File03:親と子
悠仁に先に帰るよう促し、一人で行きつけの店に向かった。
店内は薄暗く落ち着いた雰囲気で、上に並んだ橙色のライトがカウンターに光を落としている。外の喧騒もここまでは届かない。
誰にも邪魔されず考え事をするには打ってつけの場所だ。
一番奥の席に着き、ウイスキーのロックを頼む。
親っさんからもらったジッポライターでタバコに火をつける。
合成音声、富裕層並みの資金、記録をほとんど残さない手慣れたハッキングに購入ルートの確保。
般若面の男はかなりのやり手だ。
奴の購入履歴がないかもう一度洗い直したものの、空振りだった。
だがあのジャンク屋の店主が言っていた人物は、あの日の奴の身なりと似ている。
カメラに記録が残っていれば奴かどうか確認できたんだが。
頼んだウイスキーが目の前に置かれる。
ありがとう、と一言伝えてさっそく一口飲む。
あの日奴は一言も話さず薫だけを殺し、俺は手も足も出ないままハッキングで気絶させられた。
奴はなぜ俺を殺さなかったのだろう。
殺してくれていれば、こんなにも激しい憎悪が生きている理由にならずに済んでいたのに。
ウイスキーを一気に飲み込むと喉から胃にかけて熱が走る。酔いがまわり、少しだけ頭がぼんやりとしてくる。
この感覚も全部、かつての人類の模倣に過ぎないが。
こうして酔っているときだけ、憎悪も悲しみも忘れられる。穏やかでいられる。
かつての人類は確か酒を飲み過ぎると二日酔いというのがあったそうだ。
頭痛に吐き気に倦怠感といったその日を過ごすのも辛い症状らしい。
今の人類は病気にならないから、明日も問題なく過ごすことができる。
もし二日酔いになれたら、その症状ばかりに気を取られて何も考えなくていい時間が増えるんだろうか。
いけねぇな。気を抜いたらすぐこれだ。
「一人でやけ酒か、愁染」
思いもよらなかった声に一瞬固まる。
「篁の、親っさん…」
タバコを急いで揉み消して立ち上がろうとすると手で制された。
「ほぉ…ウイスキーのロックか。それも悪かねぇがあんまり飲みすぎるとメンテナンスの時に費用が倍になっちまうぞ。ほどほどにしとけ」
「あぁ…どうしてこちらに?」
「久しぶりにお前さんと2人で飯を食おうと思ってな。どうだ?」
「俺で良ければぜひ。…悠仁は?」
「誘ったんだが、お前さんの落ち込み様に付き合いの長い儂と2人の方が腹を割って話しやすいんじゃないかって言われてな。自分は適当に時間潰してくるんで、お二人でゆっくりしてきて下さいってよ」
「そうですか…。俺のためにわざわざありがとうございます」
「まぁ儂もお前さんに話したいことがあるからな。最近気に入った飯屋があるんだ。そこに行こう」
「はい、親っさん」
支払いを済ませて、親っさんと店に向かった。
店は和洋折衷の造りで雰囲気を壊さない程度にコンクリートのタイルが使われていた。
席は全て個室で、牡丹や椿など花の名前が部屋ごとに割り振られている。
親っさんも落ち着いた雰囲気が好みだから、
ここを気に入るのも頷ける。
俺と親っさんは最奥の菊の間に案内された。
「愁染。金のことは気にせず好きなものを頼め。儂の奢りだ」
「好きなものですか…。親っさんの気に入ったものでいいですよ」
「ははっ、お前さんは悠仁と逆で遠慮ってもんを知りすぎだ。変わらねぇなぁ。…自分にもっと正直になることも大事だぞ。何かに耐えることや何かを我慢することが美徳とされがちだが、それに囚われすぎるのは良くねぇ。わかったらほら、頼め頼め!」
品書きをスクロールして一通り何があるのかを確認する。
格式高い店の雰囲気で何となく予想はしていたがどれも高価だ。豪華な刺身や肉の盛り合わせに定食、丼物…。
親っさんに遠慮しなくていいと言われたものの、普段の俺の食生活は酒と必要な栄養が採れるブロック状のスティックやサプリが主だ。
こんな豪勢なものを食べていいのかと思う。
遠慮したい自分と親っさんの厚意を無下にしたくない自分が格闘している。
正直な悠仁が少し羨ましい。
俺のしかめっ面に笑いをこらえる悠仁が目に浮かぶ。
迷いに迷って、刺身と肉の盛り合わせと白米を頼んだ。
頼み終わって顔を上げると親っさんは穏やかな笑みを浮かべていた。
その表情にほっとしたのも束の間、親っさんの前に品書きが表示された途端親っさんは値段など無いもののように物凄い速さでタップをしていく。
「…⁉」
開いた口が塞がらないとはこのことだろう。
親っさんの存在の大きさを別の意味で再確認した。
しばらくして頼んだ物が運ばれてきた。
料理の色彩の鮮やかさにまるで名画を観ているような気分になる。
そして普段の食生活では感じない温もり。
…見惚れている場合ではない。
親っさんの杯に日本酒を注ぐ。
「乾杯」
日本酒はウイスキーと違ってまろやかな味わいで飲みやすい。これなら辛口が苦手な悠仁も飲めるかもしれない。
刺身と肉の盛り合わせを口に運ぶ。
旨い。
刺身と肉でまったく違う。
それぞれ食感や舌触りに個性があって飽きがこない。そしてそれを邪魔せずにほのかな甘味で包み込む白米。
温かい本物の料理はこんなに旨いのだと感動する。
ふと、こちらをまるで子供を見るような温かい眼差しで見つめている親っさんと目が合う。
「す、すみません、親っさん…」
慌てて箸を置く。
「謝ることはねぇ。旨いもん食ったら誰だって箸が止まらねぇもんだ。俺のことは気にせず好きに食え」
「ありがとうございます…」
悠仁が居なくて良かったと心から思う。
しばらくネタにされるのが目に見えているからだ。
…今度は悠仁も連れて三人でまた食べに来たい。




