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ヴェリタスの最終定理6:憎悪篇 ヘレナ・ヴェリタス  作者: LIU
●第22章:私の罪と罰

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地獄16:ニーア・ヴェリタス編要約

新王都の裏路地にひっそりと構える『ヴェリタス探偵事務所』。

建物の外観は古びたレンガ造りだが、その一室からは、毎日のように活気に満ちた声が響き渡っていた。


「さあさあ!このニーア・ヴェリタスに任せておけば、浮気調査から迷い猫の捜索まで、完璧に解決してあげるわ!」


バーン、と勢いよくデスクを叩いたのは、金色の豊かな毛並みと、誇り高く揺れる極太の尻尾を持つ狐獣人の女性だった。

彼女の名はニーア・ヴェリタス。

だが、その名は偽りだ。本名はニーア・ヴェル・リータス。魔力など欠片も持たないただの半獣人であり、歴史の闇に消えた最強の魔導師「エラーラ・ヴェリタス」の系譜に連なる者でも何でもない。彼女はただ、三十年前の伝説的な偉人たちの足跡を追いかける筋金入りの『歴史オタク』が高じて、勝手にヴェリタスの名を騙っているだけの、少しばかり自信過剰な探偵に過ぎなかった。


「ふふーん!今月も依頼は絶好調ね!新王都の治安が悪くなってるのは困りものだけど、私みたいな優秀な探偵が一番輝く時代が来たってわけよ!もう、当然でしょ!」


ニーアは腰に手を当て、得意げにふんぞり返った。彼女の勝気でプライドの高い口調は、不思議と周囲を明るくする力があった。

実際、最近の探偵事務所は異常なほど羽振りが良かった。街のあちこちで、法律を盾にした陰湿なトラブル――「通行の邪魔をした」「カフェで不快な顔をした」などという馬鹿げた理由で難癖をつけるクレーマーが急増しており、警察や法務局が取り合わないような小競り合いの解決依頼が、ニーアの元に殺到していたからだ。


「さぁて!今日も私の完璧な働きを祝って、特上ステーキよ!お肉、お肉!あ、そこの付け合わせのニンジンとブロッコリーは要らないわ。野菜なんて食べてたら、この美しい金色の毛並みが台無しになっちゃうんだから!」


ニーアはナイフとフォークを握りしめ、目を輝かせながら分厚い肉の塊に食らいついた。

その向かいの席で。


「ニーア……肉ばかり食べるのは、良くない。野菜も食べなきゃ……」


鈴を転がすような笑い声を上げながら、ニーアの皿から弾かれたニンジンを自分の皿に移している小柄な少女がいた。

十代半ばに見える、あどけない顔立ち。柔らかで美しい髪と、どこか庇護欲をそそる儚げな雰囲気。

彼女の名は、アスナ。

本来の歴史の理に従えば、彼女はすでに五十歳を超えているはずの存在だ。しかし、三十年前の大崩壊と世界再建の混乱の中で、何らかの未知の力、神の気まぐれか、あるいは竜の奇跡か……が働き、彼女の肉体と記憶は十代の少女のまま固定され、この時代に放り出されていた。

