地獄11:下品な獅子の襲来!思い出を踏み躙る魔女!
盤上の駒は、常に美しく並べられなければならない。
それが、泥水と血の臭いが染み付いたスラムの底辺から這い上がり、王都の闇を支配する蜘蛛となったヘレナ・シュピーゲルの絶対的な哲学であった。
天才魔導師、エラーラ・ヴェリタス。
あの傲慢で、他者の感情など一切理解しようとしない知の怪物。彼女を最も惨たらしく、精神の根源から破壊するためには、単なる暴力や暗殺では足りない。彼女の拠り所である『論理』を根底から狂わせ、彼女自身の手で最悪の悲劇を完成させる必要がある。
そのための次なる一手として、ヘレナは完璧な標的を見定めていた。
博愛精神の体現者たる少女、アリシア・ガバナンスである。
エラーラと常に対極に位置し、だからこそ奇妙な均衡を保っていた彼女。アリシアが世界で最も大切にしているものは、決して揺るがない『人の尊厳』であり、他者と紡いだ温かな『思い出』であった。
ならば、それを徹底的に、そして回復不能なまでに蹂躙してやればいい。
「ふふっ……さあ、美しい悲劇の幕開けですよぉ」
ヘレナが仕掛けた罠は、物理的な破壊工作などという下等なものではなかった。
極めて高度で、知的な『因果律の呪い』である。
ヘレナは、アリシアに向けられる「友情」や「愛情」というポジティブな感情そのものを起爆剤として、周囲の建築物の耐久値を臨界点まで引き下げるという、前代未聞の術式を編み出したのだ。
惨劇は、誰にも予測できない形で連鎖した。
ある休日の昼下がり。王都立美術館にて。
アリシアが、親友たちと談笑しながら巨大な真鍮製の天体模型の下を通りかかった瞬間。彼女たちの間に交わされた「これからもずっと友達でいようね」という温かな感情の波動が呪いのトリガーを引き、天井の支持具が唐突に分子崩壊を起こした。
数トンの質量を持つ天体模型は、無慈悲な重力に従って落下。悲鳴を上げる間もなく、アリシアの親友たちは文字通りひしゃげた肉塊となり、大理石の床に赤いシミとなってこびりついた。アリシアだけが、奇跡的に一歩後ろにいたために無傷で生き残った。
それは、始まりに過ぎなかった。
アリシアを慰めようと、別の友人たちが彼女を王都郊外の遊園地に連れ出した日。
彼女を元気づけようとする純粋な『優しさ』が起爆剤となり、稼働中だった巨大な観覧車の支柱が破断した。巨大な車輪は悲鳴と絶望を乗せたまま地上へと激突し、逃げ惑う人々を次々と巻き込んで圧殺していった。
さらに数日後、ガバナンス家の親族たちが乗る魔導車が王都の鉄橋を渡ろうとした際、一族の彼女への『愛情』が引き金となり、鋼鉄の橋が飴細工のように崩落。何百人もの命が、濁流の中に消えた。
これらの一連の大量虐殺において、ヘレナは直接指一本触れていない。
ただ、因果の糸を少しだけ結び変えただけだ。どんな有能な魔導警察の捜査官だろうと、現場からヘレナの痕跡を見つけることは不可能である。
残された結果は一つ。
「アリシア・ガバナンスが関わると、必ず大規模な崩落事故が起き、大量の人間が死ぬ」
……という、呪われた事実だけである。
大量殺人犯、あるいは死神の汚名を着せられたアリシアは、名門ガバナンス家から正式に絶縁された。
すべてを失い、自分の存在そのものが周囲を殺すのだと思い知らされた彼女の精神は、限界を迎え、完全に崩壊した。虚空を見つめ、ただ震えるだけの、哀れな廃人へと成り果てたのである。
