毒の共有
豪華な銀食器に並べられた食事には、一口も手を付けなかった。
代わりに、私は部屋に備え付けられた上質なワインのボトルを掴み、行儀悪くラッパ飲みする。
「……ねえ、エドモン。あんたのその鎧、脱いだら中身は空っぽなんじゃない? 実は灰が詰まっているだけで、風が吹いたら消えてしまうような」
部屋の隅、影に溶けるように立っているエドモンに言葉を投げる。
彼は私の無作法を咎めることもせず、ただ闇の中から私を監視していた。
「……死に行く者の妄想に付き合うつもりはない。食事が済んだなら、身体を休めろ。三日後には、嫌でも『力』を絞り出すことになる」
「死に行く者、ね」
私はワインの雫を手の甲で拭い、口角を吊り上げた。
垂れ目がちな大きな瞳が、不吉な輝きを帯びる。
「あんたは私を『捧げ物』だと思っている。祭壇に据えれば、この腐った国に再び光が戻ると信じている。……けれど、もし、その奇跡の代償が、この聖都に住む全員の『生』を吸い尽くすことだとしたら、あんたはどうする?」
エドモンの眉が、微かに、だが確実に動いた。
「何を言っている」
「神託よ。聖女が祭壇と一体化する瞬間、この国は救われる。……ただし、それは『生きた人間』としてではなく、私を核とした『動かない永久機関』として。誰も老いず、誰も死なず、ただ時が止まった地獄の庭園。それが、神様の用意した救済の正体よ」
私はふらつく足取りで彼に近づき、重い鉄鎖を鳴らしながら、その無機質な鎧に胸を押し当てた。
「みんな幸せよね? 苦しみもなく、空腹もなく、ただ私の死体の上で永遠に呼吸を続けるだけの置物になれるんだから。……ねえ、エドモン。あんたもその一人になりたい? 誇り高い騎士のまま、永遠に私の墓標を守る飾り物になるの?」
「……下らぬ戯言だ。貴女は逃げ出したいがために、ありもしない恐怖を捏造している」
エドモンの声は硬い。だが、その瞳の奥には、私がメルセールで見せた「泥の中の慈悲」への不審が、澱のように溜まっているのが分かった。
冷酷な堅物。けれど、彼は「無能」ではない。
だからこそ、私の言葉が持つ真実味を、本能が拒絶しきれない。
「ふふ、信じなくていいわよ。ただ、あんたが愛するその『王命』が、私を殺すだけでなく、この国そのものを剥製にしようとしていることだけは、覚えておきなさい」
私は彼の耳元に唇を寄せ、熱い吐息を吹きかける。
それは誘惑ではなく、純粋な毒の注入だ。
「……あんたが私をあの日、あのボートから引きずり出した瞬間、この国の『終わり』は確定したのよ。運び屋。あんたのその手は、既に何十万という国民の首を絞めているのと同義だわ」
「……下がれ、毒婦」
エドモンが私の肩を強く掴み、押し返した。
その手の震えを、私は見逃さない。
鋼鉄の騎士。王の猟犬。
その分厚い鎧の内側に、私は初めて、小さな「亀裂」を刻みつけた。
「いいわ、下がるわよ。……明日の朝、あんたが私の顔を見て、まだ『正しいこと』をしていると思えるかどうか、楽しみにしているわ」
私は寝台に倒れ込み、蜂蜜色の髪を枕に散らした。
目を閉じれば、メルセールの海風が恋しい。
けれど、もう戻れない。
私は、この男を地獄の淵まで道連れにする。
そしてその先で、この世界が崩壊するのを共に眺めるのだ。




