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春雪  作者: 桃川 ゆずり
8/8

- 8 - (七海視点完了)

「……って言うことなの」

「……」


 事情をすべて話し終え見ると、雅輝くんは顔をしかめていた。


「本当は発表があるまであまり口外しないようにと言われてたんだが……、うちの会社はとある会社との合併が急に決まって皆その対応だけで今は手一杯な状況なんだ。俺はシステムを統合する為のプログラムを一任されているから、急に合併先の会社に出張が決まったり残業になったりしていたんだが、浜崎ゆりかは3ヶ月前の出張で紹介された合併先の社長の娘なんだ」

「娘さん?」

「ああ。いかにも甘やかされて育ったお嬢様って感じの女だ」


 その言葉に少しほっとしてしまう。

 雅輝くんは我侭で勝気な女性が苦手だし、話している様子からも相手に好意を感じていないと分かるような表情だった。


「まあ、お決まりのよくある話しだ。向こうの会社に行った時、俺を見て好意を持ったらしく交際を迫られたから恋人がいると断った。それで親に泣きついたのか、あれこれ理由をつけては向こうの会社に呼び出されるようになった。どんなことがあっても浜崎ゆかりに気持ちが傾くような可能性なんてなかったから諦めて貰うために七海の事少し話した」

「……」

「浜崎ゆかりが七海の携帯番号をどうやって調べたのかは俺にもわからないが、クリスマスの予定は上の誰かから漏れたんだろう。浜崎ゆかりのせいで向こうの会社に頻繁に呼び出されるせいで自分の仕事が滞るようになってそれで残業するしかなかった。あまりにも残業続きの俺を見かねた内谷先輩が俺の代わりに向こうに行ってくれてたんだが、クリスマスだけは俺が先輩と代わったんだ。だからクリスマスは仕事しかしていない」


 少しだけ疲れた顔をすると雅輝くんは前髪をかきあげる。

 疲れた時に雅輝くんがよくするクセ。

 そんな仕草さえ見とれてしまう。


 雅輝君は優しそうで爽やかな見た目に反して寡黙で男らしい面がある。

 そういうギャップに諦められない女の子も多かった。

 浜崎さんも他の女の子達と同じように雅輝くんの魅力に捕らわれてしまったのかもしれない。


 雅輝くんの態度は想いを寄せる女の子に淡い期待を持たせないほど冷たい。

 その上、雅輝くんから女の子に近づくことは絶対になく。

 雅輝君に近づきたくてそばに行っても無視され、かといって策略で近づくと嫌われてしまう。

 浜崎さんは親の権力を使ったせいで雅輝君の印象は悪くしている。

 彼はそういうのが嫌いな人だから……。


「どうして出張代わったの?」

「先輩の奥さんが臨月でちょうど予定日だったんだよ」

「赤ちゃん? ……そっか、それなら代わってあげないとね」 

「……」

 

 子供が生まれるというのに出張なんてタイミングが悪すぎる。

 元々その会社は雅輝君を指名していたのだ。

 それを今まで先輩が代わってくれてたのだから、雅輝くんはそこまでしてもらうのは申し訳ないと思ったのだろう。


 彼のそういうところが好きだ。

 たとえクリスマスのデートをキャンセルされてもその方がずっといい。


 私に理由を説明しなかったのは、ただたんに恥ずかしかったのだろう。

 良い事だからこそ、人に知られることを恥ずかしがる人なのだ。

 雅輝くんらしさに少しだけ笑ってしまう。


「それで?」

「え? それでって?」

「浜崎ゆりかは隠している恋人でも何でもない妄想癖のある女だ。クリスマスの事情も説明した。他にまだ何かあるのか?」

「他にって……」


 さっきよりは怒ってないようだけれど、まだ不機嫌そうな表情をしていることからまだ何か引っかかることがあるらしい。


 私が別れたと思った経由について聞いていたのだから残っている問題は1つ。

 別れたと思った時の事。

 つまり、電話で雅輝くんが私の考え方についていけないと言ったからだ。


「先輩と会ったって話しの時。雅輝くんすごく怒ってたし私の考え方にはついていけないって……。あんなふうに言われたら誤解しちゃうよ……」

「……」


 私がそう言うと、雅輝くんは小さくため息をついた。


「あれは……。ただ、面白くなかっただけだ」

「え?」

「いくら俺でも自分の彼女が他の男と2人っきりで会っているのを知って怒らないはずないだろ?」


 雅輝くんの言葉にびっくりしてしまう。

 それっていわゆるヤキモチを焼いたということだ。


「先輩には彼女が……」

「それは関係ない!」

「……」


 言葉を途中で遮るなんて雅輝君らしくなかった。

 私が先輩と会っていたのは、それほど不愉快なことだったのかもしれない。


「あのね……」

「……」

「本当は口止めされてるから言っちゃいけないんだけど、先輩ね、お兄ちゃんなの」

「は?」


 私の言葉に雅輝君は驚いたように固まっている。

 まあ、本当の兄ではないのだけれど、それでも私にとって先輩は兄という認識だった。

 

