで隠れた。


「はぁはぁ…ナイスタイミングよ、2人とも。簡潔に言うわ、アイツを…()()()!!」


 セイナはアルティードを指差しながらそう命令した。しかしそれを聞いた2人は困惑しながらも臨戦態勢を取る。


「セイナさん、それは一体…」


「なるほど、アイツが敵さね。」


 そして2人から一気に殺気が溢れ出る。その濃密な殺気を受けてもアルティードの表情は変わらない。


「…その2人も『魔女』の仲間なんだね。」


 アルティードは悲哀に満ちた顔でセイナを見つめた。そして2人にも負けないほどの殺気を放つ。


「…」


 アルティードの殺気を受けた4人は冷汗を流し、攻撃に備える。

 その時、セイナは攻撃のタイミングを見計らっていた。


(なんて殺気…でも正体がバレた以上、コイツは危険よ!!この場で一気に殺す!!)


「今よ!!」


 セイナはニューズに向かって合図を出した。


「分かりました!!えい!」


 その時、ニューズが先制する。右手を横一閃に振り抜き、空間を丸ごと削り取る斬撃が放たれる。


「しゅぅ…」


 しかしアルティードはその攻撃の軌道を予測し、身を屈めて回避した。ニューズの斬撃はアルティードの背後の壁を抉り取って巨大な穴が空くほどの威力だった。


「…これが『魔女』の力……ふんっ!」


 アルティードはそのまま爆発的に加速し、4人の元へ突進した。


「………チッ!」


(いつまで続くのよ!この魔法封印は!)


 迫り来るアルティードに対してセイナは攻撃と逃走の為の魔法を使おうとするが、やはり使えない。


「えいっ!……あれ!?」


 続いてニューズは左手を振るうが、魔法が出ない。ニューズの魔法も既にアルティードによって封じられていたのだ。その隙を狙ってアルティードは既に懐を侵略している。


「やらせないさね!!」


 近くにいたアンリーザの手から強烈な冷気が放たれる。


「ふんっ!」


 しかしアルティードは予測していたかのように横に避ける。しかもアルティードはニューズをアンリーザとの射線になるように動いており、アンリーザの攻撃は止まる。


「チッ!」


「危なかった…やはり『魔女(君たち)』は危険だ。ここで始末させてもらう!」


 そう言ってアルティードは鞘に手をかけた。


「近寄らないでください!!」


 ニューズは咄嗟に左手を振ろうとするが、アルティードの方が速かった。


「甘い!!」



ザシュッ!!……ボトッ…



「いぎゃあああ!!!」


 その時、ニューズの左手が切り落とされ、地面に落ちた。ニューズは激痛に顔を歪ませ、発狂する。しかしアルティードの追撃は止まらない。


「ふんっ!」


「ぁあああ!!!…ゴフッ!」


 アルティードの強烈な蹴りがニューズの鳩尾に突き刺さり、ニューズは後ろに吹っ飛ぶ。しかもそれは計算されたかのようにアンリーザの方へ飛ばされた。


「カハッ!」


「ニューズ!!」


「くっ!やってくれたね!!……なっ!?」


(魔法が使えない!?)


 アンリーザはニューズを受け止めながら右手をアルティードの方へ向ける。しかしニューズを受け止めた一瞬の隙に、アンリーザの魔法は封じられてしまった。

 困惑するアンリーザに対して、アルティードは既に目の前まで迫っていた。


「2人目。」



ザシュッ!!



