File10:兄弟
「愁染、無事に終わったぞ。入れ」
手術室から草薙さんが顔を出した。
「兄貴…」
「負荷と熱は対処した。身体は一日安静にしていれば元通りになるだろう。…ほれ」
草薙さんが俺に毛布を投げ渡す。
「俺は寝る。ここで休んでいくなり好きにしてくれ」
「本当にありがとうございます」
酒瓶を手に奥の部屋に去っていった。
部屋には俺と悠仁の二人きりだ。
渡された毛布の一枚を悠仁に掛けて、安堵のため息をこぼしながら手術台を背に床に座り込む。
「お前まで失うかと思った」
「……俺のことそこまで心配してくれたんですね」
いつもの明るさはなりを潜めている。
色々ありすぎた。お互いに疲労がたまっているし、悠仁は治療を終えたばかりだ。
「今の俺には、お前しか残ってないからな」
「……兄貴は俺を大事にしすぎですよ。俺には大事にされる資格なんてひとつもない」
悠仁はあまり自分のことを語りたがらない。
明るさの裏に何があったかを聞いたことはなかった。いくら大事な弟分でも心に土足で踏み込むようなことはしたくない。
それをすることは愛を盾にした暴力だと思うから。
「なぁ悠仁。もしもいつかお前が抱えるものに耐えきれなくなったら、俺に分けてくれよ。それがどんなに重いものだとしても。……俺で良ければだが」
「……っ」
悠仁が声を殺して泣いている。
ーー『警告 不正アクセスを検知 文章生成を中断』ーー
File:Unknown (不明)
あなたは優しすぎる。
あなたの優しさが俺にどれだけの希望を持たせ、どれだけ絶望しているか知らないだろう。
あなたに分けることなんて出来ない。
それをしてしまったらあなたは、深い絶望に堕ちていってしまう。
…わかっている。いずれはあなたが知らなければならないことは。
『あの人』が現れた今、きっと近いうちに全てを知る日が訪れるだろう。
もし、あなたが深い絶望に堕ちてなにもかも嫌になったのなら、俺はあなたと共に何処までも堕ちてゆこう。
もし、あなたが深い絶望に堕ちてもそこから這い上がるなら、俺は何度でもその背中を叩いてやる。
だから、だからーー。
ーー『不正アクセス解除 文章生成再開』ーー
「愁染の兄貴…。あなたが何処に行こうと一生ついていきますから」
悠仁の切なくも力強い声。
「あぁ…」
その時部屋の灯りが激しくバチバチと点滅する。そして部屋が赤い光に包まれ、けたたましい警報が鳴り響く。
「何事だ!?」
草薙さんが血相を変えて端末を確認する。
「これはまさか…!」
外から聞いたことのないギュイーンという機械が唸る音が聞こえてくる。
正面の壁にオレンジ色の火花を咲かせながら斬り込みが入っていく。
「愁染、ついてこい!」
悠仁を抱え、奥の部屋に駆けてゆく草薙さんについていく。
ついていった先はガレージ。
そこには磨き上げられた漆黒の車があった。
「乗れ!」
草薙さんがエンジンをかける。
すぐさま後部座席に悠仁と共に乗る。
「愁染、坊主をしっかり支えて掴まってろ‼」
ものすごい速さで車が走り出し重力でシートに押しつけられる。草薙さんが声を荒げた。
「お前ら何をやらかした⁉富裕層の刺客が来るなんざ聞いてねぇぞ‼」
後ろを確認する。
遠ざかる診療所のガレージにネオンを鏡のように反射する人間の要素を削ぎ落とした鏡面の大型アンドロイドが赤い不気味な二つの光を俺達に向けていた。




