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猟奇×哲学:ヴェリタスの最終定理6ヘレナ・ヴェリタス  作者: LIU
●第22章:私の罪と罰

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17/20

地獄17:新王都爆破!世界を焼き尽くした女!

新王都は、すでに人間の住む場所ではなくなっていた。

社会の歪みが極限まで膨張し、ついに限界点を突破した時、社会秩序は音を立てて崩壊した。

魔力を持つ「車両」と持たざる者たちの対立。新王都の先住民と難民の衝突。種族、思想、魔力の有無。あらゆる差異が殺意の理由となり、街は血を血で洗う内戦状態へと突入した。燃え盛るビル群、路上に転がる無数の死体、響き渡る銃声と魔法の爆音。それは三十年前の「大崩壊」の再来とも言える地獄絵図であった。

その狂騒の只中で、新王都の裏社会を牛耳る暴力団『ニルヴァーナ』の首領、ヴィルゴ・ライ・リーア、すなわちヘレナ・シュピーゲルは、一つの奇妙な決断を下した。


なんと、自らの敵対組織の探偵、ニーアと、その助手である少女アスナを、ニルヴァーナの直系構成員として迎え入れたのである。

表向きの理由は「同族、あるいは同種族としての保護」であった。内戦の混乱から魔力を持たない獣人や身寄りのない少女を救うという、裏社会のボスらしからぬ慈悲の振る舞い。

だが、その仮面の裏側に渦巻いていたのは、煮えたぎるような愛憎であった。

ヘレナの真の目的は、明確な『復讐』だった。

記憶を失い、無垢な少女として笑うアスナ。かつてエラーラ・ヴェリタスに愛され、自分からすべてを奪ったその憎き魂の妹が、記憶を取り戻し、自分が何者であったかを悟り、そして自分がヘレナという存在にどれほどの絶望を与えたかを完全に理解したその瞬間に、最も残酷な方法で懺悔させ、惨殺するためだ。


その至高の復讐の瞬間を味わうために、ヘレナはアスナを自分の手元に置き、美味しい食事を与え、安全な寝床を保証し、まるで本当の姉妹のように「偽りの蜜月」を過ごした。

しかし。ヘレナのその凄絶な憎悪の根幹には、どうしようもないほどに不器用な『愛』と『希望』が隠されていた。

アスナは、かつてのヘレナと同じだ。狂った大人たちに人生を壊され、空っぽの器にされた少女。しかし、アスナの中には、ヘレナには決して持てなかった「他者を信じる慈愛」の心が満ちていた。


そして、彼女はヘレナと同等、あるいはそれ以上の圧倒的な魔力ポテンシャルを秘めている。


(もし……もし、この空っぽで純粋な妹が、私の絶望を本当の意味で理解してくれたなら。もし私たちが、憎しみではなく、真の理解で結びつくことができたなら……この私とアスナの力が合わされば、この救いようのない地獄の苦しみを、すべて解決できるのではないか?)


殺したい!


だが、愛してほしい!


報われたい!


理解されたい!


復讐鬼の仮面の下で、ヘレナの魂は血の涙を流しながらそう叫んでいた。

だが、運命は残酷に転がる。


ある日、アスナは完全に覚醒した。

三十年間の空白、自らが犯した罪、エラーラとの記憶、そして、隣で優しく微笑む「女ボス」から漏れ出す、濃密で絶対的な殺意の気配。

すべてを悟ったアスナは、戦慄し、ヘレナの元から逃げ出した。


「……やっぱり、お前も私を置いていくのね、アスナ」


もぬけの殻になった部屋で、ヘレナは一人、静かに笑った。

最後の希望は潰えた。理解されることなど、最初からあり得なかったのだ。

限界を迎えたヘレナの精神は、ついにある決断を下す。彼女は、他者の精神とリンクし、思想を強制的に共有させる能力を持つ異界の生命体「思考蟲」の群れを自らの肉体に取り込み、完全に融合した。

