File12:罪人たち
死を覚悟したその瞬間、ガンッというブレードを吹き飛ばす音がした。
ぼやける視界の中で目の前に黒い人影が現れる。
その人影が手を翳すとハッキングの青い輪がガルダに次々と纏わりつく。
次の瞬間、光が満ちる。
爆風は来なかった。
俺の周りに六角形が並んだ透明なシールドが張られていた。
そこにガルダの姿は無い。残骸が火を纏っているだけだ。
人影がシールドを解除して近づいてくる。
目の前にしゃがみ、手が俺の頬に触れる。
顔はぼやけていて見えない。だが、この手の感触を知っている。
どうしてここに...。
俺の意識はそこで途切れた。
「…ぜん、愁染、起きて。もうお寝坊さんね」
またあの家だ。
薫がベッドの傍らに座って微笑んでいる。
そっと薫の手を取り頬に当てる。
夢は残酷だ。俺の記憶を勝手に弄って失ったものの大きさを突きつけてくる。
でも今回は違う。俺に確信を持たせるために見せたものだ。
目の前に現れた黒い人影が何者であるのかを。
『システムオールグリーン、再起動します』
目を開けるとむき出しのコンクリートの天井が見える。
「やっとお目覚めか、愁染」
「草薙さん…」
「全く。診療所は荒され、俺の車は木っ端微塵。んでお前の看病ときた。面倒事に巻き込みやがって……」
文句を垂れつつも、その手は一切無駄なく俺の状態を調べ上げていく。
草薙さんにはガルダに襲われたときの傷がない。俺が気絶してから時間が経っているのだろうか。
「俺はどのくらい寝ていたんです?」
「丸3日といったところだ。瀕死の状態だったからな」
周囲を見渡すが悠仁が見当たらない。
「悠仁はどこに?」
草薙さんが一瞬手を止め、ため息をつく。
「行方不明だ」
言葉を失った。
「俺もお前も病院に運ばれたが悠仁はいなかったらしい。俺なりに探してみたんだが全くと言っていいぐらい痕跡がなかった」
「…車が大破したときは居たんだ」
「わかってる、見させてもらったからな。可能性があるとすればお前の前に現れた奴だろう。氷室組に現れたのと同じ」
「……」
身体を起こそうとしたが動かない。
「お前のことだ。悪いが、また突っ走るつもりだろうから動けないようにしてある。治療がまたやり直しになるのは御免だ。治るまで大人しくしてろ」
悠仁を拐っていった。何のために?
二人には面識はないはずだが…。
いやこんなことを考えている場合じゃない。
二人の前にガルダが現れたらまずい。
「動かしてもらえませんか?」
「さっき理由は伝えたはずだがな」
じっ、と草薙さんを見つめる。
「…いい加減にしろよ、若造。俺は篁ほど優しくない」
草薙さんが持っていたタブレットを乱暴に置き、ガッと髪の毛を掴まれる。
「いいか!今の状態で赴いてみろ、お前に何ができる⁉今まではなんとかなっていた。篁がいて悠仁もいた。だがお前は今たった一人だ!
富裕層が動いた今目立つことはできねぇ。
死ににいくことと同然だ。悠仁が女が、お前がいないと何も出来ないと思っているなら大間違いだ。守ることと過干渉は違う。少しはあいつらを信用してやったらどうだ!」
草薙さんの叱責に言葉が出ない。
乱暴に突き放され、草薙さんがタバコに火をつける。
「それは篁や悠仁、女にも言えることだがな。互いに守り守られる…。俺達人間が生きていくために必要なものは全て、同じ人間達によって支えられている。経済という巨大な歯車を回すために人間は労働をする。このタバコだってどこの誰がどんなものを配合して作っているかなんて知らない。人間は常に見えないものに守られ守っていることを認識しないのさ。……愁染、悠仁達も影で悩み、苦しみながら生きているんだ。その権利を愛という暴力で奪っちゃならねぇ」
あぁ、そうか。悠仁も薫も一人の人間。
その人がどう生きるのかを勝手に決めてはならない。二人共それぞれに理由があるから動いているのだ。俺がそれを踏みにじってはならない。
大切な人を失う恐怖に囚われ忘れていた。
「……ありがとうございます、草薙さん。頭が冷えました」
「本当に手のかかるやつだ」
ー『警告 不正アクセスを検知 文章生成を中断』ー
File:Unknown (不明)
目を覚ますとそこは真っ白な部屋だった。
兄貴も草薙さんも見当たらない。
この部屋で目を覚ましたということは、『その時』が来たということ。
目の前の扉が開かれる。
現れた人物はあの時と随分雰囲気が変わっている。
「久しぶりですね。ーー雨宮薫さん」
「三年ぶりね、村雨悠仁。愁染にはこの場所を伝えてある。後は来るのを待つだけね」
ついに『贖罪の時』が訪れる。




