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猟奇×哲学:ヴェリタスの最終定理6ヘレナ・ヴェリタス  作者: LIU
●第22章:私の罪と罰

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地獄2:無関心に希望を持ってしまった男!

新暦208年。

新王都の空は、今日も今日とて鉛色のドンヨリ曇り空である。

空からは酸性雨が降り注ぎ、地上ではジュギルの毒で頭がおかしくなった連中やキメラ兵器が楽しげに殺し合いを繰り広げている。

かつてリュジュンパ・キルポとかいう、性格がひん曲がりきったクソジジイが自腹を切ってまでぶっ壊したこの世界は、あれから十数年経っても、順調に、見事に、完膚なきまでに終わっていた。

だが、そんな世紀末の地獄絵図など、窓ガラス一枚隔てたこちら側には関係のない話だ。


「なんだってえええっ!?」


天を仰ぎ、両手で頭を抱えて絶叫する声が、豪奢なシャンデリアが下がる部屋に響き渡った。


「マリア君!君ねえ、メイドだろう!何度言ったらわかるんだ!?このダージリンの温度、指定した85度より、ほんの、ほぉぉぉんの少しだけ高いんじゃあないか!?これでは茶葉の繊細な香りが飛んでしまうんだぜっ!」


透き通るような白銀の髪を乱し、大仰な身振り手振りで嘆いているのは、一人の青年である。

年の頃は18歳。無駄のない、仕立ての良さが一目でわかる白色の美服を着こなし、その顔立ちは彫刻のように美しい。切れ長の瞳は本来ならば知的で冷徹な光を宿しているはずなのだが……今は「紅茶の温度がちょっと高い」という宇宙の存亡に関わる大問題のせいで、ひどく狼狽していた。


彼の名は、レイジ・シュピーゲル。


この崩壊しきった新王都において、全種族の頂点に立つ特権階級「エルフ」の貴族であり、シュピーゲル家の現当主である。

エルフという種族は、生まれながらにして強力な魔導耐性と特権的な地位を持っている。外の世界でスラムの住人がジュギルの残飯を巡って殺し合いをしていようが、シュピーゲル家の強固な魔導結界と、先祖代々蓄えた莫大な資産があれば、レイジは毎日こうして優雅に、最高級の紅茶を啜りながら欠伸をして生きていけるのだ。

性格は決して悪くない。むしろ気さくで、身分の低いメイドにも気さくに話しかける気の良い青年である。ただ、圧倒的に危機感がなく、お気楽なだけの「単なるボンボン」であった。


「申し訳ございません、レイジ様……お湯の温度管理魔導器が少し狂ってしまったようで……」


「やれやれだぜ。外の連中も、もう少し静かにドンパチやってくれないもんかねぇ。まあいい、次は気をつけるんだぜ、マリア君!」


彼にとって、この崩壊した世界は「引きこもっていれば快適なテーマパーク」のようなものだった。

だが、そんな彼のお気楽な貴族ライフは、この数十分後、唐突に、そして劇的に幕を下ろすことになる。


「暇だなぁ。最近は新作の魔導ゲームも発売されないし……。よし、久しぶりに地下の書庫でも探検してみるかッ?」


レイジは軽い足取りで、広大な屋敷の地下深くへと続く螺旋階段を下りていった。まさかそこで、この世界の運命を根本からひっくり返す「あるモノ」に出会うとは、この時の彼は知る由もなかったのである。


シュピーゲル家の地下書庫は、巨大な洞窟のように広大だった。

何百年も前からの魔導書や、歴史の記録、ガラクタ同然の研究機材などが所狭しと積み上げられている。カビと古い紙の匂いが立ち込める中、レイジは鼻唄交じりに棚を漁っていた。


「なんじゃあこりゃあ!?埃っぽすぎやしないか!?俺のプラチナブロンドが汚れちまうぜ。おっ、この分厚い本は……なんだ、『魔導炉の効率的な運用方法』? いやいやいや、つまんねーッ!却下だ却下!」