もはや、人間の姿すら保つ必要はない。世界を覆う絶対的な絶望となるために。

ヘレナは、無数の複眼とぬめり気のある甲殻を持つ、冒涜的で醜悪な「融合体」へと成り果てたのである。


瓦礫の山と化した新王都の中央広場。

赤黒い空の下、吹き荒れる灰色の風の中で、二つの運命が対峙していた。

巨大な肉塊から無数の触手と複眼を蠢かせる融合体、ヘレナと。

ボロボロのコートを羽織りながらも、凛とした立ち姿でそれを見据える少女、アスナ。


『……来たか。アスナ・クライフォルト。我が憎き怨敵にして、姉の愚かなる伴侶よ』


「待たせたね!エラーラの亡霊にとり憑かれた醜悪なる蟲よ!」


アスナは、眼鏡の奥の青い瞳に一切の恐怖を宿さず、堂々とその異形の前に進み出た。


「お前たちが望む通り、私の過ちに対する懺悔をくれてやる。そうだ! 私はファントム・シュピーゲルを殺した! それがお前の魂を永遠に砕く結果になるとも知らずにね! そして、私は、エラーラが残したこの世界を……正しい軌道に導くことができなかった。ああ!……それは、私の計算違いであり、それは……取り返しのつかない罪であるよ!……【ごめんなさい】!」


アスナの言葉は、悲痛な懺悔でありながら、廃墟に力強く響き渡った。

それは、ヘレナが渇望してやまなかった言葉。自分の痛みを、絶望を、妹が真に理解し、罪を認めた瞬間であった。

しかし、アスナの言葉はそこでは終わらなかった。


「【だが! 私は決して、希望を捨てるつもりはない! 人間は愚かで、弱く、簡単に悪意に染まる! だが! 絶望の底にあっても互いを求め合い、手を取り合う尊さを持っている! エラーラが信じた人間は……世界は! それでも、守るに足る存在だ!】」


その悲壮なまでの叫びと共に、アスナの全身から、凄まじい密度の魔力が青白い炎となって噴き上がり始めた。

大気が悲鳴を上げ、足元の瓦礫が重力を失ったかのように浮遊し始める。


「【私は終わらせる! すべて! この世界の悪意を!……私の魔力で完全に焼き尽くし、新たなる歴史を創世する!】」


アスナの肉体が、太陽すらも凌駕するほどの爆発的な光に包まれた。

光が収束した直後。そこにいたのは小柄な少女ではなかった。

天を衝くほどの巨大な質量。漆黒の鱗、天空を覆い尽くすほどの巨大な翼。

アスナは、世界を焼き尽くし、そして再生させるための完全なる『飛竜』へと覚醒を果たしたのである。


だが。

その飛竜の完全覚醒こそが。希望を体現するその圧倒的な姿こそが。

ヘレナが仕組んでいた、真の絶望を発動させるための「最後の条件」であったのだ。

王都の上空に突如として出現した、規格外の巨大な魔力反応。

それは、海を隔てたはるか遠方の敵国、ゼランディアの軍事中枢を一瞬にして凍りつかせた。

ゼランディアは、新王都の内戦の余波を受け、極限のパニック状態に陥っていた。連日の暴動、暗殺、崩壊していく社会。首脳陣の精神はすでに擦り切れ、正常な判断能力を失っていた。

その彼らの軍事レーダーの針が、見たこともない数値を叩き出し、限界まで振り切れたのである。

恐怖に完全に理性を焼き切られた彼らは、一切の議論や確認を待つことなく、地下深くに厳重に封印されていた絶対禁忌の究極兵器の起動キーを、一斉に回した。

空間破壊爆弾「ニヒリスティック・ヴァイオレンス」。

それは、熱線や衝撃波で対象を破壊する物理的な兵器ではない。指定座標を中心とした空間そのものの位相を強制的に崩壊させ、そこに存在するすべての事象を「概念レベルで消去する」という、人類が手にしてはならなかった悪魔の兵器であった。

はるか上空から接近する、絶対的な死の気配。


『……観測した。我々の、いや、私の目的は、いま、達成された』


ヘレナは、最初から戦う気など微塵もなかったのだ。 


「ここで貴様を終わらせる!……いま!」


アスナが巨大な顎を開き、融合体に向けて究極の魔力ブレスを放とうと、極大のエネルギーを収束させ始めた。


『終わらせる?……もう、終わったのだよ。【また会おう】。そして……さようなら。世界よ』


まさにブレスが放たれようとした、その直前。

融合体は、自らの体内に内包していた超高圧縮の魔力炉の制御を自ら解除し、暴走させた。

いとも呆気なく、そして盛大に。ヘレナは自爆した。

そして。

空の彼方から、音を置き去りにして「それ」は飛来した。

銀色に鈍く光る、無骨な流線型の兵器。

ニヒリスティック・ヴァイオレンスが、王都首都中央の上空、飛竜アスナの頭上数百メートルの座標に、音もなく滑り込むように着弾した。


光が収束し、すべての物理的実体が消滅した後の、時間も空間も存在しない純粋な概念の世界。

果てしなく広がる温かな白い光の中で、アスナは、少女の姿で立っていた。

そして彼女の目の前には、思考蟲の醜悪な姿でもなく、裏社会の冷酷なボスの姿でもない。美しい白銀の髪をなびかせた、本来の姿のヘレナ・シュピーゲルが、穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。


