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日常を彩るライフハック短編小説集  作者: 地野千塩


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洗い物をする時

 今の若手は売り手市場というけれど、退職代行を使って短期離職を繰り返してしまったし、まだ新しい職場も決まっていない。


「やばいかも……」


 春瀬優雨は通帳アプリを見つめながらため息しか出ない。減っていく貯金と降り積もっていくお祈りメールに不安しかないものだ。偶然、退職代行を使った人の末路という動画も見てしまい、不安はガムみたいに心に張り付いて取れない。


「あーあ、どうしようかな。もう辞めぐせついてる」


 新卒で入った会社ではベテランの事務職をおばさんだのお局だのバカにしていたし、実際、生意気な言動もして上司に注意されたことも思い出す。今思うと、甘々な環境に調子乗っていたのかも。今の結果は反省すべき点が山ほどある。


「自分、ダメだったなぁ」


 とは言ってもお腹は減る。冷凍食品に頼りたいところだけど、ちゃんとお米を研いで炊飯器にセットした。


 米の研ぎ汁も捨てずにとっておく。これがお皿洗いに良い。祖母から聞いた。以来、米の研ぎ汁は捨てないでいた。


 ご飯が炊けたら、作り置きの煮物と一緒に食べる。正直、特においしくはないけれど、ご飯が食べられるだけ恵まれているのかも?


 茶碗もお皿も米の研ぎ汁で綺麗になった。全然ベタベタしていない。水滴もきらりと輝いている。


「ピカピカに綺麗になるのって気分いいな」


 こんな時だからこそ、些細なことも感謝できるようになってしまった。


 友達に奢ってもらったり、コンビニのアプリのキャンペーンで百円当てたりなんだかんだで恵まれているみたいだ。


 どんなことでも当たり前なんてなかったのかもしれない。


 そう思うといるまでも不安に押しつぶされる暇もない。転職活動頑張ろう。書類作りや面接の練習などやることはいっぱいある。資格の勉強をしても良いかもしれない。


 三年後。


 優雨は転職活動を頑張った。とあルホワイト企業に入り込み、今はマーケティング戦略の仕事をしている。年収も上がった。


 相変わらず自炊はやってる。節約というよりはスパイスカレーにハマり、趣味みたいなものだけど。


 お米もちゃんと洗い、研ぎ汁も残しておく。これで茶碗やお皿を洗う時、よく落ちる。


「うーん、でも何か前より感動しないなぁ」


 三年前も米の研ぎ汁で洗い物をした。その時はピカピカになって感動したのに、今は全く心が動かない。そろそろ食洗機も買おうと思っているのもあるが、年収が上がったことで「当たり前」の基準も上がってしまったのかもしれない。


「うーん。何かつまらないな」


 三年前はもっと小さなことにも感動していたのに。お金があれば幸せという人も多いが、こういう副作用は誰も語らないが、優雨は気づいてしまう。そこまで万能なツールでもないってことに。


「まあ、とはいえ、お皿が綺麗になったのは良いことだ」


 今はあんまり感動はしないけれど、これで満足してみようか。


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