雨音と誓約
洞窟の外では、雨が牙を剥くように岩肌を叩き続けている。
絶え間なく響く雷鳴と、暴風に揉まれる木々のざわめき。それはまるで行き場を失った私たちの叫びのようだった。
焚き火を熾すことすら許されない。湿った闇の中で、火の粉の一つでも上げれば、それは聖都から放たれた追っ手にとって、絶好の標的になるからだ。
私は冷え切った石の床に膝を抱えて座り、エドモンが差し出した濡れたマントに包まれていた。
雨を吸った布地は鉛のように重く、私の細い肩を押し潰そうとする。けれど、この不快な重みだけが、私が今も「モノ」として祭壇に固定されていないこと、生きてこの場に存在していることを証明していた。
「……ねえ、エドモン。あんた、さっき私の手首に口づけしたわね」
私は膝の間に顔を埋めたまま、暗闇の中で彼の輪郭を探った。
彼は私の少し離れた場所、洞窟の入り口を見張るようにして座っている。月の光さえ届かない闇の中でも、彼の背中はどんな嵐にも動じない絶壁のように、険しく、そして孤独に聳えていた。
「……意味などない。ただの、誓いだ」
「誓い? 傑作だわ。高潔な騎士様が、生贄の女の傷跡に忠誠を誓うなんて。あんたの主君が見たら、泡を吹いて倒れるでしょうね。それとも、不忠の味があまりに甘美で、理性が狂ってしまったのかしら」
私はわざと棘のある毒を吐いた。
そうでもしなければ、自分の内側に浸食してくる「死への恐怖」と、それ以上に恐ろしい、この男に対する「期待」に飲み込まれてしまいそうだったから。
「……でも、残念だったわね。私はあんたに報いるような心なんて、とっくにメルセールの海に捨ててきたのよ。あんたが私を救おうと、地位を捨てようと、地獄に落ちようと……私はあんたを愛したりしない。感謝もしないわ。……ただ、あんたが私のせいでボロボロになって、名誉も命も失って死ぬまで、一番近くで呪い続けてあげるだけ」
「……それで構わない」
エドモンの声は、激しい雨音に混じって低く、けれど驚くほど静かに響いた。
そこには、迷いも、後悔も、一欠片の揺らぎも存在しなかった。
「貴女に愛されることなど、端から望んではいない。……ただ、貴女を殺そうとする理不尽な運命から、貴女を引き剥がす。そのためだけに、私はこの剣を振るう。……たとえ貴女に永遠に呪われようと、私の意志は変わらん。貴女の命は、今や私の命以上に重い」
「……っ。本当、救いようのない堅物ね……」
私は顔を伏せた。
雨に濡れて張り付いた蜂蜜色の髪が頬を冷やす。なのに、目元だけがどうしようもなく熱かった。
嫌いだった。私を「装置」としてしか扱わない世界も、私を「部品」として数える枢機卿も、そして、私を一度は絶望へ連れ戻したこの男も。
けれど、今、この荒野の片隅で。
エドモンが巻いてくれた手首の包帯の、その不器用な圧迫感だけが、私に「生きていてもいい」と許しを与えているような気がして、私はどうしようもなく喉を震わせた。
「……エドモン。……寒い、わ」
私が漏らしたその一言は、もはや毒を絞り出す力もない、ただの一人の女の震えだった。
エドモンは無言で立ち上がり、私に近づいた。
鎧の軋む金属音がすぐ傍で聞こえ、次の瞬間、鉄の冷たさを超えた、彼の厚い胸板が私の背中を包み込んだ。
「……っ」
「眠れ、アンジェリカ。夜明けまで、私がここにいる。何者も、貴女に触れさせはしない」
彼の大きな腕が、私の細い肩を、まるで壊れやすい硝子細工でも扱うかのように、慎重に、けれど力強く抱きしめる。
雨の匂い、返り血の匂い、そして不器用な男の生々しい体温。
私たちは聖域を失い、荒野に放り出された亡霊のように、ただ互いの存在だけを唯一の拠り所として、深い、深い闇の奥へと沈んでいった。