「……ヘレナ……」


アスナの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。

二人の魂は、物理的な消滅の瞬間、極限の魔力の衝突と融合を経て、この概念空間で完全に接続されていた。

言葉を交わす必要すらなかった。

魂が触れ合うことで、アスナはすべてを理解した。ヘレナがどれほどの孤独の中で、どれほどの痛みに耐えてきたのかを。狂気と憎悪の裏側にあった、妹への不器用すぎる愛を。

そしてヘレナもまた、アスナの魂に触れ、完全に報われていた。

アスナの流す涙。心からの謝罪。自分の痛みを自分のものとして受け止めてくれた、妹の深い慈愛。

三十年間、誰も触れてくれなかったヘレナの凍りついた心を、アスナの温かな光が溶かしていく。


「泣かないで、アスナ」


ヘレナはそっと手を伸ばし、アスナの頬を伝う涙を拭った。


「私は、満足よ。最後に、お前が私を理解してくれた。私と同じ痛みを背負ってくれた。……私の野望は、完璧に叶ったのよ」


この狂った世界に絶望したヘレナの、最後の願い。

自分を壊した世界を道連れにし、たった一人自分を理解してくれた妹と共に、存在を消滅させること。

ニヒリスティック・ヴァイオレンスの閃光は、二人の魂を永遠に結びつけるための、ヘレナにとっての祝福の光だった。

だが、ヘレナはそのまま妹の手を引いて、虚無の彼方へ消えようとはしなかった。

ヘレナの体から、黄金色の眩い光が溢れ出し、それがアスナの胸の中へと吸い込まれていく。


「……え?ヘレナ、これは……?」


「私の、すべての魔力と生命力よ。そして、あの空間破壊爆弾が引き起こした、世界を消去するほどのエネルギーも、すべてお前の魂に束ねておいたわ」


ヘレナは、優しく、しかし確固たる意志を持って告げた。


「お前は、私とは違う。同じ地獄を生きながら、絶望の底で互いを求め合い、手を取り合う尊さを信じられる、強い子だわ。だから……私は、お前にすべてを託す。……最後に、強い妹に会えて、良かった……」


それは、かつてのエラーラ・ヴェリタスや、ナラティブが犯した最大の過ちに対する、ヘレナなりの一つの答えだった。

エラーラは、アリシアに選択を与えず、アリシアもまた、世界に選択を与えず、自らの理想を押し付けて死んだ。

ナラティブは、他者に選択を委ねることを恐れ、独りで苦しみを背負い込んだ。

彼らは皆、選択を強要し、強要され、その結果として悲劇を生み出した。


「私は、上から目線でお前を救おうとはしない。私の勝手な理想で、世界を再生させたりもしない。……この世界は、醜く、残酷で、救いようがない。でも、お前が信じるように、美しい場所でもあるのかもしれない」


ヘレナの姿が、光となって少しずつ透明に透け始めていく。


「だから、選んで、アスナ。この醜くも美しい世界を、このまま虚無の彼方に『見捨てる』のか。それとも、私の力とこのエネルギーを使って『再生させる』のか。……選択は……委ねるわ」


「お姉ちゃん!行かないで!私を置いていかないで!」


アスナは、消えゆくヘレナの体を必死に抱きしめようとした。しかし、その腕は光をすり抜ける。


「ありがとう、アスナ。最後に、私をお姉ちゃんって呼んでくれて」


ヘレナは、世界で一番美しい、純粋な少女のような笑顔を浮かべた。


「愛しているわ、私の可愛い妹。……さようなら」


ヘレナの姿が、完全に光の粒子となって空間に溶け込んだ。

残されたのは、ヘレナから託された、宇宙を再創造するほどの無限のエネルギーをその身に宿したアスナただ一人。

アスナは、光の海の中で膝を抱え、ただ一人、声を上げて泣き続けた。

自分を憎み、世界を憎みながらも、最後にすべてを託してくれた姉の深い愛に触れて。

無限の時間が流れる概念の空間で。


少女は涙を拭い、立ち上がった。その両手には、世界を完全に終わらせる絶望の引き金と、世界をやり直す希望の種が、静かに握られている。


彼女がどちらの道を選ぶのか。


それは、誰も知らない。


ただ、姉から妹へ託された愛だけが、そこにはあった。

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