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不磨の冷徹

昨夜の「浪費」が、鉛のような重さになって体にのしかかっている。

馬車の揺れに合わせて、視界の端で黒い火花が散る。魔力を無理やり絞り出した代償――「聖女の残滓」が、私の内側をじりじりと焼き焦がしていた。

対面に座るエドモンは、昨夜の出来事などなかったかのように、手入れの行き届いた短剣の刃を検分している。

「……ねえ、エドモン。昨日の子供、結局死んだそうよ」

野営地を発つ際、遠くで聞こえた母親の絶叫を思い出しながら、私は力なく笑った。

「私の力も落ちたものね。あんたの言う通り、魔力の無駄遣いだったわ。満足? あんたの正しさが、小さな死体によって証明されて」

「死ぬべき者が死んだ。それだけだ」

エドモンは顔を上げず、淡々と答える。

「貴女の気まぐれな慈悲が数時間の延命を与えたところで、結果は変わらん。むしろ、無意味な希望を見せた分だけ、あのガキの死の間際の絶望を深くしたのではないか?」

「……相変わらず、期待を裏切らないクズね。あんた、母親のお腹の中に心臓を忘れてきたんじゃないの?」

「心臓ならここにある。王の命を刻むためだけの器官としてな」

彼はようやく顔を上げると、私の青ざめた顔を、家畜の健康状態でもチェックするかのような無機質な目で見定めた。

「顔色が悪いな。魔力の枯渇による虚脱状態か。……不快だ。予定を早める。次の宿場での休息は中止だ。貴女が意識を失う前に、聖都の門をくぐらせる」

「は? 冗談じゃないわよ。私は病人なの。せめて温かいスープくらい――」

「黙れ。貴女の体調などは、私の知ったことではない」

エドモンは身を乗り出し、私の顎を乱暴に掴んで上を向かせた。

そこには、昨夜の私の「反抗」への怒りも、やつれた私への憐憫も、一滴も存在しなかった。ただ、冷え切った職務遂行の意志だけがある。

「貴女は、運搬中に壊れてはならない『荷物』だ。だが、多少の苦痛で機能が損なわれるほど、聖女の体は脆弱ではないだろう。死なない程度に苦しめ。それが、王命に背き四年も遊び歩いた貴女への、神からの報いだと思え」

「……っ、痛いわね。あんたのその指、一本ずつへし折って、聖都の広場に飾ってあげたいわ」

「できるならやってみろ。だが、今の貴女には私の鎧の隙間を突く力さえない」

エドモンは私の顎を突き放すように離すと、御者台に向かって「馬を急がせろ」と短く命じた。

馬車の速度が上がる。

私の体は、冷たい木の壁に叩きつけられるが、彼は支えようともしない。

「……エドモン。あんた、もし私が途中で本当に死んだらどうするの?」

「遺体を聖都へ届ける。防腐処置を施し、祭壇に祀れば、民は死んだ聖女を伝説として崇めるだろう。生きている貴女が毒を吐き続けるより、よほど御しやすい象徴になる」

「……あは、あははは! 最高! あんた、本当に、徹底的に……救いようのない『道具』ね」

私は込み上げる吐き気をこらえ、震える指で蜂蜜色の髪をかき上げた。

この男に、私の言葉は届かない。慈愛も、皮肉も、呪いも。

彼は鋼の壁だ。

だが、私の胸の奥で、どす黒い愉悦が首をもたげる。

(いいわ、エドモン。あんたが私を『装置』として扱うなら、私は最高の『壊れた装置』になってあげる。聖都に着いた瞬間、あんたが命懸けで守ろうとしているその秩序を、私の絶叫で根底から腐らせてやるから)

視界が白む中、私はエドモンの冷酷な横顔を見つめ続け、唇を噛み切って笑った。

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