「生まれた時から兄弟みたいに育ったってだけで血は繋がってないけど……でも先輩は私にとってやっぱりお兄ちゃんで……」

「……」


 無言のまま無表情になっていく雅輝くんの様子に、声がだんだんと小さくなってしまう。


「七海?」

「え? はい?」


 突然名前を呼ばれて声が少しだけ裏返ってしまう。

 これから何を言われるのかわかっているからかもしれない。


「俺が妹だと思っているからと女と2人で出かけて、七海は嫉妬もしてくれないのか?」

「え?」


 予想もしなかった言葉にびっくりしてしまう。


 それだけじゃない。

 雅輝くんが私に嫉妬してくれないのかと聞いたのだ。

 これではまるで私に嫉妬して欲しいみたいに聞こえる。


 少しだけ心臓の鼓動が早くなった。


「ううん、嫉妬すると思う……。雅輝くんが他の女の子と仲良くするのは嫌……」


 嫉妬を隠さず正直に答えると、少しだけ雅輝くんの表情が和らぐ。

 私の願望もあるのかもしれないけど嬉しそうに見えた。


「ごめんなさい。自分は嫌なのに雅輝くんに認めて欲しいって言うのはおかしかったね」

「ああ、わかってくれればいい」

「許してくれるの?」

「いや、俺も言い方が悪かったからな……」


 お互い謝りあったせいか、雰囲気が和んでいる。

 別れていないこともわかったし、ちゃんと話せてよかったと思う。




 ちゃんと話し合ったおかげで2人の間には和やかな雰囲気が流れていて心地よい。

 私はテーブルがコップの水滴でぬれていたので近くにあったふきんに手を伸ばすと、その手を雅輝くんが掴んだ。


「? どうしたの?」

「少し部屋が暗くなってきたな……」

「あ、うん。結構長く話してたんだね。電気つけるね?」


 そう言って立ち上がろうとしたけれど、雅輝くんは私の手を掴んだまま離そうとしない。


「雅輝くん?」


 いったいどうしたのかと思って名前を呼ぶと、雅輝君は私の手を軽く引っ張った。


「ここ」

「こ、ここって私がそこに座るの?」


 雅輝君が軽く床を叩いて指定してきたのは雅輝君の足と足の間。

 スキンシップが苦手なのか、あまり私に触れようとしなかった雅輝君の行動に戸惑ってしまう。


「えっと……何?」


 結局引っ張られるまま素直にテーブルと雅輝くん間に座ると、体を後ろから優しく抱きしめられ背中に雅輝君の頭がのせれらた。

 陽も陰り、薄暗くなった部屋で背中から雅輝君の温かい体温が伝わってくる。

 今まで雅輝君が私に甘えるような仕草を見せたことはない。

 彼は自分を人に見せたがらない人だ。

 いったいどうしたのかと心配になってしまう。


「女は嫌いだ……」

「え?」


 囁く様な声が背中越しに伝わってくる。

 雅輝君の言葉に理解が追いつかず動けなかった。

 

「たぶん……俺は女性不信なんだろう。女は利己的で計算高くしたたか……自分のことしか考えられない生き物なんだと思ってた」


 言われた言葉に心臓がトクンと音を立てる。

 

「俺が中学に入ったばかりの頃、両親が離婚した。父は一方的に離婚をつきつけ当然納得出来なかった母は反発した。しばらく揉めた後、父は母の目の前に現金5000万を置いた……。母は無言でそれを掴むと俺を置いてそのままどこかにいなくなった……」

「……」

「母が出て行って次の週には若い女が家に来た。その女は父の部下だった女で、父はその女に夢中になり言われるまま母を追い出したらしい。女はまだ若く派手なメイクとまだ子供だった俺にも知っている有名なブランドに全身を包み、しばらくしてから父と再婚した」


 淡々とした声が背中越しに聞こえる。

 けれどその声音はいつもとは違う低い声で、雅輝君が辛い過去を思い出しながら話していることがわかった。


 私は自分の体に回された雅輝君の腕にそっと触れる。

 触れた所から雅輝君の辛い気持ちが私に移ればいいのにと思いながら……。


「女は父と再婚しても家事は一切せずにすべてヘルパーに任せ、ブランド物の買い物に夢中で当然俺のことにも関心はなく、俺にとって女は家でたまに見かける他人でしかなかった」