次々と本を放り投げていると、ふと、部屋の最奥にある古ぼけた木箱が目にとまった。


「さあて、中身は……なんだこりゃ?ただの石ッ!?」


期待に胸を膨らませて覗き込んだレイジだったが、そこにあったのは、握り拳ほどの大きさの、半透明でくすんだ灰色の石ころ一つだけだった。

宝石のような輝きもない。魔力を帯びているようにも見えない。そこらへんの道端に落ちていても誰も拾わないような、ただの石。


「曾々爺さんの奴、ボケてただの石っころを厳重に保管してたってのか?……」


ため息をつきながら、レイジは何の気なしに、その石を素手で拾い上げた。

その瞬間。

レイジの脳髄に、電流が直接叩き込まれたような激痛が走った。

それだけではない。目から、耳から、石に触れた指先から、情報。情報。情報。圧倒的な量の「記憶」と「因果」が、津波のように彼の意識へと流れ込んできたのだ。


「な、なんだこりゃあ!?俺の頭の中に、見ず知らずの光景がッ!」


膝から崩れ落ち、頭を抱えてのたうち回るレイジ。

彼の脳内にフラッシュバックしたのは、この新王都が辿ってきた歴史の裏側、その「真実(ヴェリタス)」であった。

狐獣人のニーア・ヴェリタスが命を懸けて切り開いた平和。エラーラ・ヴェリタスが築き上げた魔導文明の黄金期。そして、それを「飽きたから」というふざけきった理由だけで、完膚なきまでに破壊し尽くしたリュジュンパ・キルポという老人の悪意の全貌。

石から流れ込んでくるヴィジョンは、そこで終わらなかった。

新暦188年のリュジュンパの死。そして「自分は嵌められた」という遺書。それが引き起こした更なる混沌。

そこまではレイジも知っている史実だ。だが、石が見せるのは「なぜ世界がここまで致命的に破壊されたのか」という、もっと根源的な理由だった。


新暦108年。


今からちょうど100年前。


そこで「何か」が起きていた。リュジュンパが台頭するはるか以前、エラーラの黄金期が始まる直前に、世界の運命の歯車を狂わせる致命的な「バグ」が発生していたのだ。

そして、そのバグの正体であり、さらに後の新暦138年に、この新王都に他国の魔導核弾頭を打ち込ませ、自ら直撃を受けて消滅した最悪のトリガー。


その名を、ヘレナ・ヴェリタス。


エラーラ・ヴェリタスの妹であり、この石にその記憶を焼き付けていた張本人であった。


「……ヘレナ・ヴェリタス。エラーラの妹……?嘘だろ、歴史の教科書にはそんな奴、一文字も載ってなかったぜ……いや、なるほどと言ったほうがいいな!パズルのピースが、全部ハマっちまったってわけだぜ!」


ゆっくりと立ち上がったレイジの口調は相変わらずだったが、その纏う空気は冷徹なものへと変貌していた。


「要するに、リュジュンパのクソジジイが暴れ回れたのも、この世界がここまで腐りきったのも、根本的な原因は新暦108年にヘレナ・ヴェリタスが起こした『何か』にある。この石は、彼女の思念……いや、強烈な魔力が結晶化した『特異点』ってわけだ?」


レイジは石を手のひらの上で転がしながら、ニヤリと唇の端を歪めた。


「なるほどねえ?この石が持つ時空の歪みを利用すれば、過去へ飛べるというわけかい?」


彼の頭脳はフル回転していた。


過去に戻って歴史を改竄する。リュジュンパを止めるのではない。もっと根本の根っこ、ヘレナ・ヴェリタスが世界を狂わせる「前」の時代に行き、彼女の運命を変えるのだ。


「戻るべきタイムラインは……新暦108年じゃあ遅すぎるな。すでに事件が起きちまってる。確実に彼女に接触し、事態をコントロールできる猶予期間……よし、新暦105年だ。これならバッチリだぜ!」


レイジは地下書庫の床に、ヘレナの石を中心にして、エルフの秘術を凝らした巨大な時空跳躍の魔法陣を描き上げた。

魔力を流し込むと、魔法陣は眩いプラチナの光を放ちながら回転を始める。

周囲の空間が歪み、世界がブレ始める。

レイジは最後に一度だけ、崩壊した新王都の空があるであろう天井を見上げた。

リュジュンパ・キルポ。

あんたの最悪な悪意が作り上げたこの地獄は、確かに完璧だったかもしれない。誰もあんたを裁けなかったし、あんたは逃げ切った。英雄たちの努力は全部無駄になったように見えただろう。


「だがなァ……この世には『イレギュラー』ってやつが存在するんだよ!たまたま石を拾っただけの、たまたま頭がキレる、ボンボンエルフっていう、なァ!」


レイジはニヤリと、最高に不敵な笑みを浮かべた。

魔法陣の光が、レイジの全身を包み込む。

その光は、どんよりと淀んだ新暦208年の闇を切り裂く、とびきり明るく、希望に満ちた輝きだった。

レイジ・シュピーゲルの姿が、光と共に消滅する。

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