ヘレナの予測通り、この異常事態にしゃしゃり出てきたのが、エラーラ・ヴェリタスであった。
彼女は、廃人となったアリシアの惨状を見るや否や、感情ではなく極めて『論理的』な解決策を講じた。
すなわち、記憶の完全なる消去である。
エラーラはアリシアの脳内から、友人たちの死、家族からの絶縁、そして大量殺人のトラウマといった一切の記憶を外科手術のように綺麗に切り取った。
何も覚えていない無垢な状態に戻されたアリシアは、エラーラの養子として引き取られ、王都から遠く離れた全寮制の『アフェランドラ学園』へと送られたのである。
「本当に、馬鹿な人……」
ヘレナは、その報告を聞いて、自室のベッドで身をよじって歓喜した。
記憶を奪うこと。それは、アリシアが最も重んじていた『人の尊厳』と『思い出』に対する、究極の冒涜である。
今は記憶を消されて平穏に生きているかもしれないが、いずれ彼女が学園を卒業し、外の世界で真実を知った時。エラーラが自分に行った非人道的な処置を理解した時。
確実に、決定的に、二人の関係は修復不可能な決裂を迎える。
エラーラは、自らの『論理的な善意』によって、将来の最大の敵を自ら育て上げる羽目になったのだ。
王都の中心部、陽光が降り注ぐ華やかなオープンカフェ。
テラス席で優雅にダージリンティーを傾けていたヘレナの前に、けたたましい足音と共に一人の青年が飛び込んできた。
「モエさん!モエさぁぁん!やったぞ!ぼく、ちゃんとやってきたよ!」
身長は158センチほどと小柄。豊かな金色のたてがみを揺らし、猫科特有のしなやかな身のこなしで現れたのは、獅子獣人の若き学者、リオン・ゴルドファングであった。
エラーラ・ヴェリタスと同じ名門大学の出身であり、彼女のライバルを自称する彼は、一見すると正義感に溢れたヒーローのような顔立ちをしている。だが、その言動は年齢に不釣り合いなほどに幼く、まるで大きな犬が飼い主に褒められようと尻尾を振っているかのようだった。
「あらあら、リオン君。そんなに急いで、どうしたんですかぁ?」
ヘレナは、完璧な聖母の微笑みを浮かべ、絹のハンカチでリオンの額の汗を優しく拭ってやった。彼女の豊満な双丘が、テーブル越しにリオンの視界を埋め尽くす。
「えへへっ、ありがとうだよ!あのね、モエさん! やっぱり、あの美術館とか遊園地で、すごい事故が起きたんだってね!でもね!モエさんがぼくに教えてくれた『祝福の魔導具』をあちこちに隠しておいたおかげで、被害が少なくて済んだんだ!ぼく、みんなを助けたよ!」
リオンは、ドーナツを両手に持ちながら、目を輝かせて報告した。
ヘレナは、笑顔の仮面の裏で、奥歯をギリリと噛み締めた。
そう、アリシアの周囲で起きた惨劇。因果律の呪いの起爆剤となる魔導具を、美術館の天井裏や、遊園地の支柱、鉄橋の橋脚に設置して回った『物理的な実行犯』は、目の前でドーナツを頬張るこのリオン・ゴルドファングなのである。
ヘレナは、「この魔導具を設置しておけば、事故を防ぐ祝福の結界が張れるのですよぉ」と甘い声で囁き、彼の正義感と無知を巧みに操ったのだ。
(貴様が設置したそれは、祝福魔法などではない! 私が丹念に組み上げた、破滅と殺戮の呪縛だ! 貴様自身のその無自覚な手で、何百人もの命をミンチに変えたのだと、なぜ気づかない!?)
