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猟奇×哲学:ヴェリタスの最終定理6ヘレナ・ヴェリタス  作者: LIU
●第22章:私の罪と罰

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13/20

地獄13:アリシア・ヴェリタス編要約/アスナ・ヴェリタス編要約

私、ヘレナ・シュピーゲルの精神は、すでに致命的なまでに摩耗しきっていました……


あの理解不能な狂気の渦。

エラーラ・ヴェリタスと、彼女が未来から連れ帰った正体不明の化け物、ナラティブ・ヴェリタス。彼女たちが王都に振り撒いた異常な日々の連続に、私の高度な知性と自尊心は、完全にへし折られていたのです……


恐怖のあまり街角の掃き溜めでうずくまり、泣き叫んだあの日から。私の心の中からは、かつて私を突き動かしていた『野望』も『復讐心』も、すべてがすっぽりと抜け落ちてしまいました。


「……もう、どうでもいい……」


私は、手元にあった『最適化』の魔法理論の書物と、それに付随するすべての魔導データを、匿名でアリシア・ヴェリタスへと送り付けました。

エラーラによって記憶を奪われ、アフェランドラ学園の全寮制に押し込められていた、かつての博愛の少女。彼女なら、あるいはエラーラという怪物同士で相食み、共倒れになってくれるかもしれない。そんな、投げやりな期待だけを込めて。

それからの日々の出来事は、まるで擦り切れた映画を見ているかのように、私の記憶の中でうろ覚えのまま流れていきました。


私の思惑通り、学園を卒業したばかりのアリシアはエラーラの元へ現れました。彼女は、エラーラが寵愛するあのナラティブに対して凄まじい嫉妬を燃やし、その感情を原動力にして瞬く間に政治家へと登り詰め、王都の教育改革を強引に推し進めていきました。

記憶を失ってもなお、アリシアの中に残っていた『他者への執着』と『博愛精神』は、最適化の魔法と結びつくことで、恐るべき支配欲へと変貌していたのです。


そして、必然の帰結として。


エラーラ・ヴェリタスとアリシア・ガバナンスは、世界を二分する決定的な対立を迎えました。

王都は火の海に沈みました。エラーラは無数の異形のキメラを引き連れ、対するアリシアは最適化によって精神を同調させた王都軍を指揮し、果てしない内戦が繰り広げられました。

私は、スラムの地下室で膝を抱えながら、その地響きを聞いていました。

私の計算通り?私の計略が実を結んだ?いいえ、そんなインスタントな喜びは微塵もありませんでした。


ただただ、もう、うるさかった。


早く終わってくれとしか思えなかった。

もう、どうでも良かったからです……


やがて、騒乱が嘘のように静まり返った日。

私は、風の噂で、その内戦の結末を知りました。

王都軍を率いるアリシアに追い詰められたエラーラは、ついに膝を屈し、皆の前で自害したというのです。

最強の魔導師であった彼女が遺した最後の言葉は、極めて滑稽で、哀れなものでした。


『……私は、お前を愛する、お母様だ!』


自分からアリシアの記憶と人生を奪い、傲慢に君臨しておきながら、土壇場になって放った『愛していた』という寝言。論理の怪物が最後に縋ったのが、自分が最も軽蔑していたはずの感情であったという事実は、いったい、なんという皮肉でしょうか……