「ガハッ!!」



 その瞬間、アンリーザは胸を激しく斬りつけられ、血を吐きながら地面に大の字に倒れた。


「アンリ!!…クソっ!!死ねぇ!!」


 セイナは再び能力を使おうとするが、やはり使えない。


「無駄だよ、セイナさん。僕の魔法は、【視界に入れた人間の魔法を使用不可にする魔法】。それは例え『魔女』でも例外じゃないんだ。」


 アルティードは剣に付着した2人の血を振り落としながら、セイナの元へ歩いてくる。


「あっそう…大した魔法だこと…」


 悪態をつくセイナだが、内心では焦っていた。


(コイツ、やっぱりバケモノね…2人と戦いながらも視線を工夫して、常に私を視界に入れて戦っていた。私が万全でも勝てるかどうか……ニューズとアンリは……ダメね、2人とも気絶してるわ。)


「ニューズ!!アンリ!!」


 パーナは血塗れで倒れる2人に駆け寄り、止血を試みている。


「…さて…セイナさん。話の続きをしようか。2人っきりで。」


「…はぁはぁ…あら、いいの?後ろにいるパーナ(あの子)もやらなくて?」


 セイナはニヤつきながらそう挑発した。


(一瞬でいい、一瞬でもアイツの視線から離れれば私の魔法で逃げられる!!)


「勿論やるよ、その為に君の元へ来たんだから。」


 アルティードはそう言って無防備なセイナの頭に手を置いた。


「【セイナさん、あの子を殺してくれるかい。君自身の手で。】」


「はぁ?何言って……うっ!!」


 その瞬間、セイナは全身に嫌なモノがまとわりつく感覚に襲われる。そして次の瞬間、セイナの身体は本人の意思を無視して勝手に動き始める。


「な、何よこれ!!一体何が!?」


 セイナの身体は無意識にパーナの方へ歩き出した。困惑するセイナに対して、アルティードが種明かしをする。


「僕のもう一つの魔法だ。触れた相手へ命令を強制出来るんだ。さぁセイナさん、【その子を殺すんだ、今すぐに】。」


「うっ!!」


 その瞬間、セイナはパーナに向けて飛びついた。


「いや!!パーナ!逃げて!!」


「セ、セイナ!?…ゴフッ!!」


 セイナはパーナを思い切り殴り飛ばした。セイナの一切の意思を無視して、セイナの身体は強制的に動く。


「うわぁ!!…セイナ!何するの!?」


「ううっ!!ぱ、パーナ…逃げて!!もう…止められない!!!」


(何よこれ!!どうなっちゃったのよ私の身体は!!)


 倒れたパーナへセイナは追撃の拳を放つ。どれだけ抗おうとしても身体の自由は効かない。


「ぐぁあ!!」


 パーナは再び激しく顔面を殴られ、悲鳴をあげた。


「パーナ!!うぅっ!!」


 セイナは倒れたパーナに馬乗りになった。そして容赦なく拳をパーナの顔面に叩きつける。


「ゴフッ…ゴフッ!!」


「ぱ、パーナ!!」


 セイナの意思を無視して、セイナの拳はパーナの顔面を打つ。


(止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ!!!!)


 どれだけ願ってもセイナの動きは止まらない。そしてセイナは拳を振り上げながらアルティードへ懇願する。


「もうやめて!!これ以上、パーナを傷付けないで!!お願いだから!!」


(ダメ!!これ以上はパーナが!!)