だが、リオンの瞳には、微塵の疑いもない。
自分はヒーローであり、正しいことをしたと、心の底から信じ切っている。自分の正義を疑わない秀才ほど、他者から与えられた情報を無批判に受け入れ、単なるドローンやラジコンに成り下がる。
しかも、今のリオンの視線は、ヘレナの顔ではなく、彼女の胸の谷間に完全に釘付けになっていた。
(この獣は……私の乳などという、ただの脂肪の肉塊に気を取られて、目の前の真実が何も見えていないのだ!知能という名の車を持っていても、運転者が発狂していたら、その車は谷底へ落ちるんだよ!貴様は知性を放棄した発情期の犬以下の存在だ!……いっそ、今ここでこいつの脳髄に魔力を流し込んで、破裂させてやろうか)
ヘレナは、ティーカップの取っ手を握り潰しそうになるのを必死に堪えながら、甘えた声を出し続けた。
「まぁ!リオン君がみんなを助けてくれたんですねぇ?さすが、とっても偉いですぅ。ご褒美に、あとでたくさん頭を撫でてあげますからねぇ」
「やったぁ!ぼく、モエさんのなでなで、大好きなんだ!」
ヘレナは、無邪気に喜ぶリオンを見下しながら、ふと、かつて関わった別の男のことを思い出していた。
レイジとかいう、未来から来たと自称していた馬鹿な男もだ。あいつは、いつも何かを決断したり、頭の中で悩んだりするだけで、それが、何らかの価値ある行動だと勘違いしていた。目の前でアスナ・クライフォルトが凄惨な拷問を受けていても、恐怖と理屈を盾にして、結局何一つ助けようとはしなかった。
頭の中でシミュレーションを回すだけで満足し、手を汚す覚悟もない。
崇高な理想を、ただ、思っただけでも評価されるべき?
良かれと思ったんだから評価されるべき?
そんなわけねえだろうがッ!!!!
「ママ!ぼくね!お仕事頑張ろうと思う!はいじゃあ玩具買って!」
「パパ!あたしね!お勉強頑張ろうと思う!はいじゃあ漫画買って!」
……これが許されるってことじゃあないか!
これが許されるなら、私は貴様らに明日1000万クレストをあげるから、今100万クレストだけ先に返してくれという怪論が成り立っちまうだろッ!!!!今すぐ100万持ってこい!!!!
わかるかい。つまり……そういう、自分の発言や振る舞いがママやパパから評価されたから、当然、世間の人からも評価されるだろうと確信できているほどに『世間知らずな自己愛の馬鹿』は、この冷酷な世界では取るに足らないゴミ同然だ。
だが、私は違う。
私は、思うだけではない。思う前に、すでに、次なる行動を完璧に実行に移しているのだ。
ヘレナの次なる一手。
それは、いよいよ本命であるエラーラ・ヴェリタス自身の抹殺であった。
ある新月の夜。
王都の喧騒から遠く離れた、打ち捨てられた共同墓地の地下深く。
分厚い鉛と呪術的な刻印で覆われた冷たい棺の中に、エラーラ・ヴェリタスは生き埋めにされていた。
これもまた、ヘレナが自ら手を下した完璧な誘拐劇であった。
エラーラほどの実力者を無力化するのは至難の業だと思われていたが、ヘレナはエラーラが研究に没頭して魔力を使い果たし、泥のように眠っている隙を突き、空間転移魔法で一瞬にして棺の中へと封じ込めたのである。
王都警察の捜査は、当然のごとく完全に難航していた。
なぜなら、エラーラ・ヴェリタスは直近の数ヶ月間で、あまりにも多くの厄介事に首を突っ込み、派手に解決しすぎていたからだ。
古代の狂王『ヨルド・メイ・グース』が残したとされる死の迷宮『シルバーミスト』の最深部『サルバンの大海』を単騎で踏破し、その財宝『イルマ』を根こそぎ奪い取った事件。
王都の時空を歪めていた『ギルネアスの時計塔』に潜入し、呪われた時計塔『ジータ』の主『カルコ・キュリメラ』を論破して自殺に追い込んだ事件。
さらには、王都の地下で暗躍していた狂信的なカルト集団『ザルサス教団』の陰謀『ロルレオヌ』を暴き、教祖『ニム・ザルヤ』を社会的に抹殺した事件。
