不浄の祈り
目が覚めると、エドモンは昨日と同じ場所に立っていた。一睡もしていないはずだが、その姿勢には微塵の乱れもない。ただ、私を見つめるその眼光だけが、研ぎ抜かれた刃のように鋭く、危うかった。
「……おはよう、死神さん。昨夜は私の囁き声で、素敵な悪夢でも見られたかしら?」
私は寝台の上で大きく伸びをし、乱れた蜂蜜色の髪の間から彼を覗き見る。
エドモンは答えない。ただ、一歩、私の足元へと近づいた。
「支度をしろ。枢機卿がお会いになる。貴女の『浄化』の状態を確認するためだ」
「浄化? 傑作だわ。泥水を浴びて生きてきた女を、たった数日で聖別できると思っているのかしら。あの強欲な老人たちに必要なのは、私の清らかさじゃなくて、この体の中に詰まった『魔力という名の燃料』でしょうに」
私は鼻で笑い、差し出された豪奢なドレスを床に蹴り飛ばした。
「そんな重たい布きれ、着るつもりはないわ。私は踊り子のアンジュよ。死装束くらい、自分で選ばせなさい」
エドモンの拳が、僅かに軋む。彼は無言でドレスを拾い上げると、私の腕を強引に掴んで立ち上がらせた。
「……貴女が何を知り、何を企んでいようと、私は私の職務を完遂するだけだ。貴女を祭壇へ届け、儀式を見届ける。それがこの国の秩序に繋がるのであれば、私の魂が汚れようと知ったことではない」
「あら、かっこいいわね。でもエドモン、あんたのその『秩序』のために、私が一滴ずつ溶けて消えていくのを、一番近くで見ることになるのはあんたなのよ?」
私は彼の至近距離で、あえて無防備な喉元をさらけ出した。
「三日後の夜。私が祭壇と溶け合い、叫び声を上げながら消滅する時……あんたは、その鋼の瞳を逸らさずにいられるかしら? 自分の運んできた荷物が、ただの少女の絶命だったと突きつけられても」
エドモンの呼吸が、一瞬だけ止まった。
彼の視線が、私の首筋に刻まれた「彼自身の指の跡」に落ちる。
「……私は、目を逸らさん」
絞り出すような、低い声。
「ならば、最後までその地獄を特等席で楽しみなさいな」
エドモンに引きずられるようにして廊下を進む。
すれ違う神官たちは、私を拝むように額を床に擦り付けるが、その目は私を見ていない。ただ「自分たちの安寧を保証する奇跡」だけを見ている。
ふと、回廊の窓から下界の広場が見えた。
昨日よりも群衆が増えている。彼らは熱病に浮かされたように踊り、歌い、そして……一人の、疫病に倒れた老人を、広場の隅へ放り投げていた。
「救済を! 聖女様、救済を!」
その叫び声は、もはや祈りではなく、飢えた獣の咆哮だった。
一人の命を犠牲にして、自分たちだけが助かりたいという、剥き出しの強欲。
「……ねえ、エドモン。見て。あれがあんたの守ろうとしている『美しい秩序』の正体よ」
私は足を止め、冷たく言い放った。
「私が逃げ出したのはね、自分が死ぬのが怖かったからじゃない。あんな醜い連中のために、私の命をチップとして支払うのが、心底、不愉快だったからよ。……あんた、あいつらのために私を殺す価値があると思ってるの?」
エドモンは広場の惨状を一瞥し、それから私を真っ直ぐに見据えた。
「価値があるかどうかは、私が決めることではない。私は王命に従う『剣』だ」
「……つまんない男」
私は吐き捨てるように言い、歩き出した。
けれど、私の腕を掴むエドモンの手は、昨日よりも微かに……本当に、本人も気づかないほど僅かに、強張っていた。
彼はまだ、認めたくないのだ。
自分が運んでいるのが、救済の希望ではなく、一人の女の残酷な解体ショーであることを。
「……三日後、あんたのその綺麗な剣で、私の息の根を止めてくれたらいいのにね」
私は背中越しに毒を吐き、聖堂の深部へと足を踏み入れた。




