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逆流する黄金

馬の蹄が跳ね上げる乾いた土の音が、頭の奥で金槌のように響く。

視界は、不自然なほど鮮やかな黄金色に明滅し、焦点が合わない。揺れる馬の背から見る景色は、まるで水底から見上げているかのように歪んでいた。

「……っ、は、あ……っ、ぐ……」

私の喉から漏れたのは、言葉ですらない、熱に浮かされた獣のような喘ぎだった。

魔力抑制の枷が嵌められた両手首が、炭火を直接押し当てられたかのように熱い。四年間、メルセールの海風に晒して眠らせていた魔力が、不完全な「沈黙の銀」によって逃げ場を失い、血管を逆流して心臓を内側から焼き潰そうとしている。

「……アンジェリカ! しっかりしろ、意識を手放すな」

背後から私を支えるエドモンの腕が、かつてないほど強く私を締め上げる。

だが、その逞しい腕の感触さえ、今の私には遠い異国の出来事のように霞んでいた。彼の纏う鉄の匂いと、微かに混じる馬の汗の匂い。それだけが、私がまだこの世に繋ぎ止められている唯一の証拠だった。

「……あ、つい……。ねえ、エドモン……見てよ。私の体、燃えてるわよ。あんたの……不忠の、火が移ったのかしら……」

「余計な口を叩くな。貴女は今、酷い熱に浮かされているだけだ」

エドモンの声には、かつてない焦燥が混じっていた。

彼は馬を急がせ、街道を大きく外れた。追っ手の目を盗むためには、人里を避けて険しい崖道を進むしかない。だが、ガタガタと揺れる馬の背は、魔力の逆流に喘ぐ私の肉体にとっては、どんな拷問器具よりも残酷な地獄だった。

「……あぐっ……あ、あ……!」

内側から爆ぜるような衝撃。

私は耐えきれず、エドモンの腕の中でぐったりと首を垂れた。

蜂蜜色の、短く切り揃えられた髪が冷や汗で額に張り付く。

「……アンジェリカ!」

エドモンはついに馬を止め、私を抱きかかえて地面に下ろした。

岩陰の、湿った苔が広がる冷たい場所に私を寝かせると、彼は迷うことなく私の手首に指をかけた。手袋越しでも伝わる熱に、彼の指先が僅かに震える。

「……熱すぎる。異常だ。このままでは、貴女の魔力核が焼き切れる。器が壊れるぞ」

「……ふふ、いいじゃない。壊れた……装置は、もう……誰も、欲しがらないわよ……。そのまま、燃え尽きさせて……。あんたも……自由になれるわ……」

私は朦朧とする意識の中で、彼の泥で汚れた頬に震える手を伸ばした。

二重、三重にぶれて見える彼の顔。その瞳に宿る色が、義務感ではないことを、私は本能で悟っていた。

エドモンは私の手首を縛る「沈黙の銀」を凝視し、それから腰の剣をゆっくりと抜き放った。

「……待って、何をするつもり?」

「枷を緩める。これ以上の抑制は、魔力の逆流を加速させ、貴女の命を奪う」

「馬鹿ね……! 外せば、魔力の波動が……周囲に漏れるわよ。猟犬たちに、私たちの位置を教える……特大の篝火かがりびを焚くような……ものよ……っ」

私は、鉛のように重い腕を動かして彼の腕を掴もうとした。

けれど、エドモンは私の制止を無視し、精密な動きで剣の先を枷の継ぎ目に差し込んだ。

ガチり、と金属が軋む不吉な音が響く。

「奴らに見つかる恐怖よりも、貴女をここで、何もできずに失うことの方が……私には耐え難い」

その言葉とともに、枷が一段階、強制的に緩められた。

刹那。

私の体内で行き場を失っていた膨大な魔力が、堰を切ったように、目に見えるほどの黄金の光となって溢れ出した。

「……あ、あ、ああああああ……っ!!」

全身の神経が、高電圧の雷に打たれたように焼き切れる激痛。

私は背を反らせ、悲鳴さえ上げられずに虚空を仰いだ。

漏れ出した光が、夜の帳を鮮やかに照らし出し、暗い森を聖なる輝きで塗りつぶしていく。私を縛っていた枷が、皮肉にも私が「聖女」であることを世界に宣言する、残酷な道標へと変わる。

「……っ。アンジェリカ、私を見ろ! 呑まれるな!」

エドモンは、溢れ出す魔力の奔流――常人ならば触れるだけで精神を焼かれるほどの熱量――に曝されながらも、私を力強く、折れんばかりに抱きしめた。

彼の皮膚が、私の魔力に触れて焼けるような微かな音を立てる。それでも、彼は決して私を離さなかった。

冷徹な「王の猟犬」が、一人の女の「暴走」を、その身すべてで受け止めていた。

「……ごめん、なさい……堅物、さん……。あんた、本当に……大馬鹿だわ……」

私は彼の胸元に顔を埋め、吸い込まれるように意識を失った。

黄金の光がゆっくりと闇に溶けていく中、遠くの森の奥から、猟犬たちの遠吠えのような……あるいは、甲冑が擦れ合う冷たい金属音が、不気味に近づいてくる気がした。

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