わけのわからない、どうでもいい固有名詞が多すぎる……
エラーラは、知的好奇心の赴くままにわけもわからず、わけのわからない連中相手に暴れ回った結果、全方位からわけのわからぬ恨みを買っていたのだ。
王族、貴族、闇ギルド、古代の怨霊。どこの誰が彼女を誘拐し、殺そうとしていても全く不思議ではない。容疑者が多すぎるがゆえに、警察は完全に身動きが取れなくなっていたのである。
だが、ヘレナの真の狙いは、「ただ生き埋めにして餓死させる」などという退屈なものではなかった。
棺の中には、ご丁寧に一つの『魔導通信端末』が残されていた。
極限状態の暗闇の中で目を覚ましたエラーラは、自らの魔力が封じられていることを悟ると、極めて論理的な帰結として、外部への救援を求める。
そして、彼女が真っ先に頼る相手。自分と同じレベルの知能を持ち、かつ即座に動いてくれるであろう人物。
それは、あのライバルを自称する馬鹿な獣人、リオン・ゴルドファングしかいない。
ヘレナの計算は、寸分の狂いもなく的中した。
深夜の研究所で、ドーナツをかじりながら論文を書いていたリオンの端末に、エラーラからの通信が入ったのだ。
『……リオンくんかい?悪いんだが、少し厄介なことになってねぇ。どこかの地下深くの棺の中に閉じ込められているらしい。座標の特定を頼めるかい?』
エラーラの冷静な声を聞いた瞬間、リオンは椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。
「エラーラ!?なんだって!?わかったぞ、今すぐぼくが魔力を逆流させて、君の端末の座標を特定してやるからね!! 待ってろよ、ヒーローのぼくがすぐに助けに行くからな!!」
それこそが、ヘレナが仕掛けた最悪のトラップであった。
リオンは、通信回線を逆探知するため、王都全域の莫大な魔力を通信波に乗せて、エラーラの端末へと一気に送り込んだ。
だが、リオンは知らない。
ヘレナが棺にエラーラを放り込む前、エラーラの首筋にある『生命維持のための魔力回路』を、極秘裏に焼き切っていたことを。
魔力回路が断線した状態の肉体のすぐそばで、外部から最大級の魔力が受信端末に逆流したら、どうなるか。
行き場を失った膨大な魔力は、エラーラの体内へと強引に流れ込み、彼女の心臓と脳髄を過負荷状態にする。
それはまるで、小さな風船に巨大な蒸気機関の圧力を一気に送り込むようなものだ。
地下深くの棺の中で。
エラーラは、事態の異常に気づいた時には、すでに遅かった。
「……なるほど。私の回路が……切られて……。やるじゃないか、この……」
論理の怪物が、最後に誰かの知略を称賛するような言葉を遺した瞬間。
エラーラ・ヴェリタスの肉体は、リオンが送り込んだ魔力によって内側から発火し、原型をとどめないほどに爆散した。
棺の中は、天才魔導師の血と肉片、そして焦げた骨の残骸で埋め尽くされた。
何も知らないリオンは、端末から得られた座標を頼りに、意気揚々と共同墓地へと駆けつけた。
「エラーラ!助けに来たぞー!!」
彼が土を掘り返し、棺の蓋を開けた時。
そこにあったのは、凄惨な肉片と、焦げた血の匂いだけだった。
直後、私の通報によって駆けつけた魔導警察の部隊によって、リオンは棺の前で逮捕された。
完全なる勝利。
だが。
ヘレナ・シュピーゲルの完璧な思惑は、数日後、完膚なきまでに粉砕されることになる。
朝刊の一面を飾った見出しを見て、ヘレナの手にしていたワイングラスが床に落ち、粉々に砕け散った。
『奇跡の生還!エラーラ・ヴェリタス氏、無傷で復活!』
『連続殺人鬼タイガ、またもエラーラ氏によって討伐さる!』
『リオン・ゴルドファング氏、救出の功労者として表彰!』
意味が。わからな。かった。
爆散したはずだ!
肉片になったはずだ!
論理的に、絶対に、今度こそ生き返るはずなどない!