しかし、私が本当に震え上がったのは、その後に聞いた話でした。


戦闘の最中、魔力などほとんど持たない、あのひ弱なアリシア・ガバナンスが。

最強の武闘派探偵、あの不死身の化け物であるナラティブ・ヴェリタスを、ただの『素手』で、文字通り粉々に切り裂いて殺したという事実です。

最適化の魔法の極致が、物理的な限界すらも突破させたのか。それとも、嫉妬と愛憎が彼女を神の領域へと引き上げたのか……

もはや、誰にもわかりません。

ナラティブを物理的に粉砕したアリシア自身も、エラーラが死の間際に放っていた高濃度の魔力放射をゼロ距離で被曝しており、数日のうちに死にました。


私が殺すつもりだった。私の知略で、美しく破滅させるつもりだった。


しかし、現実は……

異常な連中が、勝手に狂い、勝手に暴れ回り、そして勝手に死滅していった……


私の存在など、この世界の歴史において、砂粒一つの影響すら与えていなかったのです。


圧倒的な無力感。


ですが、これでようやく世界は平和になりました。狂人たちは消え去った。私は、残された静寂の中で、一人ひっそりと生きていこう。そう、心から思っていたのです。


しかし、狂気はまだ終わってはいませんでした。

世界を滅ぼしたのは、エラーラでもアリシアでもなく、私の身内であった『シュピーゲル博士』だったのです。

シュピーゲル博士は、死んだアリシアに対して、常軌を逸した嫉妬を抱き始めていました。


「なぜ、あのような小娘が世界を動かしたのだ!この私の完璧な頭脳こそが、世界を導くべきなのに!」


その嫉妬は、やがて歪んだ形で暴走しました。彼は、アリシアが遺した『愛』や『博愛』という教えを、自らの都合の良いように解釈し、伝導し始めたのです。

だが、シュピーゲル博士をはじめとする王都の愚民たちは、決定的な過ちを犯しました。

彼らは『愛』を『自由』と読み違え、『自由』を『でたらめ』と読み違えたのです。


「どんな人間も受け入れよう!どんな病の者も、愛を持って抱きしめよう!」


その極端すぎる博愛精神は、致命的な結果を招きました。

未知の強力な感染症を持つ患者を、隔離するどころか、皆で集まって抱擁し、愛を説き聞かせたのです。当然のことながら、ウイルスは凄まじい勢いで変異し、爆発的なパンデミックを引き起こしました。

人々は、愛を叫びながら血を吐いて倒れていきました。自由を歌いながら、内臓を腐らせて死んでいきました。

王都から始まり、大陸全土へ。

病魔はあっという間に世界を飲み込み、そして。

この世のすべての人間は、一人残らず死に絶えました。

私も、その例外ではありませんでした。

高熱に浮かされ、呼吸ができなくなり、泥水の中で血を吐きながら絶命したのです。


ならば……


ならば、なぜ、私は今、こうして生きて、過去を語っているのか。

私が死んだ後、世界で何が起きたのかを説明しましょう。

あの、死んだはずのエラーラ・ヴェリタスが。

またしても、理不尽なまでの神の力を行使し、世界を『復活』させたのです。

自らを殺した世界。自分を否定した世界。それをなぜ、彼女はわざわざ蘇らせたのか?

その理由は、あまりにも、あまりにも下らなく、私を絶望させるものでした。


『アスナ』。


シュピーゲル邸で虐待を受け、狂気に耐えきれずに屋上から飛び降りた、あの哀れな少女、アスナ・シュピーゲルのため。

エラーラは、死の世界の底でアスナの魂を見つけ、彼女を不憫に思い、ただ『アスナに幸せな人生を歩ませてあげたい』という、たったそれだけの個人的な感傷のために。

時間軸をねじ曲げ、因果律を束ね直し、世界を丸ごと、一年前に巻き戻したのです。

またしても。

またしても、エラーラは『私』を忘れていました。

世界を滅ぼすほどの力を行使しながら、彼女の眼中に、私という存在は一ミリも入っていなかったのです。

私の心の中には、かつてないほどの激しい『怒り』が込み上げてきました。


ふざけるな……


お前たちの身勝手な感情で……世界を……私の人生を……何度リセットすれば気が済むのだ!


新暦108年。一年前に時は戻りました。

私が目を覚ましたのは、見慣れたスラムの路地裏でした。同じような日々、同じような事件が繰り返される、退屈で残酷な王都。

ですが、何かが決定的に違っていました。

エラーラが、アスナのためだけに書き換えた、この『二度目の世界』。


アスナ・シュピーゲル。


あの、私に怯え、いつも屋敷の隅で震えていた薄汚れた少女は、この世界において、信じられないほどの改変を施されていました。

まず、彼女は人間の枠を超え、『竜人』という強大な種族の姿に生まれ変わっていました。

そして、シュピーゲル邸の忌まわしい記憶はすべて消去され、あの獣医師ケンジ・ガリレイ、いや、今はケンジ・クライフォルトと、アリア・クライフォルトの夫婦の『養子』として引き取られていたのです。

私が欲しかった、温かな家庭。


アスナ・シュピーゲル、いやアスナ・クライフォルトは、そんな家庭で、愛を一身に受けて育っていました。


強く、逞しく、そして残酷なまでに可愛らしく成長した彼女は、なんと政府の中枢機関である『魔導規制局』の役人にまで登り詰めていました。

だが、それだけではありません。私を最も狂わせた事実。

アスナは、エラーラ・ヴェリタスの『婚約者』になっていたのです。

暖かい家庭。両親の愛。素晴らしい美貌。誰もが羨む卓越した地位。

そして、この世界で最も強大な存在からの、絶対的な寵愛。

私が、泥水をすすりながら、血の滲むような努力で手に入れようとしても、決して届かなかったもの。それを、あの無能なアスナが、エラーラの気まぐれ一つで、すべて独占している。


「あ……ああ……ッ!!」


私は、路地裏の壁を掻き毟りながら、血の涙を流して叫びました。

腹立たしい! 許せない!

なぜ、私がこんな目に遭わなければならない? 私はただ、誰よりも賢く、誰よりも上に立ちたかっただけなのに!