「…ダメだ。君は僕を騙し、僕の純情を弄んだ。許す事は出来ない。だから、その手でその子を殺すんだ。」


 セイナは絶叫しながらパーナを更に殴り付ける。セイナは何とかそれを止めようとするが、身体が勝手に動く。


「クソッ!クソッ!止まれよぉ!!こんのぉ!!」


「ぐうっ!!ぐうっ!!…せ…セイナ……ぐうっ!」


 パーナの声が段々と弱々しくなり、顔が血に染まっていく。セイナは身体の自由が効かないが、拳から伝わってくるパーナの顔の肉を打つ感触を確かに感じていた。


「アルティードぉ!!貴様ぁ!!絶対許さないわ!!早くこれを解除しなさい!!!!」


 パーナを殴りながらセイナは怒りの咆哮を上げるが、アルティードは遠くから悲しそうにそれを見ているだけで何も言わない。


「くっ!!このクソ野郎がぁ!!絶対に許さないからなぁ!!後で絶対に殺してやるぅ!!」


 セイナはいつもの冷静さを忘れ、アルティードへブチギレる。しかしアルティードからの反応はない。


「ぐぅ…セイナ…」


「クッソォ!!!こんのぉ!!」


 セイナは既にぐったりと地面に倒れるパーナの首を締め始めた。そしてセイナの手に自然に力が入り、パーナの首を強く締め付ける。


「せ……い…」


 パーナはボロボロの顔で、消え入りそうな声でそう呟くが、セイナの手の力はどんどんと強くなっていく。


「パーナ!!……うぅううう!!!がぁあああ!!!うぉおおおお!!!」


 セイナは喉が張り裂けそうなほどに叫んだ。そして身体が壊れるほどの意思で自身の身体に力を入れたのだ。


「わ…わたしをぉおお!!舐めるなぁああ!!ぐぉおおお!!!!はぁぁぁああ!!!!ぅぉおおおお!!!……はぁあ!!!」


 その瞬間、セイナの手がパーナから離れる。そして勢いよく立ち上がったのだ。


「何!?」


 それを見てアルティードは驚愕した。


(ば、馬鹿な!僕の能力から自力で抜け出したのか!?ありえない!!こんな事は初めて……いや、違う。抜け出したのではなく、魔力を無くして…)


「はぁはぁ…やってやったわ……あぁ………」


 セイナはそのまま勢いよく地面に倒れた。アルティードは滑り込むようにしてセイナを抱き上げる。


「なるほど…魔力を一気に放出し、敢えて空にする事で僕の能力から逃れたのか……狙ったわけじゃ無いと思うけど、初めての出来事だね。流石はセイナさんだ。」


 しかし魔力を空にしたセイナの代償は大きい。ただでさえ拷問によりボロボロだった身体は立ち上がる力すら失い、激しい倦怠感に襲われている。


「…はぁはぁ…早く降ろせ、クズ野郎。アンタの顔なんて2度と見たくないわ。」


 そう言ってセイナは悪態をつきながら弱々しくもアルティードの顔を殴る。それはもはや殴っているというより当たっているだけだ。それでも最後の抵抗と言わんばかりに拳を当て続ける。何度も何度も…

 真剣な表情でそれを受け止めたアルティードはセイナの眼を見る。


「この状況でも諦めないその眼、僕は君のその眼に一目惚れしたんだね。」


 アルティードはそう言ってセイナを優しく地面に座らせた。そして目線を合わせるように膝をついてしゃがむ。


「セイナさん…僕は…」


「話しかけないで、色ボケ野郎。」


 そう言ってセイナは顔を背けた。しかしアルティードはセイナの顎を優しく掴んで無理やり目線を合わさせる。


「……」


 それに抵抗する力が残っていないセイナはせめてもの抵抗で強く目を瞑った。


「セイナさん、最後に少しだけ話をさせて欲しい。頼むよ。」


「……」


「…僕は先ほど、君を殺そうとした『魔女狩り』の人たちを殺した。ガネール殿も、僕が君を信じたばっかりに死なせてしまった……」


「……」


「今まで戦争で何人もの人を殺してきたし、犯罪者を処罰したりもしてきた。でもそれは全て僕の信念に則って行った事だ、後悔なんてない。後悔する事自体が彼らに失礼だからね……でも今回は…僕は自分の信念を曲げた。君の言葉を信じたから、調査し、考える事を怠った。それがこのザマさ。僕は『魔女(犯罪者)』の片棒を担いでしまった。」


 アルティードはそう言って近くに転がっているガネールの死体に目をやった。


「既に失われた彼らの命が戻って来ることはない……僕は…僕は……」


 アルティードの声は震えていた。それは激しい後悔と、怒りによるものだった。しかしそれを聞いてもセイナの表情は変わらない。


「じゃあ、死ねば?」


 セイナは無表情でそう告げた。それを聞いてアルティードは顔を上げた。


「…何でだ…何で…何で僕に嘘をついたんだ!!僕は君の事を信じていたんだ!!本気で好きだったんだ!!生まれて初めて誰かを守ってあげたいと思った!!なのになぜ!!……何で僕を…僕を裏切ったんだ!!答えろ!『魔女』セイナ!!」