現在のアスナには、かつてシュピーゲル邸で受けた凄惨な虐待の記憶も、エラーラとの関係も、何一つ残っていない。

ただの身寄りのない少女として街を彷徨っていたところを、お節介焼きのニーアに拾われ、探偵事務所の助手として楽しく暮らしているのだ。


「うるさいわねっ!私の胃袋は最高級の肉だけを求めてるの!アスナは子どもなんだから、野菜でもなんでも食べて大きくなりなさい!」


「私は子どもじゃない。……でも、ニーアと食事をするのは、嬉しい……」


「……ふんっ、ま、二人で食べるご飯が美味しいのは、認めてあげるわよ」


ニーアは少し顔を赤くしてそっぽを向きながら、極太の尻尾をパタパタと上機嫌に揺らした。

彼女たちは何も知らない。

この世界が、どれほどの絶望と狂気の上に成り立っているのかを。

そして、自分たちのすぐ足元で、底知れぬ悪意の渦が静かに口を開けていることなど、知る由もなかったのである。


ニーアたちの生活が潤っている裏側には、新王都の社会構造そのものを腐敗させている明確な『原因』が存在した。

あの、法律を悪用して他者を合法的にいじめ続ける初老の男、レイジ・シュピーゲルの存在である。

レイジは、毎日毎日、異常なほどの執念で社会に対する『正義』の嫌がらせを続けていた。

ある時は、魔力を持たない貧しい商店主の帳簿の僅かなミスを法務局に告発し、店を合法的に取り潰させた。

またある時は、孤児院の土地の権利書に隠された古い法規の矛盾を突き、孤児院を強制的に立ち退かせ、路頭に迷わせた。

レイジにとって、それは社会への復讐であり、自らの「正しさ」を証明するためのお遊びに過ぎなかった。

だが、その馬鹿すぎる男の、間接的な暴力の連鎖が、誰に利益をもたらしていたのか。

家を失い、店を失い、法によって「人間」としての権利を剥奪された者たちが、最後に縋り付く場所はどこか。

それは、社会の法の網の目の外に広がる、巨大な裏社会である。


新王都の闇を牛耳る、巨大暴力団『ニルヴァーナ』。


レイジが合法的に人々からすべてを奪うたびに、人々は生きるためにニルヴァーナの高利貸しから金を借り、彼らの管理するスラムの違法売春宿で身を売り、あるいは鉄砲玉として犯罪に手を染めていった。

レイジ・シュピーゲルは、三十年もの間、自分自身のトラウマに怯え、社会を冷笑しながら、意図せずに、本当に、全くの無自覚なままに、ニルヴァーナという暴力の帝国に、無数の「奴隷」と「資金」を供給し続ける、最高の手先として機能していたのである!


レイジは自分が賢く、世界を嘲笑っているつもりでいた。

悪を笑い、正義を信じていた。

だが、しかし。

現実は、彼は巨大な暴力団の片棒を担ぐ、悪のシステムの一部に組み込まれていたのだ。


新王都の地下深く。

旧時代の地下鉄跡を改築して作られた、ニルヴァーナの広大で洗練されたアジト。

高級な絨毯が敷き詰められた最奥の執務室で、紫煙をくゆらせている一人の女性がいた。

ニルヴァーナの絶対的な支配者、ヴィルゴ・ライ・リーア。

黒のタイトなスーツに身を包み、銀色の髪を美しく結い上げた彼女の顔には、年齢を感じさせない妖艶さと、人をすくみ上がらせるほどの氷のような冷酷さが刻まれていた。

物静かで、決して声を荒げることはない。しかし、その一瞥だけで屈強なヤクザ者たちを震え上がらせる女ボス。


彼女の真の名前は、ヘレナ・シュピーゲル。


三十年前、思想ウイルスによって世界を崩壊の淵に追いやった稀代の悪女である。

彼女もまた、この三十年間を生き延びていた。絶望の中で、己の過ちと、狂った神々への憎悪を胸に秘めながら。一から裏社会の組織を作り上げ、再び王都の闇を支配する蜘蛛へと返り咲いていたのだ。


「……ボス。今月の報告です。街の上がりも、債権回収率も、過去最高を記録しています。どうやら、表の街で法を振りかざす『当たり屋』の馬鹿どもが、いい塩梅で我々に獲物を流し込んでくれているようですな」


顔に傷のある屈強な幹部が、恭しく書類を差し出した。

ヘレナは、その書類に目もくれず、細い指で煙草の灰を落とした。

まさか、その「当たり屋の馬鹿」の筆頭が、かつて自分を吹き飛ばしたレイジ・シュピーゲルであることなど、ヘレナは知る由もない。彼女にとって、レイジなど三十年前の路地裏で暗黒魔法によって消し飛んだ塵芥と同じだったからだ。


「……ええ、そう。なら、好都合ね。表のバカどもには、好きなように法遊びをさせておきなさい。私たちは、そのこぼれ落ちた甘い汁を、静かに啜り続けるだけよ」


「ハッ。……それと、もう一つ報告が」


幹部は、少し言い淀んでから、一枚の写真をデスクに置いた。


「最近、表の街で調子に乗っている『ニーア・ヴェリタス』と名乗る狐の探偵です。我々のシノギの末端、借金の取り立てや、違法ドラッグの売買の現場に首を突っ込んで、邪魔をしてくることが増えました。小娘ですが、どうも鼻が利くようで。……ボス。この探偵、そろそろ『掃除』しましょうか?」


幹部の言葉に、ヴィルゴの目は、デスクに置かれた写真へとゆっくりと落とされた。

写真には、街角で満面の笑みを浮かべながら特大のホットドッグを頬張る、金色の狐獣人ニーアと。

その隣で、ニーアの口元についたケチャップを、ハンカチで優しく拭ってやっている小柄な少女の姿が写っていた。


アスナ!?