そして、この二度目の世界は、私からすべてを奪うための地獄の舞台でした……


私を絶望の底へ突き落とす出来事が、立て続けに起きたのです。

まず、私の育ての親であるシュピーゲル博士。

彼は、魔導規制局の役人となったアスナの逆鱗に触れました。

竜人としての規格外の力を持つアスナは、重力を無視して『大気圏外』まで一直線に飛び上がったのです。

そして、大気圏外に逃げていた博士を、宇宙空間から地表へ向けて全力で叩き落とし、地面に激突して肉塊になりかけた瞬間に、ゼロ距離から数万度の熱量を持つ『火炎弾』を撃ち込みました。

骨のひとかけらも残らない、圧倒的で無慈悲な殺戮。博士は、抵抗する間もなく消滅しました。

さらに、この狂った世界には、あの『馬鹿野郎』も健在でした。

無邪気な死神、リオン・ゴルドファング。

彼は、シュピーゲル博士の古くからの友人であり、私にも様々な知識を与えてくれた『もう一人の父』とも呼ぶべき思想家、レクタ・ファルサスに目をつけました。


「おじさんの考え、間違ってるよ!じゃあ、ぼくが正しいって教えてあげる!」


ただ、それだけの、子供じみた正義感。

リオンは、強引な証拠の捏造と暴力的な捜査でレクタを逮捕し、彼に弁明の余地を一切与えることなく、即日処刑に追い込みました。

ギロチンの刃が落ちる音。群衆の歓声。リオンの満面の笑み。

私から。

私を構成していたすべての居場所が。私が頼りにしていたすべての大人たちが。

エラーラに愛された者たちと、正義を振りかざすバカの手によって、無惨に踏みにじられ、跡形もなく消し去られてしまったのです。


生き地獄、でした。


博士の屋敷を失い、レクタの庇護を失い、私の手元に残された資金も人脈もすべて尽き果てました。

稀代の悪女と恐れられたヘレナ・シュピーゲルは、今や、その日のパンを買うためだけの小銭を稼ぐ、ただの浮浪者へと成り下がっていたのです。

私は王都の片隅にある、うらぶれた小さな劇団に身を寄せました。

顔に白粉を塗りたくり、滑稽な衣装を身にまとい、三流の脚本に合わせて舞台の上で転げ回り、無知な観客の安っぽい笑いを取る。


「あらら、転んじゃいましたぁ!ごめんなさいねぇ!」


私は舞台の上でピエロを演じていました。


そうしなければ、生きていけなかったから……


私の心は、すでに死んでいました……


ただ、息をして、食べて、寝るだけの肉の塊。


そんな、ある日の夜の公演でした。

私は、いつものように舞台の上に立ち、スポットライトの眩しさに目を細めながら、客席を見下ろしました。

そして、全身の血液が、一瞬にして氷のように凍りついたのを感じました。

劇場の最前列の、一番高価な特別席。

そこに、彼らがいました。


エラーラ・ヴェリタス。

ナラティブ・ヴェリタス。

アリシア・ヴェリタス。

リオン・ゴルドファング。

そして、美しいドレスを着飾った、アスナ・クライフォルト、いやアスナ・ヴェリタス。


この狂った世界を支配する、理不尽な神々。

私の人生を徹底的に破壊し、私の居場所を奪い、私をこの惨めな舞台の上へと追いやった元凶たち。

彼らは、一つの大きな箱に入ったポップコーンを皆で分け合いながら、楽しげに笑い合っていました。

エラーラが、アスナの頭を優しく撫でている。

アリシアが、ナラティブの頬にキスをしている。

リオンが、舞台上の私の滑稽な動きを見て、腹を抱えて大笑いしている。

誰も、誰も。

舞台の上で惨めに転げ回っているピエロが、かつて自分たちと渡り合ったヘレナ・シュピーゲルであることに、気づいてすらいませんでした。

彼らにとって、私はただの『風景』。記憶の片隅にも残らない、取るに足らない舞台装置の一部でしかなかったのです。


「あ……あぁ……っ」


私は、舞台の中心で、足をもつれさせて倒れ込みました。

演技ではありません。本当に、足の力が抜けてしまったのです。


「あらら、ピエロさん、大丈夫かあ?」


客席から、リオンの能天気な声が響きました。アスナがクスクスと笑い、エラーラが退屈そうにあくびをしています。


辛かった。


本当に、辛かった。


私は、床に這いつくばったまま、大粒の涙を流し始めました。

観客たちは、それが悲劇の演技だと思って拍手を送ってきます。


でも、違う。


違うのです。


私は、ただ、幸せになりたかった。


泥水の中で生まれ、誰も助けてくれない世界で、自分の頭脳だけを頼りに這い上がろうとした。


自分の賢さを証明して、安全で、誰にも脅かされない場所を手に入れたかった。


ただ、それだけだったのに。


どうして、私のすべては、奪われなければならなかったの?


「うぅぅ……あぁぁぁぁぁぁぁっ……!」


私は、舞台の上で、スポットライトの光を一身に浴びながら、声の限りに咽び泣きました!


何もかもを『反転』させたかった……!

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