 そう叫んだアルティードの目からは一筋の涙が流れていた。


「……」


 セイナはそれを見てため息をつく。


「……はぁ……じゃあ逆に聞くけど、あの状況で私が正直に『魔女』だと言ってたら貴方は助けてくれたのかしら?私は『犯罪者』なんでしょ?そんなのを庇うなんてそれこそ貴方の薄っぺらな信念に反するんじゃなくて?」


「それは…」


「ね、所詮貴方の気持ちなんてその程度なのよ。結局は信念だ何だと言っても、『魔女』である私を貶めて自分を正当化したいだけでしょ?それともアイツら(魔女狩り)を殺した事への懺悔?はぁ…くだらな…」


「ち、違う!僕はただ!」


「分かった分かった、全部ぜーんぶ、『魔女』である私が悪いから貴方は何にも悪くないわ。だからもういいからさっさと殺せよ、もう貴方なんかと話したくないわ。」


 そう言ってセイナはアルティードを睨みつけた。その眼光にアルティードは少したじろぐ。


「セイナさん……死ぬのが怖くないのか?死んだら後には何も残らないんだぞ!」


「ふん、私が今まで何人殺してきたと思ってるの?いつか自分がこうなると予想しなかったとでも?ほら、早くやってよ、ほら、ほら。」


 そう言ってセイナは自分の首を指差した。


「………」


 それを見たアルティードは少し考えた後、覚悟を決める。


「…分かった……では、いざ!!」


 そう言ってアルティードが剣を上段に構えた瞬間、セイナが勢いよく立ち上がった。


(長々とおしゃべりしてくれてありがとうね!!おかげで少しだけ回復したわ!!ただで死んであげないんだから!!)


「はぁあ!!」


 セイナは最後の力を振り絞り、右手の指でアルティードの目に目掛けて目潰しを放った。


「しゅ……」


 しかしアルティードはそれを予測していたかのように顔を横にずらした。


「チッ…」


(はぁ…これもダメかぁ…)



「…すまない…」



ザシュッ!!



 アルティードはセイナの繰り出した右手の2本の指を切断した。


「くっ!!」


 セイナはそれにより一瞬怯んだ。その一瞬の隙に、アルティードはセイナの背後にまわり、既に剣を構えていた。


「…はぁ、やっぱりバケモノね。」


 最後の不意打ちに失敗したセイナは全てを諦め、後ろも向かずに目を瞑った。その様子を悟ったアルティードは剣を持つ手に力を込め、最期の言葉を発する。


「さよなら、セイナさん。僕の愛した天使様。」


「そうね、先に地獄で待ってるわね。」



ザシュッ!!………



 アルティードの剣はセイナの背中を切り裂いた。限界を迎えたセイナはそのまま前のめりに倒れる。


(ごめんねパーナ…あっちでいっぱい謝るから…だから……)


 最期に心の中でパーナへの謝罪を繰り返しながら、セイナはそのまま意識を失った。





〜数分後〜


「都市長、そろそろ終わりましたか…って、何ですかこれは!?」


 そう言って部屋に入ってきた部下は驚愕する。目の前には首のない死体と、血塗れで倒れる女が4人、唯一意識を保っているのがアルティードだった。


「都市長、大丈夫ですか!?」


「……ああ…大丈夫だ。」


 その時のアルティードの表情はいつも通りにも見えたが、どこか寂しさを感じさせた。


「左様ですか…ですがこれは一体…」


「事情は後で話す。それよりもこのガネール殿を綺麗にして王都へ送り返して欲しい。彼は責務を全うして死んだ、僕には彼を丁重に扱う義務がある。」


 そう言ってアルティードはガネールの死体を指差した。


「了解しました。では、他の4人は…」


「……彼女たちは『魔女』だ。いましがた僕が切り捨てた。だから、彼女たちの()()は森へ捨てておいてくれ。」


 しかし部下はその発言に違和感を覚える。


「…遺体?…都市長、彼女たちはまだ」


「いいかい?邪悪な『魔女』4人は僕がこの手で()()()()()。あらゆるツテを使って他国へも広めておいてくれ。コイツらの遺体は森の獣にでも食わせればいい。邪悪な『魔女』にはお似合いの葬り方だ。異論は認めない、良いな?」


