File09:影に生きる者
悠仁を抱え、扉の来客センサーの端末にハッキングして呼び出す。
はやく、はやく出てきてくれ。
シュンという扉が開く音がして、サングラスを掛けた60代の男性が顔を出す。
「たくっ、何時だと思ってやがる。……お前篁んとこのー」
「草薙さん、頼む。悠仁を、悠仁を助けてくれ…!」
「…中に入って手術台に寝かせろ」
「はい!」
悠仁に刺激を与えないよう静かに寝かせる。
「何があった?」
草薙さんが悠仁の身体の状態をスキャンしていく。
「般若面の男を追おうとして奴にハッキングされたんだ」
「ふむ…この坊主が脳に二重防壁してなきゃ、今頃お陀仏だったろうよ。…愁染、お前はそのひでぇ面とオイルまみれの身体をなんとかしてこい。シャワーでも浴びて頭を冷やせ。着替えはそこの服製造端末を使っていい。こっちは心配するな」
「恩に着ます」
深々と頭を下げ、シャワーを借りる。
ーー『警告 不正アクセスを検知 文章生成を中断』ーー
File:Unknown (不明)
扉が閉まり、兄貴の足音が遠ざかっていく。
「聞こえてるんだろ坊主?」
目を開けて草薙という医者を見つめる。
「さすが…その腕は伊達じゃないね」
「脳は二重防壁でぎりぎり破壊を免れた。
ハッキングによる負荷と熱は対処してやる。
身体は1日安静にすれば、元通り動かせるだろう。
防壁の張り直しは自分でやれ。
色々見させてもらったが、あの『女』は坊主だと知ってか知らずかハッキングした。
……愁染は何も知らないんだろう?」
「……」
「篁が本気でやるとは思っていなかったがな。…愁染が全て知ったらどうなることか」
兄貴は知らない。影で何が起きているか。
兄貴の、一人取り残された子供のような声がずっと頭に残っている。
悲しまれる資格なんて俺にはないというのに。
「俺はどっちにもなれなかった。
出来損ないだからここにいる。
俺がどうなろうと全部の罪を背負ってでも、愁染の兄貴達には生きていてほしいから。……この会話、内緒にして下さいよ?」
ーー『不正アクセス解除 文章生成再開』ーー
悠仁が治療を受けている間にシャワーを浴びる。
氷室組で刃を交えた黒いフードの人物。
傷ひとつつけられないまま逃げられてしまった。
まさかかなりの腕を持つ悠仁をハッキングして逃げるとは。
悠仁まで失うかもしれない恐怖で少し手が震えている。
いや、弱気になってはならない。
草薙さんは心配ないと言った。
二人を信じなければ。
俺は俺なりに奴の情報を整理しよう。
まずは特徴。
黒いフードを被っていたのは3年前と同じ。
PCの光で照らされていたが般若面は確認できていない。顔も見えなかった。
そして戦い方。
3年前に確認できたのは、ナイフとハッキングだけ。
今回で組員達に使ったのはハンドガンのみ。
ドローンはハンドガンだけでは難しいから事前にスナイパーライフルを使用した可能性もある。背負ってはいなかったから破棄したか身体に内蔵させているのかもしれない。
俺のときは手加減なしのスピードにもかかわらず、奴はそれを難なく躱してワイヤーと閃光手榴弾を使用して逃げた。
俺達以上の戦闘力、ハッキング力を持っている。
……もしかしたら般若面の男ではないのかもしれない。関係者だろうか。
3年前にジャンク屋で武器ガジェット一式を購入。それ以来全く動きを見せないまま、氷室組を壊滅させた。PCを確認していたということはそこに知りたい情報があったということ。
奴は俺を殺さなかった。容赦なく脳を破壊して目撃者を残さないプロが殺さない理由はなんなのか……。
とにかく今は悠仁のことが優先だ。
シャワーから上がり、服製造端末で俺と悠仁の分の服を新調する。着替えて草薙さんの連絡を待った。