 そこまで話すと雅輝君は黙り込んでしまった。


 きっと今まで自分の心の奥に閉じ込めていた思い出なのだろう。

 誰にも言わずに押し殺してた想いは、閉じ込めていた時間が長ければ長いほどなかなか言葉に出来ない。

 私は静かに彼が話しだすのを待った。


 どれほど時間が経ったのだろうか。

 部屋は真っ暗になっていて家電の小さな電源ランプが唯一の光で、あとは外から差し込む月の光だけが灯りになっていた。


 雅輝君が私を少しだけ強く抱きしめてきた。


「……中学3年の夏休み、父が海外へしばらく出張していた日のことだった。夜、突然女が受験勉強していた俺の部屋にやってきた……」


 話し出した話しはあまりよくない先が予想出来る様な始まりで少し鼓動が早くなる。


「突然俺を愛してしまったと言い出し、俺に肉体関係を求めてきた」


 苦しそうに告げられた言葉に胸に痛みが走り、私は目を閉じた。

 彼は察しも良く頭のいい人だ。

 その女の人の本心はわかっていただろう。


「当然拒絶した……。すると女は出張から戻ってきた父に俺が誘惑してきたと騒ぎ出した。父はそんな女にさげすんだ表情で離婚を言い渡したんだ。……女は他にもいくらでもいるが自分と血が繋がっている跡継ぎは俺しかいないからだってことだった。……女は追い出され、またしばらくすると似たような女が家に入ってきた。……後はひたすらその繰り返しだった。大学に入る頃にはもう女にはうんざりするようになっていた」


 雅輝君は未婚の女の子達にこれだけモテるのだ。

 同じ家に血の繋がらない若い男がいるだけでも色々な問題があるのに、それが雅輝くんとなればどうなるのかは容易に想像できる。

 多感な思春期からそれが繰り返されていれば女性に対し不信さを募らせてしまうのも納得できた。


「けれど初めて七海と会った時、なぜか不思議と七海を信じられた」

「え?」


 突然自分の話しになって、それが意外な話しでびっくりしてしまう。


「人が良くて純粋で真面目で誠実。その印象は一緒に遊ぶようになってもブレることはなかった。俺が出会った女の中で初めて信じられると思った女が七海だったんだ」

「……」

「誰に聞いても七海の印象は同じで前に話した時は、七海を騙すことは簡単だが騙したりすれば逆にこちらが罪悪感に苛まれるから騙せないって言ってた」


 騙されたりするのは嫌だし騙したりしないで欲しいけど、それって喜んでいいんだろうか?


「何となく……、七海が誰かに傷つけられないように俺が見ていなければ!……みたいな正義感を持つようになって、気づいたら好きになっていた」

「えっ!」


 突然の告白に雅輝君の顔を見たくて少し後ろに顔を向けたとたん、触れるだけのキスをされ恥ずかしさについ前を向いてしまった。

 心臓がばくばくと音を立てている。


 私を信じてくれてた事も、好きになってくれていたことも嬉しくて目頭が熱くなってくる。

 部屋が真っ暗なので泣いても雅輝くんに気づかれないことにホッとした。


「俺が愛したのも結婚したいと思ったのも七海だけだ」

「け、結婚?」


 思ってもみなかった言葉に少しだけ飛び上がって驚いてしまった。

 もしかしてこれってプロポーズ?

 そう思った次の瞬間、後ろから軽く頭突きされた。


「こら、テンパるな。会社がもっと落ち着いてから改めて正式にプロポーズするから」

「あ、そ、っそっか……うん。えっと……、ま、待ってるから……」

「ああ」


 せっかく真面目な話しをしているのに、私の動揺っぷりに耐えられなかったのか雅輝君がスクスク笑っている。


 十分笑ったのか、雅輝くんは私ごと横に倒れた。

 床に横になって何度もキスをする……。


「誰かを愛した事がないから愛し方がわからなかった……。それで不安にさせていたのも知っている。でも、すべてを話す度胸がなかなかなくて今まで色々とすまなかった……」

「……ううん、いいの。私は雅輝君が私の事好きでいてくれればそれでいい」

「そうか……」


 雅輝君の手が私の服に触れ、ボタンが外されていく。


「していいか?」

「うん……」


 少しだけ低くなった声は色っぽく、体が一気に熱くなり恥ずかしくてどきどきしてしまう。

 雅輝君が何を私に求めているのかわかって、キスして欲しくて顔を上げる。


 部屋が真っ暗でも雅輝君にちゃんと伝わったようで、深く痺れる様なキスをくれた。


「七海、愛してる……」


 はだけた胸に雅輝君の唇が触れる。


 たぶん、全部は話してないと思う。

 きっとこれからも雅輝君のことがわからなくなるだろう。

 それでも私はどうしようもなく雅輝君が好きなのだ。


 彼の過去が消えることはない。

 なら彼をまるごと受け入れるだけだ。


「私も愛してる……」


 誓うようにそうつぶやいた……。



                - END -

 七海視点はこれで終わりです。

 雅輝視点は現時点では連載停止にさせていただいています。

 突然気が変わる人間なので書けるようになったら雅輝視点を書くかもしれません。

 とりま、現在はここでいったん完結にさせていただきます。


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