ヘレナは、あらゆる情報網を駆使して、墓地で起きた真実をかき集めた。
そして判明した事実は、ヘレナの高度な知性を嘲笑うかのような、あまりにもくだらなく、でたらめな『暴走の連鎖』であった。
事の始まりは、あの連続殺人鬼、タイガであった。
彼は思った。
『ふざけるな……。あいつを殺すのは、この僕だ!僕が僕の力で倒さなければ、意味がないんだ!!』
己の歪んだ自己顕示欲と欲望のためだけに、タイガは古代の禁術を用い、エラーラの『肉体』だけを無理やり復元してしまったのである。
だが、肉体は戻っても、魂は死の世界に旅立っている。
そこに、リオン・ゴルドファングが乱入した。
『エラーラァァァッ!!ぼくが、ぼくが助けるよっ!命に代えても、絶対に救い出してみせるぞぉぉぉッ!』
リオンは、一切の論理も魔法理論も無視し、ただの感情と根性、そして獣人特有の規格外の生命力を代償にして、本当に命に変えて、死後の世界からエラーラの『魂』を強引に引きずり戻してしまったのだ。
タイガのエゴによる肉体復元と、リオンの狂気的な感情による魂の引き戻し。
二つの幼稚な暴走が奇跡的に噛み合った結果、エラーラ・ヴェリタスは、完全な状態で現世に復活を遂げたのである。
そして、その傍らで。
リオンは、泥だらけの顔で、満面の笑みを浮かべて立っていた。
『えっへん! ぼく、エラーラを助けたぞ!いいことしたよね!』
自分がエラーラを爆死させた原因であることなど完全に棚に上げ、ヒーローとしての達成感に包まれた無邪気な笑顔。
ヘレナは、自室のベッドに倒れ込み、頭を抱えて絶叫した。
「あああああああああああああああああああああッ!!!」
凄惨な怒りではない。
どうしようもない、吐き気を催すほどの徒労感と、底知れぬ恐怖だった。
ヘレナは、スラムの育ちである。
その日生きるか死ぬかの最底辺のタイマンの論理は、骨の髄まで理解している。
そして、上流階級に引き取られてからは、見栄と見下しの、貴族たちの権力闘争や、計算高い裏切りの論理も完璧にマスターした。
レイジのような、全てを頭の中で甘く受け止め、行動しないボンボン野郎の倒し方も熟知している。お上品な高級豚には、決定的な現実さえ突きつければひとりでに自壊するからだ。
だが。
リオンやタイガのような連中の思考回路だけは、どうしても、全く、理解不能だった。
彼らは、「なんかまあ明日が必ず来るし……いっか……といつまでも信じ切っている」からこそ、でたらめに生きている。
高度な論理も、精緻な計画も、彼らの「自分がこうしたいから」という無責任で巨大な感情のエネルギーの前では、意味をなさない。
計算式の中に『無限大のバグ』が突如として現れ、盤面ごとひっくり返されるのだ。
ヘレナは、薄暗い部屋の中で膝を抱え、ガタガタと震えていた。
リオンが、怖い。
強大な力を持っているからではない。あんな男、ヘレナがその気になれば、いつでも片手で魔力を流し込んで爆殺できる。
だが、その怖さは、死への恐怖や怯えではないのだ。
『気持ち悪い』という、根源的な恐怖である。
キモい!
自分が善だと信じて疑わず、その善意で他者を無自覚に殺し、そしてまた無自覚に生き返らせる。
キモい!
彼らには、反省も、論理的な一貫性もない。ただの巨大な子供だ。
幼い男ほど、恐ろしいものはない!
彼らは悪意すら持たずに、世界を壊す!
そんな異常な存在を部下として手元に置いておくことなど、ヘレナの美学が許さない!
爆殺したところで、あの無邪気な笑顔が脳裏に焼き付き、永遠に後味の悪さが残るから……だから私は嫌なのだッ!
「……あんな獣、私が手を下すまでもありませんよぉ」
ヘレナは、震える声で、自らに言い聞かせるように暗闇に呟いた。
自分の善意を疑わない無自覚な暴力は、いつか必ず、理不尽な形で跳ね返ってくる。
あんなでたらめな生き方をしている男は、遠からず、その正義感のせいで誰かから深く恨まれ、無惨に刺されて死ぬだろう。
ヘレナのその冷徹な分析は、決してただの負け惜しみではない。
――事実。
まだ先の話ではあるが。
数ヶ月後、リオン・ゴルドファングは、彼自身の無自覚な『やらかし』によって生み出された名もなき怨恨によって、王都の冷たい雨が降る路地裏で、本当に誰かから刺されて死ぬことになるのだから。