その瞬間。


ヴィルゴの冷徹な瞳の奥底で、かつて世界を焼き尽くしたほどの黒い炎が、揺らりと立ち上がった。

幹部は、室内の温度が急激に下がったかのような錯覚を覚え、思わず息を呑んで一歩後ずさった。

殺す。四肢をもぎ取り、内臓を引き摺り出し、生きたまま絶望を味わせてやる。

その強い殺意が、ヴィルゴの心を支配した。

だが。


「……不要よ」


静かな、しかし絶対的な拒絶の声が、執務室に響いた。


「ボ、ボス……?」


「無駄な殺しはするな、と言っているのよ。……その小娘は……そう。いずれ、必ず私の手で殺すわ。だから、あなたたちは一切手を出してはならない。いいえ、むしろ……」


ヴィルゴは、煙草を灰皿で揉み消し、冷酷な目で幹部を射抜いた。


「今は、泳がせておきなさい。他の連中が手を出そうとするなら、お前たちが彼女たちを守るのよ。傷一つ、つけさせてはならないわ」


「し、しかし……我々のシノギが邪魔をされて……」


「命令に、理由は必要かしら?」


「……ッ!い、いえ! 申し訳ありません! 直ちに、手出し無用の触れを出します!」


幹部は蒼白になり、逃げるように部屋を退室していった。

一人残された執務室で。

ヴィルゴは、写真を手に取り、その表面を細い指でそっと撫でた。

彼女の視線は、憎きヴェリタスの名を名乗るニーアではなく。その隣で、無邪気に笑っている少女、アスナの顔に釘付けになっていた。


(……アスナ。……ああ、間違いない。体型も違う。記憶もないのだろう。けれど、私にははっきりとわかる。お前は、あの忌まわしいシュピーゲル邸で震えていた、アスナだ)


ヴィルゴの瞳には、激しい『怒りと憎しみ』が渦巻いていた。

この少女さえ殺せば。

エラーラが最後に愛し、エラーラがわざわざ世界をリセットしてまで救おうとしたこの少女を、この手で惨殺すれば。

ヘレナ・シュピーゲルという女の、三十年越しの復讐は、完璧な形で成し遂げられる。

だが、写真の中のアスナを見つめるヴィルゴの瞳には、純粋な殺意だけではない、説明のつかない複雑な色が混じっていた。

それは、ほんの僅かながらの『後悔』であり、そして、かつての自分に似た弱者に対する『慈愛』のようなものであった。


三十年前。


私は、誰からも愛されなかった。


泥水の中で生き、知略だけを頼りに這い上がり、それでも最後にはすべてを奪われ、狂気の渦の中で独りぼっちで泣き叫ぶしかなかった。


それは、アスナも同じだ。


彼女もまた、狂った大人たちのエゴに振り回され、利用され、壊されていった少女だった。

姉のエラーラに愛されたという、ただ一点を除けば、アスナと私、ヘレナは、裏表の存在なのだ。


アスナもまた、被害者なのだ。


(アスナ……お前は、幸せそうね。何も知らずに、あのバカな狐と一緒にお肉を食べて、笑って……)


ヴィルゴは、目を閉じ、深く息を吐き出した。

今すぐ殺すのは、簡単だ。

だが、それでは足りない。それでは、私のこの三十年間の、胸が張り裂けるような孤独と絶望は、誰にも理解されないままだ。


(お前は、お前だけは、理解してくれるわね?アスナ。人生を弄ばれる悲しみを。お前だけは、私のこの絶望を共有してくれるはずだ。だから、今はまだ殺さない。お前が真実を知るその瞬間まで、私はお前をこの手で『守って』あげるわ)


ヴィルゴは、歪んだ、しかしどこか母性すら感じさせる微笑みを浮かべた。

憎しみの対象でありながら、同時に、世界で唯一自分の痛みを理解してくれるかもしれない存在への、異常な執着。それが、冷酷な女ボスの中に残された、狂気じみた『希望』であった。


そして。


ヴィルゴの胸の奥底で、決して消えることのない、もう一つのどす黒い炎。


(……もし。この世界に、この時代に。私の最後の願いを踏みにじり、世界をウイルスで覆い尽くしたあの卑劣な男、レイジ・シュピーゲルが生きているのなら)


ヴィルゴは、デスクの引き出しを開け、そこに大切に保管されている一本の美しい短剣を取り出した。

それは、三十年前、すべてを失った自分が、最後に自らの命を絶とうとした時に握りしめていた刃。

今は、復讐の誓いとして、鋭く研ぎ澄まされている。


(あの、決して言葉の通じない、自分だけが正しいと信じて疑わない独善的な男たちは……。見つけ出し次第、必ず、私の手で!……いや。……お前には、死すらも与えない!)


運命の糸は、三十年の時を経て、再び最悪の形で絡み合い始めていた。

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