 長年アルティードに付き従って来た部下はその発言から意図を完全に汲み取った。


「了解しました。では、4人まとめて遺体を森に捨てて参ります。それと、都市の住人には都市長自らが『魔女』を処刑したと広めます。これで住人たちも安心するかと。」


「頼む……」


 何か言いたげなアルティードを背後に、部下は何言わずに4人の簡単な応急処置を始めた。その時もアルティードはずっと下を向いて腕を組んでいた。


 しばらくして応急処置を終えた部下が4人を運ぶ準備を整えた。


「では都市長、行って参ります。」


「…ああ…くれぐれもバレないようにな。」


「勿論です。では……ん?都市長?」


 部下が部屋を出ようとした時、アルティードの異変に気付いた。


「……」


「……どうされましたか?」


「うう…」


「都市長?」



「うぅっ……うわぁあああ!!セイナさぁああん!!」


 その瞬間、アルティードは堰を切ったように大声で泣き始めた。


「ぐすっ!!ううぅーんん!!本当に好きだったんだ!!僕の初恋だったんだ!!なのに…なのに僕は…うわぁあん!!」


 アルティードは目の前の部下に抱きつき、子供のように顔をその胸に埋めた。


「…都市長……」


「ごめん!!ごめんよぉ!セイナさん!!僕が弱いから!!僕が何も出来ないから!!全部僕が!!」


 涙と鼻水を垂れ流し、みっともなく泣くアルティードを見て、部下はその思いを理解した。


「…そうですか…この方が初めて愛した女性だったんですね…さぞ辛かったでしょう……都市長、貴方は本当にご立派です。お疲れ様でした。」


「うぅっ…セイナさん…セイナさん…」


「都市長、強くなりましょう。この世界を変えられるくらいに。そして『魔女』だろうが誰だろうが差別なく生きられる世界を創りましょう。私たちも協力しますから。」


「……………ああ、そうだな。ありがとう、僕は決めたよ。この世界を僕が変える。『魔女』への迫害を無くし、『魔女』が普通に生きられる世界に!セイナさんが笑顔で生きられる世界にしてみせる!」


 涙を拭ったアルティードは決意を新たにした。

 そして部下によって運ばれていくセイナと最後に目を合わせた。


「かなり嫌われちゃったけど、僕は君を諦めないよ。僕は諦めが悪いからね。いつか迎えに行くから。」


 そしてアルティードは意識のないセイナほ頬に軽くキスをしてセイナを送り出したのだった。


 


 数日後、大都市『ヌル』は王国からの独立を宣言し、新たな国家である『ソメイ帝国』を建国したのだ。

アルティードの能力は大きく分けて二つあります。

一つは敵の魔法を無力化する魔法。視界に入った人間は魔法を発動できなくなります。

もう一つは支配する魔法。アルティードに触れられた者はその身体の自由を奪われ、命令に従わなければならなくなります。この能力は2通りあり、1つは本話でも出てきた触れながら命令するだけで肉体を強制的に動かす力。もう一つは特殊な条件を満たす事で、その人間を絶対服従の配下に出来る力です。

見ての通り、現状では作中最強です。


アルティードがセイナの事を操ってパーナを殺そうとしたのは、敢えてセイナに嫌われる事でセイナを殺す覚悟を決めるためです。結局、殺す事は出来ませんでしたがこれがアルティードの葛藤の結果です。自身が無実の人間を殺してしまったという罪悪感に悩んだ末にこの結果を下しました。

それほどに『魔女』であるという事実は重いことでした。現代風に言うなら『魔女』は【大量殺人を犯した指名手配犯】の様なイメージです。

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